うらやましいだろう

 今は昔、浜辺で悪ガキどもが、うみがめの甲羅を棒でつついて、いじめていました。

 そこに、たまたま通りかかった漁師の浦山太郎は、悪ガキどもに、こう言いました。

「おもしろそうだな。おれにもやらせろ」

「はっ、はい! 太郎さま!」

 悪ガキのひとりが、自分が持っていた木の棒を、浦山太郎、通称「マッド太郎」に差し出しました。太郎は、悪ガキから棒を受けとると、その棒を高々と振り上げました。

 コツン!

「いてっ」

 太郎が棒を振り下ろしたのは、うみがめの甲羅ではなく、悪ガキどものリーダーの頭でした。

 悪ガキのリーダーは、その場にぱたんと倒れ込みました。

「安心せい。峰打ちみねうちじゃ」

 浦山〝マッド〞太郎は、まったく意味の分からないせりふを吐きました。そして、半グレのリーダーに灰皿でテキーラを飲ませようとして半ゴロシにされた大根役者のように、両目をカッと見開き、

「あな、ゼッケイかな、ゼッケイかな」

 と、またしても、わけの分からないせりふを、ドヤ顔でつぶやきました。

「こいつ、やべえから、逃げようぜ」

 悪ガキのひとりがそうささやくと、他の悪ガキどもも、そくざに同意しました。そして、

「リーダー、すまねえ」

 と言い残し、砂浜に倒れて失神したリーダーを見捨てて、くもの子を散らすように退散しました。

 太郎は、気絶した悪ガキのリーダーのズボンのポケットから財布を奪い、紙のおかねを自分のふところに入れ、残った小銭をうみがめに渡しました。

「これで、うまいもんでも食え」

 うみがめは、とまどいつつも、太郎から百九十六円の小銭を受けとり、

「あ、ありがとうございます」

 と言って、深々と頭を下げました。

 太郎は、

「礼にはおよばんよ」

 と言ったあと、少し間をおいて、

「いやいや、名乗るほどの者ではない」

 と、ひとりごとのようにつぶやきました。

 すると、察しのいいうみがめは、

「あの~、お名前は?」

 と、恐る恐る、太郎に名前を尋ねると、太郎は、待ってましたとばかりに、大袈裟に見栄を切りながら、こう名乗りをあげました。

「知らざぁ、言って聞かせやしょう! 浜の真砂と五右衛門が……(中略)……荒海の暴れん坊、裏山太郎たぁ、おれさまのことだぁ!」

「あっ、裏山太郎さんですね? 裏山さん、あぶないところをお助けいただきまして、ありがとうございました」

「いやいや、礼にはおよばん。高額な謝礼や高価な土産物やゴージャスな接待なんぞ、受けるわけにはいかん」

 察しのいいうみがめは、全てを理解しました。

「わたくしとしたことが、たいへん失礼いたしました。浦山さんは、命の恩人。ぜひとも、わたくしどもの海のお城、竜宮城で、誠心誠意、真心を込めまして、ご接待をさせていただきたく存じます」

「んっ、まあ、どうしてもと言うなら、接待されてやってもいいが?」

「ぜひとも、接待されて下さい!」

 浦山太郎は、心の中でガッツポーズ。

「しかたないなぁ。で? お出迎えは、リムジンか?」

「もうしわけございません。わたくしどもの竜宮城は、海の中にございまして、リムジンでは行けません」

「では、移動は、ゴージャスな潜水艇?」

「いえ、わたくしの背中に乗って……」

「おいおい、冗談だろ?」

「冗談ではございません」

「まじか?」

「まじでございます」

 太郎は、ため息をつきました。

「はぁ。しょうがねえ。では、かめよ、やさしく運んでね」

「イエッサー。では、さっそくではございますが、運賃は先払いでお願いします」

「有料かよ? で、いくらだ?」

「通常価格、片道一万九千六百円のところ、今回は、特別に、なななんと! 税込み、たったの、片道九千六百九十六円! 九千六百九十六円とさせていただきます! (甲高い声で)ヤスーイ! でしょう? はい。さらに! 今だけ限定の、出血大サービス! なんと! 九千六百九十六円という破格の激安片道運賃で、往復できてしまうという、驚きの、はい……(後略)」

