モンスターハウスと神崎さんの実力

 あれから二時間。

 黒鉄の皆さんがオーガを討伐しながら剛拳のダンジョンを進んだ。


 現在の位置は中ボスのいるボス部屋の前……なんてことはなく、三階層。

 あまり下へと向かうことはせず、一つの階層をなにかを確認するかのように地図を見ながら進んでいる。


「すみません、神崎さん。レベル上げっていうならもっと下の階層まで行った方が良いと思うんですけど、なんでこんなに隅から隅まで調べてるんですか?」


 レベル上げならそんなことせずに下の階層に進みながらモンスターを倒した方がレベルは上がると思うけど。

 疑問に思ったことを素直に聞いてみると、神崎さんは少しだけ困った表情を浮かべながら頬を掻く。


「あぁ~それはな、黒いところを見せるようで悪いんだけど、俺達みたいな企業所属の探索者は企業が求めるような結果を出さなければならないんだよ」


「求められる成果ですか?」


「まぁ、簡単に言っちまえば、探索者が所属しているような企業は協力していたりした友好的な所以外は全部ライバルなんだ。

 基本的にネットで拾ってこれるマップなんかは、ボスまでの最短ルートが書いてある最低限のやつだろ? そういうのは隠されてる部屋や、道なんかを隠すためなんだよ。

 そういう場所はだいたいモンスターの出現率が高かったりする場所だしな。

 だからそんな場所がないかしっかりと確認してから進まないと、そういった隠された場所があることを知らないまま、無駄足を踏むことになる」


 はぁ~……なるほどな。

 これまで全く思い付かなかった、というか思ってもみなかったな。

 確かにそういったものがあるっていうのは聞いたことがあったけど、ちょっと前までの俺からしたら、その情報は必要なかったし、そもそもそこまでして情報を仕入れようとしなかった。

 生活のためにモンスターを倒すので精一杯だったし。


「ま、ここみたいに人が結構いるダンジョンは調べ尽くされてて、ここにはこんな通路がある。こんな通路があるって噂になってるからそれも必要ないんだけど、まあ、一応ってやつだ「篠宮さん!神崎さん!隠し部屋です!」ったんだけどなぁ……」


