第13話 住まいの条件

 事情を理解してもらったところまでは良かったが、このままここから出られないのは困る。


 羊家族のことさえなければ、吹聴の疑いが解けるまで、薬湯の温泉に浸かりながらゆっくりしても良かったのかもしれないが、そもそもそれではここに来た意味がない。


 私は思い切って口を開く。


「あの、私達がここを出られない理由は理解したのですが、病気の子どもが薬湯の温泉を探してまっているのです。何とか、帰して貰えないでしょうか」


 私がお願いすると、山羊七は片眉を上げて私を見る。


「其方の子では無いのだろう」

「それはそうですが、その子の為にここまで旅をしてきたので……心を鬼にして見捨てるなんてできません」


 私は申し訳無さそうな顔をしながら、「鬼」という言葉をだしてみる。


 鬼扱いされることをあそこまで嫌がっていたのだ。引っかかってくれれば、説得の材料にできるかもしれない。


 そう思い、上目遣いで表情を伺っていると、ピクっと眉が動くのがわかった。もう少し攻めてみよう。


「山羊七さんが鬼ではないように、私も鬼ではありません。我が身可愛さに病気の子どもを見捨てれば、いずれ死んでしまうでしょう。この手で子どもを死に追いやるようなことはできません」


 山羊七は更に表情を変えてこちらを見る。

 これは行けそうだ。


 山羊七が恐れるのは、私達がこのまま何処かへ行ってしまい、あちらこちらにここの話を広めることだ。


 一方で、羊家族が薬湯の温泉を求めている以上、私はここに案内しなくてはならないので、戻ってくる必要がある。


 正直、私はここに住んでもいいと思っている。なんと言っても温泉がある。ずっと求めていたお風呂だ。しかも露天風呂!


 羊親子も、周囲に隠れたこの場所に住むのは悪い話ではないだろう。


 だから、山羊七に一時の外出を願い出て、羊親子を連れてこれさえすれば解決するのだ。

 あちこち行く余裕もなく、行って帰ってこれるだけの最短の期間だけ許容してほしい。


「今日はちょうど満月です。半月後の新月の夜、月が出ない夜までに、羊の家族を連れて必ず帰ってきます。その間、誰にもここのことを話さないと約束します。だから、一度、山を降りさせてください。羊の子を助けたいんです」


 正直、半月では時間が足りないかもしれない。ここにたどり着くまでに1週間ほどかかっているのだ。大きな鳥の力も加えて、だ。

 元の道は戻れないので、新たに道を探りながら下山する必要がある。

 行って帰ってくるには結構時間がかかると思う。


 けれど、それ以上待ってほしいというのは、許容しにくいだろう。


「お願いします。山羊七さんも心を鬼にして子どもを見捨てるのは抵抗があるでしょう?」


 私は必死に頼み込む。

 鬼扱いされたくない山羊七は、頭の中で葛藤しているようだ。


「羊家族も、珍しい種族だからと襲われたことがあって、誰にも見つからない場所で静かに暮らしたいそうです。私も、ここまで手を貸したからには守ってあげたいと思っています。ここのことは、他には絶対に話しません。ですから……」


 頭を下げ続けると、山羊七は考え込んでいた顔をようやく上げ、「わかった」と頷いた。


「その代わり、其方はここに残れ。紙太だけで行って来い」


 私は一瞬何を言われたかわからずに、「はい?」と首をかしげた。


「ずっと見ていたが、紙太は喋れぬだろう。喋れなければ、余計なことを言いようがあるまい。だから、紙太だけで行って来い。そして、新月までに帰ってこい。白月は私と一緒にここでそれを待て」


 ……ええと、走れメ○ス? ……私は○リヌンティウスってことですか?


 まあ、少し話しただけだけど、期限を過ぎたからって磔にして処刑するような暴君ではないとは思うけど……


 私はカミちゃんをちらっと見る。

 カミちゃんも驚いて固まっているようだ。


 カミちゃんは喋れない。だから山羊七は安心できるんだろうけど、喋れないからこその問題がある。羊家族に事情を話せないのだ。


 薬湯を見つけたこと、そこに山羊七がいること、そのせいで薬湯の場所を公にできないこと、薬湯で病を治すなら山羊七に許可を得ないといけないこと、その場合、場所を明らかにしたくない山羊七の要望でそこに住むことになるだろうこと。


 喋れない紙人形では説明ができない。


 固まったままのカミちゃんをツンツンとつつき、こちらに注意を向ける。


「羊の家族を連れてくるの、カミちゃんだけじゃ無理だよね? 説得できないもんね」


 尋ねると、カミちゃんは深く考えるような素振りを見せたあと、首をふった。


「そうだよね。無謀だよね。」


 私がそう言うと、カミちゃんはもう一度ブンブンと首をふる。


「え……連れてこれるの?」


 もう一度聞くと、カミちゃんは大きく頷いた。


 えぇ? どーーやって?