 太郎は、うみがめの巧みなセールストークにすっかり心酔し、ついさっき悪ガキの財布から抜きとった札束から、一万円をうみがめに渡すと、

「釣りは、要らねえ」

 と言い放ったものの、うみがめは、全てを察した上で、太郎に三百四円のおつりを返却しました。

「はい! 浦山さま! シートベルトはきちんと締めましたか? ライフジャケットも装着しましたね? 酸素ボンベは大丈夫ですか? では、甲羅のフチにしっかりつかまって下さいね。準備はよろしいですか? それでは! いざ、出航!」

 ボコボコボコ、ブクブクブク。

「はい、着きました!」

「はやっ!」

 浦山〝マッド〞太郎は、海底にそびえる絢爛豪華な城に圧倒されました。単に豪華なだけでなく、おそらく、東京ドーム九百六十一万個分ほどもある巨大さです。城壁は全て純金製で、表面には精緻な浮き彫りが施され、ダイヤモンドをはじめ、ルビーやサファイアなど、色とりどりの宝石がびっしり埋め込まれています。

 浦山太郎は叫びました。

「海の宝石箱や!」

 うみがめは、表情ひとつ変えることなく、城の中に太郎をいざないました。

 城の中は、外観の豪華さと打って変わり、薄暗く、ところどころに絵画や彫刻が飾られているものの、意外と落ち着いた雰囲気。太郎は、城内の大広間に通されました。その奥にある玉座には、から風の衣装を身にまとった、みやびな女性が鎮座しています。

「あのおかたは?」

「あれは、わたくしたちの国の女王、おと女王陛下です」

「ほう、なかなかの美形じゃないか」

 太郎が、クラスで五番目か六番目ぐらい、五段階評価で四ぐらいの、まあまあ、そこそこ、美人と言えなくもない乙女王に軽く会釈をしました。

 その時です。クラスで五番目か六番目の乙女王が、突然、右手を挙げ、張りのある大きな声で、こう叫びました。

「衛兵! ろうそくを持ってまいれ!」

「ははっ! かしこまりっ!」

 赤と黒の軍服を着た衛兵が、甲高い靴音を打ち鳴らしながら、大急ぎで大広間から出ていきました。

 太郎が呆然としていると、女王は玉座から立ち上がり、威厳に満ちた声で、

「そなた、こういうとこ、はじめて?」

 と言いました。

 太郎は、何となく、いやな予感がして、全身をぶるぶると震わせました。

「あ、はい、はじめて、です……」

 荒海の暴れん坊こと浦山〝マッド〞太郎も、海底の女王の前では、形なしです。

 そして、女王は、やさしい声で、太郎にこう言いました。

「浦山太郎とやら。もそっと、近う寄れ」

「あ、は、はい、女王さま!」

 太郎は、観念して、乙女王のすぐ目の前まで進み、女王の足もとにひざまずきました。

「あっ、あの、おれ、いや、ぼく、こっ、こういうのは、はっ、はじめて、なので、まあこの、何と言うか、いわゆるひとつの、あーうー、ごくごく軽めの、ビギナー向けの、初級編で、お願いします……」

