第17話 アイゼンの野望

「こんなところで何をしていると言っているんだ!」


怒声を響かせるアイゼン。


額に青筋を立て、怒りをあらわにしている。


「何を、と言われましても。あなたが隠し事をしなければ、私もこのような行動には出ませんでしたよ」


対するヴィクトリアは飄々としている。


「お前は自分が如何に愚かな行動を取っているのか理解していないようだ。少しは自分の命を大事にしろ!どれだけ心配したか分かっているのか!」


その態度を見て、アイゼンは怒りを増している。


アイゼンの背後にいる二人は言葉を挟まず成り行きを見届けている。


地に伏したままのデイビスたちも同様だ。


「心配とはおかしなことを言いますね。いつまで詭弁ばかり続ければ済むのですか?」


「何を言っておる……。お前はどうしてそこまで変わってしまったんだ?」


「本質は変わってなどおりませんよ。貧民街を知り、世界を知ることで考えの幅が広がったまでです」


「お前は変わってしまった。洗脳されていると言ってもいいようだ」


アイゼンは嘆かわしいというような表情だ。


「洗脳されていたとすれば、王宮にいた時にこそですよ?私は王宮を出ることで真実を知ったのです」


「いや、それ以上は言うな。お前は洗脳されている。それもこれも、全てはそこの男が原因なのだな?」


「あなたはいつもそうですね。それにこの方は関係ありません。何でもかんでも自分の思い通りにならないと済まないのですか?」


「もう無駄な言葉を尽くすな。そこの男、全て貴様が関わっているのだな?」


「この方は……!」


トンプソンはヴィクトリアを制し、発言をやめさせる。


渋々といった様子で、発言を譲るヴィクトリア。


アイゼンは視線をヴィクトリアからトンプソンへ移している。


「関わっているとは、何にかね?」


「貴様、質問の内容が分からないわけでもないだろう?ワシらにも時間がないのだ。無駄に時間を掛けるなら、言葉を待たずに始末してしまうぞ」


アイゼンは睨みを強める。


「何を急ぐことがある?リベラも終盤に差し掛かっているのだから、待てばよかろう。そんなに儀を終わらせたいのなら、そこのダートを始末すれば早い話だ」


親指だけを後ろに向けダートを指さす。


現在の配置は西側から、アイゼン一派、デイビス一派、トンプソン一派、そしてダートという並びだ。


マリス側がデイビスとトンプソンたちを取り囲んでいるという形ではあるが、ダートも成り行きを見守っている。


ダートが手を出さないのは、アイゼンたちの行動が読めないからだ。


一時的にでもマリスに加担しているとはいえ、ヴィクトリアを手に入れれば即座に裏切ることもありうる。


またトンプソンは背を向けつつも、ヴィクトリアがこちらを向いているために行動しづらいというのもある。


先程の攻防でヴィクトリアが動けるということは分かっている。


カイネスには捕獲されたが、警戒された上で対峙すればそうはいかないということだろう。


「貴様、助かりたい一心の発言か?質問に答えろと言っているのだ」


のらりくらりとするトンプソンの様に、アイゼンは苛立ちが募っていく。


「助言として言ってやっているのだがな。まぁいい、答えてやろう。彼女を王宮から連れ出したのは私だし、貧民街に引き入れたのも私だ。それ以前に君たちがひた隠しにしている事実を教えたのも私だな」


「そうか、それだけ判れば十分だ。貴様が全ての元凶なのであれば、処分させてもらう」


「目先の目的でしか行動できないとは……よくもまぁここまで生き残ってこれたものだな。リベラなどという面倒ごとに巻き込まれたのは誤算だったが、現に我々は生き残っている。ここまで私が彼女を護衛してきたことに感謝こそすれ、敵意を向けるのはお門違いだというものだ」


