第22話 息を吹き返す男

グシャリ──。


「ああクソ、進行が早いな……」


不満を吐き出すのは、ダートの口。


異音を吐き出すのは、ダートの腕。


マイアットの攻撃を受け止めたはずの彼の前腕──その橈尺骨は、いとも簡単にへし折れた。


ただそれだけでは驚くに値しない。


問題なのは、その腕が痛みを生じさせていないこと。


無機質な破片を撒きながら砕け散る一つの固体と化してしまっていること。


文字通りの人形化がダートの身体に生じ始めているのだ。


これを見たマイアットは追撃を仕掛けようとするトンプソンに向けて徐に右の手掌を向けた。


触れられてはならないトンプソンは思わず攻撃を止める。


そしてマイアットは左手でダートの首を握り締めた。


「ぐっ……」


何故回避しないのか。


そう思うトンプソンの視線の先で持ち上げられるダートの手足は、ピクリとも動いていない。


「もうあなたは必要ありません……。消えてもらって結構ですよ、ダート……」


ああそうか、とトンプソンは納得がいく。


ダートは末端から犯されていたのだ。


「トンプソン、残念だが俺ではコイツを止められなかった。ヴァンデットに伝えておいてくれ。先に逝くが、すぐには追いかけてくるな、と。マイアット、お前、の……ォ……」


言い終える前に、ダートの首はあらぬ方向へと捻じ曲げられた。


「それ以上聞くつもりはありませんよ……。さて実に呆気ないものですね、人間の生というものは……」


マイアットは無用の長物と化したダートの遺体を投げ捨て、次はお前だと言うような目線をトンプソンに向ける。


これでとうとうトンプソンは一人になってしまった。


付近には頼れる仲間もいない。


ゆらりと接近するマイアット。


「あなたにも手加減は致しませんよ……。私の目的のために、死んで──」


しかし、すぐにマイアットは足を止めた。


「!?」


「……ぁぁああああ!!!」


突如空間に響き渡る猛獣のような叫び声が聞こえたからだ。


その声の主を視界に捉える。


するとそこには、天を仰いで雄叫びを上げている人物が。


トンプソンとマイアットからはかなりの距離があるが、それでもはっきりわかるその者のシルエット。


ヴァンデット=ヴァイオレート。


彼はマイアットの操作下で命の危機に瀕していたが、なんとかギリギリで覚醒した。


それは、ダートが死の間際に放ったスキルによるもの。


ヴァンデットの覚醒と同時に、攻撃を仕掛けていたアイゼン以下3名は彼によって横薙ぎに吹き飛ばされた。


そんな三人を横目に、ヴァンデットはカイネスの存在を確認する。


「ヴァンデット、さん……!」


傷を負いながらもボスの帰りを待ち続けた勇士は、喜びに身体を震わせる。


「カイネス、ここまでよくやってくれた。お前のおかげだ」


ヴァンデットは全身を動かし、どこか不調がないか確かめながらカイネスを労う。


当然、不調がないわけはない。


勝手に身体を操作されて戦闘を強いられていたのだ。


本来のヴァンデットならしないような数々の行動は、彼の身体に夥しい数の傷を作るに至っている。


だが、動く。


「俺はただ、ダートさんに言われたことをやったまでです。それに……」


「ああ、ダートは逝っちまったんだな……」


カイネスはダートの指示を受けた後、アイゼンたちを妨害するように行動していた。


マイアットの支配下にあったヴァンデットは、カイネスが味方であろうと関係なく攻撃を仕掛けてきたためになかなか厄介な状態であったが、それでもカイネスは指示通り行動したのだ。


「とりあえず、好き勝手やってくれた奴はぶち殺さねぇとな!カイネス、そこの3人は一旦お前に任せる。マイアットを始末したら戻るからよ、その間にそいつら全員片付けといてくれや」


