第7話 チーム:デイビス
「へっへへ、こんな目立つところにいたのが運の尽きだな。アンタらに恨みはないが、死んでもらうぜ」
リベラ開始後、事の成り行きを見守りつつ作戦を思案していたトンプソンたちだったが、早速邪魔が入ったようだ。
やってきたのは男3人組。
「そちらから出向いてくれるのであれば、好都合ではあるな」
白い長髪の男と、バンダナを巻いた男、そしてガスマスクの男。
それぞれ特徴的に武装しており、服装も大気の色に合わせた迷彩で揃えている。
白髪の男は細身だが、残り二人は常人のそれから大きくかけ離れた筋肉を露出しており、只者でないことが窺える。
続けて白髪の男は言葉を綴る。
「俺っちはデイビス。そんで後ろはガフキーとベスだ。短い付き合いだが、挨拶は大事だぜ?」
デイビスの指差した方向から、バンダナの方がガフキーで、ガスマスクの方がベスと分かった。
「ふむ、ただのゴロツキではなさそうだな。私の名はトンプソン。後ろの女性はヴィクトリアだ。後味の悪い殺しだけはさせてくれないでくれ」
「おうおう、じゃあ早速いくぜ!」
デイビスの声に合わせて3人組はトンプソンに向けて加速する。
まずはデイビスが飛び上がり、真っ直ぐに曲刀を振り下ろす。
ガキンッ──。
悠長に立ち尽くしていたように見えたトンプソンだったが、手掌だけでその攻撃を止める。
「なっ……よっと!」
デイビスは一瞬驚いた素振りを見せたが、トンプソンのその手掌を踏み台にして背後のヴィクトリアに飛び掛かる。
それを追うか迷ったトンプソンだったが、ガフキーは拳で、ベスは鉄パイプですでに攻撃モーションだったので、それらを受けるべく動く。
まずは左手でガフキーの拳は叩き落とす。
続いてトンプソンは左手の反動で右膝を高く上げ、同時に右肘を振り下ろした。
鉄パイプは肘と膝に挟まれる形で完璧に動きを止めている。
「ひゅう、やるな!」
デイビスはその様子を背後に感心しつつ、ヴィクトリアを斬り倒すべく再び曲刀を振るう。
凶刃が迫るその瞬間もヴィクトリアが動きを見せる様子はない。
期待外れか?
トンプソンまでとはいかないまでもヴィクトリアを強者を想定していたデイビスだったが、考えを改めた。
だが、次の瞬間。
ヴィクトリアは右脚を左脚の後ろに寄せた。
それだけ、たったそれだけの動きで、ヴィクトリアの正中を離断する筈だった刀は目標を見失う。
結果的にヴィクトリアは半身をずらしただけでその攻撃を躱したのだ。
右脚の動きでそのまま転身したヴィクトリアは、振り下ろされたデイビスの右腕を掴み、勢い良く投げ飛ばした。
「おわ!?」
デイビスは投げ飛ばされた状態でもクルリと空中で身体を捻り、器用に屋上の縁に着地した。
ガフキーとベスもトンプソンから一旦距離をとっている。
ベスは鉄パイプを止められたものの、即座にトンプソンの右脚に蹴りを見舞い、固定を緩めさせることで鉄パイプの奪取に成功していた。
トンプソンとヴィクトリアは互いを背にし、3人の挟撃を待つ態勢でいる。
「その女も見かけ通りではないようだな」
「君たちの連携もなかなかだ」
軽く言葉を交わしているだけに思えるが、みな隙を窺っている。
「デイビス、このおっさんと近接でやり合うのは部が悪そうだ」
「今のを見れば当然だな。女だけでも処理できたらよかったんだが、それができなかった時点で失敗だぜ。お前ら、撤退するぞ」
「ああ」
「……」
どうやら継戦は不利とみて、この場を後にするようだ。
「良いのかね?このような好機はもう訪れないかもしれないぞ?」
「わざわざリスクを背負い込みたくないんでな。俺っちらがやらなくても、誰かがアンタらをやってくれるさ。じゃあな、また会わないことを祈ってるぜ」
3人はトンプソン達を視界に捉えたまま後方へ飛び出し、建物の密林に消えていった。
2人はしばらく体勢を維持したまま、警戒を続ける。
