第24話 分魂の果て

「──どんな気分かなぁ!?」


嬉々としてラーナが叫んだ直後、マイアットの胴体が爆ぜた。


破片を撒き散らしながらその胴体が消し飛ぶ。


残された胸部から上はそのまま支えを失って落下。


下半身はほぼ骨盤部分までを失って、大腿より下を残すに至っている。


「ラーナ=マイン……!」


呪詛のように、マイアットは攻撃主の名前を吐き出す。


ろくな身動きが取れない空中で、マイアットはラーナに捕獲される。


ラーナはそのままマイアットの両腕を引っ掴み、それらを同時に起爆させた。


今度は軽い威力だったのか、ラーナは手のひらを触れさせた状態での爆発。


それでもマイアットの上腕を軽々と失わせるだけの威力は持ち合わせており、彼女の攻撃手段はほぼ喪失したといっても過言ではない。


「よ、っと!」


ラーナはマイアットの後頸部を支点にそれを軽々と持ち上げて天高く晒す。


それは、勝利を確信したような行動にも見える。


ここまでは、ほとんど一瞬の出来事。


血飛沫と肉片舞う空間の中で、ようやくラーナを認識したヴァンデット。


もちろんラーナはヴァンデットをすでに認識しているわけで。


「テメェ、邪魔を──」


ここまで順当に進めてきた戦いに水を差されたヴァンデットがミラに敵意を移す。


しかし彼の言葉が最後まで発されることはなく、


「っ──がああああ!!!」


彼の言葉の尻は、悲痛な叫びで締められることとなった。


「やっばいわー、これ!あたし最強じゃん!」


ラーナは歓喜に全身を震わせる。


主に震えているのは下半身なのだが。


「あなたのスキルは、ここまで強力ではなかったはずですが……?」


無様に晒されたままのマイアットが声だけを背後のラーナに投げた。


マイアットが身じろぎすらしないのは人間の弱点である延髄部分を握られているためか、諦めからか。


ラーナは激痛に転げ回るヴァンデットを視界の端に捉えたまま、マイアットの問いに上機嫌に応えた。


「あー、これはあんたたち親子のおかげ!ヴァイス君をぶち殺しまくってたらね、なんかスキルの使い勝手が良くなってんの!だから爆弾に変換した人間の血液も何もかも余すことなく爆発物になっちゃうわけ!」


「それで、血を浴びたヴァンデットがああも苦しんでいるわけですか……」


「そうそう!血液を媒介して感染する病気もあるのにさー、よくもまぁ無警戒に血を浴びれるよね。ウケるんだけど!」


「そうですか……。

ところで、ヴァイスはどうしたのですか……?」


「あ、ヴァイス君?ヴァイス君なら埋めたよ?」


「は……?」


「今頃、地面の中で窒息死して蘇ってを繰り返してるんじゃないかなー?永遠に死に続けられるってさー、どんな気分……って、あ、やっば、濡れてきた……。できれば、その苦しむ様を見続けたいよねぇ……?」


マイアットはハァハァと息荒く身悶えするラーナの様子を背後に感じつつ、彼女の異常性を再確認する。


「なぜ、そのようなことを……?」


「あんな楽しいオモチャって、そうそう見つかるものじゃないじゃん?だから一旦、大事に大事に地面の下に隠したわけ。それでここに来たのも、ヴァイス君と一生遊べるように邪魔者は全部殺そうと思ったわけなの!」


