第8話 源泉の捜索
翌日、「やはり一緒に行きます」と着いてこようとする旦那さんを押し留め、蓮華姫のところへ送り出す。奥さんは子どもの世話だ。
出発直前、
「危険ではありませんか? 主人の帰りを待ったほうが……」
と念をおされたが、居候の分際でグータラするのは気が引けるので、お断りをして早々に出発した。
雪山の源流まで行くため、奥さんから毛織物の毛布を竹籠に入れて持たされる。
さらに粗末なボロ布だった私の服も、ウール製で瑠璃色の、袖のあるポンチョのような貫頭衣をこの短い期間で作ってくれていたようで身に着けた。
「薄い銀色でとてもキレイな毛並みですが、光や月の明かりできらめくので、少し目立ちますからね」
と奥さんが笑った。
第三の支流までの道のりは、一度来たことがあるので、気楽に足を進めていく。
夜は紙人形と二人だけなのがだいぶ不安だったけど、それも2日目には慣れた。この世界に来て、だいぶ図太くなったと思う。
前回の旅で火の焚き方も羊の旦那さんに教えてもらったし、薬草を煎じる道具はさすがに持ってこれなかったけど、薬草ほどではないもののそのまま食べて疲労回復に効く木の実や足に貼って痛みを取る草なんかも教えてもらっている。
先達に学べたのは今後の旅を考えても有用だったと思う。
とはいえ、目的のある旅を終えたら、ちゃんとした家でゆっくり過ごしたいなぁ……水浴びはしてるけど、あったかいお風呂にも入りたいし、寝るのは地面じゃなくて、やっぱりフカフカベッドがいい。
羊家族の家で過ごして改めて感じたが、ふかふかの羊毛は豊かな暮らしを送るためにはかなり重要な素材だ。
温泉探しでポイントを稼いで、是非たくさんの羊毛を譲ってもらいたい。
それに、温泉の近くに家を作れたりしたら素敵かも。
羊家族に羊毛を譲ってもらって、ふかふかベッドをつくるんだ。ふふふ。
素敵な将来設計で、なんとかモチベーションを維持しつつ旅を進める。
最初のうちは鼻歌なんか歌いながら気分を高め、紙人形も拍子に合わせて自然と体をゆらゆら揺らして遠足気分で進んでいた。
が、他から見れば、小さい兎の一人旅。いくら弱い妖が多い場所だからといっても、こんな世界で何事もなく順調に進むなんてあるはずがなかった。
明日には第三の支流にたどり着くだろうという日の夜。パチパチとはぜる焚き火の前で、紙人形に見張りを任せて眠りについた。
何もない屋外で身一つで寝るのは不安なので、せめてもと、持たせてもらった毛布に包まる。
突然、何かにぐいっと上に引っ張られる感覚があり、毛布が剥ぎ取られたことに気づいて飛び起きる。布団をとられ無理やり起こされる感覚は、何だか懐かしい感じもしたが、それどころではない。
何事かと周りを見ると、毛布を掴んで走り去ろうとする影が見えた。人の子どものような背格好だ。
せっかく持たせてもらった毛布だ。これから雪山を登るなら絶対に必要だし、毎日の安眠のためには手放せない。
私は標的を見つけると一気に駆け出した。
兎の体は軽くて、人の頃の感覚よりも驚くほど早く駆けることができる。と思ったら、無意識のうちに普通の兎の姿になっていて、四足で走り抜けていた。人の頃の体の重たさがなくて走るのが爽快だ。これはいい。私はぐんぐんスピードを上げていく。
ザッという音に気付いたのだろうか。
前方を駆けていた影がこちらを振り返る。若干スピードが落ちた隙に、素早く二足歩行の体に戻って勢いに乗ったスピードのまま飛びかかった。
今まででやったことは無かったのだが、あまり意識せずに、二足歩行型と四足歩行型に切り替えが出来そうだ。
四足歩行で走り抜ければ、旅を早く終えることが出来たのでは?と頭を過ぎったが、兎は持久力が無かったはずだ。無理はしないほうがいい。現に、今の時点でかなり息がきれている。
私は二足歩行型のまま、毛布泥棒がうつ伏せになるような形で馬乗りになって押さえつける。
私より体格は大きいが、やはり人の子どものような後ろ姿だ。丈の短い着物を着ていて、草履を履いている。
「毛布を返しなさい!」
と一喝すると、犯人が震え上がるのがわかった。
「お……お助けください!」
震える涙声が聞こえてくる。ちょっと可哀想かなと思ったが、今の私はこの子どもよりも小さな兎だ。手心を加えて反撃されたり、毛布を持ち去られては困る。
「毛布を返しなさいと言っているの!」
私がそう言うと、
「お、お返しします! お返ししますから、どうかお助け下さい!」