「貴様がヴィクトリアを連れ出さなければ、全て起こらなかった事象だ」


「真実を知れば、いずれ起こり得たことだ。それが遅いか早いか、それだけのこと」


「余計なことを吹き込みおって……。それでワシらがどれだけ被害を受けているのかを、貴様には理解できまい?」


「被害とは?王宮から人間一人が消えることで、どのような被害があるのかね?」


「王家の中枢を担う人間がいなくなるのは問題だ!」


「違うだろう?君が重要視しているのは彼女ではなく、彼女の中にあるものだ」


「貴様、何を……」


「彼女の心臓に秘めた術式。君たちが追っているのはこれだ」


「私の、中に……?」


ヴィクトリアは自分の胸のあたりに視線を落とした。


心臓に異物が埋め込まれているような感覚に、悍ましさで身が震える。


「貴様、それ以上余計なことを話すな!行け、お前たち!」


焦りから行動を見せるアイゼン。


その指示に合わせて、グレッグとミラが動き出す。


「この数は少々不利であるな。そうなると……」


トンプソンの全身に力が入る。


両脇から回り込むように駆けてくるグレッグとミラ。


アイゼンは一人になっても問題ないということか。


ダートもこの機に乗じて動こうとしている。


「ダート、ヴィクトリアには手を出すなよ!」


アイゼンはダートにも怒号を飛ばす。


「チッ」


ダートはアイゼンたちには聞こえない程度に舌打ちをすると、渋々といった様子で短刀を構えた。


ヴィクトリアは後方をトンプソンに任せてダートだけに睨みを効かせてくれているが、デイビスたちが挙ってやられているのを見ると少々不安が残る。


流石にこの人数を相手取るのはトンプソン一人では難しく、切り札を晒すか迷っているところだ。


『トンプソン様、ダートはこちらで見ておきます』


『大丈夫かね?』


『ええ、視える限りはなんとかなり……あ、大丈夫そうです!』


「動ケ」


『なに?』


トンプソンはヴィクトリアの言葉と、そこに被さるように聞こえた誰とも知らない声に動きが止まる。


人間のものとは思えないその声に、その場の誰もが一瞬気を取られる。


「なっ!?」


まず声を上げたのはグレッグ。


ガフキーにより振り抜かれた拳が、彼の付近を通り過ぎようとしていたグレッグに刺さった。


グレッグは攻撃をギリギリで腕の側面を使ってガードできたものの、ミシリと嫌な音を立てている。


「ぐぅ!?」


ミラもほぼ同時にくぐもった声を出す。


彼女を狙ったのはデイビス。


彼の曲刀はしっかりとミラの身体を捉え、彼女の脇腹を引き裂いていた。


ついでに自身に突き刺さったナイフをアイゼンに投擲する。


「ミ──くそ!」


叫んで動き出そうとしていたアイゼンは、投擲物により二の足を踏む。


その間にデイビスはとどめと言わんばかりの二撃目を振り下ろした。


回避が間に合わないと判断したミラは、攻撃の軌道に腕を重ねる。


曲刀は手掌に食い込み、前腕の半ば辺りで刃を止めた。


ミラはあまりの痛みに意識が飛びそうになるのを我慢して、無理矢理に蹴りを繰り出す。


肉を切らせてくるとは思わなかったデイビス。


その蹴りをモロに受け、曲刀を手放して吹き飛ばされた。


「ミラ、大丈夫か!?」


そんな彼女に駆け寄るアイゼンの目には、二又となり血液を吹きこぼす無惨な腕が映った。


「さい……あくぅ……うぅっ!女子、にする仕打ち……かよぉ……」


「はっ、ざまぁねぇな」


「どこまでも邪魔を……!」


嘲るデイビスを睨みつけるアイゼン。


一方で、デイビスたちの行動に驚きを覚えているのはアイゼンたちだけではない。


トンプソンも急な状況変化に警戒を深めており、そんな彼に向けてベスが全速力で走り来る最中だった。


迎え撃とうと構えを向けるトンプソン。


『トンプソン様、敵対行動ではありません!』


トンプソンが動きの読めないベスに対する攻撃姿勢を解いたのは、そんなヴィクトリアの言葉が届いたからだ。


それを見てベスはトンプソンへの警戒を下げた。


ターゲットをダートだけに絞り、トンプソンとヴィクトリアのそばを駆け抜けるベス。


そしてそのまま走る勢いで鉄パイプをダートに向けて振りかぶった。


グレッグやミラと異なり急襲を受けたわけではないダートは、ベスの動きを追うことができていた。


トンプソンが構えを解いたことから、彼らが何かしらの手段を用いて疎通を行っているとダートは予測した。


実際はヴィクトリアが見た未来をトンプソンに伝えたというのが正解なのだが、概ねその予想は外れてはいない。


トンプソンがこちらにやって来たことからある程度想定済みだったものの、これで確信に変わった。


アイゼンに対してトンプソンが明確な敵対行動に出てはいないものの、彼と共闘関係にあるであろうデイビスが攻撃を行ったことでアイゼンとトンプソンは相容れないものとなった。


