アビサス・アビサム・インヴォケート/3
「こんな所に来る羽目になるとはなぁ」
通りの建築物からは幾つもの視線が向けられている事に気付きながらもベイルは無防備を装って呑気に歩を進めていた。
一〇三番街は人攫いの横行する碌でもない場所だ。血管街に住まう人間なら誰だって近付こうとは思わないだろう。とは言え、ここの人間も襲う相手を選ばない訳ではない。名の知れた組織や異聞局の人間には無闇に襲い掛かったりはしない。狙うのは個人で活動する手合いや馬鹿な観光客あたりだ。
「おい」
「早速来たか」
ベイルが振り返るとそこには筋骨隆々の禿頭の男が立っていた。禿頭はその手に拷問器具じみた大きなペンチを握っており眉根を寄せてベイルを睨みつけた。
「ここがどこだか分かってんのか?」
「さぁな、俺はただ行きつけのコーヒーショップで一服しようと近道しただけだ」
「なら残念なお知らせだぜ、お前にはコーヒーの代わりに血反吐を味わってもらう!」
禿頭が大きなペンチを振り上げて襲い掛かって来るのをベイルは退屈そうに眺め、すっと左手を持ち上げた。
「なんっっ!?」
力一杯振り下ろしたはずのペンチを片手で容易く止められ禿頭が驚愕の声を漏らす。
「どうした?」
欠伸をしながら問いかけたベイルに禿頭は今更になって恐怖を覚えて飛び退き、そしてペンチを高く掲げた。
「なにやってんだ?」
禿頭の意味不明な動きにベイルが不思議そうにしていると禿頭が笑い出した。
「なんだよ気狂いか?」
ベイルが呆れた顔でいると、周囲にざわざわと物音が起こり始める。音は通りの建物の中から聞こえており、幾つもの人の気配が蠢いていた。
「お前が何者か知らんが、今俺の手下どもを招集した! この辺の建物にはわんさかいるからな。多少腕っ節に自信があろうが数の暴力には勝てねぇ!」
禿頭が言い終えると同時に周囲から一斉に見窄らしい格好の男が姿を現す。それぞれが思い思いの武器を所持しているが、どれも都市では武器とは呼べないノコギリや金槌、調理用の包丁や廃材などだった。
「あーお前ら【ハイエナ】か。聞いた事あるよ、血管街のどっかを縄張りにしてるって話だったけどマスク協会にぶっ潰されてからは大人しくしてるんじゃなかったか?」
「ははっ、そうだ! かつての仲間の殆どは殺されたが生き残った俺だけはこうして組織の再建の為に活動している! いずれマスク協会のあのムカつく女を捕まえて、そして───」
「あっそ。勝手にくっちゃべるのは良いけど、周り見えてんのか?」
「は?」
ベイルの言葉に禿頭がハッと顔をあげるとベイルの周囲には見窄らしい男達が倒れ伏し積み上げられている。その光景に禿頭の額には汗が滲み出し、信じられないと大口を開けて硬直していた。ふと、その肩に触れる掌の感触に禿頭は震えながらベイルを見た。
「ところでさ、お前のボスは誰だよ?」
「は……そ、それだけは無理だ、ボスは人と会わねぇ……」
「やっぱり上がいたか。で、名前は?」
「くそ! 言えるわけないだろ!」
ベイルの腕を振り払い逃げようとした瞬間、禿頭はバランス感覚を失って思い切り転んでしまう。咄嗟に自らの足を確認した禿頭はひゅっと息を呑んだ。
「あ、足が……俺の足がぁ」
更にその背中にどん、と衝撃が走った。
「まぁこれでどう言う事か分かったろ。で、名前は?」
禿頭の背中を踏みつけながらベイルが問いかける。
「うぅ…言えねぇ……!」
「ほーん」
「うぐぉ!?」
背中に掛かる足の力が徐々に強まっていくのを感じ禿頭は全身に汗を滲ませた。
「や、やめろぉ……死ぬぅ……!」
「言わないんだったら死ねよ」
「わ、分かった……言うゥ……言うから力を緩めてくれぇ……!」
「駄目だ。言え」
更に強まる力に耐えかね禿頭は観念して口を開いた。
「スェズ! スェズだ!」
「なるほどなぁ」
革の手帳を取り出してベイルはメモを取る。
「は、早く解放してくれぇ……!」
「ん? ああ」
禿頭に言われベイルは懐に手帳を仕舞うと同時に拳銃を取り出して禿頭の頭蓋を撃ち抜く。元より人攫いを生業にしている人間を生かすつもりなどベイルには無かった。
「スェズ運送となると隣の一〇二番街の方だな。あの辺も物騒になったもんだ」
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