第25話 魂の共存

「というわけで、君を殺しに来たぞ」


「どういうわけなんだい?俺の指示通りに動くって話だったよね?」


ヴァンデットを連れて現れたトンプソンに対し、ルドは怪訝な様子で構えている。


そのまま構えを解かないところを見ると、即座の戦闘は想定していないようだ。


「ああ、君の指示には従わないことにしたのだよ。少なくともマイアットは壊しているし、君の言う『障害を排除しろ』という課題は達している。ヴァンデットも、今現在では私個人に対し障害とはなっていない」


「はぁ……」


トンプソンの返答を聞いて、ルドはひどく落胆した姿勢を見せている。


そして続ける。


「それは俺に対しての障害、という話だよね?戦いすぎて頭がバカになっちゃったのかな?」


「そうかもしれんな。慣れない連戦を強いられて、加えて片腕を失っている。正常な判断を欠いているという可能性もないわけではないだろうな」


「そうかい、そうかい。とりあえずトンプソンが話し合いをする気でやって来ていないことは分かったよ。……それで、ここで殺り合うのかな?言っておくけど、今の二人になら俺は負ける気はしないんだけど?」


「それはどういう根拠に?」


「だってそうだろ?隻腕のトンプソンと、立ってるのが精一杯なヴァンデット。俺じゃなくても御しやすいとは思うけどね。それに、君たちのことはリベラ開始以来ずっと見てきているから」


「見たことと経験したことは全く別の話だと思うがね。いかに情報を集めたとはいえ、動ける肉体でなければ意味がないのだよ。その点、君はそれほど戦闘に長けた生活を送ってきたわけではあるまい?コソコソと逃げ回るだけが取り柄の君にこそ、我々は負けないはずだ」


