第8話 伽藍堂の住処

「イノセンシオ様、ご苦労様でした」


目を覚ましたイノセンシオの側には、2人の人物が佇む。


「ふぅ、ヴァンデットは私が死んだと思ってくれたでしょう。これでしばらくは自由に動けるはずです。これは、マイアットとヴァイス君の協力があってこそ映える連携です。助かっていますよ」


「いえ、私たちの命はイノセンシオ様のもの。ご自由にお使いくださいませ……」


そう言ったのはマイアット=フォージェリー。


長い前髪で両眼は隠れ、一見控えめな印象を受ける女性だ。


「お二人を地上に返すことが最優先ですからね。しばらく激しい戦いが続くと思いますが、協力してやっていきましょう。ヴァイス君には特にこれから踏ん張ってもらわなければなりませんが、よろしく頼みますよ」


「……」


声を掛けられたもヴァイス=フォージェリーは無言のままイノセンシオを見るのみだ。


ヴァイスはマイアットの一人息子。


数年前、二人して貧民街へ落とされたところをイノセンシオが拾った形だ。


イノセンシオも彼が話せないことは分かっているので、そのまま微笑みだけ投げかけて続ける。


「ヴァイス君は兵士のメンタル面を気遣いながら、定期的に人形と肉体間の移動を続けてください」


ヴァイスはコクリと頷く。


「マイアットは、破損した兵士の人形を回収・処分する作業を継続してください。少しでも回収漏れがあれば我々の作戦が露呈する可能性もありますから、確実にお願いします」


「畏まりました……」


「あとはグレッグさんたちが靡くかどうかですが……そこは座して待つしかないですね。マイアットとヴァイス君で2枠。そしてあと3枠は自由に使えるわけですから、グレッグさんたち以外にも声かけをする必要がありますかね。集めた面々で潰し合わせるのもいいですが、かといって集めすぎると叛旗を翻される可能性もありますか……」


ふーむ、と顎に手を当てしばらく考え口を開く。


「まずは適性勢力の把握が最優先ですね。できればリベラに残存している全勢力とその動向を知っておきたい。しかし、私を倒したと思って活性化しているであろうマリスが、こちらを潰しにやってくることは必至。威力偵察もしたいが、人形を減らすことも惜しい……」


イノセンシオはチラッとマイアットを見る。


「何事でもお命じ下されば、直ちに実行致しますが……」


奴隷のように働こうとするマイアットに、イノセンシオはいつも通り不気味さを感じる。


「ふむ、今すぐ行動に出るのは得策ではありませんね。マイアットとヴァイス君、先ほどの命令は忘れてください。これより別の作戦を実行します。マリスの面々も近いうちに攻めてくるでしょうし、すぐに行動に移しましょう。これがうまくいけば──」



            ▽



「おいおい、どうなってやがる!ここがフェイヴァのアジトだったんじゃねぇのか!?」


人っ子一人居ない空間にヴァンデットの声が木霊する。


声を荒げて周囲の物を破壊するも、ヴァンデットの憤りは増すばかりだ。


「そのはずだがな。しかし中枢のこの場所にやってくるまで誰にも会うことは無かったし、アジトを移したのかもしれんな」


ダートはそんなヴァンデットにも冷静に話し掛ける。


ダートのその様子をみて、ヴァンデットはようやく落ち着きを取り戻した。


「……数で言えば最大規模だったフェイヴァが、いきなり消えるなんてことがあり得るか?末端に偽の情報を掴ませて、俺様を誘き寄せる算段でもしてやがんのか?」


「さぁな。ただ、この場に誰かが隠れているということもなさそうだ」


ダートは周囲を見渡す。


一応周囲には数人部下を散らばらせて捜索させているし、こんな状態でのこのこ姿を現す愚か者もいないだろうと、ダートはやや警戒を緩めた。


「それはまぁ、居たとしても蹂躙するだけだからいいんだけどよぉ。しっかし……組織のトップが失われてもなお、正常に組織が運営出来るとも思えないんだよな」


「イノセンシオ以外にも組織を動かせる人間がいて、イノセンシオが死ぬことすら想定の範囲内だったのか。はたまたイノセンシオが死ぬことも作戦の一部なのか。違和感は拭えな──ヴァンデット避けろ!」


「あ?」


開け放たれた扉の向こうに一瞬見えた光。


ダートはそれを見逃さなかった。


ダートの叫びとほぼ同時に、勢いよく何かが飛来。


ヴァンデットは身体を強引に捻り、すんでのところでそれの回避の成功した。


ヴァンデットは後方を見もせず、扉の方向を睨みつける。


「何モンだぁ!?」


ここにやってくるまでに部下は複数名配置しているはずだ。


それなのに、その方向から攻撃が飛んできている。


「……」


沈黙が続く。


そして、ヴァンデットがしびれを切らす直前で白髪の男が姿を現した。


それはデイビスという男。


その後ろには二人の男が追従する。


ガフキーとベスだ。


だが、面識のない彼らのことはダート含めヴァンデットにも知る由がない。


「マリスのトップが、そう憤るんじゃ──」


「これを仕掛けたのはテメェらか?」


男が言い切る前に、ヴァンデットは言葉を挟む。


「おぉ、恐ぇな。そう話を急ぐなよ。俺っちはデイビス、よろしく頼むぜ」


デイビスは派手に驚いた仕草を取っているが、それはヴァンデットの怒りを増長する効果しかない。


「有象無象の名前なんて覚える気もねぇ。さっさと質問に答えやがれ!」


ヴァンデットは今にも飛びかかりそうな勢いで、額に青筋を浮かべている。


確かに、一方的に攻撃を仕掛けたのはデイビスで、それに対して気性の荒いヴァンデットがそれを抑えているのが不思議なほどだ。


周囲の部下たちも、動き出すかどうか迷いつつ、事の成り行きを見守っている。


それでもヴァンデットの命令があれば即座に動けるように、ゆっくりと扉に向けた陣形を形成していく。


「挨拶もできねぇトップがいる組織なんて程度が知れてるよな?」


「全くだ」


「……」


デイビスの問いに、二人は同意を示す。


それがまたヴァンデットを怒らせる要因になっている。


「これならトンプソンのおっさんのほうが数倍強そうだぜ」


それに合わせてガフキーとベスは嘲るように嗤っている。


「何を言ってやがる。おい、次はねぇぞ……?これをやったのはテメェらかって聞いてんだ」


「これっつうと、フェイヴァの連中が綺麗さっぱり消えちまってることか?」


「そうだ、知ってることをさっさと話せ。そうすれば苦痛なく一瞬で殺してやるからよ」


「いちいち高圧的だな。まぁ、これに関して話せることはねぇな。なんたってフェイヴァの連中から、貧民街脱出の約束をしてもらってるんでな」


「なるほどな。それを聞いて、お前らを殺さない理由がなくなったな」


「それしか言えねぇのか、笑わせてくれるなぁ。まぁ、あんたらがここに来るのも想定済みだったし、今のところフェイヴァに遊ばれてるのはマリスの方だったってわけだ。ノコノコとマリスのトップ二人がやってきたのには、流石の俺っちも笑いを堪えられなかったぜ」


先程から挑発を続けられているヴァンデットだが、それをされることで逆に冷静さを取り戻していた。


徐々に語気が平常時にまで戻っていることに、隣にいるダートは安心感を覚える。


ダートの役目は末端への指令の伝達だが、それ以上にヴァンデットをうまくコントロールすることこそ大きな役割を発揮している。


キレて見境がなくなる事の多いヴァンデットだが、ダートがいることで組織が安全に運用されているというわけだ。


そうでなければ、多くの部下はすでに粛清されているに違いない。


組織を大きくし、そして人員たちと強固な信頼関係を築けているのは、ダートがいたからに他ならない。


そんなダートはヴァンデットの手を煩わせないべく、デイビスたちに向けてゆっくりと歩みを進める。


「……じゃあ、もうテメェらに聞くことはねぇな。イノセンシオを失った組織に何を期待してるか知らねぇが、テメェらが付く側を間違ったってことは断言しておいてやる。だからよぉ──」


『上だ』


ヴァンデットが言い切る前にデイビスら三人の頭に声が響き、彼らは強制的に上を向かされてしまった。


キィン、という金属音が三つ響き渡る。


「何!?」


驚きの声を挙げたのはダートだ。


三本のナイフが、デイビスたちの前に転がっている。


「おぉ、危ねぇ危ねぇ!予め聞いてなかったらヤバかったな」


「まさしく初見殺しというわけだ」


「……」


三人のさほど驚いていない様子に、怪訝な顔になるヴァンデット。


「……ダート、どこから漏れた?」


「分からん。だが、これが奴らの想定の内にあったのは確実だ」


三人を見据えたまま、お互いを見ずに声だけでヴァンデットとダートはやり取りをしている。


それを見てデイビスが口を開いた。


「解せない、という面持ちだな。ダート、これはアンタのスキルだろうが、タネが割れてりゃ怖いことはねぇ」


「どういうことだ?」


ダートは言いながら、今度は明らかに見える形でナイフを複数両手に握って相手の警戒を誘う。


「ネタバラシをすれば、服の下に金属板を仕込んでただけのこと。だが、たったそれだけのことで、アンタの必殺は虚無に終わる。これも予想できたことだが、続けてやってこないところを見ると、何らかの制限があるようだな。あと、アンタはおおよそ10メートル以内に近づかねぇとスキルを使えないみたいだ」


「それが分かったから、どうしたというんだ?」


「いやなに、仲間内での情報の共有だ。言わずとも、ガフキーもベスも気づいてはいるけどな。おっとそうだ、良いことを教えておいてやる。フェイヴァは外からのお客さんにも、俺っちらと同様に声を掛けていたみたいだぜ。襲撃を受けたのは、お客さんらが仕事をしなかったからっぽいよな」


ヴァンデットは、こいつらはどこまで知っているのかと考えを巡らせる。


だが、即座に答えは見えてこない。


「なんだテメェら、今更命乞いか?それを聞いた俺様たちが、内部不和で揉めるとでも?」


「枠が減るから、お客さんらにはそっちに居て欲しいってのが本心なんだけどな。内部不和も狙えたらいいなってくらいだ。それでもアンタはそう言いつつ、結局そこを調べるに決まってる。掻き回すのが、俺っちらの仕事だ。じゃあ、続きをやるか」


デイビスらは攻撃態勢を整え始めた。


「やると言うが、単純な戦力で言えばこちらが上だぞ?」


ヴァンデットらも、いつでも攻撃してこいと言う姿勢を示す。


「そりゃあそうだ。だからよ……──また合わないことを祈ってるぜ、じゃあな!」


それだけ言うと、デイビスらは脱兎のごとく駆けて行った。


攻撃モーションに移るかと思っていたヴァンデットおよびダートは、一瞬呆気に取られる。


それでもすぐに正気に戻り、命を下す。


「オメェら、さっさと後を追え!」


結局立ち尽くしていただけで何もできず、このまま彼らを逃したとなるとヴァンデットの怒りを買うことは必至。


部下たちは慌ててデイビスらの後を追うように駆け出して行った。


ヴァンデットとダート以外誰もいなくなった空間で、まず切り出したのはダート。


「やられたな。何もできず、情報だけを奪われた。まんまと一杯くわされたようだ」


「くそったれが……!アイツら好き放題しやがって。益々殺すべき人間が増えるじゃねぇかよ」


「敵対する者も、服従しない者も、全て殺すつもりだろうに」


「そりゃあそうだがよ。ナメられて終わるのは気がすまねぇだろうが」


「それは同意だな。それで、どうする?奴らめ、色々な置き土産をしていってくれたぞ」


「そうだな……フェイヴァという組織は未だに生きている。頭を失いつつも動くなど、昆虫のような連中だ。おそらく他に司令塔がいる」


「そこは概ね同意だ」


「あとは、お前のスキルがどこからか漏れているのが気になる。グレッグらの謀叛疑惑といい、内部に敵の目がある可能性が高い」


「疑心暗鬼になることすらフェイヴァの思惑かもしれんが、そこの調査はこちらでやろう。今のところフェイヴァの足取りを掴めないことも気がかりだが……」


「さっきの連中を捕まえるのが早足だが、それも難しいだろうな。だが安心しろ、それはいずれ解決する」


「それはどういうことだ?」


「今まではマリスとフェイヴァは膠着状態が続いていたが、頭を失った以上、フェイヴァのやることなど悪あがきに過ぎん。フェイヴァの残党がどこに潜んでいるか知らんが、何かを企んでいることは明白。暫定的にこちらの優勢と判断し、攻勢を開始する。手当たり次第に蹂躙していけば、いずれ尻尾を出すだろう。俺様が優位を確信して小競り合いを傍観することこそ、奴らの狙いのはずだ。奴らに準備期間を与えないという意味でも、すぐに動くことに意味がある。むしろ好き放題に暴れることこそ、俺様たちの本分だろうが」


「まさしく、その通りだ。お前はいつも正しい。では好き放題やらせてもらうとするか」


「ああ、どこまでいこうと、俺様の勝利は揺るがないんだからな」



            ▽



イノセンシオとマリスの抗争開始時──。


「おうおう、イノセンシオの奴、好き放題暴れてんなぁ」


デイビスは双眼鏡を使い、マリスの本部を覗いていた。


彼が今居るのは、彼のチームが複数所有するアジトの一つ。


これらは通常の手段では入り込めない構造をしており、彼ら以外がやってくる心配はない。


だが、リベラが開始されてほとんどの住民は遠方へ避難しているため、どこかを根城にするなど容易な話だ。


とはいえ、安易にそこらの住居を使用してしまえば、襲撃されることもあり得る。


だからこそ彼らはこういう事態に備え、複数のアジトを各所に設置していたわけだ。


それが今、功を奏しているというわけである。


現在トンプソンらはこういったアジトを持たないため、各所を転々と移動する羽目になっている。


しばらくデイビスはマリス本部を眺めていたが、流石に内部の様子までは分からない。


「戻ったぞ。何か変化は?」


そんなところに、ガフキーとベスが戻ってきた。


「おう、少し前にマリス本部にイノセンシオが単身突入して、中で暴れてたようだな。その前にも外からの連中と何やら話してたし、取引があったように見えるぜ。それ以外は特に大きな動きはないな。そっちはどうだ?」


「ベスと見て回ったが、そこかしこで小競り合いが勃発しているぞ。後先考えずにやりあっているのは組織に所属していない人間だろうな」


「なるほどな。マリスからいくつかの集団が狩りに出たのが見えたけど、そいつらはどうだ?」


「統率の取れた動きでマンハントを楽しんでいる連中がいたし、恐らくそれがマリスの連中だろう。マリスとはやりあってないが、俺たちも少しやりあってな」


「おう、いいね。今度は俺っちも戦いに出るか。膠着状態なんてクソ食らえだしな。場を掻き回して、最後に全て掻っ攫うのが最高なわけよ。それで、手応えは?」


「有象無象は大したことがないな。ただ、フェイヴァは前情報通り数で固めているようで、正面からぶつかるのは得策ではない」


「守りを固めた連中にひたすらちょっかいを出し続けるのも楽しそうだけどな」


「その場合マリスとフェイヴァのパワーバランスを壊すと面倒になりそうだから、やるなら双方にやるべきだろう」


「まぁ元々その予定だったし、今の状況を聞いてもやることは変わらなさそうだな。それで、さっきからベスが抱えてるブツは何だ?」


「デイビスへの土産だ。ベス、見せてやってくれ」


ガフキーに言われ、ベスは無言でコクリと頷くと肩に担いだ麻袋を雑に地面に放り投げた。


ドサリという音から、中には重い何かが入っているのが分かる。


細長いシルエットから、ある程度予想可能なものだが。


そしてベスは麻袋の口を開き、ズルリと中身を引き摺り出した。


それは案の定、人間だった。


「死体か?」


身動きしないそれを見て、デイビスは当たり前の質問を投げかける。


「死体とは少し違う。まぁ聞いてくれ。俺たちはフェイヴァの動向を観察していたんだが、その中で連中の行動に違和感を覚えた。その時には違和感の正体は分からなかったが、連中の狩りを妨害してるうちにコイツの生け捕りに成功してな」


ガフキーはそう言いつつ、足元の人間を指差す。


「見たところ死んでそうだが」


「その時は確実に生きていた。だが、そのあと連れ去って色々聞き出そうといたぶってるうちに、糸が切れたように動かなくなったんだよ。文字通り突然に、だ」


「やりすぎたんじゃないのか?」


「いや、その時はまだ意識を失うようなことはやってなかったから、それはない。それで不思議に思って心臓に耳を当てても、やはり心音は感じられないし、そもそも体温すら感じられなかった。何故だか分かるか?」


「いや、分からないな。でもそれを見せてくれるんだろ?」


「そうだ。ベス、見せてやってくれ」


言われるや否や、ベスは転がっている人間の前腕の半ば辺りを踏みつけた。


そして踏みつけた場所より先端側を掴むと、テコの原理で徐に腕をへし折った。


「おいおい、ここを汚すんじゃ──あ?」


デイビスの疑問符も当然、へし折られた腕からは血も何も滴っていない。


それにその断面は、綺麗な肌の色そのものだ。


「こういうことだ。コイツは人間じゃない。人間の形をした人形だ」


「死体じゃないってのはそういうことか。フェイヴァは人形が兵隊をやってるとでも?」


「どうだかな。コイツだけかもしれないし、もっと多い可能性もある。これ以上は調べないと分からないな。そういうスキルないしアビリティを持った人間がいるのは確実だ」


「そうだな。人間と同じ働きをする人形を作れるとなると、できることも増えてくる。案外これがフェイヴァの根幹に関わることもあるかも──っておいおい……。ガフキー、どこからソイツを連れてきた……?」


「うお!?」


このアジトは基本的に薄暗い。


そんな部屋の中、ガフキーとベスの背後からヌッと見知らぬ女が姿を見せた。


すぐさま三人は武器を構える。


デイビスも立ち上がり、手近な獲物を手に取る。


しかし普段彼らが使う武器だけあって、ある程度リーチがある武器のため狭い部屋の中で振り回すには不十分だ。


そんなことが分かっているのか、女に警戒している様子はない。


「何者だ?」


即座に戦闘が始まる可能性は低そうだが、牽制の意味でもデイビスから口を開いた。


「私はフェイヴァ所属、マイアット=フォージェリーと申します……。あなた方に共闘のお誘いをと思い、誠に勝手ながら跡を付けさせていただきました……」


顔は伏せられ長い前髪で隠れているため、表情は読み取れない。


不気味な印象を抱きつつ、デイビスは思考を回転させる。


どうやって入り込んだ、とまでは聞かない。


ここの入り口は外から発見が困難になっているし、発見できたとしても並の身体能力では入り込めない仕様だ。


それを超えてきているとなると、少なくとも有象無象の参加者でないことは確実だ。


「それを証明する方法は?アンタがフェイヴァの人間だという証拠もないだろ。

まず、アンタのフェイヴァ内での立ち位置も含めて説明しろ。できなければ即座にアンタを始末する」


やや語気強めに、目の前の女を威圧する。


それを受けて、ガフキーとベスの武器を握る手にも力が入る。


「私はフェイヴァにおいてイノセンシオ様の次席……。イノセンシオ様亡き今、フェイヴァの全権を預かっておるます……」


「イノセンシオ亡き、だと?」


これにはデイビス含め他2人も驚きを禁じ得ない。


「はい、先程単身マリス本部に突入なされたイノセンシオ様でしたが、マリスの柵にハマり命を落とされました……。これは事実であり、マリスに確認していただいて問題ありません……」


「全く意味がわからないな。リベラ開始後即衝突とは、何を考えている……?」


あまりにも杜撰なフェイヴァの作戦に、裏があるとしか思えない。


「私たちには必勝法ともいうべき作戦がありました……。ですが、マリスのそれが私たちよりも優れていたということ……。そしてパワーバランスが崩れたことを察した私たちは即座に協力者を募っているという状況でございます……。ご理解いただけましたでしょうか……?」


「それが事実だとして、わざわざ負け戦を背負い込む馬鹿もいないと思うが?

配色濃厚な陣営に与する利がどこにある?」


「イノセンシオ様は失われてしまいました……。ですが、言ってしまえばそれだけのこと……。イノセンシオ様は、自身が亡くなった場合も全て想定のうちでございます……。フェイヴァはトップが失われたら即座に瓦解するような組織ではございません……。私が死ねば次の誰かがリーダーを引き継ぎ、リベラ勝利に向けた作戦は常に実行されております……」


「アンタらの状況は理解したが、アンタがフェイヴァ人間だということは説明されてないぞ?」


「では私がフェイヴァの人間であるという証拠も示しましょう……。そちらに転がっているもの──人形だということはすでにご承知のはずですが、それは私が作り出したものです……。そちらのお二人はそれが私たちフェイヴァのものだということは直接目にされているはず……」


「……どうだ?」


デイビスはガフキーとベスに目配せする。


「ああ、それは間違いない。だが、この女も含めてフェイヴァの陣営に入り込んだ別組織という可能性も排除できない」


「それもそうだ。それはどうやって証明する?」


「そちらの折れた人形の腕をこちらへ……」


「いいのか?」


ガフキーがデイビスに確認を取ると了承を得られたので、ベスが手に持った人形の腕をマイアットに投げて寄越した。


「ありがとうございます……。それでは……」


マイアットがそう言うと、マイアットの手の中で人形の腕が粒子となって消えていった。


ついでに腕を失った人形の本体も同様の反応を示し、その場から消え去った。


「チッ……!それが目的か?」


腕だけなら問題ないかと考えていたデイビスだったが、胴体まで消えるとは思っていなかった。


これでこちらが確保する情報が一つ消えてしまったことになる。


それが分かって、デイビスは舌打ちが隠せなかった。


「はて……?とにかくこれでこの人形は私が作ったものということは証明できたはずです……」


この女……。


苛立ちが湧き上がるが、なるべくそれを押し殺す。


現在マイアットから攻撃が飛んでこないものの、マイアットが唯一の入り口を抑えているため、三人が袋小路に追い詰められているという状況には変わりない。


無理矢理に脱出口を穿つことも可能だが、アジトの一つを早々に失うことは避けたい。


そしてデイビスたちが確保していた人形の情報が失われ、このアジト場所も割れている。


総合的に見れば、情報戦で負けていることは確実。


あとはマイアットの戦闘能力だが、迂闊動くこともできない。


見えないが恐らく涼しそうな顔をしたマイアットに対して、警戒を緩められないデイビスたち。


優劣は明白だろう。


「それだけでは不十分だ」


現在の負けを取り戻すためにも、より多くの情報を得ようとするデイビス。


「現状、これ以上私自身を証明する手段はありません……。組織内においても人形を使って指示を飛ばしていたため、私の素顔を知る人間もそれほど多くありませんし……」


「なら、アンタらが確保しているマリスの情報を開示しろ。俺っちたちがマリスとも取引可能な情報をアンタらが開示することで、ようやくアンタらとの共闘を考えてやる段階に入れる」


