アウタ・ファキアム
「お姉さま──その鎧は……それにその剣は……!?」
「セリィ、気が付いたか。悪いが説明してる時間は無い。下がっていろ」
「……っ、はいお姉さま……!」
状況を察してセリィは言いかけた言葉を飲み込みダリアの背後へと回る。
姿は変わったが、一応私だとは分かるようで良かった。ダリアは安堵して意識を自らの手元へ向ける。
私の炎から生まれた剣と鎧。赫く灼けた刀身、焔を噴き出し尋常ならざる膂力を与える鎧。
燃えているのだ。私の心が、体が。尽きぬ感情の熱が私を動かしてくれる。この力があれば、私は私の守りたいモノを全て守れる。
「貴様らの様な悪を斬る為に私はここに立っている」
言って、ダリアは目の前の二人を見据えて炎剣を構える。黒と白の二人の内、黒だけが私の前に立つとどこからともなく閉じた“傘”を取り出した。
「悪とはまた大それた事を仰る」
漆黒のメットの下でくぐもった合成音声がダリアを嘲る。
「貴様もそこの優男も悪以外の何者でもないだろう。奪うだけの者はすべからく、みな悪だ」
黒い男が傘を持ち上げると同時、ダリアが踏み込む。距離を詰めながら剣を右後方に下げ、踏み込んだ足が地面を踏む瞬間に下方からベートの胴を目掛けて逆袈裟に斬り上げる。
「さっきより重くなりましたね」
ガチンという音に黒の声が重なって炎剣は傘に受け止められる。ダリアは即座に衝突の力を利用して後方に回り込む様に跳躍。上を取ると同時、右足を旋回させベートの背へと回し蹴りを食らわせた。しかし大したダメージにはなっておらずベートは静かにダリアの方へくるりと優雅さすら感じる動きで向き直った。
「少しは動きが良くなったようですが、己の在り方すらまともに直視出来ない人間が他者の在り方を定めるなど滑稽でしかありませんね」
「なんだと……?」
「いえ皆まで言うつもりはありません。我々にも我々の目的があります。時間は有限で、価値のあるものですから」
「ふん──」
刃を構え直してダリアは思考を切り替えた。いちいち放たれる小賢しい言葉に耳を傾ける必要は無い。直後、ダリアの炎剣の刀身にぼぉと焔を灯る。
「思考を放棄しましたか」
「……」
無視。悪の語る言葉に価値などない。
炎剣を上段から振り下ろすダリア、ベートは横に構えた傘で軽々とそれを受け止め、ダリアの背後で二人の戦いを傍観しているセレマへと話しかけた。
「セレマ、あなたはここの方々を連れて先に戻っていてください」
ベートはダリアの事など意に介した様子もなく振る舞う。それがダリアを更に激昂させた。
「どこまで私を愚弄する……!」
怒りに任せてダリアが剣を押し込む。しかし傘は微動だにせず、ダリアの中に憤りが募る。
「おやもう無視はやめたのですか? それでいいのですよ、誰しもが自らから目を背ける事は出来ないのですから」
「──戯言を!」
炎剣を横なぎに振り払ってダリアは炎鎧による
自分は力を手に入れたはずだ、なのにその差は縮まるどころか更に開いているかのような気さえする。
この力の差はどこから来ている……?
「さてと
不意に白い男が言って動き出した。先刻まで適当なコンクリート片に腰を下ろしていたセレマは立ち上がると同時、その姿が掻き消えた。
「────!?」
ダリアの眼が捉えていたのは、セレマが元エデンの住民達に風の様に一瞬の内に近付いては一人一人手のひらでただ触れているだけの姿だった。
「な、なんだ!?」
触れられた住人が若干驚いた反応を見せるがそれだけで何も起こらない。構わずセレマは次々と住人達へと触れていく。
「私の仕事は終わりだね」
気の抜けた声と共にセレマが足を止め、再び姿を現した次の瞬間、異変は起き始めた。
「あ──が?」
住民の一人が間抜けな声を発したと思えば頭がぐしゃりと潰れ、そして足があり得ない方向に折り畳まれていく。ぶしゅぶしゅと血液を噴き出しながら人間だったものが小さく潰れるという残酷な光景からダリアとセリィを含め全員が目を離せずにいた。
「な、んだそれは……?」
最終的に小さな
「な、なんだよソレ!」「いやぁ! いやぁぁ!」「聞いてない! こんなの聞いてないぞ!」
喚く住民達をセレマだけが笑って見ていた。
「だから命の価値を教えてあげるって言った事、もう忘れたのかい? はぁ……だから君たちの人間性とか品性には何の価値も無いんだよ」
逃げ惑う住民達だったが、一人また一人と動きが止まり
そして一分も掛からずに十数人の人間が賽子へと変貌を遂げる。床に転がる
「くっ……悪魔が……!」
顔を歪めたダリアが吐き捨て、白と黒へと向いたままセリィの手に触れる。お前だけでも逃げろという合図だった。しかしセリィも目の前の惨劇に言葉を失っているのか反応が無い。
「セリィ──!」
多少強引だとしても、セリィだけでも逃さねば! ダリアがセリィへと体を向けた。
「あ。そうだ」
突然、白い男が思い出した様に顔を上げる。その声にダリアは咄嗟に意識をそちらへと向けてしまった。その時、またしてもぞわりとした嫌な感触が奔るのをダリアは感じた。けれど白の視線はダリアには向いていない、むしろダリアのすぐそばへと向けられていた────駄目だ!