どうやら何処かから追撃を受けるようなことはなさそうだ。
ようやく警戒を解くと、ヴィクトリアはペタリと座り込んだ。
「はぁ、ビックリしました……。トンプソン様の手ほどきがなければ危なかったですね……。まだ鼓動が激しいです」
「お互い無事で何よりだ。あのように狩りをする連中もいるのだな。様子見も安全ではないということか」
「あまり交戦的な方々ではなくて助かりました。あれ以上緊張が続けば、うまく立ち回れていた気がしません……」
「確かにな。どこかに陣を構えようかとも思っていたが、あのように一撃離脱の者共がいるのであればそれも危険かもしれぬな」
「安地を探しつつ外敵を処理しながら情報収集。なかなかに辛い戦いを強いられそうだ。ひとまず人の少なそうなところを動きながら、周囲の状況を確認する必要があるな。ヴィクトリア殿、私に掴まっていてくれ」
「わっ!?」
トンプソンはヴィクトリアの腰に手を回すと、そのまま彼女を片腕で抱きかかえた。
ビックリしたものの、落ちないようのトンプソンの首に手を回す。
「では行くぞ」
「ひゃあ!」
そう言うとトンプソンはヴィクトリアの重さを感じさせないような走りを見せ、今居る屋上から別の建物の屋上へと飛び出した。
▽
何かが崩れ落ちる音が聞こえる。
初めは小さかったそれも徐々に大きさを増し、着実に近づいてきている。
人間の悲鳴もそこに加わる。
「や、やめ──ぎゃあ!」
断末魔の直後、巨大な何かがこの部屋唯一の扉にぶつかった。
扉はその形状を大きく変え、もはや扉としての役割を果たさぬまま、紙一重で壁と繋がった状態になっている。
「なんだぁ?」
ヴァンデットは不機嫌さを顕に、目の前の扉を見つめる。
彼はリベラが始まって数時間、自らのアジトから動いてはいない。
マリスのアジトの所在は貧民街の住民には周知のことである。
だが、わざわざ初めから防御の厚いここを攻めてくる者などいるわけがないと彼は高を括っていた。
そんな無謀な者などいるはずがない、と。
しかし現実はどうだ。
まだ相手の姿は見えないものの、目の前の光景は彼の予想外のものだった。
策を弄さず、正面から攻めてきた者がいる。
「お前ら、向こうに行ってろ。ダート、下の者に連絡は?」
周囲の取り巻きを引き離し、彼は立ち上がった。
「すでにやってる。だが、正面から堂々とやってくることは想定していない。集まるまで時間がかかりそうだ」
「しかしどんな愚か者だ?いきなりここに来る理性のぶっ飛んだ気狂い野郎なんて、俺様は知らねぇぞ」
「それもすぐに分かることだ」
ピシッ、と扉の周囲の壁にヒビが入った。
それと同時に周囲の壁ごと扉が吹き飛ばされた。
激しい崩落音が響き渡る。
扉は大きくへしゃげ、地面を跳ねてヴァンデットらのそばを通り抜けて背後の壁に叩きつけられた。
その間も、ヴァンデットは来たる外敵の方向から目を離さない。
そして舞い散る土埃の中から姿を見せたのは──。
▽
「アイゼン様、こいつは流石にまずいですな……!」
大量の汗を噴き出しながら、グレッグは目の前の敵を注視し続けている。
「見ただけで分かる……。わしら3人でも手に余る、か」
「あなた方のことは情報屋から聞いていますよ。グレッグさんは数年前ここを出るまでに少し面識もありましたしね。今は完全にヴァンデット側に付いたと聞きましたが、事実ですか?」
「訳あってそういうことになっていますなぁ。いつ綻ぶとも知れない同盟ではありますが……」
「こいつがイノセンシオって奴ぅ?本当に人間なのぉ?」
ミラも警戒を緩めていない。
それほどの相手だ。
現在アイゼン以下3人はヴァンデットと一時的に同盟を組み、障害となりうる者たちの排除にあたっている。
しかしリベラ開始後すぐにマリスを攻めてくる敵などおらず、暇を持て余していた。
そんなところに、ひとりでのこのこと現れた人物がいた。
それが目の前で強者のオーラを発し続けているイノセンシオだ。
