第16話 小集団の諍い
デイビスは、カイネスを追う二人の動きを注視する。
そして最高のタイミングを待ちながら脚に力を込める。
いつでも飛び出せるように。
ガフキーとベスは上手い具合にカイネスを追い立ててくれている。
デイビスは数十メートルの距離を保ちつつ、機会を窺う。
一方カイネスは、常に複数箇所の着地地点を想定しながら一歩一歩を吟味する。
いつどこで逃走先の選択肢が絞られるか不明な状況で、思考をフルに稼働させるのはなかなかに困難だ。
だが一度ミスを犯せば死も免れないという状況は、逆にカイネスの思考を研ぎ澄ませていく。
彼にとって与えられた任務は絶対。
命を救ってもらったヴァンデットの恩に報いるために、駆け続ける。
なおかつデイビスへの注意も怠らない。
「奴らも体力的に限界のはず。そろそろ仕掛けてきてもおかしくはないな」
そう言うカイネスも動きが鈍っていることを自覚している。
無限に体力を抱えている人間など存在しない。
何かしらのスキルでもあれば別だが、今の所その可能性は薄そうだ。
自分一人であれば問題のないはずの逃走劇も、荷物を抱えた上では十全に行えない。
果たして追っ手の3人はこの女に用があるのだろうか。
それとも俺か?
そもそも露出もほとんどなく自身を知る人物が少ない故に、カイネスは前者だと予想する。
彼もデイビスたちも頭から余計な思考が離れないまま場面だけが転換していく。
「さて、どこへ向かうかだな。これ以上西へ進むと限界域だしな。中心街へ向かうのもヴァンデットさんの楽しみを邪魔することになるしな」
カイネスが今なお3人相手に逃げ果せているのは、この辺りがよく知った地形だからこそだ。
普段から各所を動き回っている彼に、地の利は大きく影響している。
加えて、この女があまりにも身じろぎすらしないのも大きい。
そこに不気味ささえ感じる。
組織がこの女を欲している意味が分からない。
ただ指示された限りは、それをこなすだけだ。
カイネスの背後からの圧が強くなる。
ここまでは予想通りだが、人質のことを考えると動きも制限されてくるというもの。
追っ手が荷物ごと攻撃してこないとも限らない。
「なに!?」
気づけば、視界の端に捉えていたデイビスが肉薄してきている。
カイネスが向かいの建物への移動のために飛び出したタイミング。
空中では回避も取れないそんな瞬間。
その中で一瞬カイネスが後方に意識を向けた瞬間をデイビスは逃さなかったのだ。
そのタイミングで『
驚くべき勢いで二人の距離が狭まる。
ここまで数度使用したことで、デイビスのスキルの精度も上がっている。
デイビスはそのままスピードに乗せて蹴りを放つ。
その蹴りは、正確にカイネスの腹部を貫く軌道を描いている。
この攻撃によってヴィクトリアにも何かしらの影響があるかもしれないが、デイビスはこれを無視した。
それは、トンプソンと普段から行動しているのなら多少のダメージは問題ないだろうという考えからだ。
カイネスは身構え、デイビスも直撃を確信した。
だが攻撃が届く直前、人間では考えられない異常な動きでカイネスが攻撃を回避した。
「!?」
デイビスの蹴りが空を切る。
そしてそんな彼の脚を跳ね上げる衝撃があった。
下方から姿を現したのは、ダート。
「ダートてめぇ!」
ダートは荷物ごとカイネスを掴み、デイビスを足蹴にして向かいの建物へと着地する。
これによりデイビスは勢いのまま地に激突する。
これを見たガフキーとベスは対岸への移動を躊躇し、10メートルほどの距離を空けてダート側とデービス側がそれぞれの建物の上で対峙する形となった。
「ダートさん、助かりましたよ」
カイネスはデイビスの攻撃が届く直前、ダートの声が届いていた。
ダートのスキルによりカイネスには意図しない動きが強いられ、それが攻撃回避を可能にしたのだ。
「お前にばかり負担をかけてすまないな、カイネス」
「いえ、俺は指示されたことをやっただけですので」
「そうだな。……ところで、また会ったな」
ダートがガフキーとベスを見据えて言う。
「ダート、あんたに用はないんだ。そっちの荷物を寄越しな」
デイビスが言いながら壁を駆け上がり、仲間二人の元へ着地する。
「デイビス、大丈夫か?」