「いいから、おもてを上げい!」

 太郎が顔を上げると、女王は、困ったような顔で、土下座状態の太郎を見下ろしていました。

「じょっ、女王さま! お、お靴を、お舐めいたしましょうか?」

「これ、太郎よ。そなた、何を勘違いしておるのじゃ? わらわはSMの女王ではないぞえ?」

「でっ、では、乙女王さま、あなたさまは、いったい、何者?」

「この竜宮城のあるじ、海底の王国の女王じゃ」

「ひいぃぃぃぃーっ! おっ、お許しをーっ!」

 女王は、あきれて、ため息をつきました。

「おい、かめ公。おぬし、何で、こんなやつを連れてきたんじゃ?」

「面目次第もございません」

 うみがめ、平身低頭。

「まあよい。さて、浦山太郎とやら。そなた、かめ公の命の恩人らしいな。いちおう、礼を申しておこう」

「ははーっ! おそれ多きお言葉、ありがたき幸せ!」

「これこれ、太郎よ。わらわは、あくまで、海底の女王であって、陸にすむ漁師であるそなたのあるじではないからして、そんなに恐縮せずともよいぞ」

「ははーっ!」

 太郎は、いまだに、ろうそくの件が頭にこびりついて離れません。

 そして、ついに、衛兵が、一本の太くて長いろうそくを持って、大広間に戻ってきました。女王は満足げに、その太くて長いろうそくを、食い入るように眺め回しました。衛兵は、そのろうそくを燭台に立て、ろうそくの芯に火をともしました。

 薄暗かった大広間が、いっぺんに明るくなりました。

 女王は言いました。

「普段は、経費節減のために、ろうそくの本数を減らしておるのじゃが、今日は客人がきたゆえ、ろうそくの本数を増やして、少し明るめにしてみたぞい」

 太郎は、ろうそくの火に照らされた女王の顔を見上げました。すると、さっきまでクラスで五、六番目ぐらいの、やや美人に見えた女王の顔が、クラスで五、六番目だった中学時代の元クラスメイトと、二十年後に再会したところ、微妙にかわいかった面影を残しつつ、柔和でお上品なおばさまへと変貌を遂げていた、という感じに見えました。

 太郎は、心の中で、「う~ん、微妙……」とつぶやきました。

 とはいえ、相手は、海底の女王。万一、そういうお誘いがあれば、受けて立つ覚悟はできていました。

 この時、太郎は、御年二十五歳。十歳ほども歳の離れた熟女に、自分からアタックする気は毛頭ありません。あくまで、熟女のほうから誘ってきたら、の話です。

 熟女、いや、女王は、太郎の手を取り、こう言いました。

「ま、何はともあれ、しばらくここに逗留して、ゆるりとなさるがよいぞ。さてと、ディナーの支度ができておるゆえ、まずは腹ごしらえじゃ」

 しばらく逗留。

 熟女の居城に連泊。

 いきなり夕食のお誘い。

 太郎は腹をくくりました。

 浦山太郎、二十五歳。人呼んで、荒海の暴れん坊。〝マッド〞と呼ばれた海の野獣が、ついに、海底の女王と……。

 そうです。浦山〝マッド〞太郎は、彼女いない歴二十五年の、うぶでオクテな、ちぇりーぼーいだったのです。

 そんな、浦山〝マッド〞ちぇりーぼーい太郎の、はじめてのお相手は、甲乙丙丁戌の五段階評価の乙相当の、すっかり熟しきったおばさまなのか?

 ちぇりーぼーい太郎は、熟女のやわらかな手のぬくもりを感じながら、こう思いました。

 うむ。熟女も、悪くないな……。

 よくよく見れば、美熟女、いや、美魔女にも見えなくはないし、少なくとも、中の上レベルのおばさまであることは間違いない。少しひいき目に見れば、上の下レベルと言っても過言ではないかも知れぬ。

 ちぇりーの妄想は、膨らむばかり。ちぇりーのムスコも、ほのかに膨らみます。

 ちぇりー太郎は、熟女に手を引かれ、城内の大食堂へ。今夜のディナーのメインディッシュは、新鮮なたいやひらめの刺身が盛りつけられた超豪華な海鮮丼です。

 乙女王は、

「これは、執事のタイゾー、こっちは、メイドのヒラメ、あちらは、踊り子のサワラ。おやまあ、清掃員のブリ太郎と、料理長のスズキまで……」

 などと、いちいち具の説明をしながら、パクパク、ムシャムシャ。

 太郎は、海鮮丼には、一切、箸をつけずに、コンブとワカメがたっぷり入ったシジミ汁をちびちび飲んでいます。

 すると、女王は、

「しっ、シジミ! これは、いとこのシジミではないか! シジミぃ~~~~っ!」

 と叫んで、シジミ汁をゴクゴク飲み始めました。

 太郎は、赤い液体が注がれたワイングラスに手を伸ばしました。

 すると、今度は、鬼畜ババア、いや、乙女王が、

 「これは、かめ公の生き血か?」

 と言い出す始末。

 給仕係は、落ち着いた声で、

 「いえ、これは、ただの、海ぶどうの煮汁です」

 いやいやいやいや、海ぶどう、赤くねえだろ? この赤は、いったい、何だ?