「自信たっぷりなのは理解したよ。じゃあ、どこからでもかかって来なよ。相手してあげるからさ。その上で、君たちの鼻っ柱をへし折ってあげるよ」


ルドはそう言うと、組んでいる腕を解いてブラリと下ろした。


それを見て、トンプソンは地面を蹴る。


一歩の踏み込んから、ルドの眼前へ。


「よっ!」


トンプソン真っ直ぐな拳を、ルドは仰け反る形で回避した。


そのルドの瞳は、トンプソンに続くヴァンデットの姿を映している。


それが分かって、ルドは後転しつつ、トンプソンでヴァンデットの射線が切れるように移動した。


「チッ!」


思わずヴァンデットは舌打ちする。


やはり連携などろくに機能していない、とルドは安心した。


各々が同時に仕掛けてくるよりも、杜撰な連携を続けてもらえる方がルド的にも助かるからだ。


トンプソンは腕を失った側へ移動を心がければ良いし、ヴァンデットはトンプソンを盾にすれば対処も容易だ。


「ヴァンデット」


ルドを見据えたまま動きを止め、トンプソンは声だけをヴァンデットに投げる。


「なんだ?」


「私のことは無視して好きに暴れてくれていい。君は君本来の戦いをしてくれ。私は邪魔をしないようにそちらに合わせる」


「テメェの遅鈍な動きに合わせるのも癪だと思ってたところだ。俺様の役に立てるように付いてこい」


「了解した」


「あれぇ?今更連携の相談かい?いくらやっても無駄だと──」


「カスは黙ってろ!」


ヴァンデットはルドの煽りに被せるように叫んだ。


「……あー、はいはい。まぁ何をしても無意味だとは思うけどね。せいぜい足掻いてくれるといいさ」


それを受けてもなおルドは不快な様子を出すこともなく、相変わらず飄々としている。


「君は何を待っている?時間を掛けたとて、君の立場が良くなる未来はあり得んぞ?」


「何を言っているんだい?」


「分からないのなら良い。言っておくが、君の命は短い」


ザッ──。


トンプソンの語尾に合わせたように、ヴァンデットが瞬時にルドの背後へ移動していた。


そこから振われる俊速の拳。


しかしそれも、ルドは一瞥することもなくヒョイと躱す。


横目で小馬鹿にしたような視線を送り、続く攻撃もスウェーで回避を続ける。


「ヴァンデットって、こんなに弱かったっけ?一辺倒な攻撃じゃ体力を消費するだけだと思うんだけど?」


ルドは言葉を吐き出しながらも、当たるか当たらないかの距離を保ちつつ、なおかつトンプソンへの警戒も忘れない。


そんな中で接近してきたトンプソンの動きは手に取るように把握できる。


横なぎに振われるヴァンデットの攻撃に合わせて対側から足払いを仕掛けたトンプソンだったが、ここでルドは敢えて足を地面から外す。


一瞬だけルドの身体が地面と平行に宙に浮く。


ルドを捉えることなく、その上下を通り過ぎる二つの軌道。


通り過ぎさまにルドは身体を捻りながらナイフを二方向へ投げつけた。


それらは攻撃直後で隙を晒した二人の脇腹へ吸い込まれるように突き刺さる。


「がぁっ!?」


刺さるのとほぼ同時に、まずルドはヴァンデットの下顎を蹴り上げる。


その蹴り上げた足は勢いを殺さないまま上孤を描き、今度は踵落としに動きを変えてトンプソンに振り下ろされた。


「ぐぅっ……!」


何とか頭上で受けることができたトンプソンだったが、片手で受け切れる威力ではなかった。


また、刺さったナイフの痛みも相まって、トンプソンのガードは脆くも崩れる。


「……っ!」


そこへ容赦なく叩き込まれるルドの一撃。


トンプソンは顔面を激しく揺さぶられながら、ヴァンデットの側まで蹴り飛ばされた。


即座に起きあがろうとするトンプソンに対し、なかなか起きあがろうとしないヴァンデット。


トンプソンがそこに違和感を察知した時には、それはもう始まっていた。


「な、に……!?」


ぼんやりと歪む視界。


くらりと平衡感覚を失いつつある内耳が、トンプソンにその異常を教えてくれる。


「そっちが満身創痍とはいえ、一応ね?」


「毒物の、類……か」


「結構強めのをチョイスしたつもりなんだけど、まだ体力が余ってるトンプソンには少しばかり効きが悪いね。でも分かったろ?俺も戦えないわけじゃないんだぜ。最後まで生き残ってたら、こうやって全部掻っ攫うこともできるのにさ。なぜ皆そうもしてプレイヤーであり続けるのか分かんないよね」


「まだ勝った気でいるのかね?」


「安い挑発だね。トンプソンこそ、まだ負けてない気でいるのかい?俺の方は、あとはゆっくり待つだけでいい。対して君たちは、肉体的不利を抱えつつ、なおかつ毒によるリミットもある。それに……見てみなよ」


ルドが視線を移した先では、アイゼン一派とラーナが激しく戦闘を行なっている。


それを一瞥してトンプソンに視線を戻し、言葉を続ける。


「何を好き好んで戦うのやら。必死に戦って死んで、何が得られるっていうんだい?トンプソンは組織に属していないからいいとしても、ヴァンデットを慕っていた連中は全員死んだ。ヴァンデットのために無駄に命を散らしたんだよ、分かるかい?」


「無駄じゃねぇ……あいつらは俺様の中で生きてる……!」


絞り出すように、ヴァンデットが意思を吐き出す。


「ここにきて現実逃避?もっと現実を見なって。ヴァンデットの周りは全員、もういないんだよ。文字通り死んで、消えた。死んだらそこで終わりなんだよ?それが分かっていないから、簡単に無意味な死を選ぶのさ。ダートも、カイネスも、俺なんかの言葉を簡単に信用しちゃってさ。最終的にはゴミみたいに転がってたよ」


「テメェ……ッ!」


「そう怒んないでよ。俺はただ実際に起こったことを口述してるだけなんだからさ。それに、カイネスを殺したラーナを仲間に引き込んでるのも変な話だよね。部下を殺されたんだよ?」


「殺されはしたがな……。それは戦った末の結果だ。戦ってもねぇ外野にとやかく言われることじゃねぇんだよ!」


「おーおー、まだ吠える元気があったか。トンプソンはどうやってこんな野獣と、ラーナみたいな狂犬を手懐けたんだい?」


ルドはヴァンデットから興味を無くしたように、今度はトンプソンへ視線をずらす。


「皆、生きるのに必死で行動している。敵対していても、一瞬とはいえ手を組んだからには、返すべきものがあるのだ。我々のこれは、そういった流れに乗っただけに過ぎん。死者を冒涜する君には理解できぬ道理だな」


「何それ、ダサすぎ。死んだらお終いだよ、何もかもね。それを言うなら、トンプソンの今の言葉は俺の指示通りに動いてこそだろ?」


「礼節を欠く者へ返すものなど何もない」


「そうかい、好きに言ってなよ。ま、どれだけ挑発しても俺の勝利は揺るがない。俺はここで馬鹿たちの争いを眺めてるだけでいいんだから」


「それにしては我々を警戒しているように見えるが?」


「また安い挑発だね。言っただろ、俺は待ってればいいのさ。トンプソンの狙いは、残り少ない力で俺に一撃を加えることだ。さっきから両脚が力んでいるのがいい証拠だ。服の上からでもはっきりと分かるよ」


「フッ……」


唐突に嗤いを溢すトンプソン。


「何か可笑しいことでもあったかな?」


「いやなに、やはり君は他と違うと思ってな」


「また自分だけ勝手に理解した気になって、悦に入っているのかな?」


「今このリベラ空間で、戦っていないのは君だけだ。他は全員、生きるために今なお戦っている。待っていれば勝利を掴める?勘違いも程々にして欲しいところだな」


「死にゆく君たちの言葉だから、俺も多少は聞き流すんだけどね。だけど、そこまでいくと流石にイラつくね」


「自ら行動しない者に、良い結末は訪れない。これが道理だよ、過去も未来もな」


「殺して欲しいって意味に捉えていいんだよね?」


「私なりの忠告だよ。君が利口なら、ここまで長引かせることもなかったはずなのだがな」


「ヘトヘトなのによく言うよ。トンプソンは最後のチャンスをものにしたいだけだろ?焦りが表情から漏れてるよ。だから、今ここで──」


ようやく動くか。


そう考えて、トンプソンは崩した体制のまま身構える。


だが、予想は裏切られる。


「──動くと思ったかい?俺はそこまで馬鹿じゃない。わざわざリスクを背負い込む気はないよ」


「チッ……」


伏したままのヴァンデットからも舌打ちが聞こえる。


これを聞いて、ルドは更に勝利を確信する。


「おや、どうしたんだい?渋い顔が維持されたままだよ?もしかして、俺が近づいてくれるって期待しちゃった?」


ルドは嘲り全開で、トンプソンとヴァンデットへ声高に言葉をぶつける。


「ああ、期待してしまったよ。君が利口であることに──な!」


トンプソンの手刀がルドの口角を裂きつつ顔面を傷つけた。


ルドの弛緩した気持ちが、反応を一瞬遅れさせたのだ。


何とか反応したものの、僅かに顔を反らせた程度。


トンプソンの攻撃は首を切断するというメインターゲットを外れたものの、ルドの顔には耳まで裂けるような傷が刻まれた。


「なぜ、動ける!?」


ルドは血飛沫を撒き散らせながら、地面を蹴ってトンプソンから距離を取る。


「これが戦い続ける人間と、そうでない人間の差だよ」


ルドはトンプソンを睨みつけるが、別の光景を見て顔を歪めた。


「お前もか!」


叫んだ時には、すでにヴァンデットは目前。


大事をとって大きなストライドを取ってステップを踏んだことが裏目に出た。


着地を待たずにヴァンデットの拳がルドの腹に突き刺さる。


「ぐぅうッ!!!」


ルドは身体をくの字に曲げられ、そして、弾き出された。


それは真っ直ぐに、中心街のマリス本営跡地へ。


攻撃の直後、ヴァンデットは血を吐き片膝をつく。


「俺様はテメェより時間がかかる!先に行け!」


吐き出す血もお構いなしに、肺が傷つくことも気にせずヴァンデットは叫んだ。


「了解した。そろそろ休んではどうかね?」


「ハッ、言ってろ……」


トンプソンはヴァンデットを一瞥して建物の縁に足を掛け、宙に身を投げ出しながら膝を縮めて外壁を蹴る。


目標は、ルドの激突により土埃を巻き上げる場所の中心。


トンプソンは器用に身を捻って着地すると、腕を振るって土埃を掻き分ける。


その瞬間、土埃の中から腕が伸びてきてトンプソンの顔を狙う。


「ようやく出たな」


予想の範疇なのか、トンプソンは難なくその腕を蹴り上げた。


腕を弾かれ、その勢いでルドの姿が露わになる。


しかしルドの全身は様相を異にしている。


ボロボロと表面が剥がれて破片を吹き散らすそれは、人間のものではない。


「あなたはどこまでも邪魔を……」


声はルドのものだが、口調は別物だ。


「肉体の支配権はマイアット、君のものか。果たして肉体と呼べるものかは不明だがな」


「やはり最も障害となるのはあなたでした……。ここで確実に消させていただきます……」


ここからはマイアットのターン。


ルドの肉体能力を限界まで引き出して、トンプソンを襲う。


動きのたびにルドの肉体の表面が剥げるが、そんなことはお構いなしに攻撃が繰り出される。


「その肉体には色々無理があるな。ダメージを受けて支配権を奪ったか?」


「そのようなものです……。ところであなたは、毒を受けて何故動けるのですか……?」


「永く生きると、恐ろしいのは未知なるものだ。特に病原体や毒素など、対処を怠れば死に直結するものの対策は欠かせん。私の『AntigenGener抗体生成ator』のスキルがそれを可能にする」


「なんとも都合がよろしいですね……」


「まぁ、そういうわけだ。だから私に小細工は通じん」


そう言ったトンプソンだが、実のところは違う。


すでに『AntigenGener抗体生成ator』のスキルは、ルドと会話して時間稼ぎをしている間にヴァンデットに譲渡している。


トンプソンは後ろ手でヴァンデットのアビリティプレートと取引を行なっていたのだ。


そのスキルは、体内に侵入した異物を解析して抗体を作り出す。


トンプソンがスキルの効果を十分に受けた後にヴァンデットに引き渡されたため、効果の発現はヴァンデットが遅く出ていた。


しかし、もうそのスキルはトンプソンの手を離れた。


だからこそマイアットに小細工を弄されないように、ブラフを撒いた。


これらの会話の間にも、激しい攻防は続いている。


攻防というよりは、トンプソンが防戦一方か。


そうなるのには訳がある。


「やけに攻撃性が増したな。ルドの身体が本体か?いつの間に仕込んだのかね?」


「初めから……」


「初め?それはどうい──ぐぅ……!」


マイアットの人差し指がトンプソンの肩を抉る。


今回は掴みかかるのではなく、刺す。


「あなたも支配に抵抗する可能性があります……。なので、最初から殺すつもりで戦わせていただきます……」


本来のマイアットの戦い方は、相手に触れて人形化させるというもの。


振り抜く攻撃ではなく相手に触れに行くという一つの過程は、その攻撃に鋭さを失わせている。


しかし、対トンプソンにおいてはそれを捨てた。


「それは光栄、だな……!」


トンプソンは内心、歯噛みする。


小細工を弄そうとすることで遅れを取っていたマイアットが、純粋な攻撃に切り替えてきたのだ。


これにより、ここまで回避を続けていたトンプソンにマイアットが追いつき始めた。


行われているのは単なる乱打戦ではない。


マイアットの動きは、人間では再現しようのない異常な関節の動きなどを伴っている。


いくら見ることに長けたトンプソンとはいえ、予想の範疇の外からの攻撃には一手対処が遅れるのだ。


それがトンプソンの皮膚を裂き、肉を抉り、体力を削る。


単純な戦闘能力だけならトンプソンが優位のはず。


それでもマイアットに遅れを取っている原因は、先程の毒物で消耗をきたしたことが関係している。


抗体を獲得したとはいえ、蝕まれていた間のダメージが消えるわけではない。


長い攻防も、少しの油断で形勢が大きく傾く。


トンプソンが瓦礫に足を取られたその一瞬を、マイアットは見逃さなかった。


マイアットは待ってましたと言わんばかりにトンプソンの懐に入り込むと、


「あ゛あッ……!」


マイアットの五指が容赦なくトンプソンの腹部を蹂躙した。


攻撃に倍する速度で、ズボッと嫌な音を立てて指が引き抜かれる。


「ッ……!」


なんとか倒れることは避けたトンプソンだが、如実に動きが鈍り始めた。


マイアットは回避一辺倒に動くトンプソンにピタリと張り付いて、油断なく命を削る攻撃を叩きつける。


顔面を守るようにクロスされた両腕も大した防御効果を発揮しておらず、すり抜けた拳がトンプソンの身体を弄ぶ。


「そろそろ幕引きでしょうか……」


「ハァッ……ハァッ……。流石の私も……ハァ……ここまで追い詰められた経験は少ない、な……!」


ブンと大きく振るわれるトンプソンの腕。


マイアットは身をかがめて難なく回避すると、足払いでトンプソンを転ばせた。


このような攻撃など本来であれば食らうはずもないところだが、今しがたの攻撃といい、既にトンプソンに余裕はないし、マイアットの目にもそう映っている。


「ぐぐ……ッ!」


マイアットは倒れ込んだトンプソンの腕を踏みつけ、自由を奪う。