言ったはいいが、求めすぎたことで突っぱねられて逃げられる可能性もある。


その場合残るのはマイアットという謎の女本人の能力と、情報源の不確定な情報のみ。


マイアットが言うように本当に彼女が組織において教団員に対して露出を避けていた場合、情報の不確定さは依然残ったままになる。


このまま逃げ果せられるのは負け確実だが、それ以上に情報を得ることは重要だ。


「そうですね……。では先程入手した情報を……」


「さっさと話せ」


「ヴァンデットはほぼ側にダート=モリスという男と行動を共にしています……。ダートは言葉で相手を強制的に従わせるスキルを持っているようです……。それを用いて相手の自由を奪って毒ナイフで行動不能にしてきます……。イノセンシオ様もこれにより絶命させられました……」


「随分と簡単に死ぬんだな?」


「まぁ、はい……。初見の相手には効果的な方法ですが、これは直接的な戦闘能力が無いということを示しているようなもの……。毒ナイフに警戒していればある程度は防ぐことが可能でしょう……」


「そんな単純なものすらイノセンシオは見抜けなかったのか?」


「人間など些細な生き物ですから、複雑さが死を届ける要因とは限りません……」


「あ、そうだな」


「では続けて、マリスはヴァンデットに絶対の信頼を置いているようで、ヴァンデット自身に対する守りは厚くありません……。多くの人員は外敵を掃除する部隊に割り当てられているようです……。また個々の人員の練度は中程度という感覚ですので、各個撃破であれば安全かと……。開示できる情報はこれくらいですが、いかがでしょうか……?」


「……いいだろう。だが、即座に返事はできないな。マリスと接触してから正式な返答をさせてもらう。それでいいよな?」


思ったより具体的な情報が得られてやや満足できたものの、それを気取られてはいけない。


デイビスはポーカーフェイスを貫く。


「ええ、その条件で問題ありません……」


「返事はどういった形で示せばいい?」


「『Accelerate加速』のスキルを数日間出品しておきます……。これは正確に打ち込んだ場合のみ端末上に表示されるもので、知る人間も少ない貴重なものです……。これを購入していただければ、それを共闘の同意と判断させていただきます……。これは共闘の前払い報酬としてお受け取りください……。また、あなた方以外に、外から来られた三人組やその他いくつかの陣営にお声掛けをしているということもご理解ください……」


「了解した。これで終わりか?」


「そうですね……。では最後に、予測されるマリスの動きをお伝えしましょう……。ヴァンデットはイノセンシオ様を殺害したことから、フェイヴァを攻めてくるはずです……。先程もお伝えした通り供回りもそれほど多くないでしょうし、ヴァンデットと直接接触することが可能だと思われます……。それでは……」


そう言い残して、マイアットは入ってきた扉から消えていった。


「さて、どうするか──」


その後デイビスたちはマイアットの情報を半ば疑いつつもフェイヴァの本部にやってきた。


するとマイアットの話通り、ヴァンデット本人がそれほど多くない兵隊を連れてやってきたのが見えた。


「マイアットの言う通りだったな。フェイヴァが消えてるのが気になるが、マイアットを少しは信頼してもいいんじゃないか?」


双眼鏡を覗きつつガフキーが言う。


デイビスもヴァンデットたちの動向を観察する。


確かに、今のところマイアットの情報は正しい。


だが同時に、マイアットがマリスの人間だという可能性も浮上してきた。


さて、どこを信頼していいか。


「まだマイアットは信用しきれないな。ベス、端末上にマイアットの言っていたアビリティは出品されているか?」


「……」


ベスは無言のままコクリと頷く。


「ヴァンデットのあの様子を見ると、ここからでも相当ブチギレてるのが分かるし、ヴァンデットをおちょくる方が楽しいかもな。まだマリス優位とも言い切れないし、一旦フェイヴァに付いてやるか」


「俺はデイビスが楽しめるなら何でもいい。好きにやってくれ」


「そりゃ助かる。じゃあ今回も俺っちの好きな方法でやらせてもらうか」


そうしてデイビスたち三人は、ヴァンデットの後をつけて攻撃を仕掛けるのだった。

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