 「ただ、製造過程で、庭師のスッポンの生き血が混入してしまったらしく……」

 ……。

「料理長のスズキが、この不始末の責任をとって、海鮮丼の具に……」

 ……。

「スズキの婚約者だったシジミさまも、みずから、シジミ汁の具に……」

 ……。

「うっうっ、うええええ~~~んっ! ぼく、もう、おうち帰るぅ~~~っ!」

 荒海の暴れん坊こと浦山〝マッド〞ちぇりーぼーい太郎は、恐怖のあまり、泣き出しました。

 乙女王は、さっと席を立ち、太郎のそばに歩み寄り、太郎の耳もとで、こうささやきました。

「冗談じゃよ、冗談。家来やいとこを食うわけないじゃろ? ただの魚と貝じゃ」

「うっうっ、ほっ、ほんとに?」

「さあ、それはどうかな?」

「うわぁ~~~~んっ! おっ、おっかないよぉ~~~~っ!」

「そなた、陸の世界では、荒海の暴れん坊だの、マッド太郎だのと呼ばれて、恐れられているらしいな」

「うえぇぇええぇえ~~~んっ! ごっ、ごめんなさあぁぁああぁあ~~~いっ!」

「ずいぶん、悪さもしてきたようじゃな」

「かっ、かんにんしてくださあぁぁああぁあ~~~いっ! もっもっ、もう、悪いことはしませえぇぇええぇえ~~~んっ!」

「まあ、過去のことは、海水に流そう。そなたは、心根は腐っておらぬようじゃし、意外と、やさしい面も持っておるようじゃからな」

 女王は、マッド改めチキン太郎の肩をポンと叩いて、

「海鮮丼が口に合わぬようなら、親子丼は、どうじゃ?」

 海底の王国で、親子丼?

「そう言えば、姫の姿が見えぬな。衛兵! 姫を連れてまいれ!」

「はっ! かしこまりっ!」

 衛兵は、まるでタップシューズでも履いているかのような、カッカッカッという高い靴音を鳴らしながら、大食堂をあとにしました。

 乙女王は、にっこりほほえみ、こう言いました。

「さあ、浦山太郎! わらわと姫とそなたの三人で、なかよく、親子丼じゃ!」

 浦山〝マッド〞太郎改め、浦山〝チキン〞ちぇりーぼーい太郎のはつたいけんは、まさかの、親子丼?

 太郎は、思いました。

「ワオ! 何ということだ! まるで盆と正月とゴールデンウィークがいっぺんに来たような幸運! ビバ、親子丼! 親子丼、バンザイ! 親子丼、ハレルヤ!」

 その時です。衛兵に連れられて、姫の登場です。

「太郎よ。これが、わらわの一人娘、こう姫じゃ」

 それは、まさに、甲乙丙丁戌の、甲。万人が認める、絶世の美少女でした。

 中の上の熟女と、最上級の美少女。

「キターーーーッ! イッツ・ア・ミラクル! 神さま仏さまイナオさま! ゴンドーゴンドー雨ゴンドー! みんなみんな、ありがとう! どうだ! うらやましいだろう! 地球にうまれて、よかったー!」