「私を生かしているのはどういう理由ですか……?さっさと始末して仕舞えばよろしいでしょう……?」


「んー、それは……っと、あいつは邪魔!」


話をしかけて、一旦言葉を飲み込んだ。


邪魔者の存在を知覚したからだ。


ラーナは自身に向かってくる者の方へ身体を向けると、力強く地面を踏みつけた。



            ▽



トンプソンとデイビスは、ルドから少し距離を置いた場所まだ来ていた。


「デイビス、君は傷を癒しておけ。いずれ君を使う場面がくるかもしれないからな」


「ああ……」


仲間を殺してしまったことによりすっかり気落ちしてしまったデイビスからは、今までの覇気を感じることができない。


これにはトンプソンも複雑な気分になる。


「……まぁいい。いずれにせよ、残り少ないイスを求めてこれから更に戦いは激化する。死にたくなければ、迂闊な行動は避けることだ。では、生きていればまた会おう」


「……」


去っていくトンプソンの背を追いながら、デイビスは考える。


こんな状態でいいはずはない。


だが、思うように体が動こうとしない。


先程ルドを見た際も、特に殺意などは湧いてこなかった。


仲間を手にかけるよう仕向けられたのに、だ。


自分は一体何がしたいのか。


ベスにもああ言われたばかりだろう。


『生きろ』


そうだ、生きねばならないのだ。


あいつらとバカをやるのは楽しかった。


しかしあいつらはもういない。


だからやりたいことも浮かばない。


じゃあ無理にでもやりたいことを探すか、とデイビスは考えなしに口を開いた。


「おい、待てトンプソン!」


完全にその場を去ろうとしていたトンプソンの耳に、しっかりその声は届く。


そしてそれはピタリと足を止めさせた。


「……どうしたのかね?」


「今の俺っちじゃあんたの邪魔になることは確実だ」


「だろうな」


「あんたがメインを相手している間に、ヴィクトリアはこっちで確保する」


「ふむ、ルドの真似事でもするのかね?」


「……どういうことだ?」


「君が仲間を殺したのも、ルドの能力によるものだ。彼はこれまで何かと恩に着せてきたであろう?」


「……!」


「まぁそういうことだ。知っているのと知らないのでは、結果が大きく変わる。君のそれは、いわば不幸な事故だ。気に病むことはない」


「そうはいかないさ。俺っちが弱かったのは確かだしな。それはそうと、あんたは何かと知りすぎているな。どうしたらそんな風になれる?」


「私が強者にでも見えているのかね?あながち間違いでもないが、個人でできることなどそれほど多くはない。それこそ、私一人では君たちのグループが総出でやってきたら太刀打ちできん。今の君一人程度なら造作もないがな」


「耳の痛い話だ」


「要は、どれだけ準備を整えてきたかという話だ。私の場合は、貧民街の外でスキルを蓄えていたという話に過ぎん。この話で言えば、リベラが開始する前から準備をしていたルドに軍配が上がっているということだな」


「それに関しちゃ、俺っちは完敗だ。ガフキーとベスを失って、それを痛感している。だからこそ治まりがつかねぇ。あの野郎には一杯食わしてやらねぇと気が済まねぇのさ」


「そこでヴィクトリア殿、ということか」


「そうだ。こっちで彼女を担当すりゃあ、あんたの気苦労も減るってもんだろ?」


「それは願ってもない話だが、その見返りに君は何を求める?」


「ベスに生きろって言われちまったから、俺っちはむざむざ死ぬわけにはいかない。そこであんたに提案だ。なに、大したことはない。あんたが邪魔者を排除するとき、その対象の中に俺っちがいたら最後にしてくれってだけだ」


「もっと多くを望まないのかね?」


「一応俺っちはフェイヴァに付いたしな。勝てると踏んで与した側から、今さら離れるわけにはいかねぇよ。だが、共闘関係はまだ維持されてるんだろ?それならルドを狙うという点で協力できるはずだ」


「君がそうしたいのなら好きにするがいいさ。ただ、その行動は最終的にフェイヴァに害なすものになるやも知れぬぞ?」


「どういうことだ?」


「いや、可能性の話だ。ひとまず、ルドの好きなようにされるのは癪だという点には同意しよう。だから一旦ヴィクトリア殿は君に預ける。ただ、ルドの時のように彼女を利用するというのであれば敵同士だ」