と後手に毛布を少し持ち上げて私に差し出した。
私はそれを受け取り、しっかりと脇に抱える。
目的のものが手元に戻ってきたことで、少し声を和らげる。
ただし、事情をしっかり聞くまでは逃がすつもりはないので、馬乗りはやめない。
「何故、これを盗ろうとしたの?」
しかし、子どもは、申し訳ございません、申し訳ございません、と繰り返すばかりで何も答えない。しかも、ずっと小刻みに震えている。
というか、子兎相手に恐れすぎではなかろうか。毛布を奪うときに姿を見てるはずだし、そうでなくても、自分より体が小さいことくらいは分かっているはずだ。体重も軽いだろうに、振り払う素振りもない。
……思っているより重いのかな私……
自分の心の声にショックを受けつつ、このままでは話にならないので、いったん子どもの上から降りることにする。
私がどいた瞬間、逃げ出すかと思ったらそんなこともなく、子どもはゆっくり起き上がる。
震えてはいるが、話は出来そうだ。
そう思いつつ子どもの顔を見て、私は目を見開いた。
子どもの顔には鼻口は普通にあるが、目だけは中央に大きなものが1つ。
一つ目小僧というやつだ。
この世界に来て、不思議の国の動物と限りなく人に近い蓮華姫と生き物と言っていいのかわからない紙人形ばかり見てきたので、カッパぶりに、THE妖怪という感じの生き物、、、というか妖を見て愕然とする。
そっか、そういう世界だった……
今までも会話の中で「妖」という単語が出ていたけれど、そこまで深く考えてなかったせいで、実際に目の前に出てこられると言葉がでない。
私が固まってしまったからか、一つ目小僧は私の前で正座をしたまま戸惑ったようにこちらを見ていた。
「あ、あの……」
と声をかけられてハッとする。
ああ、そうそう。毛布盗られたんだっけ。妖怪にビックリしている場合じゃない。私だって妖だ。
私は気を取り直して、一つ目小僧をまっすぐに見つめる。説教の構えだ。
「どうして私の毛布を盗んだりしたの?」
一つ目小僧は私の言葉に俯く。答えは返ってこない。
「毛布は返してもらったけど、盗んだこと自体が悪い行いだとわからない?」
やはり、私の問いかけに口を噤んだままだ。重い沈黙が続いて、私はハァとため息をつく。それから努めて声を和らげる。
「罰するつもりはないから、事情を教えてと言っているんだけど。」
私がそう言うと、一つ目小僧は俯いたまま、ようやくポツリポツリと話しだした。
「……周りの奴らを見返したかったのです……」
「は?」
「……おれは体が小さいし臆病で馬鹿だから、ちょっとしたことですぐに失敗するし、怖がるし、いつも周りの奴らにバカにされてて……今日も家の手伝い出掛けた時に、池の中で何かが光ってるって騙されて池に落とされて……」
妖の癖に何もできない馬鹿の役立たずと笑われ罵られ、悔しかったら自分たちを驚かせるようなことをしてみろと煽られたらしい。
しかも、家に帰れば水びだしで叱られ、同じように役立たずと言われたらしい。
一昔前の子ども喧嘩だと思えば珍しいことではないのだろうが、家でもそうだとすると、さすがに可哀想な気もする。
そんな中、このあたりに最近大妖が出る。しかも貴重な毛の布を持っているらしい、とういう噂を大人たちがしているのを聞きつけたそうだ。
夕方、川辺の大きな木に登り、木の実を取っていると、偶然にもその下に身なりの良い兎が歩いてきて、籠の中には毛の布のようなものも見える。
起きている間に奪うのは難しいが、寝ている間であればそれを奪って逃げるくらいなら出来るのでは。それを周囲に見せれば驚かして見返すことが出来るのでは、と考え、私が寝静まるのを待っていたらしい。
私は大妖ではないけれど、似たようなものを持って帰れば良いと思ったのだろう。いい迷惑だ。
「見張りの紙人形がいたでしょう?」
私が尋ねると、一つ目小僧は小さく首を振った。
「途中までは近くにいましたが、しばらくして何処かに行きました。その隙に、毛の布を奪ったのです」
上にかかった毛布をさっと取るだけのつもりだったのに、私ががっちり毛布を握っていたおかげで、スッと取ることができず、結果的に無理やり剥ぎ取ることになってしまったらしい。
私はそう言われて、先程までの状況を思い出す。盗人を捕まえることに集中していたので忘れていたが、確かに近くに紙人形の姿は見当たらなかった。ついでに現在、自分の周りを見渡してもやはり紙人形はいない。
アイツめっ!
