第19話 マイアットという女

「あらやだ。ヴァンデットちゃんったら、やられちゃったの?」


ヴァンデットが女と子供相手に苦戦している様を眺めていたエイベたち。


ついに動きを止めてしまったヴァンデットを見て、戦闘の終結を予測する。


「女子供にやられるってことは、イノセンシオがいい感じに削ってくれてたっぽいな。でもそれなら俺らでもやれてたかもなぁ。ちょっと乱入するのが遅れちまったかー」


レッケンドは悔しそうな表情を浮かべながら成り行きを見守る。


その視線の先で、ペタペタとヴァンデットに触れていくマイアット。


「んー、あいつらなんかマズいことしてねぇか?」


「そうねぇ。ヴァンデットちゃんも触れられたく無いような動きをしていたし、何かの準備かしらねぇ……?」


「女は触れたら動きを鈍くするようなスキルか?それと、子供の方はタフすぎて意味がわからん」


未だ情報が限られているため、レッケンドはどうにも出て行きづらい状況である。


「レッケンド!」


「な、なんだよ……」


そんな中、ここまで言葉を発していなかったラーナが急に声を出したため、怯えるレッケンド。


「子供欲しい!」


「は?」


「ラーナちゃん、脳細胞が爆発しちゃったの?」


「俺との子供か?こえーんだけど!」


「レッケンドみたいなチビゴミの子供欲しがるとかあり得ないじゃん。ウケるの通り越して冷めるわー」


「てめぇ、口を開けばいつもいつも罵倒しやがって!」


「違うじゃん、あの子供が欲しいって言ってんの!あれだけ壊しても壊れないサンドバッグってやばいでしょ」


「あー、はいはい。一瞬でもお前をまともだと思った俺が間違ってたわ、すまん」


「まぁでも、あの子供はちょっと気持ちが悪いわね。少なく見積もっても10回は死んでたし」


「死なないアビリティとかスキルなんて聞いたこともないし、リスクが高すぎて成立もしないだろ。意味がわからん」


「関係ないよ、一生殺せるオモチャじゃん。めっちゃ欲しい!」


「はぁ……何でもいいけど、ラーナがやる気を見せてる間にやっちまうか。

どうせやんなきゃならないしな。いいよな、エイベ?」


「構わないわよ。いい感じにこの辺りには他に誰もいないわけだし、変なのに乱入される前にやっちゃいましょ」


「うし、んじゃ行くぜ」


「子供は貰うから!」


「わかったわかった、お前は好きにしろ!」


建物の影から三人はゆっくりと敵地へ向かう。


「ようやくお出ましですか……。いつ来てくれるのか待っていたところですよ……」


意気揚々と姿を見せた三人に、マイアットは驚きもなく声をかけた。


マイアットは直立不動のヴァンデットに触れながら身体を三人へ向ける。


「なんだ、気づいてたのか。子供ともども気持ちが悪りぃなー」


「ママ、こいつらは使うの?」


「いいえ、ヴァイス……。この三人に使い道はないので壊してしまって構いませんよ……」


「やったー」


レッケンドから見れば、ヴァイスと言われた子供は見たままの印象だ。


反応も含め、子供そのもの。


「それで?お前はヴァンデットに何をやってるんだ?」


レッケンドは今にも襲い掛からんとしているラーナを制しながら会話を続ける。


「お好きに想像してください……。そろそろ完成する頃なので、あなた方は私のヴァンデットがお相手致します……」


「まぁ、ヴァンデットを下したのはお前らだから好きにすりゃいいんだけどよぉ。そもそもお前ら、どこの所属よ?」


「イノセンシオ様亡き後の残党とでも思っておいて頂ければ……。ただ、終盤となったリベラにおいては口上も必要でしょうか……。私はマイアット=フォージェリー、そして息子のヴァイスです……。他の邪魔が入らないうちにやってしまいましょうか……」


