天壌霊柩 ~超高層のマヨヒガ~ 第15回
「……業務用のエレベーターかな」
「でも、ほら、さっきの二人も乗ったみたい」
確かに現在位置を表す赤い電光文字は、『17』から『16』そして『15』と、次々に減算している。あの二つの人影が、この部屋のどこかに潜んでいない限り、すでにエレベーターで下に向かっている。
「追いかけてみようか」
時間差を考えれば、まず無駄足に終わるだろう。
それでも拓也の問いに、真弓はこくりとうなずいた。
拓也は下降のボタンを押した。
ほとんど間を置かず、電光文字が『14』から『15』に変わった。
拓也と真弓は、怪訝な視線を交わした。
一度エレベーターが停まって、誰かが降りたタイムラグが、まったくない。
「きっと、もう十七階で降りてたのよ。だったら、追いつけるかもしれない」
真弓が言い、拓也がうなずく。
この教育委員会があるフロアは十八階。ならば、そうとしか考えられない。
あるいは、あの二つの人影が外の下降ボタンを押して、なぜかエレベーター内では目的階のボタンを押さず、こちらの指示によって逆行し、またここに戻って来るのか――。
やがて、ゆっくりと扉が開いた。
中には誰も乗っていなかった。
外の造り同様に内装も真新しく見えるが、この超高層ビルには似合わない暗灰色である。照明も妙に薄暗い。
瞬時、違和感で歩を進めかねた拓也より先に、真弓が足を踏み入れた。
拓也もすぐに続こうとする。
直後、エレベーター内の照明が消えた。
同時に真弓が鋭い悲鳴をあげた。
真弓が踏みこんだ足の下から、直前まであったはずの床が消えていたのである。
拓也の右腕に、真弓の全体重がかかった。
真弓が拓也の腕にすがっていなかったら、そのまま落下しただろう。
そして拓也が一歩遅れていなかったら、二人とも落下したに違いない。
両手で拓也の右腕にすがり、ああ、ああ、と喘ぎながら、それでも自分の重さに負けてずるずる滑り落ちてゆく真弓を、拓也は全力で引き止めた。
今の中途半端な体勢では分が悪い。
拓也は瞬時に力学的な対処を想定した。
たとえば一対一の綱引き――ただし綱は二本、お互いの両腕だ。
腰を落とし膝を開き、膝の間に伸ばした両手で真弓の両手首を確保し、全体重を尻が床に着くほど背後に集中する――。
そんな一連の動作を同時にこなせたのも、拓也ならではの特性だろう。外の廊下が暗転してから、ずっと著しい違和感の中で最大限の警戒心を保っていたため、驚愕による自失はコンマ1秒もなかった。日頃から体を鍛えているのも幸いした。特に空手は、思考を超えた瞬発力が鍛えられる。
ただ一つ、見切り発車せざるを得なかった穴はある。リノリウムの床とスニーカーの摩擦係数を、どこまで期待できるか――。
ずるりと
しかし真弓の手は放していない。
なぜか青山の陽気な笑顔が心に浮かんだ。
「よ、死ぬときまでラブラブですね、優等生夫婦は」――。
そう、今死ぬにしても、けして不本意な状態ではない。
キュッ、と音を立ててスニーカーの踵が止まった。
エレベーターの外扉の下溝に、ソールのウレタンゴムが食いこんでいた。
幸運――いや、あくまで必然か。
いずれにせよ、それ以上、踵が滑る気配はない。
パニック状態で足をばたつかせている真弓に、拓也はできるかぎり大声で、しかし冷静な口調で叫んだ。
「大丈夫! 僕が引き上げる!」
折り曲げた両足と、その間に突きだした両腕で、なんとか体勢を整える。
大人しくなった真弓を、拓也は慎重に引き上げた。
真弓も両手を拓也の両手に絡ませ、そこだけに力を集中している。
しかし真弓の握力は、すでに疲弊しているのか、拓也が思うより遙かに弱かった。
いきおい、拓也一人で支える形になる。
拓也が踏ん張る両足の間に、真弓の顔、そして肩が現れた。
その時、拓也は安堵するよりも、さらに甚だしい違和感を覚えた。
今、拓也に懇願と切望の眼差しを向けている真弓の背後には、打ちっ放しのコンクリートの壁が、薄ぼんやりと見えるばかりである。
これまで注視する余裕がなかったが、たとえエレベーター本体が消失しても、エレベーターシャフトの内部には、複数のロープや構造鉄骨が存在するはずだ。ロープを必要としない最新鋭のリニアモーター式でも、レールのような構造物は必ずある。
しかし扉の奥には、エレベーターシャフトと同程度の広さの、虚ろなコンクリート面しか見えない。上下になんらかの照明はあるらしいが、山奥の隧道のように、遠く
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