イノセンシオの言葉にもあったが、グレッグとは以前貧民街に居た時に接触を持っていた。
その頃のグレッグは王国で行っているのと同様の諜報活動を行っており、マリス所属のもとフェイヴァの調査をすること主な任務だった。
そんな中、ヘマをして捕まった際にイノセンシオと対峙した。
マリスに偽の情報を流しながらフェイヴァに協力するのであれば助けてやる。
そう言われ、そこからグレッグのコウモリとしての活動が始まった。
非合法の活動こそしていないものの、フェイヴァの闇についてグレッグは知っていたし、いつ訪れるとも分からないチャンスをフイにすることを恐れたグレッグには選択肢はなかった。
その結果、マリスとフェイヴァの情報を持っていたグレッグは双方を出し抜き、地上に出る栄誉を獲得した。
それ以降何度か貧民街に立ち寄ったが、彼らと接触することは今後永久にないと思われていた。
しかし現実は奇妙なものだ。
ヴァンデットよりも出会いたくなかった男がここにいる。
初めて見た時からイノセンシオは異様な不気味さを放っていた。
だが、今は違う。
不気味さは消え、凄まじく膨れ上がった人としての強さを叩きつけてくる。
一目見て、逃げ出したくなるほどに。
白い装束の下に、本当に細身の身体が収まっているのかが疑わしくなるくらいだ。
「現在の目的はヴァンデットの命だけです。邪魔しないということであれば、あなた方を殺す道理はありません。マリスを抜けてこちらに付くというのであれば、むしろ歓迎しますよ。リベラ後も色々と便宜を図って差し上げましょう。どうですか、悪い話ではないでしょう?」
とても都合の良い話だが、その甘言の意図は不明だ。
イノセンシオの最後通告のような言に、アイゼンは頭を悩ます。
フェイヴァは人数こそ優っているとはいえ、マリスが負けるとも思えない。
負けるとすれば、ヴァンデットの慢心が続くくらいのものだが、抜け目のないあの男に限ってそんなことはないだろう。
一般参加者集団とフェイヴァが組んでいるとでも言うのだろうか?
リベラの動向は、開始後数時間程度では掴めていないのが現状だ。
ヴァンデットはアイゼンたちをここに固定して行動を阻害し、情報を得られないようにするのが目的か?
様々な思惑を巡らせる。
「生き残った5名が勝者という話だが、その貴重な5枠をわしらに割くとも思えんな。そもそも、マリスもフェイヴァも全人員を挙げてリベラに参加する意味も分からぬ。5名しか残れないのだぞ?そちらの陣営も相当な人数で挑んでいるという話だろう?そんな命を賭しても構わないような狂信的な連中を押しのけて、わしらをその枠に含めてくれるはずもない」
「ここで詳しくは話せませんが、あなた方3名だけならそれも可能だと言っておきましょう」
「なんだと?」
「アイゼン様、騙されてはなりません。生き残るためなら何でもするのが人間でさぁ。あっしはそれをここで何度も見てきてますゆえ」
「さすが、その当人の言葉は重みが違いますね。ただこれだけは言っておきましょう、先ほどの発言は事実です。私たちには、3枠までなら譲歩する準備があります」
「どうするのぉ?」
「今の説明だけでは納得は出来ぬ」
「私たちとしても、部外者にこれ以上の説明は出来ませんね。あとはあなた方が私を信じるかどうかだけ。少なくとも、今ここで死ぬかどうかだけ教えてもらってよろしいですか?」
▽
「イノセンシオ……!」
ヴァンデットが獰猛な視線を向ける。
イノセンシオが手を振るっただけで突風の如く風が暴れ、土埃が霧散した。
「目障りなので、先に殺しに来ましたよ。あなた、それほど部下から信頼を集めていませんね。命惜しさにあっさりと情報を吐いてくれましたよ」
「テメェ、そいつらをどうした!?」
「ああ、命乞いが醜かったので殺しましたよ。あなたには、自ら命を絶つほどの部下はいなかったのですね。少し同情します。あまりにも哀れなので、一思いに殺して差し上げますよ。どんな死に方がお望みですか?」
呆気からんと言い放つイノセンシオ。
それを聞いたヴァンデットのこめかみに青筋が増える。
「急にイキりやがって気持ちが悪りぃんだよ!引きこもりのくそったれ。ちょっと力を手にしたくらいだけで、戦いにおいてテメェはズブの素人だろうが。そんな輩が、俺様をどうにかできると思うんじゃねぇよ」
「なら、試してみますか?」
「上等だ、クソ野郎が……!」
ヴァンデットは今にも飛びかからん勢いだ。
相手のペースに乗せられているのを理解しているヴァンデットだが、それを上回る怒りがそれを塗りつぶす。
「待て、俺がやる。乗せられすぎだ……少し頭を冷やせ。お前はそこで見ていればいい」
ヴァンデットを冷静にする意味でも、ダートは話に割って入った。
「邪魔するんじゃねぇよ、ダート」
「こいつはお前が手を下さなければならないほどの男でもない。だから、ちっぽけな男の最後を嗤って見ていろ。なに、一瞬で終わる」
「ダート=モリス……ちっぽけというのは自己紹介でしょうか?上司より先に命を投げ出すというのは良い心がけですが、あまりナメられ過ぎるのもいい気分ではないですね。いいでしょう、あなたからお相手して差し上げますよ」
それを聞いたダートは、静かにイノセンシオに歩み始めた。
音も無い不気味な動きで、まっすぐにイノセンシオを目指している。
イノセンシオからすれば、何の工夫も無く処理できる動きだ。
ダートに手を翳せば、即座に終了する。
そう考え、イノセンシオが動きを見せようとした瞬間。
『右だ』
イノセンシオの頭の中に声が響いた。
「は?」
思わず右方向を見やる。
無意識というか、半ば強制的にそうさせられたと感じたイノセンシオ。
ズブ……──。
「い゛ッ!?」
それに対して思考を巡らすより先に、激烈な痛みがイノセンシオの脳裏をぶっ叩いた。
痛みを辿ると、左脇腹に小刀が突き刺さっている。
突然の出来事に一瞬気が動転しかけたものの、すぐに辺りを見渡す。
しかし周囲にダートの姿はない。
見れば、ダートはヴァンデットの横に何事もなく立っているだけだ。
イノセンシオに歩みを寄せた挙動すら感じられない自然な佇まいで、ダートはただそこに居る。
頭の中に直接語りかけてきたのは一体?
状況が理解できないイノセンシオに、ダートは言葉を紡ぐ。
「理解する必要はない。お前は、訪れる現実をただ受け止めていれば良い」
「な、なニ……ヲ?」
イノセンシオが口を開いて言葉を発しようとすると、突如視界が歪んだ。
目の前の世界が、サイケデリックな色調に一変する。
そして同時に訪れる頭痛や吐き気、倦怠感、そして虚脱感。
立っていられないほどの気分の悪さにイノセンシオの身体が傾き、受け身も取れぬまま地面に伏すこととなった。
歪んだ視界の中でダートが何かを発しているが、意味不明な雑音としてしか脳に伝達されない。
それに対してイノセンシオ自身が発している言葉も崩壊している。
次第に全身が痙攣し始めた。
もはやまともな思考すら放棄されてしまっている。
それを見下ろすダートの目には、汚物を見るような感情のみが映る。
それに対してイノセンシオは何かしらの感情を起こせることもない。
ただただ薄れゆく意識の狭間を彷徨い続ける。
その中でイノセンシオが永遠にも近い時間の流れを体感していると、突如何らかの衝撃が彼を貫いた。
「ゔ……ァ……」
ビクン、と全身が跳ねる。
すると今までの痙攣が止み、脱力するようにイノセンシオの身体が動きを止めた。
そこでようやく、イノセンシオの意識が断たれた。
「これがフェイヴァのトップの末路か。拍子抜けする最期だ……」
ダートは足元に転がる物体に、そう投げかけた。
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