巻き込み

 雅さんに案内されて一階からエレベーターを使って移動してやってきたのは、四階。

 いつもの八階の人が多くいる作業場のようなオフィスではなく、今回は会議室のような部屋へと連れて来られた。


「どうぞ。どこでも適当に座ってちょうだい」


「どうも。失礼します」


 俺は雅さんに促されるまま椅子に座り、雅さんは机をぐるっと回って反対方向の席に着く。

 机は長方形で、向かい合うような形で並べられていて、一番奥にはホワイトボードがあり、部屋の隅っこの方には簡易的な給湯設備のようなものがあった。


「それじゃあ、まずは依頼したハードキャタピラーの糸とマッハブルの革を見せてもらえるかしら?」


「はい。これです」


 俺はアイテムボックスからハードキャタピラーの糸とマッハブルの革を取り出して順次雅さんに渡す。


 雅さんは俺から受け取ったハードキャタピラーの糸とマッハブルの革を手慣れた様子で確認していく。


 ハードキャタピラーの糸は以前キラースパイダーの糸を確認したみたいに木製の棒から糸を引き出して、手に持った状態で品質を確認している。

 それに対して、マッハブルの革はそれぞれ丸々一頭分あってそれなりに大きいはずなのに、それを軽々と持ち上げたり、広げたりして確認していく。


 その動きには淀みはなく、流れるような動きで熟練の"技"が見える。


「んも~さすが楓くん。いつも通り綺麗な状態だし、数もピッタリだわ~。

 それにしても、本当によく依頼通り集めたわね~。正直、レベル的にハードキャタピラーの糸は期日に間に合わないと思ってたけど、流石ね」


「いや~運良くBランクモンスターの動きに安全に目を慣らせる機会があったんで、それでなんとかなりました」


「あらそうなのね~♪でも、それだけじゃないんでしょ?」


「まあ、はい……」


「ふ~ん。まあいいわ♪

 さてと。相談事があるって話だけど、その前に聞いておきたいんだけどどうだった?アタシの作ったそのコートは」


「それはもう、完璧の一言ですよ。俺の動きの邪魔をしなかったし、ポケットになにか入っててもそんなに外からはわからなそうでしたし。さすが雅さんですよ」


 実際、現在進行形で大助かりです。


 だいたい15cm+背中の羽っていう地味に大きいシルフィが入ってても全然違和感ないし。


 この出来なら防御力も期待できそうだ。

 今回は依頼を優先したのと当たる=死のモンスターだったから確認は出来なかったけど。


「あら、そう~?そう言ってもらえると嬉しいわ~。でも今回の依頼で楓くんの防具を作った事で気づいたこともあるしまだだけど」


「そうなんですか?」


「ええ。そうなのよね~。まあ、今はそれは置いといて本題に入りましょっか。それで?アタシに相談事ってなにかしら?またなにか防具を作ってほしいのかしら?」


 雅さんは机に肘をついて手を組みその上に顎を乗せながらこちらを見てくる。


 けど、その前に……


「雅さん、この部屋は防音って聞きましたけど、盗聴とかは大丈夫なんですよね?」


 一応、念のための確認をしておかないと。


 雅さんを信用してシルフィについてこれから話すけど、盗聴されてましたなんて洒落にならないからな。


 "壁に耳あり障子に目あり"なんてことわざがあるくらいだし。


 まあ、ここトランスは結構大きな会社だから、そういうところもしっかりしてると思うけど。


「その点は問題ないわよ~。この会議室は今日は使われる予定はないし、盗聴機やスキルなんかの探知機の類もウチに所属してる探索者が作った魔道具でちゃ~んと対策してあるからね♪」


「さすがですね……」


「これくらい大きな会社だったら当然よ。大切な会議だってこの部屋でするんだから」


 まあ、それはそうだ。

 むしろ対策をしてない方がおかしい。


「それじゃあ、改めて。雅さん、実は相談というのがかなり厄介なことなので先に謝っておきます。すみません」


「あらあら、どういうことかしら~?アタシとしては頼ってくれるのは嬉しいからいくらでも相談に乗るわよ~。それに、楓くんが困ってるなら力になりたいもの」


 雅さん……あんた男よりもおとこらしいよ……!そんな人だから俺みたいなのがこうやって相談を持ちかけられるんだけど。


「えっと……相談事っていうのがこいつの事でして……。シルフィ、もう出てきても良いぞ」


「もう良いの?」


「ああ。雅さんは信頼できる人だ。安心して出て来ていいぞ」


「わかった」


「楓くんどうしたの?いきなり内ポケットに向かって話しかけるなんて」


 不思議そうにする雅さん。

 そりゃあ、急に内ポケットに向かって話し始めたらそう思うだろうけど多分めちゃくちゃ驚くことになるんだよなぁ……。


「う~ん!やっと外に出られた!」


「……」


 シルフィは嬉しそうに俺の内ポケットから飛び出し、空中に浮いて両手を上に伸ばしている。


 そして、俺の目の前には口をポカーンと開けて固まっている雅さんの姿があった。

 うん。やっぱりそうなるよな。


「ねえねえカエデ、なんであのニンゲンはこんな顔をしているの?」


「そりゃシルフィが人の言葉を話してるからだよ」


「なにそれー。カエデも驚いてたけどそんなにあたしが話すのが珍しいのかな?」


 いや、シルフィを見て驚かない方が無理があると思うんだが。


「さてと……雅さ~ん。大丈夫ですかー?」


 とりあえず未だに口を開けて固まっている雅さんに声をかけながら目の前で手を振ってみる。


「……ハッ!?ちょ、ちょっと待ってね。今ちょっと混乱してるから整理させて……」


 ようやく我を取り戻したと思ったら、今度は額に手を当てたまま考え込み始めた。


 まあ、気持ちはわかる。


 俺も初めてシルフィを見た時は戦闘中だったからここまでではなかったけどそれなりに混乱したし。


「ふぅ……よし。落ち着いたわ」


「それは良かったです」


「……まあ、だいたい理解したわ~。相談事っていうのはその子のことね」


「はい。そうです」


「そうよね~。そうなるわよね。それで?その子は一体どうしたのかしら?話す妖精ピクシーなんて聞いたことがないんだけど楓くんがテイムしたのかしら?」


「いや、そうじゃなくて……」


「ちょっと!ニンゲン……ミヤビだったっけ?あんな妖精ピクシーなんかと一緒にしないでよ!あたしにはシルフィーナっていう名前があるんだから!」


 シルフィは雅さんの言ったことが気に食わなかったみたいで頬を膨らませて抗議の声を上げた。


「あら~ごめんなさいね。シルフィーナちゃん。それで?カエデくん、これどういうことよ?」


 少し咎めるような視線を向けてくる雅さん。

 まあ、そうだよな。目に見えて厄介事だし。


「えっと、それじゃあ改めて紹介を……シルフィ?」


「うん?良いわよ!あたしはシルフィーナ!妖精ピクシーなんてモンスターじゃなくて風の上位精霊よ!」


「はい、この通り自己紹介してくれました。風の上位精霊のシルフィです」


 俺はシルフィを指差しながら、雅さんに紹介する。

 すると、雅さんはまた動きを止めてしまい固まってしまったのだった。

 いや、本当に面倒事持ってきてすみません。

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