「あいよ。俺っちもそうならないように努力するさ。んじゃあ、中心街のゴタゴタは任せるわ」


「では、せいぜい生き延びることだ」


「あんたこそ」


二人は互いに背を向け、目的のために動き出した。


デイビスは中心街から離れるように姿を消していく。


逆にトンプソンは争いの渦中へ。


すでに残り少ない人数のため、大きく視線を動かさずとも戦いの全貌が把握できるまでになっている。


現在最も勢いがあるのは、破壊の限りを尽くしているラーナ。


ラーナのことは、デイビスから聞いている。


と言っても、わかっているのは爆弾魔として有名だということくらいなものだが。


その彼女の手には身体の大半を損耗させたマイアットが握られている。


ヴァンデットも全身を赤く染めて、息も絶え絶えといった様子だ。


トンプソンの視線の先で、ラーナが勢いよく地面を踏み抜く様子が見てとれた。


「なるほど、なかなかに鍛えられているな」


トンプソンはラーナのスキルの向かう先、マナの動きを目で追って感心の言葉を漏らす。


ラーナの振り向いた先には、カイネスの姿がある。

            

「ヴァンデットさん!」


カイネスはまだ完全には処理しきれていないフェイヴァ兵とアイゼンたちを残して、一人勝手にその場から飛び出していた。


そんな彼の動きを即座に察知したラーナは、カイネスの訪れるであろう座標の地面へ意識を向けている。


一方カイネスは標的をラーナだけに絞り、ヴァンデットを害させないように駆けていた。


やはり、手負いのヴァンデット一人では分が悪かったのだ。


とはいえカイネスがアイゼンたちを止めていなければ、ヴァンデットがさらに不利な状況に陥っていた可能性も高い。


絶えず戦況が変化するなかで、最善の選択は難しい。


しかしこれ以上ラーナの好きにさせていれば、ヴァンデットの命も難しいものとなるだろう。


その判断での突貫だった。


そんな視野の狭まったカイネスには、ラーナのスキルに気がつける余裕はない。


愚直な前進はカイネスを罠の待ち構えている座標へ容易に誘い、そして──


まず地面が砕ける音が盛大に響き渡った。


その後に続くのは、両脚を失ったカイネスの苦悶の声。


「あ゛ァあああ……!」


動脈からドクドクと血液を迸らせながら苦痛にもがくカイネスの姿は、見るに絶えないものがある。


現在の彼に痛み以外の感情はない。


ヴァンデットのことよりも何よりも、痛みが全ての思考を塗り替える。


そんな様子を見たラーナはニンマリと嗤う。


「あっは!スキルを使いこなせる感覚って最高じゃん!この新しい快感でもグッチョグチョに濡れるんだけど……」


ラーナは身悶えしつつもカイネスを見据え、再び地面を踏んだ。


その力の向かう先は、当然カイネスの転がる直下。


今度は時間をかけてゆっくりとカイネスの姿を目に焼き付けると、その力を解放させた。


先程に倍する勢いで拡散する瓦礫や石片。


カイネスの最期を予測させるように、そこには赤や黄色の肉片も混じっている。


トンプソンは爆発のタイミングでヴァンデットに向けて走り出した。


ちょうど、ラーナの意識もヴァンデットから外れている。


「んー、やっぱ威力落ちちゃってるー……って、誰?」


広く見晴らしが良くなった中心街でコソコソと動くメリットはないと判断した上でのトンプソンの行動は、早急にラーナに認識される結果となる。


「気付かれるのは当然だな」


トンプソンは地面に意識を集中しつつ地雷原を駆ける。


「誰か知らないけど、さっきの奴と同じ結末……って、あれ?」


問題なくラーナのスキルは発動している。


もちろん地面も爆ぜている。


しかし、それがトンプソンを捉えることはない。


走る速度を追う形で設置される爆弾は、数こそ多いものの規模は大したことがないのだ。


その上、マナの動きも感知されている。


このような状況では、トンプソンが手負いと言えど直撃させることは困難だろう。


「当たらなさすぎてウケるんだけど!」