「マジですか?……うわっ本当にあるよ」


 少し力の抜けた神崎さんと一緒に、壁を調べていた黒鉄の皆さんの方に視線を向ける。

 確かに、そこには少しずつだがゴゴゴゴゴッといった感じの音と共に、徐々にではあるがゴツゴツした岩の壁が横にスライドしていく。


 完全に開ききった先に見えた光景は、大きな空間。というか部屋。

 その部屋の中には、オーガがうじゃうじゃいた。


「「「グゴァァアアッ!!」」」


「う、うわぁぁぁ!!!」


 そんなオーガ達が一斉に叫び声を上げる。

 その声に驚いたのか、襲われるのかと思ったのかはわからないが、動いた壁の近くにいた大剣使いの男性が悲鳴を上げながら尻餅をつく。

 けど……


「おいおい、落ち着いてよく見てみろよ」


「ぁぁぁ……へ?」


 神崎さんがそう言うと、男性は恐る恐る顔を上げて、オーガ達の方を見る。


「出てきてない?」


 そう、オーガ達は入ってきた俺達に気付いているはずなのに、出てくる気配がない。


 というよりも、なにか透明な壁に遮られているらしく、動いた壁よりもこちら側に来ることが出来ないようで、威嚇するような姿勢で俺達を睨んでいる。


「なるほど、一つの空間に大量のモンスターを閉じ込めて確認せずに入ってきた探索者を数で押し潰す。モンスターハウスか」


「なんですかその恐ろしいものは。ってか、神崎さん知ってたんですか?」


「いや、知らなかったけど? さっきも言っただろ。一応って」


「じゃあここは?」


「さぁ?むしろ俺が知りたいな。

 明梨!こいつらはどうする?」


 神崎さんの問い掛けに、篠宮さんは少し考える仕草をして、すぐに答えを出した。


「そうですね、出来ることならレベルを上げるには絶好の機会なので黒鉄の皆さんに倒してほしいのですが……」


 篠宮さんはそう言いながら、今も一ヶ所に集まっている黒鉄の皆さんに視線を向ける。


 確かにレベルを上げに来ているんならそれが一番だろう……まあ、それは黒鉄の皆さんが首を横に全力で振ってさえいなかったら。


「え?お前らやらないの?一気にレベルを上げるチャンスだぞ」


「「「「「無理です(っス)(よ)!」」」」」


 黒鉄の皆さんが口を揃えて叫ぶ。

 まぁ、そりゃそうだよな。

 これまでの戦いを見たら、あのオーガの強さは良く分かる。


 おそらくだが、黒鉄の皆さんが同時に相手に出来るのは五体が限界だと思う。

 そうなると、ネックなのはこの数だ。戦ったとしても数で押しきられておしまいだな。


「まあ、そうでしょうね。

 ではそういうことなので、頼みましたよ哲也」


「……仕方ないか。明梨は乱戦向けの能力じゃないからな」


 苦笑いを浮かべた神崎さんはそう呟くと、懐に右手を入れながら一歩前に出てオーガ達のいる部屋の中へと入る。


「え!? 神崎さん一人であの数のオーガを相手するんですか!?」


 無謀にも程がある。


 いくら俺の護衛として来てくれたゴールド探索者の神崎さんでも流石にそれは……とか考えたけど、そんな考えは直ぐに打ち消された。


 神崎さんが懐に入れた右手を抜くと、その手に握られる、というか装着されていたのは……


「メリケンサック?」


 神崎さんの手には銀色に光る金属で作られたメリケンサックが装着されていた。


 さらに、続けて神崎さんは左手を懐に入れると、右手と同じように金色のメリケンサックがその手に姿を現す。


「色が違う?」


「ははっ、まぁ、見てればわかるだろ。

 さぁて……いくぜ!オラァッ!」


 両手にメリケンサックを装着した神崎さんは、まるでボクシングをするかのように、銀色のメリケンサックを装着した拳を振るって入り口付近にいたオーガに殴りかかる。


 その一撃を受けたオーガは、殴られた部分を中心に、突如として氷が広がっていきそのまま全身を凍らせた。


「え?」


 しかも、それだけではない。

 凍りついたオーガは神崎さんに殴られた一体ではなく、周囲にいたオーガも全て同じ様に一瞬にして凍りついていたのだ。


「い、一体なにが……って寒っ!!!」


 あまりの出来事に呆然としていた俺だったが、ふと我に帰ると、急激に冷えてきた身体に思わず両腕を抱くようにして震える。


 それは俺だけでなく、黒鉄の皆さんも同じような状況だった。


 対して俺の隣に移動してきた篠宮さんはなんも反応なしと……どうなってんだこの人?


「あれはこの剛拳のダンジョンのボスであるインファイトオーガ。それも突然変異ミュータントボスモンスターから手に入れた哲也の主武装である氷炎の双腕です」


「あ~やっぱりそうですか」


 確かにオーガを凍りつかせた時点で普通の武器ではないとは思ってたけど、やっぱり突然変異モンスターを倒した時に手に入る装備アイテムだったか。


「ちなみに、銀色の方の効果は見ての通りで殴りつけた対象を凍りつかせ、相手の耐性関係なくダメージを与えることが出来ます。

 もう片方の金色の方は……」


「オラァッ!」


 篠宮さんの説明の途中、今度は右腕を振りかぶって、神崎さんにに向かって走ってくるオーガに金色のメリケンサックを装着した拳を叩き込む。


 すると、今度はオーガが凍ることはなく、代わりにその巨体が燃え上がり、爆発したように破裂して跡形もなく吹き飛んだ。


 ……はい?


「ご覧の通り、殴りつけた対象を燃やし、体内から血を沸騰させ破裂します」


「いや、エグすぎでしょ」


 そんな武器を使う人がとんでもない速度で動き回って、オーガを倒していく。

 ……うん。とりあえずこの戦闘を見学して学んだことがある。


 神崎さんの戦闘は俺と同じ高いステータスを十全に活かして、回避してから必殺の武器による一撃を繰り出す戦闘スタイルなんだよな。

 確かに参考にするには良いんだけど……うん。


 なによりまずは神崎さんとは絶対に訓練でも模擬戦でも戦わないようにしよう。そうしよう。

 そうでもしなきゃ命が何個あっても足りないわ。

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