「いや、そんな無茶な」


「冗談だ。だが、お前は死ぬなよ?ちょっくらゴミを始末してくるから、適当に遊んでおけ」


「はい、ご武運を」


ヴァンデットはカイネスの言葉を聞くと、ググッと身を縮めた。


そのまま激しく地面を蹴る。


弾丸のように飛び出したヴァンデットは、一直線にマイアットの元へ。


マイアットの目では彼の踏んだ地面が砕けたことが確認できたが、次の瞬間には彼女の目前にヴァンデットが迫っていた。


「死ねや、ゴミカス」


そのままヴァンデットはマイアットが防御する隙すら与えず、一般人なら首が消し飛ぶほどの威力の拳で顔面を殴り抜いた。


激しくマイアットの頭部が振盪する。


そして頭部だけで受け切れなかったエネルギーはマイアットの身体を浮かせ、問答無用で彼女はそばの建物の外壁に突き刺さった。


その過程で支えを失った建物は崩れ、大小様々な瓦礫がマイアットの身へ降り注ぐ。


これでも、恐らく大したダメージは負わせられていないだろう。


そう思うトンプソンと、攻撃姿勢からくるりと回転して着地したヴァンデットの視線が交錯した。


「テメェは?」


獰猛なヴァンデットの口調は、トンプソンを食い殺さん勢いだ。


「私はトンプソン。故あってマイアット打倒のためダートと協力していた」


「そうかい、そうかい。そんでテメェは、今から俺様とやり合うのか?」


今のヴァンデットは、鬱憤を誰でもいいからぶつけたい気分なのだ。


だから誰彼構わず挑発している。


「そんな自殺行為はしないし、やるとしても今ではなかろう。あの程度でマイアットが殺れているとも思えぬしな。……ああ、君にダートからの伝言を伝えておく」


「おう、聞かせろ」


「先に逝くがすぐには追いかけてくるな、だそうだ」


これを聞いて、少し間があった。


「そうかよ。ダートが世話んなったな」


そして吐き出された言葉に、トゲは無かった。


「私は何もしておらぬよ」


ヴァンデットは地面に転がっているダートを一瞥する。


そしてすぐに視線は砂埃の舞う空間へ。


ヴァンデットの足元には、コロコロと転がってくる瓦礫片が一つ、二つ。


積み上がった瓦礫が崩れる動きは、マイアットの生存を意味している。


「テメェは邪魔だ。死にたくなけりゃ、そこで休んでろ」


片腕とはいえ実力の分からないトンプソンに邪魔だと言えるのは、それだけ自信があるからだろう。


決してトンプソンを労ったものではない。


「ふむ、それが妥当か」


トンプソンはそうは言っても、満身創痍のヴァンデットがそこまでやれるとも思えていない。


だからトンプソンは、マイアットと潰しあってくれたら助かるなどと考えつつ、ヴァンデットから距離をあけるように後退する。


それに合わせたかのように、瓦礫の中からむくりとマイアットが姿を現した。


「さて、どういったカラクリでしょうかね……?あなたの自由は全て奪ったはずですし、あなたのスキルも大したものでは無かったはず……」


その身体には砂埃以外の付着物はなく、それを除けば全身は傷ひとつなくキレイなものだ。


今更トンプソンはそこに驚きはしない。


ヴァンデットはマイアットの現状を理解していないものの、こんなものは彼にとっては驚くに値しない事象だ。


「勝手に俺様の中身まで見てるんじゃねぇぞ。そもそも、凡夫たるテメェが俺様を理解できることなんてありえねぇ話なんだからよ?」


「あなたの妄言も相変わらずですね……。私に触れて少しは丸くなってくれたかとも思いましたが、期待外れでしたね……」


「期待するのは弱者のやることだ。さてさて、テメェとの無益な会話もこのへんで終わりだな。そろそろ俺様の本気を味わわせてやっからよ?」


「今までと何が変わったと言うのですか……。私程度にやられていたあなたが、今更何、を……?」


マイアットは右肩が軽くなったことに違和感を覚える。


するとやはりというか、肘から先が無い。


そして視界にはヴァンデットの姿もない。


マイアットにそんな思考が駆け巡っている時には、視界の端に動くものを捉えていた。


それを脳が知覚した時には、ヴァンデットの蹴りの軌道は終盤に入っている。


腰を狙ったその蹴りはマイアットの骨盤を砕き、右大腿を砕きながら通り抜けた。


まるでオモチャのように壊されていく。


浮き上がった身体が自由を謳歌している最中、すぐさまヴァンデットの姿が映る。