「そのために来たんだからな。んじゃいっちょやるかー。エイベ、どっちとやる?」


レッケンドが視線を交互に動かしたの先は、マイアットとヴァンデット。


「そうねぇ、マイアットちゃんには触れられたくないからヴァンデットちゃんにするわね」


「あいよ」


レッケンドは手に握った角綱を肩に背負い直してマイアットを見据える。


これでそれぞれ相手は定まった。


レッケンドはマイアットへ向けて歩き出す。


ヴァンデットはぬらりとした動きでエイベに向かい、ラーナとヴァイスも別の位置に陣取った。


「お前ら勝手に死ぬなよ。こっちの負担が増えるんだからな」


そこそこ距離が離れてしまったエイベとラーナに向けてレッケンドはいつもの調子で声をかけた。


「角材振り回すしか脳がないあんたが一番心配よ。せいぜいビリにならないように頭使いなさい」


「うるっせ──って、おわ!?」


レッケンドは突如真っ直ぐに手を差し込んできたマイアットにびっくりしながら、触れられないギリギリでその手を躱す。


「大人しく死んでいただけると助かりますが……?」


レッケンドが回避行動の中、攻めを開始したマイアットと彼の視線が交錯する。


「はぁ!?ナマ言ってんじゃねぇっての!」


続いて突き出された手を角鋼で弾きながら、レッケンドは彼女から距離を取るように跳ねる。


マイアットはその攻撃をものともしない様子で、依然レッケンドに詰め寄ろうと前進を続けていく。


「やっぱし、触れて発動する類の能力だな。インファイターは苦手だなぁ」


未だ余裕を崩さずマイアットの攻撃を捌く彼は、エイベやラーナの方にも視線を向けながら戦況を把握していく。


エイベはヴァンデットの攻撃を難なく回避しながらうまくやり合っているようだ。


ラーナの方は粉塵に塗れていてレッケンドでは視認できなかった。


おそらくあれこれ爆破させて暴れているのだろうと、むしろ安心するレッケンド。


こんなにも彼が余裕でいられるのは、現在マイアットの攻撃手段が接近戦という一点に限られているからだ。


レッケンドは彼女の能力を“触れて人間を操る類のもの“だと概ね予測し、触れられることだけは絶対に回避しながらも可能な限り至近距離で相手を探っていく。


マイアットがレッケンドに触れることに固執しているのも、その能力の強力さ故だろう。


制限が掛かる能力ほどその威力は増し、その逆も然り。


それにマイアット自身の身体能力はそれほど高くない。


武器自体の重みにより攻撃速度自体高くないレッケンドだが、マイアットの攻撃を難なく捌く程度の効果は発揮している。


レッケンドは相変わらず接近を試みるマイアットに違和感を感じつつも、有効打を探しつつ攻撃を続けていく。


しかし、重量のある角綱により打撃を受け続けているはずのマイアットが動きを鈍らせている様子はない。


なぜ有効打になっていないのかと怪訝さを禁じ得ないレッケンドだが、観察を続けているとそれは彼女の動きにあるらしいことが分かってきた。


攻撃が当たる寸前、マイアットは絶妙な動きで衝撃を逃している。


「なんだそのチグハグな動きは?」


レッケンドは湧いてきた疑問を口にする。


マイアットは身体能力自体そこそこなものの、防御方面は優れているらしい。


攻撃の意思こそ高そうな彼女の動きも、それ自体で仕留めるようには見えない。


「必要な手段を重ねているだけのこと……」


「お前にとっちゃ必要な工程ってことか。それなら早めに片付けねーと、な!」


一段と速度を増した角綱は、マイアットの首を吹き飛ばすべく横なぎに振われる。


獲った。


そう確信したレッケンドの視線の先で、マイアットの首が真後ろに折れた。


突進に近い勢いで前進しているマイアットの首が突進姿勢のまま後方へ動くのは理論的にあり得ない。


だが彼女はそれをやってのけた。


目標を失った角綱は、空振った上に遠心力でレッケンドの身体を引っ張りバランスを崩させる。