「ああ、大したことはねぇよ」
ガフキーの心配に、体を軽く動かしながら余裕をアピールするデイビス。
「お前たちには無用の品だ。邪魔しなければここは見逃してやる。どこへなりとも行くがいい」
「そうはいかねぇよ。あんたらの思惑を邪魔するのが俺っちの仕事だ。みすみす目の前の敵を見逃すはずもないだろ?」
『デイビスさん、落ち着いて聞いてください。表情も変化させないようにお願いします』
突如デイビスの脳内に声が響く。
これはヴィクトリアのものだと確信する。
思わず声に出してしまいそうになったが、ダートに気取られぬように堪える。
「それは道理だが、そうこうしているうちにこちらも部下が集まってくるぞ?やると言うのなら早めにすませてくれると助かる」
『一方的な交信で申し訳ありませんが、ご助力を願います。現在トンプソン様がこちらの位置を把握しかねている状況です。広範囲にこの場所を知らせる手段があれば、ダートさんの問いに分からないとお答えください』
それだと会話が成立しないんだけどな、と内心笑いそうになるデイビス。
まぁいいか、と指示に従う。
「こんな西の端にまで、あんたの部下が挙ってやってくるとは思えないけどな。それにしても、分からないな……」
「分からない?何を言っているんだ?」
「いやなに、あんたらが何故その女を欲しているのかと思ってな。昨日今日貧民街にやってきたような女に、どれだけの利用価値があるか分からないんだ」
「それをお前たちが知る必要はないな」
「知る必要は、ない?知る必要はないと言ったか?」
「それがどうかしたか?」
「つまり、捕らえる理由があり、その意味もある。……ああ、なるほど。そうすると、同時期にやってきたあいつらと関係があるのか。教えてくれて助かるぜ、ダート」
「言っているがいいさ」
しかし内心焦りを隠せないダート。
今のやり取りだけでそこまで推測されるとは思っていなかった。
ヴィクトリアの誘拐を指示したのはダートだ。
先日ようやく捕まえることができたルド。
そこから聞き出した情報を元に、ヴィクトリアの捕獲を計画した。
だが、ルドを捕獲したのはアイゼンたちではない。
今はその事実を彼らには伝えず、いいように遊ばせている。
成果を得られない限りは彼らも迂闊な行動は避けるだろう。
そこで彼らが功を焦って愚かな行動に出れば処理もしやすい。
マリスにうまく掌の上で転がされているとは夢にも思わないだろうな、とダートはほくそ笑む。
「それで、どうする?何もなければここを去ってもいいか?」
行動に出ようとしないデイビスを見て、そのつもりがないとダートは推測する。
「そうだな、あんたまで来たとなるとやりづらいのは事実だ。だから最後にこれをあんたにやるよ」
デイビスはダートを見据えながら、腕だけを動かして上空に何かを投げた。
ダートの方も攻撃の可能性を警戒してデイビスから視線を外さない。
鈍く光を反射する球体。
数秒の後、デイビスが投げたもの──音爆弾が炸裂した。
貧民街において火薬の類はごく少数だ。
地上以上に資源に限りがある貧民街では、それらの入手は難しい。
そもそも、魔法の発展した世界において火器の開発は為されなかった。
だが独自に開発した者がいないわけでもない。
魔法が正史を辿る一方で外史を辿ったのが火器。
デイビスの持ち物の中でも貴重なものの一つだが、トンプソンとの協力関係は未だ生きている。
そしてマリスの妨害をするという点においてはフェイヴァの意図から外れた行動ではない。
そういうわけで、今回の行動に至ったデイビス。
激しい音と衝撃が拡散する。
▽
『トンプソン様、私たちの位置が分かりました!私達は今、西の端にいるらしいです。デイビスさんに協力を仰ぎましたので、何かしらのアクションがあるはずです』
空気を読んだデイビスから受け取った情報を、ヴィクトリアは即座にトンプソンに流した。
『西端か、了解した』
中心街でヴァンデットとイノセンシオの戦いを観戦していたトンプソンは、即座にそちらへ足を走らせた。
苛烈な戦いをもう少し見ていたいという気持ちもあったが、それを振り払って急ぐ。
それにしても、両人とも人間の域を超えた力を振るっていた。
貧民街という特殊な環境は、果たしてあれほど強力な人間を生み出すだろうか。