マイアットは着地すら許されず、空中から真っ直ぐ地面に叩きつけられた。


マイアットを地面に縫いつけたヴァンデットの拳は容易に彼女の腹部を貫き、そこに上半身と下半身を分断するほどの大穴を穿っている。


「どういった手品でしょうか……?」


変わらぬ口調でマイアットから発せられた言葉。


ぱしり、と腹部を貫いたヴァンデット腕をマイアットの左手が握りしめている。


そして続ける。


「いくらあなたが覚醒したとしても、触れて仕舞えば──」


それ以上は発されなかった。


いや、物理的に発することができなくなったのだ。


ヴァンデットはマイアットに触れられたことも関係なしに、もう片方の拳を彼女の顔面に突き刺した。


当然、顔面は腹部と同様の末路を遂げることとなる。


一般人と異なるのは、脳漿をぶちまけているか否か、それくらいのものだ。


人形の破片が散乱し、マイアットの頭部があったはずの地面には、すっぽりとクレーターが形成されている。


それに合わせて、ヴァンデットを掴んでいたマイアットの腕も力なく地面に倒れ伏した。


「ハッ、たわいもねぇ!なんでテメェ如きゴミカスにダートがやられなきゃならねぇんだ、クソッタレが……」


ヴァンデットはマイアットだった残骸の上から身を起こすと、乱暴にそれを蹴飛ばした。


さらに破片を撒き散らせ、その残骸は軽い音を立てて転がる。


「そんで、どうするよ?」


トンプソンがマイアットの行く末を眺めていると、ヴァンデットは次の獲物のトンプソンに選択肢を委ねる。


「見逃してくれるのかね?」


「俺様の邪魔さえしなけりゃあな」


「では君の邪魔はしない、と言いたいところだったが……」


トンプソンはヴァンデットを指差す。


「あぁ!?」


否、ヴァンデットの後方へ指尖を向けている。


こんな状況でトンプソンがくだらない小細工などしないだろうと確信し、ヴァンデットは彼が指差す先へ首を回す。


「やはり分かりませんね……。あなたがどのようにしてその力を得ているのか……」


すると、ここで新たな闖入者が姿を現した。


その姿は先程のマイアットとは異なる若いシルエット。


十代の後半といった見た目の女性だ。


服装はタイトなパンツにワイシャツという出立ち。


「まさか、マイアットか?」


「あいつが!?」


ヴァンデットはトンプソンの言葉を信用しているわけではないが、彼が言うのであればそうなのだろうと納得する。


「偽っても仕方ありませんから正体を明かすと、私もマイアットですよ……」


「私も、だぁ?」


さっぱり意味がわからないヴァンデット。


「先程君が壊したのは、恐らくマイアットと呼ばれる者の中の一体だったということだろうな。さて、あと何体出て来るのやら」


トンプソンは特段驚くことはない。


こういう事態も当然想定済みだったからだ。


「さっきのは本体じゃなかったってことか?それなら協会の処分を受けてなきゃおかしいだろうが」


「それを私に言われてもな。しかし現に彼女はそこにいるし、ここでマイアットを騙る人物が現れるメリットもあるまい?」


「そりゃ道理だがな。まぁ考えても仕方ねぇか。今回のマイアットも、さっきみてぇに壊しゃ仕舞ぇよ」


「そろそろ始めても構いませんか……?」


二人の会話にしびれを切らせたのか、新たなマイアットが口を挟む。


「あいつはどうしてぇんだ?」


それでもヴァンデットは軽い調子で会話をやめない。


「疲労でも狙っているのかもな。もしくは、なんとしても君の強さの秘密を暴きたいということかな。少なくとも、今の私は彼女の眼中にはないだろうしな」


「なんなら、テメェがあいつの相手をしてるのを眺めててやってもいいぞ?」


「片腕の負傷者に無茶を言う……。そうだな、延命を図る意味でも君に情報を流しておくか」


「おう、言ってみろ」


「恐らく彼女が用いている手段は、分魂術の類だろう」


「なんだそりゃ?」


「魔法にも似たようなものは存在していて──いや、魔法的分魂術が先か……?おっと、今は関係のない話だな。ひとまず言えるのは、彼女はスキルを使って自身を複数に分断している」


「分断って……肉体を、って意味じゃねぇんだろ?」


「文字通り魂を引き裂いて分離する方法だ。一つであるはずの魂を複数に小分けにする行為は、普通の人間が耐えられるようなものではない。そもそも、魂を分けてどこに保存するのかという問題もあるしな」