 しかし、カミちゃんの決意は固そうだ。山羊七も譲る気配はない。


 ……万が一のことを考えて、逃げ出す方法だけ考えておこうかな。


 私は密かに決意して、意気揚々と旅立っていくカミちゃんを見送った。



 カミちゃんが出発したあと、私は山羊七に向き直る。


「山羊七さん、私、山羊七さんの家の奥にある洞窟を通って、温泉の側に家を作りたいんです。良いですか? 外に出ようと思ったら、山羊七さんのお家を通らないといけなくなるんですけど」


 私はもともと、温泉の近くに家を作る予定だった。だから、山羊七の許可さえ取れれば、望み通りに念願のマイホームを作りたいのだ。


 あれだけ囲われた場所であれば安全性も増すだろうし、何より露天風呂付きだ。かなりの優良物件ではないだろうか。


 それに、山羊七としては、しばらく私の行動を監視しておきたいだろうし、温泉のある谷の中に閉じ込めておけるならその方が都合がいいだろう。


 そう思って尋ねると、山羊七は思った通り快諾した。しかも、家造りを手伝ってくれるという。

 体が大きく力がある者が手伝ってくれるのはとても助かる。


 私は、家が完成するまでの間、山羊七の家に居候しながら、拠点づくりを開始することにした。


 ひとまず、洞穴の向こう側に降りるための道具が必要だ。毎回ロッククライミングをするわけにはいかない。


「温泉のあるところまで降りたいんですけど、何か道具はありますか? 梯子みたいなものがあると助かるんですけど……」


と聞いてみると、木のつると竹でできた縄梯子を出してくれた。


 山羊七は当初、家の奥が崖で囲まれた場所に出ることは知っていたが、自分自身は降りたことは無かったらしい。

 名前をくれた雉がいつも下に降りていくので、どこに行くのかと聞いたところ、温泉があると教えてくれたのだそうだ。

 その時以来、時々山羊七も下へ降りて湯に浸かるようになったし、雉も稀にではあるが、温泉の湯を汲みに来るのだそうだ。


 その雉がこの場所を住む場所にと教えたのだとしたら、最初から温泉のことも教えてやれよと思わなくもなかったが、山羊七は教えてもらった事さえ嬉しそうに語るので、何も言えなかった。


 なんか洗脳でもされているのではと疑うほど雉を褒め称えるが、その雉は本当に信用して大丈夫なのだろうか。


 私が穿った見方をしているだけかな……


 ひとまず、私がいるときにその雉が現れたら一応警戒はしておこう。



 さて。


 とりあえず、家となる場所を決めるところからだ。岩壁をグルっともう一度回って、洞窟のようなものがないかを探してみよう。


 私は、上から下まで岩壁に沿って丁寧に、家になりそうな洞窟がないかを探していく。


 何故か、後ろから山羊七がついてくるのが凄く気になる。


「山羊七さん、家に戻っていてもいいですよ」


 しかし、山羊七はムムっと眉根を寄せる。


「家造りを手伝うと言ったではないか」


 どうやら、律儀に場所探しから付き合ってくれるらしい。


 着いてくると言うのを断るのもなんだし、高い所にある洞窟があれば調べてもらおう。


 私は後をのそのそ着いてくる山羊七を連れて崖を一周する。しかし、最初にカミちゃんと出口を探していたときと同様、やはり大きな洞窟のようなものは見当たらない。


 地面のやや上に出っ張りはあるが私が縮こまって何とか入れる場所、鋭利な切込みが入っているが横向きでもギリギリ入れないくらいの隙間、高すぎて梯子を使っても登りたくないくらい上にある穴……


 一箇所、適度な奥行きがあり幅の広い窪みが出来ている場所があった。


 ただし、高さが私の顔くらいまでしかない。これでは屈んで生活するしかない。さらに、入口部分がかなり開けているので、何かで塞ぐ必要がありそうだ。


 候補にはなるかも知れないが、難ありである。


 保留。


 一周した時点で、それ以外には岩壁の一部を利用した家は難しいことが判明した。


 ガッカリではあるがここで落胆するにはまだ早い。


 ここには木がたくさん生えている。しかも立派な木がいっぱいだ。木の洞を探してみよう。


 私は再び歩き出す。


 ただひたすら私の後を着いて歩くだけの山羊七にも話を聞いてみた。しかし、広くて大きな洞がある木なんて見たことないと言われた。


 無いかもしれないのか……


 とはいえ見逃しかもしれないので、とりあえず私は目につく大きな木を片っ端から調べていくことにした。


 結果、洞のある木はあったのだが、どうにも広さが足りない。私が野宿のためにうずくまって寝るには十分なものはあったが、家には向かない。


 ただその中で、木が根本から大きく二股になっていて、ぽっかり向こう側まで穴が空いている木があった。先程保留にした窪みよりは狭いが、それでもある程度の広さがあるので、上手いこと壁を作って、天井も隙間を塞いだらテントのような三角形の家ができるかもしれない。


 これも保留だ。


 他にも見てみたが、結局、保留の2つがそのまま残ることになった。

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