アビサス・アビサム・インヴォケート/2
地獄は常にそこにある。
一歩踏み出した先に、曲がり角の向こうに、自らの背後に。
三年前の辺獄戦争の際投入された未知に形を与え具象化する幻想兵器リバイアス。そのの影響で都市の一部が
それでも未だに生存不能域に残ると言われるリバイアスの残滓を求め、
生存不能域を管理する異聞局の封印塔を見上げてシイナ・アドラーは血管街の生温い空気に晒しながら紺色の髪を掻き上げた。
「これが噂に聞く封印塔かぁ。故郷の電波塔くらいおっきいな」
シイナの目には涙と一緒に故郷の風景が浮かんでいた。真ん中からポッキリと折れてしまった無残な電波塔と街の風景。シイナの故郷は“都市”とは違い異聞技術も乏しく人口の殆どが老人を占める廃れ行く旧時代の街であった。
二十二年前の国家体制の崩壊から世界は変わり果て一部の企業が都市を運営する体制に移り変わっていく中、シイナの故郷は辛うじて残った旧体制の市庁が運営していた。都市に比べて治安は良かったが時代の流れから程なくして終わりを告げ、行き場を失ったシイナと街の住民は都市を目指して旅をする事になったがその道程で生き延びたのはシイナだけだった。
「ぐすっ」
涙を拭い封印塔に背を向けシイナは目的の場所へと足を向けて歩き出した。
「じいちゃんが都市で生きていくなら請負人っていうのになるか、のたれ死ぬだけって言ってたからまずは武器が必要だよね」
今は亡き老人の言葉に従いシイナの足は工房へと向かっていた。
血管街には番号が割り振られておりシイナのいる場所は一○二番であり、血管街は他の区画と区画を繋ぐ路地裏の様な街だが請負人の扱う武器や道具を作成する工房も多く存在している。シイナの目的は【ムルムル工房】と言いそこには亡き老人の古い知り合いがいるという話だった。
「ムルムルってなんか変な響きだよねぇ、都市じゃ普通なのかな?」
などと考え事とも言えない雑な思考で歩いていると不意にシイナはどん!と何かにぶつかった。
「あたっ!?」
鼻を摩りながら涙目に何があったのか視線を持ち上げると、シイナの前には二人の男が笑みを浮かべて立っていた。一人は長身で紺色の外套を羽織り胸元に銀色に鈍く光るバッジがあった。もう一人も紺色の外套と銀のバッジは同じだがその手にボロボロになった人間を引き摺っている。異様な雰囲気を纏う二人にシイナが戸惑っていると一人がシイナへと話しかけた。
「都市は初めてかな?」
「あ。ごめんなさい考え事してて」とシイナが素直に謝る。
「はは、気にしなくていいさ。この辺りは我々アノヤ協会が巡回しているとは言え治安が良いとは言えないから気を付けて歩かないと危険だよ」
シイナには男の言う事が半分程度しか理解出来なかったが、どうやら忠告をしていると言うことだけは理解出来た。
「分かりました! これからは気をつけます!」
そう言ってシイナは男二人に礼を言い通りすぎようとした瞬間、ぐんと肩を掴まれる。
「え……?」
シイナが困惑するのも束の間、腹部にどずんと重い衝撃が奔った。
「──おっ……ぐェ……!」
胃の内容物、と言っても液体だけがシイナの口から溢れ返る。腹部を両手で抑えながら跪くシイナを男二人が笑顔で見下ろしていた。
「あの……なんで?」
胃酸で掠れた力無い声で男二人にシイナが問いかけるが答えは無く、代わりに男の一人が拳を振り上げる。
霞む視界の中、眼前には男の拳が迫るのを見ながらシイナの意識は揺らいだ。
揺らぐ視界の中、シイナは亡き老人の言葉を思い出していた。
『地獄は常にそこにある。
一歩踏み出した先に、曲がり角の向こうに、自らの背後に。そして、人間の中に』
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