「あいつは見るからに普通じゃねぇだろ」


「その通り。魔人に懇願してその子供を孕ませてもらうくらいだからな。相当に狂っているよ、彼女は」


「おいおい、気持ちの悪りぃ話するんじゃねぇよ。……それで、テメェの話が事実だとして、どうすりゃそれを無効にできるんだ?」


「虱潰しに壊して回れば良いのではないか?」


「まぁそんなことだろうと思ったわ。テメェはそれを知ってて、ここまで何かしらの手段を講じてたわけじゃねぇのか?」


「確かに、その可能性は考慮していたよ。ただ、実物を見るまでは確証もあるまい」


「つくづく道理だな。そんで、ここまでで何か分かってんのか?」


「ああ、戦ってみて気づいたが、あの強度の人形を作り上げるのであれば分魂数もそれほど多くはないだろうな。君がいない時のマイアットは、少々無茶をして人形の強度を高めていた。それすなわち、人形に魂を強く根付かせる行為だっだのだろう。先程君がきっちり彼女を壊したから、そこに宿った魂も同時に破壊されたと考えるのが妥当だな。だから彼女も焦って、新たなマイアットとして出向いたのであろうよ」


「無数にいるわけじゃねぇってことか」


「少なかった場合と無数にいた場合、どちらを面倒と考えるかは君の感覚次第だがな。私の希望としては、少ないに越したことはない」


「どっちにせよ、俺様にとっちゃ潰すだけの存在だ。とりあえずテメェの情報は役に立ちそうだから、しばらくは生かしておいてやるよ」


「君と対峙すると心臓に悪い」


「ハッ、言ってろ」


「あと、協会の粛清を受けても彼女が分魂状態を維持できているのは、すでに彼女の本来の肉体は失われているものだと考えられる。分魂術の詳しい原理については不明だが、協会の対応がしっかりと行われているのなら彼女の肉体がここに召喚されているだろうしな。協会の対応の後に魂を分けたという可能性も、なくはないか……」


「わかんねぇけどよ、俺様はあいつを潰して回ったらいいんだろ?」


「君を動かすのは私の仕事ではない。君自身で考えて好きに暴れると良いだろう。さて、そろそろマイアットも自身の全貌が明かされそうになって焦っている頃合いではないか?」


