さすがにかてん

 かなしい事件が起きてしまいました。

 むかしむかしのお昼ごろ、あるところで、サルによるカニ親子殺害事件が発生しました。

 殺されたのは、あるところにお住まいの、カニ田カニ助さん、妻のカニ代さん、長男のカニ太郎くんの、三カニです。

 現場のちかくに住む複数の畜生どもの証言によりますと、数年前、カニ田さん親子の長男・カニ太郎くんが、居城の庭でおにぎりを食べていたところ、一頭のサルが現れ、カニ太郎くんが食べていたおにぎりとサルが所持していた柿のタネを交換するよう、サルに持ちかけられたとのことです。

 カニ田さん親子は、サルの提案に同意し、柿のタネとおにぎりを交換して、庭にそのタネを植えたようです。その後、カニ田さん親子は、せっせと水をまき、適宜適切に施肥をするなどしたところ、タネが発芽をし、その後も、草とりや害虫駆除など、丹念に手入れをした結果、りっぱな柿の木に成長して、おいしそうな柿の実がたわわに実ったそうです。

 ところが、どっこい。

 カニ田さん親子は、全員、木のぼりが苦手だったため、せっかく実った柿の実を収穫することができません。そこで、カニ田さん親子は、一計を案じ、近所のホームセンターでプロ仕様のデラックスDIYセットを購入し、そのへんにころがっていたおおきな臼を解体して、高ばしごを製作したようです。

 さあ、これで、柿の木の柿を収穫できるぞ、と思ったのもつかの間、カニ田さんご家族の家長であるカニ田カニ助さんは、ある事実に気づきます。

 それは、カニ田家の家族は、全員、高所恐怖症だという、とてもショッキングで致命的な事実です。

 カニ田カニ助さんは、さけびます。

「おーまいごっと!」

 つづいて、カニ助さんの妻のカニ代さんも、さけびます。

「がっでむ!」

 両親につづいて、長男のカニ太郎くんも、さけびます。

「なんてこったい、肩こったい!」

 三びきのカニたちは、とほうにくれました。

 そのときです。長男のカニ太郎くんが、あるアイデアをひらめきました。

「父上、母上。それがし、よいことを思いつきましてございます」

「なんじゃ? もうしてみい」

 父親のカニ助さんにうながされて、カニ太郎くんは、たいへん画期的なアイデアを披露しました。

「このおおきな柿の木を、きりたおしましょう。さすれば、おおきな柿の木にのぼらずとも、柿の実を収穫することができまする」

 カニ助さんは、カニ太郎くんのアイデアに、いたく感心しました。

「ふむ、それは、たいへんグッドなアイデアじゃ。さいわい、このデラックスDIYセットのなかに、電動式のチェーンソーが入っておる。これで……」

 そのとき、カニ助さんの妻のカニ代さんが、夫と長男に待ったをかけました。

「お待ちなされ。せっかく丹精こめてそだてた柿の木をきりたおしてしまったら、来年以降、柿が実らなくなってしまうではあ~りませんか」

 カニ助さんとカニ太郎くんの父子は、カニ代さんのするどい指摘に、はっとして、ぐー。

「母上。それがし、うかつでございました。はらをきって、おわびを……」

「はらなど、きらずともよい。わが城の裏庭に、ハチの巣箱があるであろう。あれをもってまいれ」

御意かしこまり

 カニ太郎くんは、母親に命じられるまま、お城の裏庭においてあったハチの巣箱をもってきました。

「もってまいりました」

「では、巣箱をあけて、ハチを、ときはなちなさい」

「は? 母上、もしや、ハチに柿の実を収穫させるおつもりでござるか?」

「さよう。ハチは、高いところでも、へいきでとべるであろう?」

「母上?」

「むりかのう?」

「まあ、おそらく、むりでござりましょうな」

「では、巣箱を、もとの裏庭に……」

「はっ、御意かしこまり

 カニ太郎くんは、ハチの巣箱を、お城の裏庭にもっていきました。

 一連の母子の即席コントをだまってみていたカニ助さんは、馬小屋にいって、おおきなたるにはいった馬糞ばふんを、リヤカーにつんで、はこんできました。

「ダーリン。馬糞など、いかがなさるおつもりですか?」

 妻のカニ代さんにそうきかれて、カニ助さん、どや顔で、こうこたえました。

「柿の木の根もとに馬糞をうめれば、根っこがくさって、柿の木がたおれるのではないかと……」

「たわけ! 根っこがくさったら、来年、実がならなくなってしまうだろうが! っていうか、馬糞が肥料になって、よけいに木がおおきくなってしまうおそれも、なきにしもあらず、だろうがっ!」

 カニ代さん、激おこです。

 そこに、くだんのサルがやってきました。

「ほな、わいが、柿の実を収穫したろやおまへんか」

 うさんくささ満点のサルは、柿の木にスルスルとのぼり、持参したくだもの用のナイフで柿の実のかわをむいて、こしにぶらさげたふくろのなかに、むいたばかりのかわをいれ、のこった実だけを、高い木のうえで、むしゃむしゃとたべはじめたのだそうです。

 なお、捜査関係者によりますと、どうやら、サルは、ふくろにいれたかわを、邸宅にもどったあとで、つけものにしてたべるつもりだったようです。

 さて、うんめいのそのときが、刻一刻と、ちかづいてまいりました。


 ピンポンパンポ~ン!