 すると、太郎の目の前に、鶏肉と玉子の親子丼が運ばれてきました。

 太郎の期待は、一気にしぼみ、太郎のムスコも、しぼみました。

 ムシャムシャ、モグモグ。

 三人は、静かに、親子丼を食べました。

 食事を終えると、甲姫が、ひと足先に、自分の部屋へ戻っていきました。残った浦山太郎と乙女王は、城の最上階のバーラウンジに移動して、ドンペリで乾杯。

「あの子、甲姫の父親は、十八年前、そなたと同じように、浜で、かめ公を助けてくれた漁師でな……」

「……」

「わらわが、まだ女王に即位する前、乙姫と呼ばれておったころの話じゃ……」

「……」

「ある日の夜更け、その漁師が、わらわの寝所に、しのんでまいったのじゃ……」

「……」

「その翌日も、そのまた翌日も、わらわの寝所で、あんなことや、こんなことを……」

「……」

「四日目の晩も……」

「……」

「くんず、ほぐれつ……」

「……」

「五日目の夜も……」

「……」

「くんず、ほぐれつ……」

「……」

「その後も、毎晩……」

「……」

「くんず、ほぐれつ……」

「……」

「来る日も、来る日も……」

「……」

「くんず、ほぐれつ……」

「……」

「快楽をむさぼる日々……」

「……」

「心のやさしい、よい男じゃったが、ここの暮らしに飽きて、陸に帰りたいと言うので、土産に玉手箱を持たせて、陸に帰らせたんじゃ……」

「……」

「わらわのおなかに赤子がいるとは、つゆ知らず……」

「……」

「昼も夜も、実に、よい男じゃったが、欲深い男でもあった……」

「……」

「そなたは、少々、そこつ者ではあるが、根は、悪い男ではない、と、かめ公に聞いた……」

「……」

「もっとも、かめ公の言うことなど、たいして、あてにはできぬが……。何しろ、あの浦島太郎を連れてきたうみがめじゃからな……」

「そう。甲姫の父親は、浦島太郎という男。そなたと一字違いの、ろくでなしじゃ……」

「そのろくでなしのお陰で、姫を授かったのじゃから、かめ公には感謝しておるがな……」

「……」

「その老がめが、最後のご奉公と申して、老体に鞭打って、悪ガキどもがたむろする浜に上がり……」

「……」

「何日も何日も、来る日も来る日も、浜に通って、悪ガキどもに、棒で叩かれ、足蹴にされ……」

「……」

「そして、ようやく、そなたと出会った……」

「……」

「事前のリサーチでは、少々、荒くれ者じゃが、根は、やさしい男じゃと……」

「……」

「案の定、悪ガキにいじめられていたかめ公を助けてくれた……」

「……」

「気を失った悪ガキのリーダーの財布からカネを盗みとる、したたかさもある……」

「……」

「たった百九十六円とはいえ、かめ公に気前よく恵んでやる男気もある……」

「……」

「竜宮城までの往復運賃九千六百九十六円を、何の躊躇もなく、現金一括払いできる、きっぷのよさも……」

「盗んだカネだし……」

「いや、盗んだカネも、カネはカネ。いったん、そなたのふところに入れば、それは、紛れもなく、そなたのカネじゃ」

「まさに、時代劇に出てくる悪代官か、極悪非道な盗賊の論理……」

「おぬしも、ワルよのう……」

「女王さまも……」

 ウハッ、ウハッ、ウハハハハ……。

「さて、冗談はこれくらいにして、浦山太郎よ。そなた、甲姫の父親になる気はないか?」

「断る!」

「だろうな。では、甲姫の夫は、どうじゃ?」

「喜んでお引き受けいたす!」

「生涯、添い遂げると誓うか?」

「お誓いいたす!」

「陸の世界に未練はないか?」

「微塵もござらぬ! 完全に、未練ナッシングでござる!」

「よし! では、かためのしるしとして、老うみがめの生き血で乾杯じゃ!」

「いや、それはお断りします」

「なぜじゃ?」

「って言うか、どうも、話がうますぎます。だって、甲姫は、まだ十七、八の小娘でしょう? いくら何でも、若すぎます」

「わらわは、十六で、くんずほくれつして、十七で、姫を産んだぞよ?」

「ほえ? あっ、いや、でも、とにかく、まずは、本人の意向を聞いてみないことには……」

「姫は、よいと申しておったぞ?」

「え、そうなの?」

「うむ。少々、やんちゃな男が好みらしい」