トンプソンは時には停止し、時には跳び上がることで爆発を回避し続けている。


これが絶妙な塩梅で、ラーナもムキになって攻撃を続ける。


トンプソンはラーナから常に一定の距離を保ちつつ地面を蹴る。


ラーナとの距離も計算ずくで、遠隔攻撃を諦めるほどは遠くはなく、接近戦を仕掛けるにしては遠い距離を心掛けている。


「注意を引きつけるには容易い娘だな。そろそろ仕掛けるか」


この回避行動に関しては片腕という事象はあまり関係がない。


しいて言えば激しく動くと未だに傷口から血が少量吹き出すものだが、傷口上部がしっかりと縛られているためにそれほどの影響はないようだ。


トンプソンは目的の人物を視界の端に捉え、急停止・急旋回をすると、そこから一気にラーナへ詰める。


「そう来ることは……予想済み!」


これにはラーナはニヤリとする。


遠隔で破壊を続けていたラーナだったが、一方で破壊を行わずに設置してておいたものもあった。


それはラーナの周囲の至る所に設置された、地雷とも呼ぶべき不発爆弾たち。


遠隔でトンプソンを攻撃しながら、隙を見てばら撒いていたもの。


直近で爆発させてはラーナ自身にも被害があるため少し離れた位置にはなるが、複数を一度に爆破させればどんな人間でもひとたまりはないだろう。


ラーナはそう考えて、トンプソンの進行方向にある全ての爆弾に再び力を込める。


それらは即座に活性化を始め、臨界へ達する。


問答無用のエネルギー塊がトンプソンを飲み込んだ。



            ▽



ヴァンデットは痛む身体をもたげながら、その様を見ていた。


それは、爆発に吸い込まれるトンプソンの姿。


恐らくは何かしらのスキルでラーナの攻撃を凌いでいたのだろうが、トンプソンがいかに強靭な肉体をこの大規模攻撃を耐えられるとは思えない。


身体強化が為されているヴァンデットでさえ、血の爆撃には皮膚を大きく抉られたのだ。


遠距離で戦う相手には、ヴァンデットは少々分が悪い。


接近を許してくれる敵ならまだしも、地雷を設置して環境を支配するような敵には、後手を取らざるを得ないというのが現状だ。


ヴァンデットの能力が肉弾戦に寄り過ぎているという話もあるが、貧民街では多くのものがそうなのだ。


ラーナのように遠隔攻撃を可能とする者はごく少数。


貧民街という環境において、個人で生き延びる能力を獲得することが必須の都合上、自身の身体機能を伸ばす能力に寄ることが大半なのだ。


ヴァンデットの目から見て、トンプソンはどう考えてもヴァンデット寄りの能力だろう。


ラーナを翻弄はしていたものの、遠隔攻撃までには至れていないのが良い証拠だ。


ヒュン──。


そんなヴァンデットの元に、一本の試験管らしきものが飛来した。


それを振り払うべく腕を動かすと、手背に接触した先でそのガラス容器が割れて中身がぶち撒けられた。


「っ!?」


ヴァンデットの身体に幅広く撒き散らされる薬物。


先程ラーナの件があったので一瞬身構えたが、付着してしまったものは即座に取り除くことができない。


それが理解できて身の危険を感じていると、ヴァンデットの警戒に反して予想外の効果が現れた。


薬剤の触れた皮膚がシュウシュウと音を立てて治癒し始めているのだ。


同時に爆発の影響を受けてヴァンデット側に飛ばされてくるトンプソンの姿も映る。


トンプソンはラーナ攻撃を耐えていた。


というよりは最小限のダメージ抑えていた。


トンプソンは爆発の瞬間、走るその足を急停止させてバックステップ。


後方へのベクトルを拡散する爆風に乗せる。


少なくとも、爆心地へ突っ込んで砕け散る末路だけは回避していた。


偶々なのか意図したものなのか、吹き飛ばされた勢いでヴァンデットの側に着地する。


「ぐっ……」


そしてそのまま片膝を付いた。


ポタリポタリと、トンプソンの足元に滴る血液。


ごく直近で爆発の影響をもろに受けたのだ。


防御姿勢を取りながらの回避行動だったとはいえ、拡散した破片の数々がトンプソンの全身を蹂躙している。