違和感を感じつつも、意識はヴィクトリアに向ける。
『あと役に立つかわかりませんが、追加の情報をお伝えします。私を攫ったのはカイネスという方で、そこにダートという方が加わって膠着状態が続いています。いつ解かれるとも分からない状況です』
『隠遁に関わるスキルを持つのがカイネスだな。ダートの方はどんな人物か分かるかね?』
『会話だけで推測は困難ですね。ただデイビスさんの攻撃を凌いでいたようですし、やり手かと』
『ふむ、状況は理解した。現在そちらへ向かっている最中だ。しばらく時間を稼いでいてくれ』
『わ、分かりました』
とは言ったものの、ヴィクトリア個人ではどうしようもできない。
一応は、デイビスも了解の意を示してくれている。
これ以上彼にお願いばかりするのは気が引ける。
そう考えている間にも、彼らの会話は進んでいく。
マリスには自分を攫う理由があるようだ。
デイビスはアイゼン一行をコントロールするために自分が攫われたと予測したが、そこまではヴィクトリアでも分からない。
とはいえ、ヴィクトリア自身がリベラの趨勢を担っているということは理解できた。
「──だから最後にこれをあんたにやるよ」
『トンプソン様、これより何かしらの合図が為されます!』
どうやらデイビスが動くようだ。
それを即座にトンプソンへ伝える。
『承知した』
多少の時間稼ぎをしていてくれたようだが、果たしてトンプソンはどこまでやってきているだろうか。
デイビスが利口だからこそ、自分の指示を言葉以上に理解して行動してくれたはずだ。
その上でこのタイミングだということは、これ以上話を長引かせれば相手に気取られることを心配しての行動だろうか。
ここまで考えて、ヴィクトリアは驚愕する。
この世界に来るまでは、ここまで思考を巡らせたことはなかったからだ。
環境が人を変える。
自分はどこまで強かに成長したのだろうか。
そんな彼女の思考を吹き飛ばす爆音が響き渡る。
キーンと耳が遠くなるのと同時に、また移動が開始されたのを感じる。
「カイネス、それだけは絶対に離すな」
「分かっています」
先程のやりとりを休憩時間に、再度追跡劇が開始された。
ダートは足を止め、両手にナイフを持ちデイビスら3人に対峙。
カイネスはダートのそばをそのまま走り抜ける。
「あんた一人で何ができるんだ!?」
デイビスが刃を勢いよく振り下ろす。
ダートはそれを両の短刀で受け止めた。
「行け!」
鍔迫り合いながらデイビスが二人に叫ぶ。
デイビスはこのままダートを一人で相手取るつもりだ。
それが分かって、ガフキーとベスは彼らの両脇を抜ける。
「行かせるわけがないだろう?自傷しろ、デイビス」
「なん──あがっ!?」
デイビスはダートの言葉通り、振り下ろした曲刀をそのまま自身の太腿に突き刺してしまう。
ダートは背後も見ないまま、二本の短刀をそれぞれガフキーとベスに投げつける。
そして新たに取り出した短刀をデイビスの肩に突き刺した。
それとほぼ同タイミングで投げた短刀も命中。
反応の遅れた二人は、背中へモロに攻撃を受けてしまった。
もんどりうって倒れるガフキーとベス。
「ガフキー、ベス、お前たちはそこで這いつくばっていろ」
起きあがろうとしていた二人は、意図しないままダートの言葉に従う。
「てめ、ぇ、何しやがった……」
デイビスは片膝をついた状態ではあるが、なんとか崩れないように姿勢を維持している。
しかし息も荒く、倒れてしまってもおかしくはない様子だ。
「お前たちは俺の言葉に従ったまでだ。迂闊に俺へ近づいたのが間違いだったな。言葉だけではなく、間接的であれ俺は触れた対象へ命令を強制できる。それは俺の手を離れた持ち物でも例外ではない」
「ペラペラと……勝ち確のつもり、か……?」
「まだ話せるとは驚きだ。俺の使う毒は特別性なんだけどな」
ダートはデイビスに刺さった短刀を引き抜いた。
「ぐっ!」
ついに痛みで地に屈してしまうデイビス。
しかし顔だけは必死にダートに向ける。
それを見て、ダートは満足げに言葉を走らせる。
「お前がこのままじわじわと死んでいくのを眺めるのもいいし、いたぶって殺すのも魅力的だが、生憎時間がない。だから今回は楽に殺してやる、感謝するがいい」
