おとなのための童話集

芥川鴨之介

白のおぱんつ 黒のおぱんつ

 つい最近、あるところに、真面目なおにいさんがいました。きょうも近所の川で水遊び。ジャブジャブ、パチャパチャ。気持ちのいい水音が響きます。

 ところが、ふとした拍子に、おぱんつが、するりと脱げてしまいました。

「オーノー! 何てこったい!」

 おにいさんは、しょんぼり。おにいさんのムスコも、しょんぼり。

 すると、ポコポコポコ。川の中から、きれいなおねえさんが現れました。

「あなたが落としたのは、白いおぱんつですか? それとも、黒いおぱんつですか?」

 おねえさんは、右手に白のブリーフ、左手に黒のTバックを持っています。

「違います。僕が落としたのは、紺色の水泳用おぱんつです」

 おねえさんは、不満そうです。

「あなたはクソ真面目ですね。それでは、この紺色の水泳用おぱんつに、先ほどの白のブリーフと黒のTバックの二点を加えた豪華三点セットと、さらに、おまけとして、女子用のスクール水着を一着さしあげましょう」

「かたじけない」

 おにいさんは、三着のおぱんつと、一着の女子用スクール水着を受け取って、全裸のまま帰りました。

 不真面目なおにいさんがそれを見ていました。不真面目なおにいさんは、穿いていた赤いトランクスを脱いで、川に投げ捨てました。

 ポコポコポコ。

 おねえさんが現れました。

「あなたが落としたのは、白のブリーフですか?」

「いいえ。僕が落としたのは、お嬢さん、あなたです」

 おねえさんは、うれしそうな顔をしています。

「あなたは、いけない人ですね」

 おねえさんは川から岸に上がり、着ていたビキニを脱ぎ捨てて、不真面目なおにいさんに抱きつきました。

 不真面目なおにいさんは、全裸のおねえさんを連れて、近くのホテルに入っていきました。

 変なおじさんがそれを見ていました。変なおじさんは、着ていたセーラー服と、その下に身に着けていた女子用スクール水着を脱いで、川に投げ入れました。

 ポコポコポコ。

 おばあさんが現れました。

「おぬしが落としたのは、ワシか?」

「いいえ。私が落としたのは、あなたの孫娘です」

 おばあさんは、うれしそうに銀歯を光らせて、いったん川に潜り、イケイケのギャル風の茶髪娘とともに、ふたたび川面に姿を現しました。

 おばあさんは、右手にセーラー服、左手に女子用スクール水着を持っています。

 変なおじさんは、その女子用スクール水着とセーラー服を、二十歳のギャルに着せて、すぐさま役所に連れていき、婚姻届に署名捺印しました。

 真面目なおじさんが一連の出来事を見ていました。真面目なおじさんは、穿いていた白いブリーフを川に投げ捨てました。

 真面目なおじさんは、期待に胸を膨らませ、真面目なおじさんのムスコも、膨らみました。

 ポコポコポコ。

 おばあさんが現れました。

「おぬしが落としたのは、この孫娘か?」

 おばあさんは、ついさっき変なおじさんと入籍した二十歳のギャルの妹で、今年、高校を卒業したばかりの清楚な少女を連れてきました。

「ごめんなさい。僕が落としたのは、百均で買った白いブリーフです」

 おばあさんは、右手に白いブリーフ、左手に純白のウェディングドレスを持っています。

「ったく、めんどくさい男だな。つべこべ言わずに、連れてけ」

 真面目なおじさんは、戸惑いながらも、十八歳の可憐な少女に白いブリーフを穿かせた上に、純白のウェディングドレスを着せて、役所に連れていき、婚姻届に署名捺印しました。