むしろ回避行動としてカウントされるのかも不安になるほどの傷付き具合だ。


トンプソンはフゥと息を整えると、胸元から試験管をニ本取り出した。


その内一本はヴァンデットに投げつけるように放り、もう一本の試験管はそのコルクを外して自身に浴びせかける。


これらは地上から持ち込んだものだ。


貧民街で得る機会はまず無く、貴重品といっても差し支えはない。


しかし効果の程のほどは大したことがない。


それでも、継続的な出血を抑えられるという点では有用な効果を発揮してはいる。


「危ないところであったな?」


「礼は言わねぇぞ」


肉体的に無理をしていたヴァンデットにとってポーションは相当ありがたい代物のはずだが、そんな彼からは何としても借りは作らせないという気概を感じる。


「特段そんなものを期待してはいない」


「それで、テメェの方の収穫はどうなんだ?」


当然の疑問だろう。


トンプソンが戻ってきたということは、何かしらの収穫を得たということが予想できるのだから。


「得られたのは確証は無い情報だけだ」


「なに?」


「だからそれを今から確認する作業に入る。マイアットはアレでまだ存命なのかね?」


土埃が明けた先、アレと言われたマイアットは、ラーナの手の中で力なく項垂れた小さな塊だ。


「さぁな。不意打ちに近い形での襲撃だったから、あれが意図した結果なのかは知らねぇな」


「さすがに今のを耐えられるのは冷めるんだけどー」


ラーナは地団駄を踏んでプリプリ怒っている。


地を踏み締めるたびに込められるマナをトンプソンは見逃さず、ヴァンデットの腕を無理やりに掴んでその場から飛び退さった。


その数秒後、先ほどまで二人の居た場所が爆ぜる。


「ヴァンデット、しばらくは私の動きに付き合ってもらうぞ」


トンプソンはラーナを見据えつつ背後のヴァンデットに声だけを向ける。


「チッ、仕方ねぇ……」


渋々といった様子で、ヴァンデットは回復に専念するようだ。


「やっぱりそこまで見透かされると引くわー。邪魔しないで欲しいんだけど!」


「君の方こそ、我々の邪魔さえしなければ敵対する理由もないのだが?」


「ヴァイス君をぶち殺し続ける世界を作るには、みんな邪魔なの!」


「そのヴァイスというのが誰かは知らんが、その女さえ壊せばリベラの勝ちも見えたようなものだろうに」


トンプソンはラーナの更に向こう側、アイゼンたちのことも観察しながらラーナとの会話を続ける。


ラーナも背後を警戒しているようだ。


地雷が埋められている可能性を考えるとアイゼンたちも迂闊に近づけないように見える。


そのままトンプソンはラーナの言葉の端から情報の収集を続ける。


「この女は死なない子供の作り方を教えてくれるって言ってるから、殺さないでやってるの。

だからこの女が殺した方がいいって言ってる人は全員殺すわけ」


「……なるほど、合点がいった」


「……?」


「死なない子供がいて、それがマイアットの子供で、君はその子供をサンドバッグにして楽しみたいというわけだな?」


「そうだよ!それが何!?」


なかなか短気に見えるラーナを会話に縛りつけ続けるのはトンプソンにも困難だが、ラーナがうっかりと情報を漏らしてくれることに安堵を覚える。


「それなら、そんな女に頼らずとも私が教えてやる。なんなら、もっと楽しいオモチャを与えてやれるかもしれんぞ?」


「えっ、ほんと……?」


ラーナは今までの一触即発の空気を弛緩させ、飴玉を欲しがる子供のような表情を見せている。


ちょろい。


実に騙し易い性格のようだ。


そもそも騙すつもりなどトンプソンには毛頭ないわけだが。


「トンプソン、あなたは何を知っていると……?」


ラーナの手元から声が漏れる。


「そんな状態で健在とは恐れ入るな、マイアット」


「人間の脆い体構造など、抱えていても無駄が多いのですよ……。その分それらを人形に置換して仕舞えば、無駄も排せるというもの……。ところで、あなたの知識はどこから来ているのでしょうか……?」