その隙を待っていたかのようにマイアットは地を蹴り、レッケンドに手を伸ばした。


「くっ……」


「なっ!?」


苦い声をあげたのがマイアットで、驚きの声を漏らしたのがレッケンド。


マイアットが接触せんとした瞬間、二人のそばで何かが爆ぜた。


それは二人のちょうど間。


散弾の如く岩粒が拡散し、それらが二人を傷つけると共に、マイアットの攻撃を防ぐ効果を発揮した。


傷つくのを恐れたマイアットは一旦距離を取るようにステップし、レッケンドは回避が間に合わず全てをその身で受けた。


「ラーナ、助かった!」


傷つきながらレッケンドから出た言葉は感謝だった。


拡散の元となった石片はラーナがスキルを乗せて放ったもの。


それがなければ確実に触れられていたことがわかっていたからこそ、レッケンドは感謝を述べたのだ。


間一髪レッケンドを救ったラーナだが、こちらは彼とは真逆の状況だった。


「あっは!あと何回死ねるのかなぁああああ!?」


仰向けに倒れたヴァイスの両腕をラーナは両足で踏みつけて固定し、彼の頭部を両手で包みながら狂喜の声をあげている。


ラーナが触れている間、ヴァイスの頭部はみるみると膨張。


それが臨界に達するその瞬間、ラーナはヴァイスを足蹴にして飛び上がる。


そして──。


肉片や骨片を撒き散らしながらヴァイスの胸から上が消し飛んだ。


血飛沫が降りかかるのもお構いなしに、ラーナは無様なヴァイスの最期を見守る。


彼女の視線の先で、時間が巻き戻るようにヴァイスの肉体が再生していく。


「ひどいよお姉さん。それって子供相手にすることじゃないでしょ?」


再生が完了したヴァイスが文句を言いながらむくりとその上半身をもたげた。


「あ、ああたまんない……殺しても死なないとか最高なんだけどぉ……。やっばいわぁ、めっちゃ濡れるぅぅぅぅ……ト、トんじゃいそう……!」


下半身をモジモジとさせながら、恍惚の表情で唾液をこぼしつつヴァイスを眺めるラーナ。


「狂ってるね、お姉さん」


「っく……あっ、っ……すっごッ……!んっ……はッ……はぁ……。やっ、っばいわコレ……頭ん中ァ……ァア゛……ぶっトビそう……」


空を仰ぎつつ全身をガクガクと痙攣させながらラーナは絶頂に達している。


「……ッ……はぁ……こんな気持ちいいなら一生ここでもいいわー……。あーでも、ここじゃクスリないからブッとべないけど、地上に戻ったらやばそうじゃん。クスリをキめながらぶっ殺し続けられるとか最高すぎぃ……」


至福の生活を妄想しつつ、崩れた表情でラーナはヴァイスを見つめる。


「どこまで変態なの?」


「あたしが変態?気持ちいことしてるだけで変態とかウケるんだけど」


「やっぱりここの人って基本的に話が通じないよね。でもまいったなぁ……。お姉さんって見かけによらず強いんだね、びっくりしちゃったよ」


「なんでもいいけど、あんたはあたしのオモチャ決定だから!勝手に死ぬことは許さないし、あたし以外に殺されることも許さないし、爆死以外の死に方も許さないから」


「はぁ、やっぱり気が触れてるね。それにしてもママもママのオモチャも手こずってるか。痛いのはヤだけど、まだお姉さんの相手しなきゃだよなぁ……」


「そうそう、あんたはあたしに弄ばれてたらいいの!」


「こんな変態なのに案外抜け目ないってのが厄介なんだよなぁ。どうしよっかな」


辟易とした表情を見せるも、別に逃げ出すわけでもないヴァイス。


常人であれば彼の能力に思考を奪われるはずが、ラーナはそんなことは一顧だにせず、ただただ快楽だけを求めている。


このまともではないやりとりは、しばらく続きそうだ。



            ▽



「……分かった、だが勘違いするな。貴様らに与するわけではない。ワシはワシの目的のために一時的に条件を飲むだけだ。事が済めば、貴様ら全員なぶり殺しにしてくれる……」