「へー」

「泣き上戸なところも、母性本能をくすぐられるらしい」

「なるほど。見てたんか?」

「隠しカメラで、一部始終をモニタリングしておったようじゃ」

「げに、恐ろしや」

「ということで、うみがめの生き血で乾杯じゃ!」

「わざわざ、うみがめの血を飲まなくても、よくね?」

「飲んだほうが、何となく、気が引き締まるじゃろ?」

「女王さま、いえ、母上さま。このさい、そういう古くさい悪習は、廃止しませんか?」

「なんじゃと?」

「長年、女王さまにお仕えしたうみがめの生き血を飲むなんて、かわいそうではありませんか」

「むむむ、それもそうじゃが……」

「でしょ?」

「じゃが、もう、血を抜いてしもうたから……」

「……」

「死んではおらぬぞ? ほんの少し、採血しただけじゃ」

「……」

「ほんのニリットルほどな」

「確実に死ぬだろ?」

「いや、あらかじめ最新の万能細胞技術を用いて培養しておいた血液を、採血と同時に輸血したから、安心せい」

「ええっ? 海底の王国って、そんな最先端の再生医療技術があるんですか?」

「実は、ここだけの話、あのかめ公めが、陸の国から、優秀な科学者をヘッドハンティングしてきたんじゃよ」

「おやまあ」

「割烹着がよく似合う、めっちゃ優秀なリケジョをな」

「……」

「何ぞ、不審な点でも?」

「それって、ひょっとして、サニー・チャイルドさん?」

「誰じゃ、それは?」

「いや、だから、おぼ、いや、スモールなんとかという苗字で、下の名前を英訳すると、サニー・チャイルド」

「おう、それそれ。そなた、ハルコの知り合いか?」

「いえ、面識はありませんが、名前だけは……」

「ほほう、あのハルコは、陸の国でも有名だったんじゃな」

「ええ、陸の国では、知らぬ者はひとりもいないほどの、超有名人です。一時は、ストップだかスキップだかスナックだかいう万能細胞を発見したと、上を下への大騒ぎでした」

「そうそう。その、スモッグだかスカンクだかスランプだかいう万能細胞に、少量のレモン汁をたらして培養すれば、どんな組織も再生できると、自信満々で申しておった」

「なるほど。それで、うみがめの血を……」

「じゃから、心配は要らぬ。安心して、飲め!」

 太郎は、涙をこらえて、うみがめの血なまぐさい生き血を、一気に飲み干しました。

 一方、女王は、うみがめの生き血が注がれたグラスを眺めながら、こうつぶやきました。

「あのかめ公の頭を見るたび、つい、あの人を思い出してしもうてな……」

「……」

「それはそれは、かめ公の頭にそっくりで……」

「……」

「伸びたり縮んだりするところなんか、まさに、うりふたつ……」

「大きかったんですか?」

「かめ公の頭ほどにはデカくはなかったが、じゅうぶんな大きさじゃった……」

「へぇ……」

「あの人のアレが、わらわの中に、出たり入ったり……」

「……」

「何十回、何百回と、出たり入ったり……」

「……」

「太くて長くて硬くてたくましいアレが、出たり入ったり……」

「……」

「いやん、あはん、太郎さま、もうだめ、だめよだめだめ、太郎さまったら、あはん、いやん、もっとぉ~……」

「……」

「さて、あらためて聞くが、太郎よ。そなた、甲姫の父親に……」

「断る!」

「せめて、一度だけ。ねっ♪」

「そうさな、一度だけなら、考えてやってもいいか……」

「今晩、どう?」

「いや、冗……」

「そなた、もしや、ちぇりーか?」

「お答えいたしかねます」

「はい、ちぇりー確定!」

「何でやねん?」

「浦山ちぇりーぼーい太郎!」

「はいっ! って、はいじゃなくて、かと言って、いいえでもなく……」

「乙おねえさんが、フデオロシしてやろうか?」

「突然、何すか、『乙おねえさん』って?」

「乙と呼んで♪」

「えっ? あっ、お、乙さん……」

「さんは、要らない。乙だけでいいわ♪」

「お、乙……」

「太郎さま♪」

「いや、だから、何なんですか、この、一九六七年にアメリカで公開された名優ダスティン・ホフマンの出世作で米アカデミー監督賞にも輝いた全米が泣いた不朽の名画『卒業』(マイク・ニコルズ監督)のような展開は?」

