第19話 私のお部屋の前で泣かないでください……。

『幸村。ずっと黙っていたが、お前は——』


 久方ぶりにオヤジの顔を見た。と言ってもでの話だが……。


 オヤジとは、かれこれ四年ほど会っていない。なぜなら、親父は失踪中だから。

 ちなみに、母さんの口座には親父から毎月キチンと生活費が振り込まれているらしい。


 生きてるなら連絡くらい寄越せよ、とは思うが、母さんも三姉妹たちも親父の不在を気にかけている様子はないし、親父は親父の生きたいように生きたら良いとも思う……。


 義理とはいえ父親なのに全く気にかけて貰えないってのも悲しい話だ。まぁ、それが家庭における父親の立ち位置ってもんなんだろう。


 ……などとオヤジに思いを馳せていたら、自室のドアノブがカチャカチャと弄られ始めた。

 そして、カチャカチャが次第にガチャガチャに変わっていく。


「あれ? ……なんで開かないんだろ? もしかしてドア壊れちゃった?」


 ドアの向こう側からはヒナの声。おそらくヒナの奴は、懲りもせず、朝っぱらから俺の部屋に忍び込もう、ってハラだろう。


「ひらけ、ごまー! ……開かないかぁ」


 残念! 呪文なんかじゃ開きません! 今、俺の部屋には鍵が掛かっていますので!


 これは昨日の話なんだが、部屋に忍び込まれる件をオブラートに包んで弥生に相談したところ、なんと彼女が素晴らしい解決策を伝授してくれたのだ。


——え? それって……鍵を付ければ良いだけでは……?


 この弥生の言葉に衝撃を受けた俺は、すぐさまホームセンターに走り、そして、鍵を取り付けた……という訳だ。


 弥生には感謝してもしきれない。流石は学年一の秀才と呼ばれるだけのことはある……。


「これじゃあ、忍び込めないよ……。どうしよう……」


 どうしようもこうしようも、さっさと回れ右して帰るんだな!


「ちょっと、ヒナ! ユキの部屋の前で何してんのよ!? まさか、また抜け駆けしようとしてたんじゃないでしょうね!?」


 おっと……エリカの登場だ。


「ち、違うってば」

「……じゃあ、部屋の前で何してんのよ?」


「…………そんなことより、大変なの! ユキにぃの部屋が開かないの!」

「アンタ、話を逸らそうと——」

「ホントだってば! ほら!」


 ヒナがドアノブを弄っているようで、ガチャガチャと激しい音が部屋に響く。朝っぱらから喧しくって敵わない。いくらドアノブを弄り回したって無駄なのになっ!


「……ホントだわ。おかしいわね。……どういう……こと?」


 いや、なにいぶかしんでんだよ。鍵が掛かってるだけだっての……。


「どうする、エリ姉? ユキにぃに何かあったのかも……」

「……ちょっと臭うわね」


 に、臭う……!? ……そっか、エリカでも俺の部屋は臭く感じるんだ……。

 せっかく忍び込みを阻止したってのに、テンション、ダダ下がりだ……。

 取り敢えず、消臭剤じゃ無理みたいだし、あとで芳香剤でも買ってこよ……。


「あら〜? 二人とも、こんなところで何をしてるのかなぁ〜?」


 ……と、今度はアヤ姉の登場だ。次から次へと集まりやがって、コイツらは朝っぱらから暇なのか?

 今日は休日だぞ! 俺に構ってないで遊びにでも行けよ!


「ち、違うのよ! 抜け駆けとかじゃなくてユキが大変っぽいのよ!」

「えっ!? ユキくんに何かあったの!?」

「見て、アヤお姉ちゃん。ドアが……ドアが開かないの……」


 あー、ガチャガチャうるさいなぁ。もう面倒くさいし、鍵、開けちまうか?

 いや、ここで開けたら、なんか負けな気がする……。


「なるほど、これは一大事……。ユキくんの身に何か起きたのかも……」

「えっ!? どうしよぅ……。ユキにぃに何かあったら……。ヒナ……、ヒナ……うぅぅ」


 え? もしかしてヒナが泣いてる? ドアが開かないだけで?


「落ち着きなさい、ヒナ。こういう時こそ……冷静さが……れいぜいざが大事だのぅ……」


 エリカもだいぶ鼻声だ……。なんで泣くんだよ……。ドアが開かないだけだろ……。


「泣かないで、二人とも。大丈夫、きっとユキくんは無事。私たちを置いてユキくんは死んだりしないわ…………じんだりじないわっ!」


 頼みの綱のアヤ姉まで泣いてるっぽい……。


 ただ、部屋に鍵を取り付けただけなのに、なんか大事おおごとになってきてないか?

 三人とも泣いちゃってるみたいだし、負けた気がする、なんて下らん意地を張ってないで出ていくべきなんだろう。でも、メッチャ出ていきづらい……。


 ……どうしよう。


「あらあらあら〜。三人とも、どうしたの? ユキちゃんの部屋の前で泣いちゃって」


 ああ……ついに母さん裏ボスまで来ちまった……。

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