拳を握り心の中で悪態をつくと、何故か一つ目小僧がビクっと体を震わせた。
兎相手にいちいちビクビクする理由はわからないが、盗みを働いた事情はわかった。
ひとまず、厳重注意して二度と盗みを働かないことを約束させて終わりにしよう。
そう思い、私は姿勢を正して懇懇と説教する。
一つ目小僧は反省したように小さくなって頷きながら話を聞いていた。
「申し訳ございませんでした、もうしません」
と本人の口から出たことで納得することにする。
毛布が返ってきたので、わざわざ家に乗り込むようなこともしないし、人様の家庭環境にも口出しはしない。既に病気の子どもの為に旅をしているのに、さらに他の家のことにまで手を出せるほど私の手は広くない。
ただ、ものを盗んで一発逆転を狙うのではなく、耐えていられるうちは地道に努力して一人でも生きていける力を蓄えること、自分に悪意のあるものは相手にせずに無視して、それでも耐えられないと思ったら逃げても恥ずかしくなんかないこと、他に頼れると思う大人がいればしっかり頼ることなどをアドバイスしておく。
今回は私だったから良かったものの、手を出したのが本当に大妖だったら大変なことになっていたかもしれない。
私がそう言うと、一つ目小僧はなんとも微妙な顔になった。
一通り説教を終えると、私は一つ目小僧に元いた川辺まで案内させた。犯人を追って一目散に駆けてきたので、帰り道がわからなくなってしまったからだ。
内心気恥ずかしい思いをしていたが、顔に出さず、当たり前のような顔をして川辺まで戻ってきた。
私が戻ると、紙人形が慌てた様子で周囲を探している姿がうつった。
私より背の低い草むらを掻き分けたりしているが、そんなところに居るわけがない。
呆れた顔で、一つ目小僧に帰って良いと伝えて見送ると、紙人形の側まで行き、ヒョイっと掴み上げた。
背後から掴んだため、紙人形は最初手足をバタバタとさせてもがいていたが、相手が私だと分かった途端ふっと体の力を抜いた。明らかにホッとしたような雰囲気を出している。
そして、今度は抗議するように私に向かって腕を突き出し前後させはじめた。
どうやら私に怒っているようだが、怒りたいのはこっちである。
見張りを頼んだのに役割を放り出した奴がいたせいで毛布を盗まれることになったのだ。しかも、このあたりには大妖が出るという。今のところ遭遇していないから良かったものの、襲われでもしたらどうするつもりだったのか。
私は抗議を続けようとする紙人形を一度ギュッと握ると、この夜2度目となる説教を朝まで行うことになった。
空が白んできた頃、すっかり落ち込んだ紙人形に、今度はしっかり見張りをするようにと念押しして、昼まで仮眠を取ることにした。
大妖は怖いが、昼間の短時間であれば大丈夫だろう。
目が醒めると、私の側にリンゴのような赤い果実が数個置かれていた。以前、羊の旦那さんから疲労回復に良いと教えてもらったものだ。
どうしたんだろう、と思っていると、紙人形が近くに落ちている小さな木の枝を器用にクルンと手で巻き付けて、地面に絵を書き始めた。
こんなことができるなんて知らなかった。
軽く驚いていると、紙人形が中央に目が一つある人の顔を描きあげた。下手くそだが、特徴だけですぐにわかった。
きっと昨日のお詫びに持ってきてくれたのだろう。
私はありがたくそれを籠に入れると、少し遅い出発をした。
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