第4話 真犯人の捕獲
女性に着いていくと、これ程大きく育つものかと思うほど大きな木が一本立っていた。
その中央には、女性が屈まず中に入れるくらいの洞がぽっかりあいている。
中は絨毯のようなものが敷かれていて、中央に円座が2つ置かれていた。
部屋の端には大きく幅のある木箱が置かれていて、棚もある。棚の上には薬を煎じるための道具が置かれ、天井からは薬草が吊るされていた。
外から見るよりも広く見える。
私がしげしげと見回していると、
「女性の部屋をそのように見るものではありませんよ」
と窘められた。
私は円座に座るように促されるとお茶を勧められる。温かい緑茶だ。立ち上る湯気を見て、私はほっと息を吐いた。
少し女性と話をしたかったのだが、女性は私にお茶を準備すると、さっさと外に出ていってしまった。
紙人形はそれを見て、ヒョイっと私の肩から降りて後を追いかけていく。
あれ、私も外に出たほうがいいの?
と頭をよぎったが、出されたお茶を放置するわけにもいかず、一人静かにお茶をすすった。
結局、女性と紙人形は日が傾き始める頃に二人揃って戻ってきた。
私は他人の家ですることもなく、ただボーッとしただけでほぼ一日を終えた。途中でウトウトしてしまった程だ。客人を招いておきながら放置するなんて一体どういう了見だろうか。
しかも、帰ってきての第一声が
「もう日が沈みますよ、何をボケっとしているのです」
だったので、思わず握りこぶしを作った程だ。
言いたいことは山ほどあったが、口答えしたら面倒な事になりそうな気がして、私はグッと飲み込んで外へ出た。
私達は少し離れた場所から蓮華畑を見張る。妖の世界で初めての夜だ。
空を見上げると、昼間、太陽は雲がかかったようによく見えなかったのに、月はくっきりと浮かんでいる。夜になって雲が晴れた?それとも、もっと別の仕組みがあるのだろうか。
やっぱりよくわからない世界だ。
盗人を見張らなければならないが、一方で突然変な妖や幽霊が出たら……という恐怖とも戦わなくてはならない。前方よりもよっぽど背後が気になって気になって仕方ない。ブワッと何かに来られたら、叫ばない自信がない。
未知なる存在への不安が溢れそうで、何かを握って紛らわせようとしていたのだろう。知らずしらずの間に紙人形を握りつぶしていた。
紙人形が左右に体をブンブン振っているのを見てようやく気づき、パッと手を離した。
紙人形は地団駄を踏んで抗議してきたが、不思議な事に、クチャっとなった部分は時間が経つと元通りに戻ったので問題無いと思う。
蓮華畑の主には呆れ顔で見られたが、見なかったことにする。
そんな事をしている間に、蓮華畑の端でゴソゴソと影が一つ動いた。
来た!
遠くて良くはわからないが、その影は二足歩行でクワのようなものを持っている。
それを思い切り振り上げた時、蓮華畑の主が怒りに打ち震えながら飛び出そうとした。
しっかりたすき掛けをした上で、肩には麻縄をかけていて、捕まえる気満々だ。
しかし、まだ早い。
「まだ、もうちょっと待ってください。」
私はすぐに、駆け出して行こうとした女性を小声で呼び止め押し止める。
こういうときは、言い逃れできない決定的な証拠を掴んで捕まえるべきだ。万引きGメンと同じで、持ち去る現場を確実に現行犯として押さえるのだ。
「何故です! また荒らされてしまうではないですか!」
女性もヒソヒソ声で応戦する。でも、私は首を振る。
「確実に持ち去ったところを捕らえるのです。そうでなければ言い逃れされるかもしれません。それに、蝶も連れて行かれたのでしょう。場所を明らかにして連れ戻すべきでは?」
そう言うと、女性はグッと息を呑みこんだあと、キッと盗人を睨んで静かにその場に座った。
盗人は、やはり女性の言っていた通りカッパだった。頭の皿を光らせて、水掻きのある手足を使って蓮華畑を掘り返していく。
緑の体がヌメヌメ月明かりに光って気持ち悪い。
爬虫類だね、あれは……
人と同じくらいの背丈で二足歩行で追いかけてくる爬虫類の姿を思い浮かべてしまい、私は慌てて頭を振る。怖いなんてもんじゃない。
そんな事を考えているうちに、カッパは蓮華を根から掘り返しては背負ってきたらしい籠の中に入れていく。
隣からギリギリと歯ぎしりする音が聞こえてくる。いつ飛び出すかとヒヤヒヤしながらカッパの動向を見守る。
ある程度掘り返したあと、カッパは周囲を見回して、今度は籠から網を取り出して振り回し始めた。ついでに蝶を捕まえるつもりなのだろう。
あ、もう見守るのは無理そう。
女性がそろそろ我慢の限界だ。
私は落ち着いてと女性を押し留めたあと、近くに手頃な石を探す。
そして、身を隠しながら少し移動して、私達から少し離れた木に向けて放り投げた。
トンッ、カサッ、という音が、シンとした月夜に響く。