「片腕でここまでよくやったと思いますよ……。敵ながら素直に感服し、ま……な……」


「……?」


突如動きが鈍くなるマイアット。


実際には、鈍いというよりは小さく痙攣するような奇妙な動きだ。


「ふんっ!」


踏みつけられた腕の拘束も緩くなっていることから、トンプソンは起き上がりざまに足払いを放ち、マイアットを蹴り飛ばしながら距離を取る。


これにはマイアットも一瞬よろめいたが、なんとか踏み直る。


「これは……まだ、抵抗を……」


未だ痙攣を続けるマイアットにトンプソンは訝しげな視線を向けたまま警戒を続けている。


少なくともマイアットのそれは、トンプソンの命を獲れるというタイミングで取るべき行動ではなかった。


「何をやっているのかね?」


「くそ、勝手に俺の身体を……!」


「ああ、ようやくお戻りか」


「ぐ、ぎぎ……馬鹿にしやがって!これは……これは一体どういうことだ、トンプソン!」


激昂した様子で表出しているのはルド。


「どういうことだ、と言われてもな。本人に聞けばよろしかろう」


「それができないから言っているんだろう!なんで、俺がこんな……!」


小刻みに震えながら絞り出すルドの声には、今までの余裕は存在しない。


「おう、どうなってる?」


ゆっくりと歩み寄るのはヴァンデット。


「毒の方はもういいのかね?」


「テメェの狡いスキルのおかげでな」


「それは重畳。……ああ、現状の話だったな。君が吹き飛ばして以降、ルドの中に眠っていたマイアットが目覚めたようでな。今しがたルドとマイアットが鬩ぎ合っているらしい」


「結局マイアットが中に入ってたのか。あいつはどこにでもいるな?」


「全くだ。果たして、あと何体居るのやら」


「おい、トンプソン!何か知っているなら、手を貸せ!」


「手を貸せ、とは?そこにどんなメリットがあるのかね?」


「俺との仲だろう!?何とかしてくれるなら、俺は協力を惜しまない!」


「だ、そうだが?テメェはあいつをどうしたいんだ?」


「ふむ……」


トンプソンは腕を組み、考える姿勢を見せる。


そこから続く沈黙は十秒にも満たない時間だったが、


「おい、何とか言ってくれ!君なら何か知っているんだろう!?」


ルドにはこれが絞首台へ歩む時間に思えて、焦りを拭えない。


「そういや、テメェの知り合いが何とかって言ってなかったか?」


「……!トンプソン、本当なのか!?」


「ああ、ヘキのことか。分魂術については彼女の領分だがな。だが、今のところ足取りは追えん。それに、まだリベラを勝ち残れると決まったわけでもあるまい」


「そこは俺が協力する!だから──」


「その身体で、かね?その身に巣食うマイアットを抑えるだけでやっとの君に何ができる?」


「だ、だけど、少なくとも!少なくとも、その辺の有象無象よりは役に立つ!ヴァンデットからも何とか言ってやってくれ!俺はダートやカイネスなんかより、遥かに優秀だ。徒党を組まずとも、リベラを生き抜いてきた実績もある!」


「テメェ、それが人にものを頼む態度かぁ!?」


「ヴァンデット、そう憤るな。死を前にした人間の行動としては、ルドのそれは至極真っ当なものだ。もう少し話を聞いてやろうではないか」


「つくづく甘ぇな、テメェは」


「まぁ、そう言うな。ところでルド、まだ私の問いに答えていないぞ?先々の君の能力云々よりもまず、君が君でいられる確証を示してくれ」


「それは……」


「ここまでの君を観察するに、動かせるのは頭部だけのようだ。肉体のほとんどは自由が効かないのだろう?そんな状態の君に何ができるというのかね?」


「……」


「何もできないであろう?君が現在マイアットを抑えているという以外で、ここで君を生かしている理由はない。少しでも脅威を示せばこちらは君を破壊するが、どうするかね?」