苦渋の選択を迫られ、半ば強引に了承せざるを得なかったアイゼン。


怒りを顔面に貼り付けながら、トンプソンたちを睨みつける。


「おー、こえーこえー」


「では迅速に行動するがいい。こちらは役に立たない駒をいつまでも遊ばせてられるほど寛容ではないからな」


「言っているがいい。マリスもフェイヴァも滅ぼして、貴様らもその後を追わせてやる。お前たち、いくぞ」


アイゼンはまだ傷の癒えきっていない二人を連れてその場を後にした。


それを見送るとトンプソンは口を開き、


「今のところ順調であるな。それで──」


勢いよくダートの方へ向き直って地を蹴る。


危機を感じたダートはナイフを手に取り目の前のトンプソンに斬りかかる。


しかしトンプソンは攻撃が命中する前に飛び上がっていたので、ダートの攻撃は空を切ることとなる。


トンプソンはそのままダートの頭上を飛び越えて彼の後方へ着地すると、何もないはずの空間を殴りつけた。


「くっそ……!」


鈍い音を響かせて、姿を見せたカイネスがトンプソンの拳の勢いで吹き飛ばされる。


「言ったであろう?見えていると」


そんなトンプソンの耳に空気を切り裂く音が聞こえ、危険を感じて首を捻る。


ダートの投げたナイフがトンプソンの耳と頬を抉りながら通り過ぎていく。


そのまま視線を移した後方では、ダートがナイフを放った体勢で動き出しているのが見えた。


それを追うようにベスも動き出している。


ダートは後方を顧みずトンプソンへ勢いよく接近。


トンプソンは身体を捻る勢いのまま裏拳をかますが、ダートは深く沈むことでこれを回避した。


そしてトンプソンの腹に触れながら命令を下す。


「俺への追走を阻め!」


それを受けて、トンプソンの身体が硬直した。


ダートはそのまま即座にカイネスと合流し、建物を降りて姿を眩ませる。


ベスはトンプソンのそばを駆け抜ける形でダートを追う予定だったが、そこに邪魔が入った。


トンプソンがベスの腹を蹴りつけて吹き飛ばす。


マスクの下ではベスがくぐもった声をあげている。


「トンプソン、何してやがる!」


これを見て声を荒げるデイビス。


「ダートのスキルだ。彼を追うような行動に対して、私は阻害行動をとってしまう一時的なものだが、一旦私には近づくな」


「チッ……!」


一瞬とはいえダートを追うチャンスをフイにしてしまったことで、今から追いかけても捕獲は困難な状況が生まれてしまった。


「これは私の早まった行動の結果だ、すまない。ダートを逃さない多めの行動だったとはいえ、結果的にはそれを成立させられなかった。……ベス、無事か?」


身を起こしたベスはマスクを拾い上げながら首を縦に振っている。


トンプソンは傷をハンカチで押さえながらデイビスに向き直る。


「舌打ちして悪かった。あんただけが悪いわけじゃないしな。ここじゃヴィクトリア以外全員手負いだし、仕方なかったことだ。それで、今からどうするんだ?」


「君たちは傷を癒せ。私たちはダートたちを追って中心街へ向かう。生き残っている者も僅かだろうしな。動けるようなら、マリスの残党でも狩っておいてくれ。そうすればたとえ協定が切れても、すぐさま君たちとぶつかることはないだろう。今は好き好んで君たちと争いたいわけでもないからな」


「それは有難いが、あんたらだけで大丈夫か?なんならヴィクトリアはこちらで匿っておくか?」


「いや、それには及ばない。そこまですれば、君たちにフェイヴァから何がしかの罰が下される可能性がある。示達があったとはいえ、どこで誰が見ているか不明だ」


「まぁ、口約束だけどな」


「それでも、だ。最後までなるべく君たちとは良好な関係を維持しておきたいしな。どうせ生き残るなら、見知った人間の方が良いだろう。では、一旦ここでお別れだ」


「そうか。なら次会う時に敵対してないことを祈ってるぜ。長生きしろよ、二人とも」


トンプソンとヴィクトリアは、三人をその場に残して中心街を目指す。


二人が進んでいく中で、あちらこちらで未だに小競り合いは行われている。


今やマリス対フェイヴァという構図は大きく崩れ、両陣営の戦いに一般陣営もなだれ込み、混沌とした戦闘状況が生み出されている。


示達の影響による混乱の最中、フェイヴァの構成員の多くがその命を失った。


これに巻き込まれた一般陣営も同様だ。


対してマリスは人員が少ないものの、混乱に乗じてうまくフェイヴァを処理したことで数的優位を崩すことに成功している。


現在リベラ範囲内で生き残っているのは、合計で千にも満たない数だ。


フェイヴァの構成員たちは統率が崩れており、マリスと一般の両者からは格好の標的だ。


加えて人数比率で少なくかつ統率の取れているマリスはここであえて積極的な露出を避けたことで、フェイヴァと一般が互いに削りあうという状況が続いていた。


それによりマリス以外は大きく数を減らし、リベラの終わりを加速させているというのが今の状況だ。


「トンプソン様、お怪我の様子はどうですか?」


「なんら問題はない。デイビスたちほどは傷付いてはおらぬからな」


実際、トンプソンは打撃系の攻撃は喰らっているものの、デイビスたちのように深々と身を抉られているようなことはない。


「それは安心しました。ではトンプソン様はこのまま中心街で一騒動起こされるおつもりですか?」


「アイゼン一行はすでに向かっていると思われる。だから早いうちに様子を見に行きたいのだ」


「彼らに一任されたのではなかったのですか?」


「彼らだけで解決できる問題であればな。以前にも言ったように、マイアットという女が絡んでいた場合、非常にややこしい事態となる」


「無策で突撃するとも思えませんが?」


「それもそうだ。だが知っているのと知らないのでは、まるで結果は異なる。地表の小競り合いも続いていることから、中心街の争いは続いているだろう。だから現場に到着するまでの間に軽く彼女の事を話しておくか」