カッパはその音にビクっとしたように、網を振り回すのを止めて辺の様子を窺った。
私達はさっと木の後ろに身を隠す。
しばらくすると、カッパはそそくさと網を籠に戻してその場を離れる準備をし始めた。
私は女性に合流すると、「行きますよ」と声を潜めて指示をだした。
私達はカッパの後を息を殺して着いていく。森の中を進んでいくため、歩きにくいが姿を隠しながら進むには丁度いい。
木々の間から漏れる月明かりを頼りにカッパの後を追った。
しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。
左側にはちょっとした沼があり、右側には岩壁にぽっかり空いた洞窟がある。
その丁度真ん中に小さな畑が広がっていた。
ただ、畑と言っても荒れ放題で、雑草があちこちに生え、枯れた花が頭を垂れて生えている。
「くそっ! 雑草ばかり生えやがって!」
蓮華泥棒は、自分の畑らしき場所に着くと、蓮華の入った籠を置くいて雑草をせっせと抜き始めた。その中には、枯れてしまった蓮華も紛れているように見えた。
隣では、本来の蓮華の持ち主が待てを食らった犬のようにウズウズしている。
「もういいですか? もういいでしょう?」
本当は蝶を放つまで待ちたかったけれど、もうこれ以上待つのは無理だろう。隣の人が。
ここまでくれば家探しも出来るだろうし、問い詰めることも容易だろう。
そう思って私はGOサインを出した。
そこから先は早かった。女性はバッと飛び出し、盗人が事態を飲み込めずにワタワタしている間に飛びついた。
肩からかけていた麻縄を素早く取り出し、あっという間に縛り上げてしまった。
見事な手腕に私は呆気にとられるしかない。
ポカンと口を開けている間に、女性は盗人に向かって怒声を上げた。
「私の大事な蝶たちはどこです!」
私がハッとして盗人に近づくと、やはり籠の中には蓮華が根から入っているし、畑には雑草に混じって枯れた蓮華が打ち捨てられている。
「何だよ! 俺は知らねーよ!」
なんて言ってるけど、畑で網を振り回していた以上、蝶泥棒も確実にやらかしているだろう。
泥棒は女性に任せて、私は右側の洞窟に足を進める。するとすぐに、口に蓋をした籠が置かれていた。それをパッと退けると、蝶が二匹ふわっと舞い上がる。
そのままヒラヒラと私の周りを舞ったあと、女性の元へ飛んでいった。
なんか意思があるみたいだな。
女性が最初に蝶たちに犯人を教えさせようとしたのもそんなにおかしな事じゃなかったかも。
私はそんな事をぼんやり思った。
蝶が戻ってきた女性は、とても素敵な笑顔で愛おしそうに二匹を軽く撫でた。
こうして、だいぶ呆気なく蓮華泥棒は捕らえられたのだった。
ちなみに、捕まえた犯人をどうするのか訪ねたら
「心から反省させて二度とこのようなことが出来ないようにさせてやります」
と何ともすごみのある笑みでカッパを見下ろしたので、それ以上詳しく聞くのはやめておいた。
カッパに助けてと目で訴えられたが、私にはどうすることもできない。見てみぬ振りを決め込んだ。
結局、蓮華畑に帰って来れたのは、空が白み始めた頃だった。
こんな事なら、昼間放置されたときに寝ておくんだったと後悔した。妖の体でも睡眠は必要らしい。
女性の家に戻ってお茶をもらいウツラウツラしていたら、
「少し寝ていったらいかがです?」
と言われたのでお言葉に甘えることにした。
目が覚めたのは昼頃だった。御暇しようと立ち上がると、
「これを差し上げます」
と蓮華の園の主は巾着いっぱいに詰まった蓮華の花びらを私に差し出した。
巾着には長い紐が付けられていて、ポシェットのように肩から下げられるようになっていた。
これだけの量を集めるにはかなりたくさんの蓮華が必要だったのでは無いだろうか。
「こんなにたくさん頂けません。大君という方に献上する予定だったのでしょう?」
すると、女性は目を丸くしたあと、くすくすと笑った。
「良いのですよ。これからの旅にお役立てくださいな。このような時の為に育てているのですから。
ただし、この巾着は肌見放さず持っているのですよ。毒や病にしか効きませんが、御身の危機には必ず口になさいませ。
それから、巾着の中身が無くなれば、ここに必ず戻ってくると約束してくださいな」
何だか、大した事はしていないのに物凄く感謝してくれているようだが、本当に貰って良いのだろうか……
私が受け取るのを躊躇っていると、女性にグイと巾着を押し付けられた。
「善意を断るような無粋な真似は許しませんよ」
有無を言わさぬ女性の顔に苦笑を漏らしながら、私は好意を有り難く受け取ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます