第15話 チーム:レッケンド

フェイヴァ侵攻開始時──


北部で騒ぐ3人組がいた。


「うお、あの数はやばいって!」


白シャツに茶色のオーバーオール、赤髪リーゼントの男レッケンド。


角鋼を肩に抱えている。


「やばすぎー、マジうける」


伸び切ったロングの金髪をセンターで分け、耳から鼻から目元からピアスを開けまくっているのはラーナ。


Tシャツにショートパンツ、ショートブーツを全て黒で揃えたパンクな少女だ。


「あらやだ、あんなの捌き切れるかしら!?」


上裸に短パンで2メートル越えの巨体を持つ筋骨隆々なオカマ、エイベ。


彼らはデイビスら同様、チームで活動していた。


今のところ彼らに損害は少ない。


「レッケンドちゃん、あんた相手してきなさいよ!」


「やだよ、リーゼントが崩れちまうだろ!お前が行けよ!」


「ラーナちゃんは?」


「女子を先頭に立たせるとか、ウケるの通り越して逆にウケるんですけど!」


「言い出しっぺが行けばいいだろ!俺はエイベを推すね」


「それマジわかりみー」


「ええい、2対1なんて卑怯よ!ジャンケンよ、ジャンケン!そらいくわよ!」


そうこう言っている間にも、フェイヴァの軍勢は3人を明確な殺害対象として捉えて迫ってきている。


「「「じゃーん、けーん……ホイ!!!」」」


そんな中でも3人は調子を崩さず、悠長にジャンケンをしていた。


出された手は、グーひとつに、パーふたつ。


「ぐああああ!負けたああああああああ!」


グーの拳を突き上げて、屈辱感に全身をプルプルと振るわせるレッケンド。


「ほらレッケンドちゃん、さっさと行ってきなさい!」


「レッケンド馬鹿すぎ!」


そのままラーナとエイベに無理やり背中を押されて先頭に立たされる。


「薄情者どもめ!言っとくが取りこぼしまでは流石に相手できないからな!自分の身くらい自分で守れよな!」


渋々といった様子でそのまま軍勢に突進するレッケンド。


そしてその勢いで角鋼を片手で振るう。


「うるァああああ!」


長さ2メートルほどの鋼でできた角材は、見た目以上の破壊力で軍勢の一部を吹き飛ばした。


「うっひょう!俺って最強!」


「回避されすぎててウケるんですけど!」


「大振りすぎて読まれてるわね」


勢いをつけていたからこその直線的な攻撃は反応の遅れた者にだけ命中し、むしろ回避された方が多数だ。


「うるっせぇ!もうお前らの手助けなんてしないもんね!」


「やだわ、ちっさい男。身長もチンコもちっさいから、器までちっさくなっちゃうのね」


「小ささの権化でウケるー」


叫びながらもレッケンドは勢いを殺さず角鋼を振りまわし続け、攻撃の手は緩めない。


流石に超重量の鉄鋼だけあって殲滅力はピカイチで、敵を寄せ付けていない。


レッケンドに挑んだものは軒並み大打撃を受ける結果となる。


ただフェイヴァ兵はレッケンドにばかり襲いかかるわけではない。


ハナからレッケンドを無視してラーナとエイベに向かう者も多数いる。


レッケンドもそんな連中をわざわざ追いはしない。


なぜなら二人が負けるわけはないのだから。


レッケンドの背後で見事な回避劇を繰り広げているエイベ。


巨体に似合わない、しなやかな足運びで艶かしく敵の攻撃を躱す。


その際に敵の肌に触れることを忘れない。


すると、触れられた相手が奇妙なことに動きを鈍らせている。


その多くは男性だ。


少しではあるが女性も混ざっている。


「どうしちゃったのかしら?ちょっと性別が変わっただけなのにね」


Trans転換』──エイベは触れた者の性別を一時的に変換する。


一時的とはいえ、男性型人形が丸みを帯びた体型に、女性型人形は角張った体型に変化。


三人は知らないが、これらの人形は男性型女性型それぞれ規格が統一されている。


装備で隠れている部分が多く分かりづらいが、よく観察すればそれらの同一性に気づくものだ。


そんなことを知らないエイベだったが、彼のスキルは人形でも例外なく発動した。


突然の変化に、触れられた者全ては違和感を禁じ得ない。


その違和感が動作にぎこちなさを生み出し、人形たちの連携を粗末なものにする。


「あっは!動きキモすぎてウケる」


そんな動きの鈍い一人をラーナは引っ掴む。


そして鎧の部分をしばらく握りながら、それをレッケンドに向けて放り投げた。


レッケンドは未だ多くの敵に囲まれている。


「ん?」


そんな彼も、飛来してくる物体があれば流石に気がつく。


そのまま上空の飛来物から後方に視線を移す。


すると、その犯人がラーナだと分かる。


「てめ、ふざけんな!」


レッケンドは襲いかかってくるフェイヴァ兵を完全に無視して後方へ避難した。


倒れそうになりつつも、なんとか前転してでもその場を離れる。


それと同時にラーナの投げたものが敵集団のど真ん中に着弾、爆発した。


轟音を響かせて砕け散る人形の数々。


爆発源になった鎧の金属片も飛散し、その威力たるや相当なものになる。


「あらやだ、危ないわね」


エイベは破片の全てを避ける。


「痛って、痛ってぇ!」


一方レッケンドは全身を丸めながら皮膚の至る所に傷を作っている。


「やっぱ爆発は尊いわー」


Bomber爆弾狂』──ラーナは触れたものを爆弾に変換する。


「おい爆弾魔!やるならやるって言えよ!」


「今のレッケンド、無様すぎてウケるんですけど」


「ふざけんじゃねぇ!」


「ねぇねぇ、叫んでるとこ悪いけど……って、何かしらコレ?」


エイベは爆発のあおりで転がってきたものを拾い上げる。


「人形の手、よね?」


「お前ら気付いてなかったのか?俺が殴ったら砕け散ってたろ?」


「そんなの見てないわよ」


「ひっでぇ奴ら!」


「ほら、まだ残ってるわよ!ジャン負けなんだから、行った行った!」


フェイヴァ兵がまた迫ってきている。


爆発により多くが損壊したものの、残った一部は未だに戦意を失っていないようだ。


「お前らと俺とじゃ負担が違いすぎるんだよ!代われよな!」


「爆弾にされて尊い最期迎えたいの?」


「あー、うっせうっせ!ラーナは地上で殺しすぎたからココに来たんだろ、学べよな!マイン家には殺人鬼しかいねーのか……?」


「女の子になった方がレッケンドちゃんも静かになるのかしらね?」


「エイベも黙ってろ!ていうか毎回ジャンケンなのもおかしいんだよ。俺ばっかり負けてるじゃねーか!」


「だってあんた、毎回決まってグー出すじゃない」


「へ?」


「その顔間抜け過ぎてウケる!」


「馬鹿なんだから、せめて戦闘くらい役に立ちなさいよね」


「ぐうう……許さん、許さんぞおおおお……!」


「その怒りを奴らにぶつけちゃいなさい!」


「クソッタレええええ!」


マイアットが殺害対象に入れていただけあって、一筋縄ではいかない三人組。


彼らやトンプソンの働きは、フェイヴァの目論見を少しずつ揺るがしていくのであった。



            ▽



「ふう……とりあえず危機は脱したか」


トンプソンの周囲にはバラバラになった人形が山のように転がっている。


そしてそれらの多くは頭部を損壊ないし喪失している。


倒壊に巻き込んだ人形と戦闘で破壊した人形を合わせれば数百は下らないだろう。


トンプソンは多少負傷はあったものの、その敵勢に対しての被害としてはほぼ無いに等しい。


到底彼一人では捌ききれなかった。


だがヴィクトリアが安地からひたすら視続けていたおかげで、作戦は上手くいった。


あとは残党がいないかを確認して、戦闘はひとまず終了だ。


『ヴィクトリア殿、そろそろ戻ってきてもらって構わぬぞ』


瓦礫の周囲を見渡しつつ、ヴィクトリアに思念を送る。


下半身を潰されても動いている人形であったり、まだ戦える可能性のあるものは全て破壊していく。


人形だけあって痛覚がないのか、頭部が残っているものは動きを見せている。


「やはり中枢は脳ということか。すると、頭部を切り離すだけでは足りぬな。頭部だけで情報共有などされても厄介だ」


そこまで考えると、トンプソンは虱潰しに頭部破壊へ勤しむ。


そしていくつかの頭部を踏み潰していた時、


『トンプソン様、申し訳ありません!』


ヴィクトリアから切迫感のある思念が届いた。


『何事か』


『たった今……何者かに捕縛されて運ばれて、います』


『なに?状況を詳細に』


『目と口を覆われて、なおかつ手足も縛られているため何もできない状況です……。突然のことだったので対応ができませんでした』


『どちらに向かっているかは判るかね?』


トンプソンは一旦作業を中断して、目に見えた範囲で一番高い建物に登る。


『申し訳ありません、判断材料が……あ、喧騒が近づいているようです』


『喧騒か……』


急ぎ周囲を見渡す。


ここは外周に近い場所。


とすれば、敵は中心街方面へ向かっているということだろうか。


少なくとも見える範囲に敵影はない。


『私の方でも急いで探す。何か変化があれば逐一報告を』


『はい、分かりました……』


「いつの間に接近を許した?現状の指定範囲ではどこにいても念話が可能だから、切れ目から推測は困難だな。彼女の報告次第ということか」


トンプソンは喧騒の向かう先──中心街を見やる。


どうやら運命は彼を争いの渦中へ誘っているようだ。


「ようやく好きに動ける状況を作ることができたと思えば、面倒事か。少なくとも、敵も行き当たりばったりの行動でもなさそうだ。こちらの索敵を撹乱するスキルも備えてそうであるな、さて……」


悩むそぶりを見せるが、とは言えやるべきことは決まっている。


トンプソンは走り出した。


目的地は決まっている。


元々は積極的な狩りなどは行わない方針を立てていたが、どうにもそうはいかないらしい。


潜んでいても厄介事は回避できない。


であれば、こちらから出向いていけばいいだけのことだ。


最終局面までは様子見のつもりの作戦も、早々に建物倒壊による攻撃手段を失った。


いくつかの策を仕込んでいたものの、この調子では次々にカードを切らされてジリ貧になるのがオチだろう。


ならいっそ、ということでここからは攻めに転じる。


場を荒らせば敵も姿を現すはずだ。


ヴィクトリアを殺害せず誘拐しているところを見ると、人質として利用価値があると敵は認めているということ。


トンプソンの行動を抑止するための手段か、はたまた別の目的か。


などと考えながら走るトンプソンの視界の端に光る何かが見えた。


迷わず前転で躱す。


すると、転がった先で何者かの爪先が眼前に迫っている。


「おらよ!」


回避が間に合わないと悟ったトンプソンは両手をクロスさせ、後方へ滑りつつもなんとか受け切る。


「まったく、次から次へと……」


両腕を下ろしながら目の前の男を睨みつける。


ついでに視線だけを左右に振り、他の仲間の位置を確認する。


目の前の男の後ろに、路地から出てきた男が3人。


遠距離で攻撃してきた者は右手の建物の中に見える。


視界に入っているだけでも5人。


他にも隠れている可能性が高い。


最短距離で大通りを進んできたことが裏目に出たか、周囲は小高い建物ばかりだ。


囲まれていると分が悪い。


そしてこれ以上仲間が増えてくることは更によろしくない。


「これで殺れねぇってのは、もしかしてこのおっさんやり手か?」


蹴りを放った男は体勢を戻しつつ、後方へ声を投げかけている。


全員、服装はマリス兵のもの。


「かもな。でもこいつ一人なら問題ないないっしょ」


仲間の一人が応えている。


彼らには余裕さえ伺える。


今まで狩ってきたマリス兵とは受ける印象が異なる。


恐らくは上級兵といったところか。


「君たちはここで狩りにでも興じてるのかね?」


一応対話は可能そうなので、トンプソンは質問を投げる。


「まぁそんなもんだわ。さっき来たフェイヴァの奴らも大したことなかったしな」


彼の言を信用する限りでは、先程のフェイヴァの軍勢を撃退したということになる。


「おっさんこそ、そんなに急いでどこに行くんだ?わざわざ戦闘の過激な方へ一人で向かうとは、自殺志願者か?」


当然の疑問だろう。


この状況でソロ活動というのも、その疑問に拍車をかける。


「仲間の一人が攫われてな。それを追って急いでいたところだ」


彼らがこの誘拐に関わっていれば何かしらの情報は得られるはずだが、あまり関係なさそうではある。


「そうか、それは御愁傷様だわ。こんな状況で運がないな。そんでもって、俺らに出会ったのは更に運が悪い」


やはりマリスではないのか?


トンプソンは思惑する。


「邪魔立てするのであればここで処理させてもらうが、どうするかね?フェイヴァが攻めてきている現状、そちらも戦力を削がれるのは望むところではないだろう。ここで私を通せば、無駄に死ぬこともあるまい」


「おっさん、妄言も大概にしろよ?この人数を──」


「待て」


「あぁ?」


男の発言を仲間が制止している。


「よく考えろ、この御仁はフェイヴァの侵攻を生き延びているんだぞ?回避したにせよ撃退したにせよ、たった一人とはいえ侮れん」


「た、確かに……。だが、ただのコケ脅しという可能性も消せないだろ?それにフェイヴァ側なら自在に動けても不思議はないぞ」


「それもそうだな。御仁、どうなんだ?」


「私はどの組織にも属しておらぬよ。強いて言えば、全ての組織の敵という立場だろうな。君たちがどのような選択を取ろうが構わぬよ。邪魔をすれば消し、そうでなければ何もない」