「はい、お願いします」


屋上を駆けながら、そして地上を観察しながら会話をするヴィクトリアは、貧民街に来た頃とは大きな違いだ。


ヴィクトリアの成長に感心しつつ、トンプソンは続ける。


「マイアットという女は、十年以上前にトラキアを荒らした殺人鬼だ。彼女が活動を開始した当初は、その正体がわからないまま不可解な失踪事件が続くばかりだった。その不可解さというのは、行方不明になった人間が遥か遠く離れた地で見つかるというもの。そしてその人間が元の人格を完全に失っており、その肉体が脆弱な無機質成分に変化していることで事件の全貌が判明した。そして彼女につけられた異名が“人形使い”」


「トンプソン様はそのマイアットという名前から人形の存在に気づかれたのですね」


「そういうことだ。ただ、人形使いが有名になっている時点では私も彼女のこと知り得ていなかった。私が彼女の存在を知ったのは事件の終結後。トラキアの各地で悪虐の限りを尽くしていたマイアットだったが、所詮は素人。足跡の隠蔽も杜撰な彼女は程なくして捕らえられた。その中で彼女が遺した言葉が波紋を呼んだのだ。魔人と交配して子を成した、と」


「なんと……」


「それが彼女の名を大きく轟かせ、彼女が処刑される最大の原因となったそうだ。ただ何の因果か、貧民街へ落ち延びていたようだ。そして再び彼女の人形劇は産声を上げている」


「魔人と子を成せるというのはそこまで重要なことなのですか?」


「彼女が暴れていた時点で人間が魔人側に与しているという状況も異常な事態だったが、それ以上に魔人が人間を使って数を増やせるという事実が問題だったのだ。本来であれば魔人と人間は全く別の生物として認知されていたが、彼女の発言でそれが覆された。そこから人間側は魔人を見つけ次第逃すことなく滅ぼさなければならないという状況が生まれ、魔王復活だけでなく複雑な対応を求められることになったわけだ。彼女の与えた影響はなかなかに大きいだろう?」


「確かに、そう考えるとマイアットは恐ろしい事をしていますね。よもや常人の思考ではありえない行動ですね……」


「そんな女が、ここ貧民街で覇権を得ようとしている。それだけは阻まねばならない」


トンプソンがマイアットを仕留めたいのは、ひとえに彼女が首輪のつけられない類の人間だから。


特に、将来トンプソンが管理を望む世界が荒らされては面倒だという理由から、それを実行しようとしている。


これを聞いたヴィクトリアには別な風に理解されているが、むしろそういう意図で情報を濁している。


「そろそろですね」


二人の視線の先には、訪れるたびに様変わりしている中心街の姿が映っている。


はっきりとは確認できないものの、そこでは未だに何かしらの戦闘が行われている。


「マイアットが近づいてきても、絶対に触れられてはならない。これだけは守ってくれ」


「分かりました」


まずは戦況を把握すべく、二人は観察に適した場所を選ぶ。


「ヴァンデットとイノセンシオの戦闘は終結しているか。イノセンシオはやられたな」


ヴァンデットともう一人の何者かに対してアイゼンたちがが対面している。


「三人はこちらの期待通り行動しているようですね。あれがヴァンデットで間違いないのですか?」


「ああ、もう一人は見たことがないがな。だが、動きがおかしい。イノセンシオとの戦闘で手傷を負ったか……いや、違うな。すでにマイアットの手に落ちた可能性が高いな」


どこかぎこちないヴァンデットの動きから、トンプソンはそう予測する。


本来ならもっと有機的な動きが見られていたはずのヴァンデットは、無機的なそれに成り下がっている。


そこに野生的な片鱗は見られない。


「ではあちらで戦っている女性がマイアットなので?」


ヴィクトリアはアイゼンたちとは別の場所を指してトンプソンへ尋ねる。


「私も直接見たことがないから確証はない。ダートも存外苦戦しているようだ。さて、どこから介入すべきかな」


終局に向けたカウントダウンは、刻一刻とゼロへと近づいていた。

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