アリはギリギリっす
夏の間、働きアリたちは、酷暑にも負けずに、毎日毎日、せっせと食糧を運搬し、女王さまの地下要塞(食糧庫兼住居)に備蓄します。
一方、ヴァイオリン好きのキリギリスは、国際電子通信網に演奏動画をアップして、動画共有サービスの運営会社から動画の再生回数に応じて支給されるごほうびと、動画視聴者の投げ銭で、生計を立てています。
やがて夏が終わり、秋がすぎ、寒い寒い冬がやってきました。春から秋の間、せっせと食糧を運搬していた働きアリたちは、女王さまが支配する地下要塞の片隅にある、狭くて冷たい牢獄のような雑居房で、互いに身を寄せ合って、春が来るのを待ちます。彼らがお仕えする女王さまは、地下要塞のいちばん奥の広大な広間で、備蓄食糧をたらふく食らい、イケメンのご奉仕アリたちを大勢はべらせ、あんなことやこんなことをして、せっせ、せっせと、子作りに励んでいます。
その頃、キリギリスは、動画スタジオを兼ねた豪華な御殿で、高価な外国製のくるまや、レトロな腕時計の自慢をし、高級和牛や、特上の輸入ワインや、年代物のウイスキーなどを堪能しつつ、時おり、さほど上手でもないヴァイオリンをキーキー鳴らせたり、旧友のコオリギやスズムシたちの暴露話に花を咲かせるなどして、優雅な暮らしを謳歌しています。
新聞屋さんや週刊誌屋さん、テレビ屋さんやラジオ屋さんは、そんな自意識過剰で自堕落な怠け者のキリギリスの、くだらない投稿ネタを一般大衆に宣伝し、キリギリスの安直な商売に、こぞって荷担します。
女王アリの地下要塞で肩を寄せ合って寒さをしのいでいる働きアリたちも、マスコミの印象操作に誘導されて、キリギリスの低俗な動画を視聴し、生活費を削りに削って、キリギリスに投げ銭します。
ただでさえ、低賃金でギリギリの生活をしている働きアリたちは、まるで、いかがわしい宗教にかぶれた狂信者のように、すっかりキリギリスに夢中です。
ある時、ギリギリの生活をしている働きアリのひとりが、女王さまの側近である上級アリのご奉仕アリに、こう不平をこぼしました。
「あなたたちご奉仕アリは、女王さまのおそばにお仕えして、毎晩、あんなことやこんなことをして、遊蕩三昧。でも、ぼくたち働きアリは、三十年間、給料が上がらず、ギリギリっす」
すると、ご奉仕アリは、こう言いました。
「なら、交代しようか?」
「ほんとに?」
「ただし、奉仕アリは、重労働だぞ? 何しろ、あんな精力旺盛な女王さまに、毎晩、ご奉仕しているのだからね。ご奉仕あけの朝は、おれもムスコもグッタリ、アタマはクラクラ、目の前には、お星さまがキラキラ。地底なのに、朝っぱらから、満天の星空を拝めるんだぞ?」
「逆に、羨ましいっす。ところで、ご奉仕アリさんの年収は、おいくらぐらいっすか?」
「三千万」
「ぼくは、二百万っす」
「その代わり、三食昼寝つき、寮費光熱費タダだろ?」
「それは、ご奉仕アリさんも、同じっしょ?」
「でも、ご奉仕アリは、お役目を果たせなくなったら、女王さまのエサ……」
「うわあ……」
「まっ、敬愛する女王さまに喰われて死ねるなら、本望だけどな。女王さまにご奉仕して、後世にアリの子孫を残し、ご奉仕アリとしての使命をなし遂げたのちは、女王さまの栄養になる。オスアリ冥利に尽きるってものさ」
「何言ってんすか? いくら子孫繁栄の大義のためとはいえ、命を粗末にするのは、断じてNGっすよ」
「おれたちご奉仕アリは、産まれた時から、カマキリの生態ビデオを繰り返し鑑賞して、コービの最中にメスに食べられる、あのカマキリのオスのように気高いオスアリになるよう、教育を受け……」
「それ、完全に、洗脳教育っしょ? キタの国の『ショーグンさま、マンセー!』と同じっすよ? もしかして、ご奉仕アリさんも、夜な夜な、『女王さま、マン……』」
「そこまでだ! 働きアリめ、よくも、ぬけぬけと! それ以上言ったら、即BANだぞ!」
「面目ないっす。つい、口が滑りそうになったっす」
「分かればよろしい」
「マンうんぬんはさておき、誇り高きご奉仕アリさんの生きざま、死にざまについて、頭ごなし否定するつもりは毛頭ないっすけど、でも、満足に立たなくなったからって、即座に、喰われてしまうなんて、悲しすぎるっす。引退後も長生きして、縁側で茶のみ友だちとむかし話に花を咲かせたり、価格が暴騰している中古の腕時計を買って自慢したり、クラシックカーをレストアして自慢したり、極悪非道の侵略国家に何百億も資金援助をして優雅に宇宙旅行とか……。いっそ、女王さまに喰われる前に、思い切って脱サラして、動画チャンネルを開設するのは、どうっすか?」
「既存のオールドメディアに挑戦状を叩きつけるのかい?」