ダートは思考を巡らせながらベスの攻撃の軌道に短刀を重ねた。


互いの武器が激突し、火花が散る。


「自傷しろ!」


「自傷セヨ」


武器が触れたと同時に、二人は命じる。


ダートは先程発せられた声の主がベスだったことに驚愕した。


そこに驚きを上回る痛みが走る。


両腿に突き刺さった短刀から、ダートはベスの命令通りに自傷したことを理解した。


「お前も同じスキル……を!?」


ベスもダートと同様にスキルの影響を受けていた。


そして鉄パイプで自身の頭部を強打していたのだ。


それに伴い、顔面を覆っていたガスマスクが破損。


ベスの素顔が晒された。


それを見たダートは更に驚愕を深めた。


「ベスさん、そのお顔は一体……」


ヴィクトリアも驚きを隠せなかった。


「なるほど、君はそういう事情か」


トンプソンは何かを察している。


「貴様は、まさか……」


アイゼンもその顔に心当たりがあるようだ。


ベスの顔面は下顔面が黒く変色し、異形の様相を呈している。


それはまるで、そこだけが魔人化したような。


「見覚えがあるよなぁ、アイゼン?そりゃまぁ、あんなもの王宮の地下で無数に転がってたもんな。あんたらが散々弄った挙句、失敗作っつって捨てられた同胞はどれだけいたっけなぁ!?」


言葉の後半は怒気が強く、デイビスの感情が乗っているのが分かる。


それに対して何も応えないアイゼン。


それほどまでにヴィクトリアに知られたくないのだろうか。


「トンプソン様、本当なのですか?私の中に秘められているものは何なのですか?王宮で一体何が行われているのですか!?」


矢継ぎ早に質問をぶつけるヴィクトリア。


トンプソンはここまで匂わせるような態度しか取ってこなかった。


トンプソンがどのように王宮を対処していくつもりなのだとか。


マイアットの事もそうだ。


聞かれなかった、いや、聞かれないような態度をとってきたからこそ、ヴィクトリアの中で疑問が溜まり続けていたのだろう。


それがここにきて爆発した。


流石にヴィクトリア自身が関わっている事態となると、気になっても仕方のないはずだ。


「彼はどうやら話して欲しくなさそうだが、このまま逃げ果せる状態でもないだろうしな。ミラと言ったか……その女の回復時間も欲しいところだろう?それにデイビスたちも関わっていることだ、いい機会だから話しておこう」


「話したいのは勝手だがな?だがトンプソン、ベスがせっかく作り出したチャンスをふいにするんじゃねぇよ」


しかしそこには異論を挟みたいデイビス。


「そのチャンスも、ヴィクトリア殿が気を回さなければ得られなかったものだろう?」


「あんたらが居なくても……いや、そうだな」


圧の強い視線を向けられて、デイビスは渋々ここを譲ることにした。


口論など無駄なことに割く時間はないという判断によるものだ。


それに彼らだけでこの状況を作り出せたかといえば、それは不明だからだ。


「では、こうしよう。彼らの処遇はヴィクトリア殿に任せよう」


「え、わ、私ですか?」


「負傷しているとはいえ、総合的にはこちらが有利だ。敵の生殺与奪を握っていると言ってもいい。だがそれも、現状に限った話だ。時間を掛ければそれもどうなるかは分からない。この場で消して欲しいというのであれば、私は即座にそれを実行する。デイビスたちも乗ってくれるだろう」


この言葉を聞いて身を固くするアイゼン一行。


しかしグレッグはガフキーが、アイゼンとミラはデイビスが睨みを効かせているため動くに動けないのが現状だ。


ダートも同様だ。


それでもトンプソンたちが行動を示せば、敵も無理矢理にでも継戦ないしは逃亡を図るだろう。


「わ、私は……真実を知りたいです。できれば夫の口から直接聞きたかったところですが、このような機会でもなければ、はぐらかされて終わるでしょうし」


「聞いた後はどうするかね?」


「夫には罪を償ってもらいます。死んで逃げるなど、私はそんなことを赦したくはありません」


力強く言い放つヴィクトリアに対し、苦い顔をするアイゼン。


「彼を生きたまま貧民街から脱出させ、その上で罪を償わせると?それはなかなかに難しい提案だ」


「できない、とは言わないのですね」


「確約まではしかねる。ただそれがヴィクトリア殿の望みとあらば、可能な限り努力しよう。貧民街に連れてきてリベラに巻き込んだ負い目もあるからな。だが、ここで無茶な行動に出るような自殺志願者までは命の保障をしかねるぞ?」


脅し同然の視線を向けられ、更に身を固くする一同。


それが自分たちに向けられていないことにデイビスたちはホッとする。


「分かりました」


この場を支配しているのは間違いなくトンプソン。


彼の言うがままに状況は推移していく。


「こちらが許可するまでに勝手な動きを見せた場合、協定外の人間はこの場で確実に殺すと誓う。それにまだ彼らには使い道がある。私としては、ここで更に恩を売っておいて損はない。デイビス、この条件ではどうかね?」


「それが確約できるのか?」


「切り札を使うことにはなるがな。まぁ、目撃者を全員消せば問題もなくなる。その場合、これを他者に漏らさぬ限りは──君たちと協力関係にある限りは、矛先は君たちには向かぬよ」


「それならあんたに任せる」


「君たちに悪いようにはしないさ。それではヴィクトリア殿、彼らの知られたくない真実というのを聞かせて差し上げよう」


トンプソンは自然な動きで背後のヴィクトリアに視線を動かした。


そしてアイゼンへと視線を戻し、トンプソンは語り始めた。


「王宮で行われている主だった実験というのは、勇者の召喚に関わるものだ。限界まで強化値を振った勇者を完成させる為にな。その過程で命を落としたものは数えきれない。ご友人であるフィルリア殿がなくられたのも、ここに含まれるな。ベスの顔面も、そうではないのかね?」


「ベスだけじゃなく、こっちは三人とも被検体だ。ベスはああなっちまったがな。俺っちとガフキーは皮肉にも成功しちまったんだよ」


「馬鹿な!あの実験は未だ……!」


「何を驚くんだ、アイゼン?そこは俺っちが上手くやったに決まってんだろ。

成功しても解放される確証なんてないわけだし、更なる実験の生贄になる可能性の方が高かったからな。逃げ出すことで殺処分は免れたものの、結局は貧民街に落とされちまったのは笑えるよな。だがその反応を見るに、俺っちが逃げ出した後も何も学ばず殺し続けてるみたいだな。死体の数を重ねれば良いってもんでもねぇだろ」


「貴様らは何も分かっていないんだ……。最強の勇者を召喚出来なければ、魔王によって人類は皆死ぬんだぞ?死んでいった連中も、人類存続のための犠牲と考えれば我慢してくれよう」


「詭弁だな。実際にそう思っている節もありそうだけどな」


「デイビスさんは、何を……されたのですか?」


ヴィクトリアはデイビスを通してフィルリアの身に降りかかった悲劇を知りたくなってしまった。


そして全てを知り、全てを抱えて自身も贖罪に身を捧げる為に。


「気になるか?まぁ、あんたならいいか。俺っちの実験は、あらゆる薬を投与して強化薬開発をするってもんだった。簡単に言えば薬漬けだ。その過程で獲得した耐性で毒死を偽装して……ってそんな話は不要だな。そんなわけでダートの毒も効かねぇんだわ。ついでに言えば、俺の周囲では毒は意味を成さないってのが俺の獲得したスキルだ。ダート、これであんたの疑問も解消されただろうよ」


両脚を負傷して傷を癒しているダートも黙って聞き耳を立てていた。


よくもまぁペラペラと自分たちの秘密を話すものだ、と。


デイビスが動けたのも、背中に毒ナイフを受けたガフキーとベスが動けたのも、これで納得がいった。


「あとはガフキーとベスも似たようなもんだな。ガフキーは目を、ベスは口を改造するような実験だ。あんたの夫は人間相手に思いつく限りの実験を繰り返してるってわけだ。これで召喚されるっていう勇者には、心底同情するね」


ヴィクトリアはそれを聞いて、キッとアイゼンを睨みつけている。


「ヴィクトリア殿、落ち着かれよ。すでに起こってしまったことは覆しようがない。そして今の話は──勇者召喚云々は謂わば表向きの建前だ。本当の目的は別にある」


「なに?」


「君たちの苦労も分かるがな。実際はどこの為政者も人類のことなど考えてはいないのだよ。最終的には自分のことだけだ。ここからはヴィクトリア殿も直接関わってくる話だ」


「やめろ!それ以上は話すんじゃない!」


「威勢が良いな。そんなに阻止したければ行動で示してみればどうかね?ヴィクトリア殿も私も、気に入らなければ消せば良かろう」


「……」


「無理であろう?逃走準備のための回復時間もしくは継戦するための準備などと天秤にかけたら、君たちは未だ動けるような状況ではない。そもそも勇者関連の話だけで終われると思ったか?私は全てを知っている。ヴィクトリア殿の心臓に撃ち込まれた、不老不死の術式のこともな」