「考えるな! 感じろ!」

「何を?」

「だーかーらぁ! 新婚初夜に、あたふたしないように、事前に、経験者と、予行演習をだな……」

「もうすぐ義母になる人と予行演習なんて、できるかっ!」

「まあまあ、そうカタいこと言わずに。カタいのは、アレだけでじゅうぶん!」

「あのね、女王さま……」

「海底の女王も、ひと皮むけば、ただのオンナ♪」

「ただのエロオンナの間違いでは?」

「やるのか? やらねえのか? ああん?」

「い・た・し・ま・せ・んっ! いたしません!」

「トーキョー!」

「ばんざーい! って、何ですか、これは?」

「わたしぃ、十八年間、ご無沙汰なのぉ♪」

「ふーん。で?」

「一度くらい、してくれてもいいんじゃない? 減るもんじゃなし」

「いや、だから、何で、おれが?」

「う?」

「別の男、探せばいいじゃないですか」

「だってぇ、あたしぃ、まだ、あなたの義母になってないしぃ、それにぃ、甲ちゃんとあたしはぁ、親子って言うよりぃ、姉妹みたいになかよしだからぁ、妹のような甲ちゃんとぉ、竿姉妹になりたいなあって、思っててぇ♪」

「何考えとんじゃ、この、どすけべ女!」

「う?」

 乙おねえさん、右手の人差し指を、自分のあごに押し当てて、

「う?」

「そんな、ぶりっ子ポーズなんかしても、むだです!」

 乙おねえさん、今度は、両手の人差し指を突き合わせて、ぐるぐる、くねくね。

「ひとりE.T.か?」

「もぉ、太郎くんったらぁ、据え膳食わぬは男の恥よおっ♪」

「だめなものは、だーめっ!」

 すると、乙おねえさんは、両手をグーにして、片方ずつ頭の上に置く、あの伝説のポーズをするではありませんか!

 まず、右手を頭に乗せて、「ぷん!」。

 続いて、左手を頭に乗せ、「ぷん!」。

 この二つの動作を続けて、「ぷん! ぷん!」とやる、あのタマオ・サトーの人類史上最強のあざとすぎる超絶悶絶ぶりっ子モーションです。

 三十なかばの乙おば、いや、乙おねえさんが、二十一世紀最大の流行語のひとつ、「激おこぷんぷん丸」の語源にもなった、あの伝説の「ぷん! ぷん!」を、少し照れながら、頬を赤らめ、瞳をウルウル潤ませて、

「ぷん! ぷん!」

「……」

「ぷん! ぷん!」

「……」

「んもぉ、太郎くんってばあっ! ぷーん! ぷぅーんっ!」

 浦山太郎二十五歳、乙おねえさん三十五歳のあまりのあざとかわいさに、とうとう、限界突破!

「乙!」

 二十五歳の浦山太郎は、思わず、十歳年上の乙おねえさんを抱きしめました。そして……。

(中略)

 数日後、海底の王国の王女・甲姫と、荒海の暴れん坊・浦山太郎の婚礼の儀式が執り行われました。式場の最前列には、大きな大きなうみがめの甲羅が置かれていました。新婦の母である乙女王は、新郎新婦の二人を、潤んだ瞳で見つめています。

 式が終わると、新郎新婦は、竜宮城の敷地内に築城された真新しい支城の城門の前に移動しました。新郎の太郎は、新婦の甲姫をお姫さま抱っこして、支城に入城します。

 支城の門が閉じられると、新郎は新婦をお姫さま抱っこしたまま、寝室に直行。そして、新婦のドレスをやさしく脱がせ、新婦にとってハジメテの、新郎にとっては二度目となる、くんずほぐれつを……。

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