 視聴者のみなさまへ

 いまから約五分間、きわめて凄惨で残虐な映像がながれます。よいこのみなさんは、けっして、みないでください。よいおとなのみなさんも、みないほうがいいかもしれません。

 わるいおとな、極悪で、はらぐろいくずやろうどもは、めんたまひんむいて、よ~くみやがれ。

 これが、てめえらの、なれのはてだ!


 それでは、五分間の衝撃映像を、どうぞ。


 サルは、持っていたくだものナイフで


「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。さきほど、山形県のさくらんぼ農園で、直径十三メートルの巨大なさくらんぼの実が発見されました。映像など、くわしい情報は、こちらにはまだ入ってきておりません。くわしい情報が入りしだい、あらためて、お伝えいたします。くりかえします。さきほど、山形県のさくらんぼ農園で、直径十三メートルの巨大なさくらんぼの実が発見されました。映像など、くわしい情報は、こちらにはまだ入ってきておりません。くわしい情報が入りしだい、あらためて、お伝えいたします。あっ、たったいま、山形国際放送の石川梅子記者が現場に到着したようです。中継は……あっ、中継がつながったようです。それでは、現場をよんでみましょう。山形国際放送の石川梅子さん?」

「はい、山形国際放送の石川梅子です。いまから約三十分ほどまえ、午後一時十五分ごろ、衝撃のニュースがとびこんでまいりました。わたしは、ちょうど、山形国際放送本社ビルの二階にある女子社員控え室で、視聴者からの差し入れのりんごのかわをむいていたのですが、上司から緊急のメールが入りまして、あわててスマホをみると、随所に絵文字が入った、いかにも昭和うまれのおじさんっぽい文面で、『おととい、ふたり💑で行ったバー🥂の裏手に、さくらんぼ農園🍒があったよネ? あの農園で、でっかいさくらんぼ🍒が発見されたらしくて、臨時ニュースで全国中継🛰️📡することになったから、いますぐ、中継スタッフ📹🎤と現場に急行してネ🚐!  梅ちゃんが日本中のテレビ📺に映っちゃうョ! 🥸より』という、かわいいメールが、うふっ……」

「それでは、いったん、東京のスタジオにもどします。スタジオには、さくらんぼ事情にくわしい、東京文藝大學の宮崎桃子教授におこしいただきました。宮崎先生、おねがいします」

「こちらこそ、おねがいします」

「それでは、宮崎先生。まずは、さくらんぼについて、かんたんに説明していただけますでしょうか?」

「昼間っから、生放送で、さくらんぼのはなしなんかしても、だいじょうですか?」

「ぜんぜんかまいませんよ?」

「ほんとに?」

「とくに、なにも問題はないと思いますが?」

「わかりました。それでは、さくらんぼについて、かんたんにご説明します。さくらんぼは、えいごで、ちぇりーといいます。正式名称は、ちぇりーぼーい……」


 おそれいりますが

 そのまましばらく

 お待ちください


 カニ田家の三カニの葬儀が、しめやかにとりおこなわれました。葬儀には、近所の畜生どもと、カニ田ご夫妻のこどもたちであるカニ田三万五千きょうだいのうち、ご両親とともに亡くなった長男のカニ太郎くんをのぞく三万四千九百九十九ひきの子ガニたちが参列しました。

 葬儀がおわると、のこされた三万四千九百九十九ひきのカニ田きょうだいの次男であるカニ田次郎くんが、三万四千九百九十八ぴきの弟妹たちにむかって、なみだながらに、こう、うったえかけました。

「きょうだいたちよ! われら三万四千九百九十九ひきのカニ田きょうだいで、両親と兄の、とむらい合戦をしようではないか! にっくきモンキーを、われらのハサミで、みじんぎりにしよう!」

 三万四千九百九十八ぴきのカニたちは、カニ田家の家長に就任したばかりのカニ田次郎くんのうったえに、りょうてのハサミをたかだかとあげて賛同しました。

 三万四千九百九十九ひきのカニ田軍は、隊列をくんで、サルの邸宅にむけて行進しました。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 カシャッ、カシャッ、カシャッ。