 真面目なおじいさんが一部始終を見ていました。真面目なおじいさんは、穿いていた花柄のトランクスを川に投げ捨てました。

 ポコポコポコ。

 おばあさんが現れました。

「おぬしが落としたのは、これか?」

 おばあさんは、右手に、花柄のトランクスを持っています。

「いいや。ワシが落としたのは、お前さんじゃ」

 おばあさんは、銀歯をキラリと光らせて、こう言い放ちました。

「帰れ」

 ブクブクブク。

 真面目なおじいさんは、下半身を露出したまま、その場に立ち尽くしました。

 その後、真面目なおじいさんは、通報を受けた警察官に取り押さえられ、最寄りの警察署に連行されていきました。

 不真面目なおじさんがそれを見ていました。不真面目なおじさんは、穿いていた黒のTバックを川に投げ入れました。

 ポコポコポコ。

 おばあさんが現れました。

「おぬしは、何が欲しいんじゃ?」

「別に」

 不真面目なおじさんは、踵を返して、その場から立ち去ろうとします。

「分かった。三女をくれてやる」

「ばあさんの三女なら、要らんぞ」

「待て。三女は、ワシの子ではなく、死んだじいさんが、愛人に産ませた子じゃ」

「ほう。で、今、いくつだ?」

「中学二年の十四歳じゃ」

「若すぎる、って言うか、幼すぎるわ」

「話は最後まで聞け」

「聞いてやってもいいが、話を聞いても、三女の年齢は変わらんだろ?」

 おばあさんは、銀歯をキラキラと輝かせながら、じいさんの黒歴史を語り始めました。

「うちのじいさん、つまり、ワシの父親じゃが、死ぬ間際に、実は隠し子がいると」

「ほう。てっきり、あんたのダンナの隠し子かと思ったら、オヤジさんの隠し子か?」

「ばかもの。ワシのダーリンは浮気なぞせぬわ」

「すまんすまん。許せ。って、あんた、ダンナのことをダーリンと呼んでるのか?」

「悪いか?」

「いや、悪くはないが、その歳で、珍しいなと思って」

「ほっとけ」

「では、ほっとく。ほんで、オヤジさんに隠し子か。驚いただろ?」

「そらもう、ぶったまげたわ」

「だろうな。で?」

「じいさんの愛人は、産後の肥立ちが悪く、赤子を産んで間もなく、死んでしまったらしい」

「あちゃあ……」

「じいさんは、産まれたばかりの赤子を、こっそり施設に預けて、自分のわずかな小遣いの中から、どうにかこうにか切りつめて、毎月一億円ずつ捻出して、施設に仕送りをしていたらしい」

「そりゃまた、ずいぶんと、わずかな金額で……」

「じいさんは、その子が成人するまで、施設に仕送りをしてやるつもりだったらしいんじゃが、その子が産まれた二年後に、不治の病に冒されてしまい……」

「それで、仕方なく、あんたが引き取ることに?」

「ま、そういうことじゃ」

「三女を……」

「ワシが長女で、次女は、今年、満七十三歳で、三女が、中二の十四歳じゃ」

「じいさん、何歳で隠し子を作ったんだ?」

「確か、八十五歳、じゃったかな?」

「それはそれは、ずいぶんと、お元気だったんだな。で、愛人は?」

「亡くなった時は満十七歳じゃったから、仕込んだのは、十六か」

「犯罪だな」

「明確に、犯罪じゃ」

「ほんで?」

「とはいえ、加賀百万石の礎を築いた前田利家公の正室まつは、満十一歳で輿入れし、即座に腰入れをイタし、翌年、満十一歳十一か月で長女の幸姫(こうひめ)を産んだ、とウィキに書いてあったぞい。ちなみに、利家公は、その時、満十九歳。今で言えば、大学一年の若造が、小五か小六の女児に子どもを産ませた、ってぇ感じじゃな」

「うむ。大河ドラマでは、利家とまつが結婚した時、すでに、トシアキとナナコが演じていたが、史実を忠実に再現するなら、輿入れ、床入り、出産まで、トシアキと子役が演じなければ辻褄が合わん。にもかかわらず、天下の公共放送が、こともあろうに、旧華族の前田家に忖度しまくり、歴史を改竄し、史実を捏造……とか言ってる場合か。日曜夜八時台の本放送だけならともかく、土曜の午後一時五分からの再放送で、トシアキが小学生の女児とちちくり合う映像なんか流した日には、全国民ドン引きだろ?」

「日曜の夜八時台でも、充分すぎるほどドン引きじゃわい!」

「おあとがよろしいようで」

「チャンチャン」

「さて、しょうもない脱線話はこのくらいにして、話を戻せ」

「それでは、まだ地球が誕生する前、宇宙空間を漂うチリやガスだった頃の話をしようか」

「そこまで戻さなくていい。十四歳の妹の話をしてくれ」

「かしこまり。腹違いとはいえ、血を分けた大事な妹。でありながら、あまりにも歳が離れすぎて、妹と言うより、娘、いや、実の孫よりも年下じゃから、末の孫娘といった感じかのう」

「いやはや、想像すらできんわ。って言うか、とりあえず、おれのおぱんつを返してくれると有り難いんだが」

「はて、どんなおぱんつだっけ?」

「黒のTバックだ」

「では、代わりに、この金のTバックをくれてやるから、穿け」

「いやいやいやいや、こんな高そうな宝石をちりばめたド派手なTバックなど穿けん。元の黒いやつを、くれ」

「すまん。アレは、ワシが穿いてしもうた」

「何だと? アレは、おれの大事な大事な勝負おぱんつなんだぞ?」

 おばあさんは、しぶしぶ、水から上がり、黒いTバックに手をかけました。

「分かった。もういい。それは、ばあさんにくれてやる。そっちのド派手なおぱんつと交換だ」

 不真面目なおじさんは、高価な宝石がちりばめられた金のTバックを穿きました。

 すると、どうでしょう。金のTバックに無数に縫いつけられた大小の硬い固形物が、不真面目なおじさんのデリケートでナイーブなムスコを激しく責め立てるではありませんか。

 不真面目なおじさんは、これまで経験したことがないような、えも言われぬ感覚に襲われ、思わず、なまめかしい吐息を洩らしてしまいそうになりましたが、すんでのところで、こらえました。