「じゃあ急いだほうが、いいぞ……」
「あまりの苦しみに、死を望んでいるのか?」
「言葉、通りだ……。奴は、俺らほど甘くはないぞ」
ニヤリとデイビスが嗤った。
▽
『トンプソン様、すでに動き出してしまいました!』
間に合わなかった以上、ヴィクトリアは状況を分かる範囲で逐一伝えなければならない。
『合図は見えた』
『そ、そうですか。ですが、そこからどちらに向かっているかは不明です。デイビスさんたちは、恐らくダートが相手取っていると思われます』
『そちらはヴィクトリア殿以外に一人ということか?』
『そうですね、私を運んでいるカイネスだけかと』
あと何を伝えるべきか。
脳内で必死に考え、思いついたことを口にし続ける。
そうこうしている間にも、時間だけは過ぎていく。
時間の浪費は、トンプソンが再びヴィクトリアを見失う可能性が増すことを意味する。
『あ、あとですね、姿を隠す能力があるようです。すでに私も含めて遮断効果が働いているかもしれません』
暫くトンプソンからの返事がない。
少し心配になるヴィクトリア。
『……ああ、それについては問題ない』
それを聞いてヴィクトリアに安心感が増す。
二人の念話が為されている時、カイネスはダートを危虞しながら走り続けていた。
まずはこの荷物を運搬する。
それが完了すれば、すぐにでもダートの助太刀に参ずるつもりだ。
焦りは思考を狭める。
カイネスの視界には、一人の男が見える。
屋上を飛び回って走っているところを見ると、何かを探しているのだろうか。
このまま行けば男とカイネスはぶつかりそうな予感があるが、男は見当違いな方向を向いて走っている。
なおかつカイネスの姿を視認できる者は少ない。
どうせ一介の小物だろう。
そう考えて、わざわざ立ち止まったり進路を変えたりせず走り続けた。
『で、では……?』
『ああ、すでに──』
カイネスのそばを男が通り過ぎる。
男に意識を向けると、どうにも貧民街では見ない服装だ。
しかし興味は一瞬で、カイネスは進むべき方向へ視線を戻した。
そんな彼の耳に、
「──見つけている」
ボソリと声が聞こえた。
男はしっかりとカイネスの顔を見据えていた。
本来なら合うはずの無い視線が衝突する。
男が何を言ったのかを理解するより前に、何故この男と目が合っているのかを理解する前に、カイネスの腹に衝撃が叩き込まれた。
「ぐはッ!」
身体が浮き、思わず荷物を取りこぼす。
攻撃を受けたことで、スキルも解除される。
状況の理解が追いつかないが、荷物を失うことだけは避けたいカイネスはそれだけを注視して着地を待つ。
が、彼の視線の先で男が荷物を掴んだのが見えた。
「まずったな」
カイネスが渋面で着地して男を見ると、すでに荷物の拘束が解かれていた。
男は女を背後に追いやっている。
守るつもりだろう。
カイネスはフードを掴むと、外套を脱ぎ去りそれを前方へ投げつけた。
布が広がり、一瞬だがカイネスの姿がトンプソンたちの視界から消える。
外套が地に落ちた時、そこにはすでにカイネスの姿は見えない。
カイネスはトンプソンのそばを通り抜け、背後に隠したヴィクトリアに迫る。
だが、捕らえようとしたカイネスの腕をヴィクトリアはサイドステップで回避した。
そして再度カイネスに衝撃が走る。
吹き飛ばされる中で、トンプソンの嫌味の如き声がカイネスへ届く。
「君の動きは見えているし、視られているぞ?」
「チッ……失敗かよクソが」
カイネスは衝撃に身を任せ、そのまま彼の姿が建物の間に消えていく。
トンプソンは追撃に備えて今いる屋上の中央へ移動し警戒を強める。
しかし暫く待つも次なる攻撃は訪れない。
任務は絶対だが、死ぬことで組織に貢献できなくなることを恐れたカイネスは追撃を諦めていた。
それが現在の静寂を生んでいる。
「逃げたか。ヴィクトリア殿、無事で何よりだ」
トンプソンの警戒網に引っかかるものはなかったようだ。
「いえ、助かりました。そして、ロクな対処もできずに攫われてしまい、申し訳ありません」
ここまで多くの時間を費わせてしまったことを心から謝罪するヴィクトリア。
「結果的に無事なのだ、気にすることはない」
「そう、ですね」
トンプソンは本当にあまり気にしていないようだ。
