天壌霊柩 ~超高層のマヨヒガ~ 第23回
そうして、ややぎこちない食事が終わる。
女性たちは四人揃って、食器を台所に片づけ始めた。
あの犬木茉莉さえ、礼儀正しく、洗い物を手伝っているらしい。
「これが済んだら、西瓜を切りましょうね」
台所から綾子の明るい声が聞こえた時、座卓に残っていた池川が、壁の時計を見上げて言った。
「俺、先に奴を迎えに行きます」
茉莉が台所から顔を出し、
「じゃあ、あたしもいっしょに」
杉戸伸次を迎えに行くのだろう、と拓也は思った。なぜ杉戸だけがここにいないのか、さっきから疑問に思っていたのである。
不良三人組の中で、杉戸伸次だけは悪ぶっているわりに優柔不断な印象があり、存在感が薄かった。三人組同士でも、伸次だけはやや格下扱いだったらしく、たとえば光史と茉莉は互いに名前を呼び捨てにしていたが、伸次を呼ぶ時は、『クレヨン』などとアニメの幼稚園児を模した渾名で呼んでいた。それで拓也も無意識に夢から省いたのかもしれないが、彼も揃わなければ、全面的な和解は成立しない。
「そうだね、よろしく頼むよ」
康成は機嫌良く二人を送り出した。
それから台所に、
「洗い物は後でいいだろう。先に西瓜をくれないか」
*
あの二人がいなくなると、座卓の会話は、自然に和んでいった。
「ねえ、哀川君。沙耶ちゃんて、前より綺麗になったと思わない?」
隣の沙耶の横顔を見ながら、真弓が言う。
「うん。ずいぶん大人っぽくなったし、長い髪も似合ってる」
拓也がうなずくと、
「……麻田さんも哀川君も、昔からお世辞が上手だったよね」
その程度の冗談めいた返しさえ、昔の沙耶からは聞いたことがなかった。
母の綾子は、そんな娘と友人たちに目を細めながら、隣で几帳面に西瓜の種を掻き出している夫に、横からスプーンの先で加勢している。
今はこれでいい、と拓也は思った。
目覚めた後の現実がどうなっているか定かではないが、多忙の連続に変わりはない。社会的に納得できる立場を得るまでは、夢の中でさえほとんど弛緩できないような、フルレンジの毎日が続くはずだ。
だから今は、これでいい――。
その時、職員官舎の薄い天井越しに、ほぼ真上の夜空から、甲高い笛のような風切り音が、微かに響いてきた。
――花火?
この季節なら、河原で花火が上がってもおかしくない。
しかし、その音は、上から下へと移動しているようだ。
拓也は耳を澄ませた。
不意に、鈍い金属音が、やはり真上から反響した。
金属と金属がぶつかった音ではなく、なにか金属製のパイプを弾力性のある重量物に力いっぱい叩きつけたような、くぐもった音だった。
直後、獣の遠吠えのような声が、やはり真上の彼方から響いた。
声はそれきり途絶えたが、風切り音はしだいに音程を下げながら、くぐもった激突音は二度三度と間隔を変えながら、この家の屋根に向かって真っ逆さまに近づいてくる。
拓也はただならぬ切迫感を覚え、座卓を囲む皆を見渡した。
拓也以外の全員が、最前と変わらない談笑を続けている。
「あの……」
疑問を口にしようとした
地震とは異質な爆発音に近い轟音が響き、砕け散った天井板と赤黒い粘液のような生暖かい何かが、拓也に降り注いだ。
「………………」
目の前の座卓いっぱいに、ぐしゃり、と、赤黒く濡れた肉塊が落ちた。
ただの肉塊ではなかった。巨大な不定形の肉塊には、人の顔があった。一瞬、拓也はそれを杉戸伸次かと思ったが、まだ原形をとどめている目鼻立ちから、江崎だと判った。青山の次に市教で聴聞を受けたはずの、あのエロ崎である。本来、首とセットであるべき四肢は、ちぎれてしまったのか、あるいはひしゃげた胴の下に折れ曲がっているのか、今は把握できない。
「………………」
いつのまにか佐伯家の居間全体が、仄暗い闇の底に沈んでいた。
いや、すでに居間ではない。四方をコンクリート壁に囲まれた、広からぬ穴の底である。
そして江崎の死骸も、すでに座卓ではなく、こんもりと盛り上がった何体もの死骸の上に、なかばめりこむようにして転がっていた。
「………………」
下に積み重なっている死骸たちにも、それぞれ顔があった。すでに腐って溶け始めた顔から、青黒く変色した腐りかけまで、状態は様々である。
その中の一体が緩慢に首をもたげ、落ちてきた新参者に目をやって、もごもごと何事かをつぶやいた。また増えた――そう口にしたのだが、拓也の耳には届いていない。
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