「そんな大それた野心はないっすよ。単に、コンクリート打ちっぱなしの中古住宅を買って、暑いだの、寒いだの、光熱費がえげつないだの、電波が届かないだのと、グダグダとクダを巻くだけっす」
「それだけで、億万長者か?」
「たまに、スーパーの刺身を盗み食いして、執行猶予つきの有罪判決を受けたり」
「インチキ格闘技で秒殺されたり?」
「クラファンでキャンピングカーを買って全国旅行」
「気にくわないタレントの暴露話とか?」
「みんな、おかね持ってるっすね」
「好き勝手に遊びほうけている連中に投げ銭するような、あぶく銭をね」
「それ、ぼくも該当してるっす」
「それもこれも、この国が豊かな国である証拠だね」
「心は浅ましいっすけど、おかねだけは、むだにある、ってことっすね」
「心の豊かさは、お金では買えないからね。お金はなくても心が豊かで清らかな人もいれば、お金持ちでも心根がいやしい人もいる。でも、まあ、何だかんだ言って、この国が豊かで自由で平和な恵まれた国であることは確かだよ。いくら政府を批判しても、拘束も監禁も教化も粛清もされないしね。逆に、へたに政府を擁護すると、言論統制が大好きなひだりまきに袋叩きにされるけどね。さてと、ぼちぼち、女王さまのエサにされないよう、筋トレでもしようかな」
「通販グッズで?」
「漕ぐだけで痩せる、着るだけで痩せる、踏むだけで痩せる、座るだけで痩せる、乗せるだけで痩せる、貼ったり巻いたりするだけでシックスパック。さらに、この引き締まった肉体美をより強調するために、こっそり日サロにも通っているんだ」
「ご奉仕アリさんってば、その安直な方法で中途半端に鍛え上げた肉体で、命がけとはいえ、毎晩、美人の女王さまと……」
「マスコミ報道によれば、ね。マスコミの『かわいい、美しい、素敵、尊い』ほど、あてにならないものはないよ。SNS上の一部の妄信的ファンの書き込みを抽出すれば、どんなゲテモノでも、国宝級の美男美女になってしまう。まして、地底の支配者の評判なんて、国際電子通信網工作アリの指先ひとつで、いかようにも操れてしまうのさ。実を言うと、かく言うおれも、女王さまへのご奉仕のかたわら、国際電子通信網の情報操作工作にひと役買っているんだ。毎日毎日、「地底の妖精」「世界遺産級の女神」「女王さまの神々しすぎる微笑に癒される」などと、SNSで情報発信。マスコミは、おれたち、ご奉仕兼国際電子通信網工作アリの書き込みを転載するだけの簡単なお仕事。記者の目に留まるよう、いかに大袈裟に極論を書くかが、おれたち国際電子通信網工作員の腕の見せ所さ。例えば、ラジオのリスナーも、些細なことで号泣するだろ? あれも、ラジオパーソナリティーに読み上げてもらうための粉飾テクニック。実際には、地味な脇役俳優の訃報ぐらいで、ワーワー声を出して泣く人など、めったにいやしないんだけど、承認欲求の一種と言うか、ラジオで自分の投書が紹介されると、自己顕示欲が満たされるから、みんな競い合って、『号泣した』などと、口から出まかせのホラを吹くのさ。六十年も前に人気を博したグループのメンバーがひとり死んだだけで『しょうわが終わった』とか。とっくに終わっとるわ。ほんの些細なことで『涙腺崩壊』。病院行けよ。挙げ句の果ては、かやまゆーぞーが大好きと称する音楽評論家が『CDは持っているけど、ライブには一度も行ったことがない』って、ふざけんな。ギョーカイ人なら簡単にチケットを入手できるはずだから、チケットの入手が困難で行きたくても行けない、なんてことは絶対にあり得ない。つまり、チケットを入手する気がない、ライブに行く気がない、ってこと。そもそも音楽評論家は音楽を聴いて感想を述べるのがお仕事だから、さほど好きでもないミュージシャンのライブでも聴きに行かなきゃならない。まして、大好きな歌手のコンサートなら、他の仕事を断ってでも、喜んで行くはず。それなのに、ああ、それなのに! 半世紀以上もの長きにわたって音楽活動をしている大御所のライブに一度も行ったことがないなんて、ぜってーファンじゃねえし、むしろ、腹の底から忌み嫌っていて、あえて避けているとしか思えんわ。おっと、もうこんな時間。通販で買ったプロテイン飲んで、女王さまのご奉仕だ!」
「ご奉仕アリさん、がんばって!」
「ありがとう、働きアリくん。今日は楽しかったよ。生き残れたら、また会おう!」
その夜、ご奉仕アリは、女王さまへのご奉仕中に、うっかり寝落ちをしてしまい、女王さまのエサになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
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