「ヴィ、ヴィクトリアの場所を教える!」


「その必要はない」


「なぜ!?」


「ほれ、見てみろ」


トンプソンの示した先、建物の間を抜けてこちらに歩み寄る人物がいる。


「デイビス……!」


デイビスの腕には、意識を失ったヴィクトリアが抱かれている。


遠くからでも垣間見えるデイビスの表情には絶望は塗りたくられていない。


と言うことは、無事確保したということだろう。


「案外早く見つかって安心したよ。それで、君がこちらに提示できるメリットは?」


「マイアットの抑制、と……恭順……」


「それでは君を生かす理由としては不十分だな。今の君がマイアットではないという確証は?」


「俺は俺だ!これは俺の身体だ!他人がどうこうできるものじゃない!」


「トンプソン、どういう状況だ?」


ここで、少なくともルドの味方ではないデイビスが合流した。


これにはルドも渋い顔をする。


「ルドにマイアットが入り込んで、肉体の自由はマイアットが支配しているという状況だ。ひとまず、ヴィクトリア殿を見つけられたようで何よりだ」


「そうか、さっきまであんなに高みの見物だったのにな。ヴィクトリアは、敢えて可能性の低いところから当たればすぐだったぜ」


「そういうことだ、残念だったなルド。これで三対一、いや四対一か。この不利を跳ね返すだけのメリットを提示してくれ。ここまでの仲だからこそ、即座に君を殺さずにおいているのだぞ?」


「だから俺の可能性に期待してくれれば……!」


「話にならんな」


トンプソンから、弛緩した空気が消える。


「や、やめろ!俺はまだ死にたくない!こんなところで死んでいい人間じゃないんだ!殺すなら他にもいるだろ!?あ、あと、あと何人だ……?俺はここでマイアットを抑えているから、その間に……!」


やはり身体は動かせないのか、ルドは必死に顔だけで懇願している。


「残りは、私、ヴァンデット、デイビス、ヴィクトリア殿、ラーナ、アイゼン以下三人、そしてルド及びマイアットだ。ああ、あとヴァイスという子供もいたか。マイアットが他に肉体を残していないとしても、残りは十人。ここから残り5枠を取り合うわけだが、君を壊せばマイアットごと消せる可能性も高いわけで、崩しやすいところから崩すのはセオリー通りであろう?」


「待て!俺には十分利用価値があるはずだ!これからの期待値もうそろそろ肉体の自由を返してもらっても構いお前は黙ってろ!」


叫び、そしてハァハァと息をつくルド。


同じ肉体で二人が会話をしようとして、吐き出す空気が足りなくなったのだ。


「あ?トンプソン、こいつはどうしちまってるんだ?」


「ふむ……マイアットが表出してきているようだな。言葉の自由も奪われ始めていると見える」


「そんじゃ、殺すしかねぇってのか?俺っちはだいぶ複雑な立場なんだがな……」


「それなら君は、ヴィクトリア殿を連れて隠れていてくれれば良い。ルドであってもマイアットであっても、私の敵には変わりない。これを殺すのは私がやる」


「ま、待ってくれ!俺はまだ俺でいられる!」


「結局殺すんじゃねぇかよ」


「マイアットだけを殺してルドを解放できればあるいは、とも思ったのだがな」


「それはいいとして、そこの女を生かすのはどう言う理由だ?少なくともテメェが俺様に協力的なうちはテメェを害することはねぇが、そいつは違うんじゃねぇのか?」


「私の仲間だからとしか言えんな。デイビスのことも今は目を瞑っていてくれ」


「じゃあマイアットを消すまでは待っていてやるよ」


「助かる」


「それで、どうするんだ?」


「よくよく考えてみれば、分魂術を使える人物が居るとはいえ、ルドを助けることはハナから無理だったのだよ」


「あぁ?どういうことだ?」


「マイアットと会話した折、ルドに支配が及んでいたのは昨日今日始まったことではないと言っていたのだ。それこそリベラ開始当初というわけでもなさそうだったな」


「そうです、ルドは私が撒いた種の一つ……。ルド、私の言葉を覚やめろ、俺の中を犯すな!」


「それがルドに救いがないことと、どう繋がるんだ?」


ヴァンデットには珍しく、興味本位からトンプソンに問う。


「魂を分断しても、肉体が違っても精神が壊れずにいられるマイアットは異常だ。見ての通り、すでにマイアットはルドに根付いている。やるとしてもその身からルドの魂を分離するのが関の山だろうが、そうしたところでルドの精神が崩壊するのは目に見えている」