「待って差し上げたことに対する感謝くらい述べられては……?」


「お、なんだあいつ、キレてんぞ?」


ヴァンデットはさもおかしそうにマイアットの様子を小馬鹿にする。


「憤るなどという感情はすでに過去に置いてきましたよ……。それでもそれに類似した感情が湧き上がるのも事実ですが……」


「あと何匹潰しゃあ、テメェは消えてくれるんだ?」


「それを教える道理はありませんよ……。それよりも今は、私について多くを知り過ぎているトンプソン、あなたに興味がある……」


「怖い怖い。ヴァンデット、君が戦ってくれれば私は更に有益な情報を集めてこよう」


「あ?なんだ、逃げんのか!?」


「君が私を見逃している間、私は君の協力者で居続けよう。積極的に情報を集めてこようではないか」


「急に元気になりやがるな。まぁ、テメェじゃこいつは荷が重いだろうしな。いいだろう、乗ってやるよ」


「助かる」


「ただし、次にテメェが姿を現した時にゴミみてぇな情報を抱えてるようじゃ容赦はしねぇぞ?」


「足掻いて見せるさ。では、あとは任せた」


「ああ、せいぜい俺様のために働いてこい」


トンプソンはひとまずヴィクトリアの安否を確認する意味でも、ルドの去った方向へと足を向けた。


現在の状況は、トンプソンにとって非常に都合が良い。


ヴァンデットが現れたのは僥倖以外のなにものでもなかった。


あのままでは確実に切り札を切らせられていた。


そうなれば、負けていたのはトンプソンの方だ。


それでも耐えてマイアットの切り札を先に切らせたからこそ、この状況には非常に意味がある。


マイアットが分魂術を応用した手段を用いているのであれば、いずれ調査を行わなければならなかったところだ。


それを安全に行うことができるというのは、勝利へ確実に近づいているということ。


どこにマイアットの分身が潜んでいるかは不明だが、わざわざあちらから出向いてくるということは考えづらい。


ヴァンデットを厄介に考えたからこそ、彼女は新たな人形で姿を現したはずだ。


それに、彼女が複数の分魂体を同時に動かせるのであれば、すでにもっと効率的な手段でトンプソンを追い詰めていたはず。


そう考えれば、マイアットが複数存在するとはいえ、その一体をヴァンデットが受け持っている状況はトンプソンの動きをより安全なものにするのだ。


「あとはこの傷をどうするか、だな」


そう、この片腕という状態もトンプソンの現状を作り上げている。


圧倒的弱者に徹したからこそ、ヴァンデットはトンプソンを見逃したのだ。


トンプソンを弱者と侮った、それがヴァンデットの敗因となるはず。


それを実現するためには、マイアットを完全に御しきれる状況を作り上げつつ、ヴァンデットの消耗を期待するしかない。


しかし現在のヴァンデットに消耗などという状況は訪れるのだろうか。


死の淵から甦ったヴァンデットの力強さは、到底トンプソンだけでは抑え切れるものではなかった。


彼の攻撃の矛先がトンプソンに向かなかったのは、幸運以外で表現する術は他にない。


だから、少々動きづらくとも、この傷は残しておかなければならない。


最後の最後まで敵を欺くために。



            ▽



「よう、重そうな荷物じゃねぇか。なんなら、俺っちが運んでやろうか?」


ルドが足を止めたのは、目の前にデイビスたち3人が立ち塞がったから。


「やぁ、デイビス。ここまで生き残っているのは素直に称賛できるね」


いや、それだけではない。


明確な敵意を持ってルドを見つめているからだ。


「んな口上はどうでもいい。聞こえなかったのか?そいつを置いてどこかに消えろっつってんだよ」


「あらら、ちょっと機嫌が悪そうだね。何か嫌なことでもあったのかな?」


「ちっとばかし、獲物に逃げられただけだ。はぁ、もう一度言うぞ?ヴィクトリアを置いて俺っちの目の前から消えろ」


デイビスの言葉は事実。


彼が機嫌を損ねているのは、先程まで追い立てていたマリスの連中が彼の目の前で挙って自殺したからだ。


ヴァンデット様万歳、なんて言い残して。


それを見たデイビスは、なぜ必死に生きないのだと不快な気持ちになったのだ。


「なんだ、この人の知り合いか。ちなみに、トンプソンから俺が直接預かったものなんだけど?」


「じゃあ、より安全なこっちで預かっておいてやるよ」


「お、なんだい?君にしてはやけに必死じゃないか」


「いやなに、単にお前には任せておけないってだけだ」


「なぜ?」


「それを俺っちに問うか。それなら答えてやる。リベラが始まってからのお前の動きが気持ち悪いからだよ」


「ああ、それは単に情報屋として──」


「違うな」


ルドの言葉に重ねるようにデイビスは否定した。


「んー?」


何かに感づかれたことを悟ったのか、ルドは挑発するようにデイビスに視線を送る。


「リベラ前にわざわざ俺っちの前まで来て不参加を表明しておきながら、蓋を開ければ参加してやがる。その時に見せたプレートは誰のもんだ?今のお前のプレートは、ちゃっかり黒じゃねぇかよ」


「リベラで死者が出て多く出回ったから買い戻したまでだよ」


ピックと言いながらルドはチラッと黒いプレートを見せつけ、すぐにリーブでプレートを消す。


「いいや、それだけじゃねぇ。逃げ足だけは取り柄で捕まるはずもないお前が、なぜ故意にマリスに囚われる?」


「俺だって失敗くらいするさ」


「それに……いや、何を言っても言い逃れされるな。とりあえず、ヴィクトリアはこちらで預かる。それに従えなきゃ、ここでお前を殺す」


「野蛮だなぁ。別にいいじゃないか、思惑くらい抱えてもさ」


「こっちの邪魔さえしなけりゃあな」


「一応ヴィクトリアは俺の命を保障する役割があるんだけどなぁ。これを取られたら、俺も長生きはできなくなるってわけ。なんなら、俺がデイビスにできないことをやってあげようか?」


打って変わって、態度が不穏なルド。


「ますます気持ちが悪いな。お前は意味のない行動は取らないはずだ。

全ての行動に意味がある。だから今のお前のそれも、必ず意味を伴ってくる」


当然それは、デイビスに不信感を沸かせる要因にしかならない。


「勘のいいガキは嫌いだな、ってよく言われない?」


「俺っちよりガキのお前に言われたくはないな」


「仕方ないけど、やろうか。生きるためには越えなきゃならないものが多すぎるよ、まったく」

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