「死に損ないのくせに欲張りが過ぎるな。やはり未だ残された義体があると見える」


「……」


「それでおじさん、教えるならさっさと教えて!教えてくれるなら、こんな荷物さっさと爆破させるだけだし」


たった十数秒で、ラーナの我慢は限界のようだ。


しかし耳を傾けるだけの余裕が残っているのも事実。


「その女が作った子供が一人だけだというのなら、その子供は確実に魔族との混血だ」


「……!」


マイアットはギョロリと目線だけをトンプソンへ向ける。


「テメェが前に言ってた話か」


ヴァンデットもトンプソンの話に耳を傾けている。


「へー。じゃあ、あたしも魔人に子種ぶち込んでもらえばヴァイス君みたいな不死の子供を作れるってこと?」


「人と魔族の子が死なない肉体を持つなど、過分にして聞いたことはないがな。恐らく死なないというのは、たまたまヴァイスという子供に発現したスキルの作用によるものだろう。だからそうなる確証は無いし、君の身体で魔人の子を宿せるという確証もない」


「じゃあさ、あたしじゃなくても人間と魔人の混血は作れるってことだよね?」


「ドクターがそちらに興味を持って研究を続けていれば、だがな」


「ドクター?」


「知り合い魔人だ。何人か存在している魔将の1人だな」


「へー、おじさん魔人とツテがあるんだ!じゃあこんな女もう要らないじゃん」


ラーナはおもむろにマイアットを宙へ放ると、


「待──」


彼女の返事も待たずに起爆させた。


見るも無惨に跡形も残さない規模の爆発で、破片が飛び散る。


「これで良いよね?」


「ああ、だが少し待て」


「?」


トンプソンは何もないはずの空中へ目を遣ると、何かを追うように顔と視線を動かした。


「どうした?」


しばらく物言わず後方を見続けるトンプソンに、ヴァンデットが声をかけた。


「ふむ、これで確定だな」


「何が、だ?」


「君、ちょっとこっちへ来い」


「あたし?」


「そうだ。あと、怪しい行動はとるなよ?」


「はーい」


ラーナはなんとも軽い調子でトンプソンの指示に従う。


そしてトンプソンの目の前でちょこんと静止した。


「君の先程の攻撃だが、確実にマイアットを滅ぼせるものかね?」


「君じゃないよ、ラーナ!」


「そうか、それは悪かったなラーナ。それを言うなら私もおじさんではない、トンプソンだ」


「了解!」


「テメェ、このイカれ女を引き込むつもりか!?」


ヴァンデットが声を荒げる。


一方的に負傷させられた彼にとっては、受け入れがたい状況だろう。


「トンプソンはいいとして、ヴァンデットは殺しちゃダメなの?」


「死にてぇのか……?」


「今は抑えてくれ。使えるものは使うべきだ。とりわけラーナは使える」


「チッ……。だが、おかしな動きを見せれば即座に殺す」


「だ、そうだが?」


「えー、せっかく壊し甲斐がありそうなのに!」


「ラーナ、私の傘下に加わるのなら、遊び場所もオモチャも用意してやる」


「じゃあトンプソンの手下になるし、我慢もする!」


「いい子だ。ではラーナに質問なのだが、先程の君の攻撃はマイアットを確実に滅ぼせるものだったのかね?」


「うーんと、残った体構造はほとんど爆弾に変換したし、特に頭部は跡形もなく消し飛ばしたはず!」


「よし分かった。少なくとも、これまでの2体のマイアットは確実に滅んでいるわけだな」


「これまでの、だと?」


「ああ、マイアットは次の身体に移動した」


「それをさっきテメェが目で追っていたとでも言うのか?」


「まさしくその通り。と言っても、追っていたのはマナの動きだ」


「マナ?貧民街で魔法なんて使えないじゃん?」


「やはり理解している者はいないか」


「どゆこと?」


「アビリティは身体機能の延長だ。例えば、足を酷使するような生活をしていれば、その部位は破壊と再生の過程でマナを吸ってそれぞれの環境に見合った機能を発揮していく。これがアビリティの発現機構だ」