「だ、そうだが?お前ら、どうするよ?」


「むぅ……」


「どちらでも良いとは言ったが、このまま時間をかけるのであれば、こちらから攻撃を仕掛けるとだけは言っておこう」


トンプソンは攻撃姿勢を構える。


通すというのであればそのまま突っ切るだけだし、戦闘するのならそれはそれで構わない。


一対多は望むべき状況ではないが、もはや手札など隠してはいられないだろう。


いざとなれば……。


「よし、通っていいぞ」


「そうか、では失礼する」


何か策があるのか疑うが、彼らに何かをするような仕草はない。


そのまま彼らの姿が完全に視界から消えるまで、何のアクションも起こらなかった。


何とも拍子抜けする結果だ。


トンプソンはそのまま駆けていく。


「おっさんを行かせて良かったんだよな?」


残った彼らの間で会話が為される。


トンプソンを通したのは、多数決の結果だ。


「御仁は何やら危険な匂いがしたからな。ここで殺せなくても、ボスが消してくれるだろうし」


「それもそうか」


「ここを通したって聞いたらボスの機嫌が悪くなるかもしれないがな」


「ま、最終的に勝つから大丈夫だろ。それでボスの機嫌も良くなるさ」


「あのぅ、すいません」


突如見知らぬ幼い声が聞こえる。


「なんだ?」


彼らの視線の先、声の主は狭い歩幅でこちらに歩いてくる。


それは齢十にも満たなさそうな男の子。


「子供か。どこから迷い込んだのやら」


「おい、ここはガキの来る場所じゃねぇぞ!ガキをリベラに連れてきたのはどこのどいつだよ?」


冗談まじりに言い、仲間も笑う。


子供はなおも彼らに向かって歩いてきている。


「おいおい、俺はガキの子守りなんて経験ないぞ?誰かできるやついねぇのか?」


「ここに妻子持ちなぞ居ない。託児所なんてものも貧民街には無いんだから、邪魔にならなければその辺りで遊ばせておけば良いだろう」


彼らは大して子供を気にもかけなかった。


繰り返される戦いの中で判断力が鈍っていたのかもしれない。


それでも、リベラ終盤の状況下で子供が歩き回っているという異常事態にはもう少し意識を向けるべきだっただろう。



            ▽



西部──。


「ベス、そっちから回れ!」


「しつこい連中だな」


逃げるのはカイネス。


それを追いかけるデイビス一行。


フェイヴァ侵攻の中、自由行動ができるデイビスたちは、連れ去られるヴィクトリアを偶然見つけた。


彼女を連れ去るからにはマリスに好都合な何かがあるという証拠。


デイビスはそう考え、そこから追跡劇が始まった。


ぶつかり合うフェイヴァとマリスを眼下に、彼らは建物の屋根や屋上を駆け抜けている。


その最中、カイネスは地上に降りることもあれば狭い路地を活用することもあるが、一向にデイビスたちを振り切れていない。


カイネスは先回りしてくるであろうベスの行動を先読みし、挟撃を受けない立ち回りを見せている。


ここはマリス本営のある中心街にほど近い場所。


地理的優位は圧倒的にカイネスにある。


それを人数差で埋めようと動くデイビスたちだが、人間一人を抱えながらのカイネスが現状一枚上手である。


カイネスが縦横無尽に動き回る一方、デイビスたちはそれを逃さぬように追いかける一心に尽きる。


またもや彼らの目線の先でカイネスが角を曲がり、一瞬姿を見失う。


デイビスは急いでそこへ至るが、やはりカイネスの姿が無い。


「ガフキー、看破しろ!」


「あいよ!」


追いついたガフキーの目に力が入る。


Detection看破』──カフキーの目は、視界内のあらゆる事象を見破る。


彼のスキルにより、壁を蹴り上を目指すカイネスの姿がぼんやりと浮かび上がった。


「鬱陶しいな」


カイネスは執拗な追跡者に辟易とする。


彼のスキル『Covert隠蔽』は姿を隠匿するというもの。


これには自身及び触れているものを一時的に不可視にする能力があるが、万能というわけでもない。


誰かに見られていれば発動はできないし、追跡者の一人はカイネスを見抜く力を持っている。


そいつを潰せばいい話だが、荷物を抱えていることに加えて白兵戦を得意とはしていない。


隠密行動に徹してきたからこそ速度においては長けているが、戦闘はそこまでではない。


だからこそ追っ手に障害物──リベラ参加者をぶつけるようにして逃げているわけだが、なかなかどうして上手くはいかない。


デイビスたちの目の前には、小競り合いをしているマリスとフェイヴァの両兵が細い通路を塞いでいる。


「またかよクソ!ガフキーとベスは上から見失わないように追いかけろ!俺っちは地上から追いかける!」


先ほどからこういった事の繰り返しだ。


攻撃はしてこないことから、何としても相手は逃げ切りたいようだ。


奴を囮にしてデイビスらを要所から遠ざけたい意図があるのかもしれない。


もしくは単にヴィクトリアが重要なのか。


それだけの価値が彼女にあるのか?