「さっ、話は済んだ。もう帰るぞ」

「まだ終わっとらん」

「オヤジの隠し子を引き取って十四歳まで育てました。だろ?」

「そっから先が、重要な話なんじゃ」

「中学卒業して、高校行って、大学行って、就職して、いい人にめぐり会って、結婚して、子ども産んで、あんたは伯母さんになって、めでたしめでたし、じゃないのか?」

「そうなれば、めでたいんじゃが……。もう長くはないんじゃよ」

「ん?」

「厄介な病魔に冒されてな、持って、あと半年……」

「誰が?」

「ワシじゃよ」

「何だ、あんたか。十四歳の妹が余命半年だったら、あまりにも不憫だと思って……。あっ、いや、別に、あんたならいいってわけじゃなくてだな、何と言えばいいか……。あんたも、まだまだ、元気そうに見えるのに……。そうか、切ないな……。幼い妹の行く末も心配……。あ、でも、ダーリンがいるだろ?」

「ダーリンは、去年、空の上に……」

「そうか。すまん。妹……次女は?」

「次女は、介護施設に……」

「はぁ……」

「出戻りの一人娘は、精一杯、若作りさせて、さっき、不真面目そうなおにいさんに……。孫娘二人も、変なおじさんと、真面目そうなおじさんに……。あとは、腹違いの妹を片づければ、ワシも、ようやく、お役御免……」

「つまり、老い先短いあんたの代わりに、おれに妹の面倒を見て欲しい、ってことか?」

「有り体に申せば、そういうことじゃが、ただで面倒を見てもらうのでは、さすがに虫がよすぎるから、嫁候補と言うか、何なら、愛人でも構わんから、もらってくれぬか?」

「おいおい。おれさまを見くびってもらっては困る。一見、不真面目そうに見えるかも知れんが、鬼畜と思われるのは心外だ。いくら何でも、十四歳の子どもを、そういう、そんな、だろ? 毎月一億円の仕送りができる資産家の遺産も要らん。施設に入ってる次女にくれてやれ。てか、その前に、先進医療を受けろ。怪しげな民間療法や、いかがわしい宗教は、やめとけよ。ちゃんとした病院で、エビデンスに基づいた最先端の医療をな。それでも、うまくいかなかったら、あとは、おれに任せろ。この際、正直に言う。おれも、下心はあった。年頃のおねえちゃんだったら、連れて帰るつもりだった。だが、さすがに、中二は、ムリ。若い娘は好きだが、どこぞの代議士じゃあるまいし、十四歳のガキなんぞには、興味はない。興味はないが、ただ、歳の離れた姉さんに、万が一のことがあれば、一人ぼっちになってしまう。身寄りのない十四歳を、放ってはおけん。縁もゆかりもない、赤の他人だが、袖すり合うも他生の縁。大事な妹をおれのような赤の他人に託そうなんて、よほど切羽詰まった上の決断。よし。いいだろう。喜んで面倒を見てやろうではないか。さっきも言ったが、カネは要らん。心配すんな。こう見えて、そこそこ稼いでるし、蓄えもある。ガキの一人や二人、十分、養えるさ。ま、底辺だ何だと揶揄される職種だがな。でも、おれは、自分の仕事に誇りを持ってる。職業に貴賤なしだ。別に隠す必要はないか。世間から底辺の職種と嘲笑される保育士の親玉、保育園の理事長兼園長さ。さほど裕福じゃないが、ガキ一人ぐらい、どうにかなる。何より、ガキの世話には慣れてるから、安心して任せてくれ。立派に育て上げてみせるさ。じゃ、とりあえず、妹を紹介しろ。今すぐ引き取るってわけじゃないが、あらかじめ、顔見せだけは、しておいたほうがいいだろう。さっ、善は急げだ」

 おばあさんは、銀歯をギラギラと光らせながら川に潜り、腹違いの妹を伴って、ふたたび川面に浮き上がってきました。

 ブクブクブク。ポコポコポコ。

 不真面目なおじさんは、おばあさんが連れてきた、この世のものとも思われぬ十四歳の絶世の美少女を一目見るなり、こう言いました。

「えっと、とりあえず婚約して、二年後に入籍ってことで……」

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