第14話 住居の作り方


「うーん、頑丈さと広さを考えたら崖の窪みなんだけど、高さが足りないんだよなー……」


 無意識に思考の一部が口から漏れ出る。


 そこへ突然、天からの啓示のように山羊七の声が上から降ってきた。


「其方、兎だろう。穴を掘るのは得意なのではないか?」


 ……確かに。


 兎ってぼこぼこ穴を掘って巣穴を作ったりするよね。私も仮にも兎なら、同じように穴を掘れるのだろか。


 足元の土を、おもむろに少し掘り返してみる。


 うーん、行けるか?


 人の手に比べると掘りやすい気もするが、たくさん掘り返して行くならば、獣の姿の方が効率がいいかもしれない。


 獣の姿を目を瞑って想像してみる。念じるようにしたあと、パッと目を開けてみると、目線は地面近くまで下がり、獣の姿になったことがわかった。


 もう一度、足元の土を掘り返してみる。


 うん、この方がやりやすい。


 前足で掘り返し、後ろ足で掘り返した土を蹴り飛ばす。


 柔らかくなった掘り返した土は、籠か何かに入れて二足歩行で外に運び出せば良いだろう。


 こうして私は、拠点を崖の窪みに定め、途方も無い作業を開始することになった。


 とりあえず、私が二足歩行で立って余裕があるくらいの高さがほしい。今が顔の真ん中あたりだから、少なくとも30センチくらいの深さは掘り返さねばならない。


 しかし、課題はそれだけではない。


「これでは風雨を凌げないのではないか?雨が吹き込んでくるだろう。野宿しているのと一緒だぞ」


 そう。


 山羊七が心配する通り、壁を作る必要がある。


 どうしようか考えていたのだが、木材か竹材でなんとかならないだろうか。


 木板があれば良いのだが、切り出して板にするのは、材料を準備するだけでかなりの重労働だ。


 丸太を使う方法もあるが、私と山羊七だけではどうにもならない。


 竹をうまく使えないだろうか。竹垣のような感じで……


 そう思い、山羊七に竹材を手に入れられないか尋ねる。山羊七の家の家具には竹が使われているものが多かったので、竹林が近くにあるのではと思ったのだ。


 すると、あっさり


「竹なら近くにたくさん生えているぞ」


という返事が返ってきた。


 家を作るのに使いたいと言うと、


「まあ、今の時期ならまだ大丈夫だろう。任せろ。其方では難しかろう」


と言いながら早速準備を始めた。取ってきてくれるらしい。


 ちなみに、今の時期じゃなかったらどうなるのか尋ねたところ


「春になると竹が水を吸って腐りやすくなるのだ」


と教えてくれた。まだまだ寒い時期で良かった。


 そういうわけで、私が土をとにかく掘り返している間に、山羊七には竹をたくさん採ってきてもらうことにした。


 山羊七はとにかくよく働く。自分のことはしなくて良いのかと思うほどこちらを手伝ってくれている。


「なに、竹は私も使うし、やらねばならんことも無いからな。気にするな」


というようなことを、心配する度に言うので、恐縮しながらもお任せすることにした。


 採ってくる竹はできるだけ太さを揃えて採ってきてもらう。


 枝や葉もキレイに切り落としてもらい、ある程度私が掘り終わるまでは、乾燥させながら置いておく。


 羊家族が移動してくれば使うこともあるだろうし、私も家具づくりに使いたい。とにかくたくさん必要だ。


 山羊七が竹を集めて加工してくれている間、私は、崖の窪みの床部分を掘って掘って掘りまくる。


 土にまみれてドロドロになりながら一心不乱に掘っては土を外に出し、掘っては土を外に出し、掘っては土を外に出し続ける。途方もなさに心が折れそうになりながらも、途中で温泉に癒やされながら、なんとか掘り続けた。