「不老不死、だと?そんなくだらねぇ個人の欲求のために、人間を殺しまくってるって言うのか?」


「そう、実にくだらない」


「貴様らに何がわかる!?これは人類誰しもが抱く夢だ!死を恐れるのは人類の本質的な欲求だ!」


「人類ときたか。必死になって正当化するその姿は余りにも醜悪だなぁ、アイゼン?」


「その醜さも人間の本質だ。それもまだ言葉にしているだけなら別に問題はなかった。本来なら、そんなものは非現実的な妄想に過ぎない。だが、それを可能にする方法を人間は見つけてしまったのだよ」


「それがヴィクトリアの心臓だと?」


「そうだ。心臓は全身にマナを巡らせる上で重要な器官。つまり最もマナの影響を受けやすい器官とも言える。ところで、“術式成熟”という言葉を聞いたことはあるかね?」


「あいにく魔法には疎いんでな」


「ヴィクトリア殿にもしっかり聞いていてもらおうか。魔法は学習や経験によって練度が上がるものだ。元々雛形程度の威力しか発揮しなかった魔法も、使用者の成長過程で魔法は改変を重ね、そして威力も増大していく。使用頻度や癖によって魔法は趣を変えていくものばかりだ」


「意味がわからんな」


「まぁ聞いておけ。ここからはややこしい話になるが、これを体内で行うものが術式成熟。術式を心臓に打ち込み、自然なマナの影響下で術式自体に成長を促すものがこれだ。術式の自然成長を期待する方法であるな。この方法では時間はかかるが、魔法使用者の性格などによって指向性に偏りが出るということもなく、術式の基礎的な性能を向上させやすい。ヴィクトリア殿──王妃がその宿主として選ばれているのは、高貴な身分ほどマナの許容量が大きく、また上質なマナの影響下に置きやすいというのが大きいな」


「おい待て、宿主と言ったか?」


「打ち込まれた術式は、本人の生命エネルギーを吸って成熟していく。つまりは寄生体のようなもので、宿主という表現で合っている」


「そんな……」


ヴィクトリアはデイビスたちの話に加えてこの話を聞いたことで一層気味が悪くなり、吐き気すら催してしまう。


「未だに完成には至っていないようだがな。それでも何百年と続けてきている、謂わば慣習じみた行為だ。だからこそ彼はヴィクトリア殿を失うわけにはいかないのだよ。必死になって追い回す理由も、ヴィクトリア殿自身ではなく心臓が大切だからだな」


「違う!私はヴィクトリアを愛している!愛しているからこそ、ここまで追ってきているのではないか!」


「それこそ違うな。君が愛しているのは、後にも先にも自分自身だけだ。ここに至って口先だけの言葉を重ねるなど、恥の上塗りも大概にしてくれ。あまりにも醜悪だ。ヴィクトリア殿、あのような人間にいつまで情けをかけるのかね?」


「それは……」


「彼の処遇はヴィクトリア殿自身で決めることだ。これ以上は私も何も言わないでおく。では話を続けるか。その不老不死の成就もようやく叶うかもしれないという周期がやってきたことで、彼は躍起になって勇者召喚の準備を進めているのだよ」


「不老不死が勇者と何か関係あんのかよ?それに周期って何だ?」


「近づいているではないか、魔王復活の周期が」


「ああ、そうなのか?俺っちはずっとここで生活してるもんでな。地上のことはよく分からねぇな」


「ではそのまま聞いていてくれ。……強力な勇者を召喚し、魔王を討ち滅ぼしたい。それだけ聞くと人類のためを想った考えに聞こえるが、目的はそこじゃない。魔王討伐の先に得られる、とある物質が彼の狙いだ。それを得る手段が勇者召喚というわけだ」


「勿体ぶるなよ。その物質は一体何なんだ?」


「魔王の心臓だ。古くから一部の人間の間では、最高の魔法触媒として知られている。それを消費して不老不死の術式を完成させるというのが、彼の究極の目的だろうな。それで完成に至るかは別にしてな。因みに、打ち込まれた術式を展開する場合でも抽出する場合でも、宿主は全生命エネルギーを吸い取られて死亡する。王家では代々、王妃だったり王位継承権の低い者だったりを術式の宿主としてきた歴史があるから、よく調べれば分かることだな。ここまで聴けば、彼の言葉が嘘にまみれているということが理解できよう」


「……事実、なのですか?」


ヴィクトリアは絞り出すように声を発する。


「なんとか言ってください!」


しかし、それを否定する声は聞こえなかった。

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