「それは分かるけど、そこにマナが関わってるのは知らない!」


「まぁ、そうであろうな。ではスキルは何だと思うかね?」


「身体機能とは別だと言いてぇのか?」


「一概にそうだとは言えんがな。スキルは先天的なものと後天的なものに分類される。先天的スキルは勇者の血筋にギフトが遺伝するもの、後天的スキルは特殊な条件下で遺伝に関係なく発現するものだ。とりわけ貧民街におけるスキルは後者で、魔法技能が身体機能にまで昇華したものが主だ。ラーナのスキルも、元々は攻撃系統の魔法だったのではないのかね?」


「あたしのは無属性の空間魔法だったけど、気づいたら魔法なしでも使えてたのはそういう理由かー。ここ最近も使い勝手良くなってるし、ますます強くなるってわけじゃん!」


「その理解で問題はないな。従来の魔法発動形式を経ていないだけで、マナを使用しているのは変わらないからな。マナの動きを見れば君の攻撃も容易に回避できるというわけだ」


「ああ、そゆことか。まー万能じゃ無いよねー」


「そこでようやくマイアットの話だ。ラーナがマイアットを破壊した際、マイアットからマナの動きが観測できた。その行き着く先は……」


トンプソンは視線だけでその先を指し示す。


「あ?テメェの視線の先に何が……って、アイツは確か……」


そこには、小高い建物の上で飄々としながら中心街を見下ろす人物がいる。


「ルド?」


ラーナが小首を傾げながら言う。


「んなわけねぇだろ。アイツがマイアットなはずがねぇ……!」


「マイアットの断片から放出されたマナが彼に向かったのは事実だ。しかし、私も分魂術については曖昧でな。魂を切り分けた後、それらが完全なスタンドアローンで機能するのか、はたまた母体がいてそれらを操作しているのか。肉体を失った魂を回収する機構があるかもしれんし、その辺りは推測するしかないな」


「テメェのその知識はどこからきたもんなんだ?」


「私の古い知り合い──ヘキという人物が分魂術については詳しくてな。その関係で知る機会があっただけだ。しかしそれ以上の詳しい内容は知らされておらぬのだ。最後に会ったのも十数年前だしな」


「まー、何でもいいじゃん。ルドがマイアットなんだったら、ぶち殺せばいいだけの話だし。トンプソン、これからどーしたらいい?あっちの三人はあたしが消しとく?」


あっちとは、アイゼンたちのいる側だ。


「残る生存者は我々三人にアイゼン一派三人、そしてルド、マイアット、デイビス、ヴィクトリア、そしてヴァイスといったところか。マイアットがまだ別に肉体を残していると考えても、残りは11人。邪魔なら消して構わんぞ?」


「じゃあ殺してくる!あいつらはなんか楽しそうじゃないし、ちょろちょろされても鬱陶しいし!頑張ったら報酬は増える?」


「期待しておくといい」


「やった!じゃあいっちょ暴れてくるー」


ラーナはそのまま走り去ってしまった。


「君はどうするかね?」


トンプソンはラーナの背をしばらく眺めた後、視線をヴァンデットに戻した。


「マイアットに好き放題されるのも癪だからな。しばらくはテメェの動きに合わせてやるさ」


「それは助かるな。ルドのスキルの概要も伝えておくかね?」


「ああ」


「彼のスキルは、他人に恩を着せて何かしらの形でそれを回収するというものだ。今まで彼に感謝するような機会はなかったかね?」


「俺様が誰かに感謝することなんてまずねぇよ」


「それなら安心だ。では行こうか」

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