 三万四千九百九十九ひきのカニの足音と、六万九千九百九十八本のハサミの音が、なりひびきます。

 カニ田軍は、サルの邸宅前に集結しました。

 カニ田軍の総大将、カニ田次郎元帥は、右のハサミをあげ、こう言いました。

「やい、サルよ! おとなしく、でてこい!」

 邸宅の窓からようすをうかがっていたサルは、三万四千九百九十九ひきのカニの大軍をみて、「さすがに、勝てん」と観念し、白い旗をかかげて、おもてにでてきました。

 カニ田次郎元帥は、三万四千九百九十八ぴきの弟妹たちに、こう言いました。

「さあ、きょうだいたちよ! 親のかたき、兄のかたきを、うとうではないか! 義は、われらにあり! にっくきサルめを、きりきざめ! やつざきにしろ!」

 オー!

 そこに、けいさつの機動隊が到着しました。

「きみたち! 待ちなさい! きみたちのいかりは、よくわかる! だが、この国は法治国家だ! 私怨によるかたきうちは、かたく禁じられている! わるいサルは、われわれけいさつがつかまえて、ほうりつにのっとって、さばきをうけさせるから、きみたちは、おとなしくお城にもどって、ご両親とお兄さんの供養をしっかりしてあげなさい!」

 三万四千九百九十九ひきのカニ田きょうだいは、ハサミをおろし、機動隊の隊長にふかぶかとおじぎをして、お城にもどっていきました。

 サルは、あっけなく逮捕されました。


「ふたたび現場から中継です。山形国際放送の、栗山梨代ディレクター?」

「はい、栗山です。巨大さくらんぼが発見されたさくらんぼ農園の事実上のオーナーの長野林檎さんに、こちらまできていただきました。長野さん、よろしくおねがいします」

「あっ、これ、もう映ってるの?」

「ええ、映ってます」

「これ、全国放送だよね?」

「そうです」

「このカメラでいいの?」

「はい。まさに、いま、このカメラでとった映像が、日本全国津々浦々のお茶の間に、リアルタイムで流れています」

「えっ? これ、ライヴなの?」

「そうです、ライヴです」

「画面の右上に〝LIVE〞ってテロップが出てたりするわけ?」

「ええ、まあ、たぶん。それか、『中継』か『生中継』ですね」

「わお。わたし、全国の人に、名前と顔が知られてしまうじゃん」

「まあ、きっと、全国に顔と名前が知れわたるでしょうね」

「じゃあ、わたし、きょうから、有名人じゃん。セレブリティじゃん」

「セレブリティかどうかはわかりませんが、有名人にはなるでしょうね」

「じゃあ、アイドルとかにも、会えたりなんかする?」

「さあ、それはなんとも言えませんが、おそらく、芸能人のかたにも、山形のさくらんぼ農園の事実上のオーナーの長野林檎さんのお顔とお名前は、知れわたるのではないでしょうか」

「じゃあ、ミップーにも、わたしのこと、知られちゃうわけ?」

「ミップーって、だれですか?」

「てきとーに言っただけ。実在の有名アイドルの愛称なんて、うかつに書けないでしょ?」

「作者への忖度、ありがとうございます」

「どういたしまして」

「もしもし、栗山さん?」

「はい、なんでしょう、奈良さん?」

「奈良さんって、東産テレビの奈良いちごアナ?」

「そうです、東京産業テレビの奈良いちごアナウンサーです。東産テレビと略さないようにと、上司からきつく言われております」

「なぜです?」

「言わなければ、わかりませんか?」

「ええ、ぜひとも、おしえてください」

「では、あとで、中継がきれてから」

「なんで? いま、おしえてよ」

「できかねます」

「どうして?」

「お察しください」

「わかりました。いじわる言って、ごめんなさい」

「わかれば、よろしい」

「栗山さぁん?」

「はい、東京産業テレビの奈良さん。いま、きちんと話をつけて、ご理解いただけましたので、ごしんぱいなく」

「たったいま、あたらしいニュースが入りましたので、山形からの中継は、ここで終了とさせていただきます。栗山さん、長野さん、ありがとうございました。では、ふたたび、東京から最新のニュースをお伝えします。本日、東京産業テレビ株式会社の福岡三重社長が緊急記者会見を開き、弊社、東京産業テレビ株式会社が、債務超過によって銀行取引停止処分を受け、事実上の倒産に追い込まれたと発表しました。では、福岡社長の会見映像をごらんください」

「本日、わが東京産業テレビ株式会社は、東産テレビになりました」

「以上、臨時ニュースをお伝えしました。それでは、番組のつづきを、どうぞ」


 サル死刑囚は、処刑されましたとさ。

 めでたし、めでたし。

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おとなのための童話集 芥川鴨之介 @kamoryori

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