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁああああ!」


「すでに壊れてそうだが?」


「予想以上に早い展開だな。まぁいずれにせよ、不可逆な変質を起こしてしまっている以上、ルドはもう助からん」


「その通り……。可逆性のあるスキルであれば、ここまでの効力を発揮しません……。私の肉体を進行性に侵していくことで、ようやくこのスキルは産声をあげる……」


「肉体を人形化させられている以上、ルドがルドでいられる時間は少ない。あまつさえ、内側からマイアットが蠢いているしな」


「どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!おかしいだろ、なんで俺なんだ!なんで俺ばっかり不幸な言ったはずですよ、傍観者として長生きしろ、と……」


「君の運命は遥か過去に決まっていたということだろう。だからルド、諦めてくれ。代わりと言ってはなんだが、マイアットはこちらでしっかり仕留めておく」


「あなたはよく言いつけを守ってくれましたよ……。そしてよく私の魂を維持嫌だ、それ以上言うな!俺はこんな最期は望んじでは、この身体も返して頂きますよ……。トンプソンはここで確実に消しておかなければなりませんので……」


「ありゃあもうだめだな。見ていて楽しいもんでもねぇし、さっさと潰しちまえや」


「あ、がが……俺、俺は死にたく……ないィぃぃい!」


生に縋ろうとするルドと、内側からルドの精神を侵すマイアット。


その鬩ぎ合いが、目から鼻から液体をぶちまけて痙攣するルドの身体を作り出す。


「そうしたいのは山々なのだがな」


「あぁん?こいつを生かしておく理由は無いっつっただろうがよ。ああやって狂ってるうちに潰しちまえばいいじゃねぇか」


「だめだ、まだ──」


「テメェの言いなりになったつもりはねぇよ!」


トンプソンの制止も聞かず、ヴァンデットが解き放たれた。


未だ鈍く動きを見せそうにないマイアットは格好のエサだ。


だからこそ、トンプソンは警戒を緩められない。


あまりにも歪な状態のルドには迂闊に手を出すべきではないと考えてのトンプソンの行動だったが、ヴァンデットが先に痺れを切らせた。


とはいえ、会話で得られた情報は少ない。


ダメージを抱えつつも勢いには衰えを知らないヴァンデットは、必殺の一撃をルドの肉体──マイアットであった場合でも致命的になりうる顔面へと叩き込む。


直撃の寸前、ルドの肩が揺れる。


警戒を続けていたトンプソンだからこそ、その一瞬の動きを見逃さなかった。


「ヴァンデット、駄目だ回避しろ!」


動きとしては数センチほどの微細なものだったが、ルドが──いや、マイアットが膝を落とす際の身体の揺れ。


しかしその動きは予め準備されていたもの。


攻撃が来ることを想定していた身のこなし。


決して大きい動きではない。


だがヴァンテットの攻撃を紙一重で躱すには必要最低限の身体の傾きは、実際にそれを可能にした。


ヴァンデットの拳が生み出すソニックがマイアットの頬を切り裂くが、人形たる肉体に対して有効打とはなり得ない。


マイアットはヴァンデットの通り過ぎざまに、その軌道に手刀を重ねる。


「ぐぅううう!」


トンプソンの声が届いた頃には、すでにヴァンデットの身はマイアットの攻撃の交点に差し掛かっていた。


反射にも近い勢いで身を捻るヴァンデットだったが、完全に回避するにはあまりにも遅いその判断。


それは、ヴァンデットの脇腹に明確な傷を刻む結果となった。


ヴァンデットは血痕を残しながらも、倒れまいと姿勢を持ち直し、身を翻しつつマイアットを見遣る。


しかしそんなマイアットはヴァンデットを見てはいない。


その目は、警戒を一番に引きつけるトンプソンの元へ。


「釣れたのはヴァンデットだけでしたか……」


呟きにも似たその言葉はヴァンデットには届かなかったが、明らかに相手にされていないことにヴァンデットは激しい憤りを覚える。


怒りを言葉で吐き出そうとしたヴァンデットの目には、なぜか血を撒き散らしているデイビスの姿が映っている。


「テメェこの──なんだぁ!?」


デイビスの側には先程まで意識を失っていたであろうヴィクトリアが。


そして彼女の片手はデイビスの口を覆うようにあてがわれ、その腕はデイビスの腹を貫いていた。