トンプソンとマリスに敵対関係はあるのか?


それともマリス側なのか?


デイビスには甚だ疑問である。


だが、捕まえなければならないことも事実。


追跡しながら戦況を把握するに、フェイヴァの侵攻が劇的な効果を挙げているかと言えば微妙なところだ。


数人で対処できているチームもいるし、マリス側も防戦一方というわけでもない。


加えて一般陣営もフェイヴァの攻撃を受け止める緩衝材として働いているため、虚をついた侵攻だったものの効果の程は薄い。


中心街でも激しい戦闘が行われているのが分かるが、内容までは推しきれない。


実際はヴァンデットとイノセンシオが熾烈な争いをしているわけだが、彼にそれを知る手段は今の所存在していない。


確実に分かっているのは、リベラも終盤に差し掛かっているだろうということ。


このような状況で、わざわざ戦闘の激化している中心街まで足を運んで確認する意味はない。


巻き込まれては元も子もないからだ。


デイビスは行く手を遮る者を排除しつつ、時には戦闘に巻き込まれそうになりつつもガフキーとベスの姿を追い続ける。


長く追跡を続けながら、またもや様々な疑問が湧いてくる。


この行動に果たして意味はあるのか。


マリスや一般の兵を狩っていた方が有益ではないのか。


なるべく情報を集めて有利な方へ与したほうが安全ではないのか。


様々な思惑がぶつかる中で、どれが正しいか適切に判断しなければ容易に命を落としかねない。


そんな状況に、デイビスは一抹の不安を感じるのだった。


それでも時間だけは平等に過ぎていく。


それに伴って戦況も刻一刻と変わり続ける。


そんな中、ヴィクトリアは連れ回されながらも思考だけは冷静に居続けた。


耳だけで得られる情報を頼りに、必死に状況を把握する。


ここに於いてもそう在ることができるのは、思念によってトンプソンとつながり続けられているからだろう。


『トンプソン様、状況が変わりました!』


『よし、教えてくれ』


『現在位置は不明ですが、恐らくデイビスさんのチームが私を含め誘拐犯を追っているようです』


『それで、彼らにヴィクトリア殿を保護してもらえそうかね?』


『いえ、長い追走劇が続いておりますが、これがいつ終わるともしれません。届いてくる声から判断すると、どうやらこの誘拐犯も逃げ足には自信があるようです』


『常に動き続けているということか。位置を特定することは困難だな』


『そう、なりますね……』


『では近くの者に場所を確認する手立てを講じるように指示できるかね?』


『口も覆われているため、不可能に近いですが……』


『何を言っておられる。『Telepath念話』を使えば、相互のやり取りは困難にしても一方的な意思疎通は可能であろう』


『えっと……そうなのですか?』


『ヴィクトリア殿の練度では難しいことも多いが、相手が近くに居る状況でその姿や顔立ちを想像できるのなら不可能なことではない。それを一度試してみるのだ』


『わ、分かりました!』


ヴィクトリアは必死に記憶を辿る。


聞こえる声からして、近くを追いかけてきているのはガフキーとベスだろう。


デイビスの声は聞こえないことから、離れているのかもしれない。


そこでガフキーとベスの姿を思い浮かべてみたが、会ったのは2週間も前だ。


それにベスの方はガスマスクで顔立ちなど想像すらつかない。


ガフキーの方は……バンダナしか覚えていない。


これでは難しいだろう。


一方デイビスは先日会ったばかりなので、彼に関する記憶は確かだ。


ここは彼を待つほかないだろう。


しかし悠長に構えてもいられないのは確かだ。


いつ状況が変化するとも限らない。


下手をすれば、これ以降トンプソンとも疎通すらできない状況下に置かれる可能性もある。


最悪の場合、このまま殺されてしまう可能性も否定できないのだ。


ヴィクトリアがすでに危機的状況に陥っているのは確かだ。


だがトンプソンへの信頼感がその危機感からくる不安を打ち消す。


刻一刻と迫る終焉に皆怯える中、ヴィクトリアだけは未来に希望を見出していたのだった。

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