「ではこれからどうするかね?一連の騒動でヴィクトリア殿にも疲労があろう。各所で勃発している戦闘が一段落するまでは身を隠した方が良いと思われるが?」
「いえ、今は残してきたデイビスさんたちが心配です。私が無事にいられたのも彼らがいたおかげですので、彼らの手助けに向かいたいですね」
「そうだな、安否を確認する意味でも向かうとしようか」
「はい!」
▽
「奴、だと?」
ダートは怪訝な表情を浮かべたままデイビスの視線を追う。
そこに見えたのは、シルクハットを片手で押さえながらこちら目掛けて駆けてくる黒服。
そして捕らえたはずのヴィクトリア。
「トンプソン!」
ダートが叫ぶ。
「君とは、初対面のはずだがな」
一定距離を置いて、トンプソンは足を止めた。
そこからまた一定の距離を空けて背後にヴィクトリアが位置取る。
「カイネスはどうした!?」
「ああ、彼か。まんまと逃げられたよ。逃した、という方が正しいか。できれば処理しておきたかったのだが、デイビスが心配だと彼女に言われてな。戻ってきたが、杞憂だったか」
「杞憂だと──」
ダートは最後まで言えなかった。
言葉の途中で、それを掻き消す痛みが脳に到達したからだ。
倒れゆく身体で首を背後に向けると、デイビスが自身から引き抜いた曲刀を振り下ろしたところだった。
それはダートを傷つけた一撃。
「なぜ……動ける!?」
そして次なる一撃を加えんと動くデイビス。
ダートは倒れ切る前になんとか右脚を前方に出し、踏みとどまる。
「ぐぅ……!」
踏みしめた力により背中から血が噴き出す。
そこからダートは左手を支えに後方の左脚を跳ね上げながら倒立し、デイビスの手元を蹴り飛ばした。
デイビスはダートによる攻撃の勢いで曲刀を手放してしまう。
ダートは空いた右手でデイビスへナイフを投げた。
それは、動きの鈍った隙だらけのデイビスへ難なく突き刺さる。
「デイビス、地に伏していろ!」
またもやデイビスは言葉の拘束を受けることとなった。
ダートの視界には殴りかかってきているトンプソンも映っている。
倒立のままダートは手首を無理やりに捻り、それを下半身に回転として伝え、両脚を振り回した。
腕を組んで回転蹴りを受けたトンプソンに、ダートの声が届く。
「自傷しろ、トンプソン!」
それは攻撃のヒットと同時。
トンプソンは両拳を組んで自身の大腿を殴りつけている。
ダートは一瞬動きを止めたトンプソンへの追撃を考えたが、能力が未知数な男への執着は諦めた。
「地に伏していろ」
トンプソンの背に手掌を当てて命令だけ下すと、動かないヴィクトリアに向かう。
ダートもこの女に執着しすぎているのは分かっている。
カイネスは運搬に失敗し、そして自身も傷を負ったことで、それをチャラにするためにも女の奪取が成されなければ負け分が取り戻せない。
利を取るのが既に不可能な状況で、少なくともプラマイゼロにまでは持っていきたいダート。
しかしダートの手がヴィクトリアに触れることはなかった。
ダートの腰が折れ曲がる。
ヴィクトリアは視ていた。
その上でご丁寧にダートに反撃の一撃を加えた。
ダートは空中で体勢を立て直し無難に着地するも、衝撃で痛みが存在を主張してくる。
それを押し殺して状況を確認する。
トンプソンは既に言葉の拘束を解き、デイビスは動きを止めているものの戦意を失っていない。
デイビス一派はひとまず拘束済みだ。
トンプソンはダメージは負っているが、言ってしまえばそれだけだ。
痛み分けにしても、状況は圧倒的に不利。
「どうしたものか……あぁ、こういうこともあるのか」
ダートが何を得心したのか、トンプソンには分からなかった。
だがすぐに理解することとなった。
ダートの視界には、見知った人物が映っている。
「ヴィクトリア、何をしている!?」
そこから届いた声は、状況を変えるには十分なもの。
「面倒にも程があるな……」
「全くです……」
トンプソンとヴィクトリアの感情が一致する。
「こんなところで何をしていると言っているんだ!」
声の主は、アイゼン。
怒気を含んだ声に、二人は辟易とした表情を向けるのだった。
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