恐らく声を出させないための顔面への覆いだろう。


直後、激しい水音でも聞こえそうな勢いでデイビスの腹から腕を引き抜くヴィクトリア。


ヴァンデットは一瞬武器でも使っているのかと勘違いしたが、ヴィクトリアの五指から滴る血液が武器の存在を否定する。


そんな彼女はごく小さい動きで、背を向けているトンプソンへ忍び寄らんとしている。


彼はまだその異常事態に気がついていない。


トンプソンの視線はヴァンデットとマイアットの二人に絞られている。


事態を理解するのは不十分な時間の流れの中、ここでヴァンデットがやるべきは──


「トンプソン!!!」


短く、それでも確実に伝わるであろう単語を迷わず吐き出した。


「……!」


ここまでのヴァンデットはトンプソンの名など呼ぶことすらしなかった。


そんな現状で、突如投げかけられた自身の名前。


トンプソンが異常に気がつくには十分だった。


ヴァンデットの声で周囲への注意を深めたトンプソンは、風を切って近づく異物の存在を即座に察知した。


「ぬぅ……ッ!」


視線を動かしてから対処するにはとてもじゃないが間に合わないであろう攻撃に、トンプソンは聴覚だけで反応を示した。


勢いよく振り上げられたトンプソンの腕は、身体を貫かんとする鋭い攻撃を跳ね上げる。


無理のある動きから体勢を崩しつつも、トンプソンはそれを視界に収めた。


そこには能面のような表情で攻撃を繰り出したヴィクトリアの姿がしっかりと捉えられた。


彼女の背後には、横たわったデイビスの姿が映っている。


一瞬で状況こそ把握したものの、理解はできない。


「なぜ、いつの間に!」


ヴィクトリアによる必殺の攻撃を受け切ったものの、トンプソンは片腕。


トンプソンほど大きく動きを減じていないヴィクトリアは一瞬で腕をぶん回して身体を回転させ、ガードの間に合わないトンプソンに向けて後ろ回し蹴りを炸裂させた。


「が……は……!」


その蹴りは激しくトンプソンの胸部を打ちつける。


これによりトンプソンは肺に溜まった空気を急激に抜かれ、苦しみのまま跳ね飛ばされることとなった。


飛ばされるは、ご丁寧にヴァンデットやマイアットから離れた方向へ。


これと同時に、ヴァンデットを無視してマイアットは駆け出した。


マイアットが目指すのは、ラーナとアイゼンたちが争う場所だ。


「テメェ、待ちやがぁッ……!」


動き出そうとするも、激しい痛みがそれを阻害する。


それもそのはず、指の長さがそのままヴァンデットの脇腹を貫通したのだ。


ドクドクと溢れる血液が傷の深さを物語っている。


「クソが……あの野郎!」


ヴァンデットは怒りの矛先をマイアットに向けるが、その実それは自身に向けられている。


安直な行動であったことは間違いない。


たったそれだけで、一気に戦況が逆転した。


むしろそれさえなければ、起こり得なかったことかもしれない。


そんなヴァンデットとトンプソンのちょうど真ん中あたりに鎮座するヴィクトリア。


側に転がったデイビスはもう駄目かもしれない。


ヴァンデットはそんなことを頭の片隅で考えつつ、膝を支えに立ち上がる。


「やってらんねぇなぁ!今じゃ俺様が足手纏いかよ」


怒りを原動力に、痛みを無視して敵を見据える。


敵とは、ヴィクトリアのことだ。


マイアットは何かしら目的があって動き出したのだろう。


今のヴァンデットにそれを追うだけの体力はないし、メリットも少ない。


なぜなら、タイマンならまだしも、アイゼンたち複数人を相手にするのは分が悪いからだ。


だからこそここで、少なくとも状況をひっくり返せるだけの成果を得ておかなければならない。


それが、この状況を作り出してしまったヴァンデットの責任。


「ハァ……ここまで劣勢なのは地上以来か。剣闘士としてゴミみたいに使われてたあの時を思い出すな……」


ヴァンデットはため息混じりに上空を仰ぐ。


あの頃は、見上げれば青い空が広がっていたものだ。


それに憧れて頂点まで上り詰めたのに、気づけば塵埃吹き荒ぶ劣悪な環境に転がっていた。


「ここで俺様は、何を目指して生きていたんだ?」


ヴァンデットは今更沸いた疑問を言葉として吐き出した。


それに応えてくれる部下は、もう誰もいないのに。

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