嫌な予感がダリアの脳内を埋め尽くし出す。同時にダリアはぐっと前へと踏み込もうとする。
だが……白い男はあっけらかんと──笑いながら、手を差し伸べるかの様に─────絶望を突き付けた。
「その子にも触っておいたからね」
白の声はダリアには空白に浮かんだ文字じみて空虚さすら覚えた。一瞬の空白が瞬く間に黒く塗り潰されて最悪の一言へと収束する。前へと進み始めたダリアの背後で歪な粉砕音が鳴る。ごきり、べきり────。
「お……ねべェ……ざ……ま」
振り返ったダリアの目の前で彼女を慕う長い金髪の少女が折り畳まれ潰れていく腕を伸ばしていた。
「──セリィッッ!!」
ダリアの手が伸ばされた腕を掴もうとした瞬間、すり抜け──。
「あ、あ……あぁぁぁあぁ……!」
ごきごきべき。ばき。ぼき。
ダリアの目の前に小さな賽子が一つ
「いい加減自分を見てはいかがですか?」
その言葉に怒ろうとして僅かにダリアの指先が炎剣の柄に触れ、滑り落ちる。
怒りは湧いてこなかった。
怒ることも、悲しむことも虚しくなって、体から熱が失われていく。
……失う。どうして。奪われる。なんで。
なんで私から奪うんだ。返せ。返して。奪われたのなら奪い返すしか無い────!
「まだ逃避しますか」
ダリアの身から放たれた豪炎を前に黒が飛び退く。
「あぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
体が焼けていく痛み。取り返しの付かない事など分かっていた。だが全身が焼け焦げようと構わない。この身が灰になろうと……奪った者どもに獄炎の神罰を下せるのであれば!
「尽く燃え失せろ……!」
室内を灼熱が満たす、ダリアの炎剣は最早剣の形状ですら無い灼熱そのものを具現化した獄炎の渦と化していた。ダリアの一志が成した何もかも焼き尽くす焔。
黒と白の二人に獄炎が降り落ちていく、逃げ場の無い空間での絶死の攻撃。赫く燃え盛る焔が黒白を包み込んだ。焔の中へと消えた悪を見届けダリアは獄炎の中心で膝をついて頭上を仰いだ。
「リシル……セリィ……!」
奪われた者達の名を呟いてダリアの手から剣が離れる。悪を滅ぼしたというのにどうしようもない無力感だけがダリアの中に残る。周囲を包んでいた焔もダリアと同調し次第に勢いを失っていく。全てを出し切った。ダリアのうちには最早一欠片の火種すら残されていない。後は……終わるだけ。
「……何もかも失っても、ダメなのか」
全ての焔が潰え、ダリアが小さく呟く。その視界には火傷一つ負っていない黒と白が変わらない姿で立っていた。黒が両膝をついて諦観の表情を浮かべるダリアへと近づく。
「自己を見ない者は偽りの自己を被る」
言葉の意味を理解しようとは思わなかった。けれど頭、あるいは心のどこかにその言葉が入り込んでくる。
「あなたは他者の為にその身を燃やしたのではない」
違う。私は確かに私の守るべきものの為に命を燃やした。
「あなたは自らの為に他者を燃やしたに過ぎないのです」
違う。違う。そんな事、断じて違う。
「あなたは奪われたのでは無い。あなたのエゴが奪ったのです」
その時、確信的な何かが私の内に刺さった。そんな感じがした。
「わたしのエゴ……?」
漆黒のメットが眼前に迫り、視界いっぱいに闇が映し出される。その深淵が鏡のように私の姿を浮かび上がらせる。そして黒い男は告げる。
「そうです。自己を見よ、自らが何者であるか自覚する時です」
────胸の内に冷たく無機質で本能的な衝動が芽生えた瞬間だった。
◇
泣く声が聞こえる。一人ぼっちで泣いている少女。仲間が欲しい、一人は寂しいと惨めったらしくわんわんと泣き喚いている。
──アレは
ずっと寂しかった。
けれど孤独が私を強くした。
強くなった私の元には仲間が集まった。
そして私はそれを失いたくないと思った。
だから守った。
守らないとまた一人になってしまうから。
だからあの時のシズクの言葉に私は嘘で答えた。
私の手の届く範囲なんてたかが知れている。だから手の届く範囲にだけみんなを押し込めていただけだ。
守るためだけに仲間を集めた。
その為なら全てを担うつもりだった。
それが私の醜いエゴだと知りながら、見ないふりをしていた。
私のエゴがみんなを殺した。
私のエゴという焔に巻き込まれてみんな死んだ。
私の残酷な本能が全てを奪った。
己の為にしか生きれない無軌道な生き物を私は嫌悪する。それが自分だと分かっていたから。
ごめんなさい、ごめんなさい。
謝っても取り返しはつかない。
なら私は裁かれなければならない。
誰が裁く?
裁いてくれる者すら私の傍にはいない。
最早私を裁いてくれるのは大いなる存在だけだろう。
私を裁いて、誰か────。
◇
《
百の足を蠢かせ、自らが一人じゃないことに安堵する。地を蹂躙し、裁かれる日を待つ。
その身を赫灼の如き真紅色に染めた巨虫。
閻羅王の通った道はすべからく死が蔓延する。かつての住処を踏み潰し、姉と慕った黒髪の少女すらも踏み砕いて────。
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