 数日後、ようやく十分な高さで平らな地面の空間を確保出来たときには達成感でいっぱいになった。


 私はフウと息をついて空間を見渡す。


 当初の予定より少し深めに掘り込んだおかげで、私の耳の上と天井の間にもしっかり余裕が生まれた。当初の予定で耳の長さを計算に入れていなかったのは盲点だった。


 完全に私サイズだが、誰かを招く予定もないし、まあ良いだろう。


 ここから先は壁づくりだ。


 私には難しいので山羊七の出番である。


 山羊七には、竹を岩の屋根と地面の間よりも少し長めに切り揃えてもらい、さらに竹の一方を尖らせてもらう。


 壁にしたい部分の少し内側に、竹の尖った方を下にして地面に力任せに思い切り突き刺して固定してもらい、さらに上をガッガッと突っ張り棒の様にして嵌め込んでもらった。


 ドアになる部分だけ開けて、とにかくたくさん突き刺してもらい、更に横向きにも竹を渡す。


 麻縄を山羊七に恵んでもらって、ギュギュっと固定していった。


 できるだけ隙間なく詰めていきたかったが、天井部分は流石に平らではないので1番上部はどうしても空間が生まれてしまうし、そもそも竹壁は、麻縄で括ってあるので、小さな隙間ができてしまう。


 ムムっと眉を寄せたが、掘っている最中に出てきた土に少しだけ水気を含ませたら丁度いい粘り気が出たので、それで隙間を埋めていくことにした。


 1番上は短い竹を組み合わせたりもしたが完全には埋まらず隙間が一部そのままになってしまったが、換気口とでも思って諦めよう。


 こうして、壁もなんとか完成した。


 何だか耐久性に難がありそうな気もするが、少し様子を見ることにしよう。


 竹の切り出しから壁づくりまで、結構な重労働だったハズなのに、山羊七は文句一つ言わずに黙々と付き合ってくれた。むしろ、壁づくりは八割方山羊七の功労である。感謝してもしきれない。


 何かしっかりお礼を用意しなければ、と思って山羊七に尋ねたら、


「そんなものは要らぬ。ずっと1人だったから、役に立てるのが嬉しいのだ。」


と笑った。カッコ良すぎる。


 要らないとは言われたものの、こっそり何か準備しようと私は心に決めた。


 ただ、私にできるお礼って何があるだう、、、。少し考える時間が必要だ。


 ドアづくりは少し工夫が必要だった。


 壁と同じ長さのやや細い竹に、山羊七に力づくで節を抜いてもらった太い竹を被せる。


 太い竹の方は天井から彫り込んだ地面スレスレの長さだ。


 細い竹の入った竹を1番端にして、太い竹と同じような竹を複数本用意してドアの幅になるように麻縄で縛ってつなげていき、一枚の板にする。


 細い竹を壁の縦の柱と同じように地面に突き刺して、天井にガッと嵌めたら出来上がりだ。


 すぐにドアが外れる恐れがあるが、ひとまずこれで試して、壊れたら別の方法を考えるとしよう。


 こうして、私の家の側だけが、ようやく完成したのだった。感無量だ。


 山羊七と二人並んで家を眺める。


「なかなか良い出来ではないか」


「山羊七さんのおかげです」


 言葉少なに家を眺めて、達成感に浸りながら家のドアを開ける。山羊七は中に入れないので、扉のそばで座り込んで覗きこんだ。


 ……暗い。


 窓を作ろうという発想が無かったせいで、上部の隙間から若干外の光が入っているが、とにかく暗い。


「山羊七さん、灯りってどうしたらいいですか?」


「ああ、竈や囲炉裏を作るか鬼火を飼うのが良いのだが……」


 ……なんて?


「鬼火を飼うって言いました?」


「ああ、言ったな。」


 鬼火ってあれだよね? あの、墓とかに浮かんでるやつ。あれって人魂じゃないの? こっちでは違うの? 捕まえて飼うものなの? そしてそれを灯り代わりにしちゃうの?


 疑問が尽きないが、とりあえず確認しておきたい。


「鬼火って、誰かが死んで魂になったものじゃないんですか?」


 そんなものを自分の家に入れて灯りとして利用するなんて怖い真似、私は絶対にできない。


「鬼火が何からできているかなんてわからん。意思があるわけでもないし、そのへんをふわふわ飛んでいるだけだからな」


 肯定でも否定でもないってことは、人魂説はまだ残ったままだよね?


「たまにしか飛んでいないが、見つけたら取ってこようか?」

「い、いいえ! 囲炉裏、作ることにします!」

「そうか? 一匹いると結構便利だが……」

「いいんです、いいんです! 居なくても大丈夫です!」


 私が頭をブンブン振って拒否の姿勢を示すと、山羊七は「そうか」と少し残念そうに頷いた。


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