悪魔

「くっそ!なにがどうなった!?」


 しばらく【索敵】スキルを頼りにこの黒い靄の中を警戒してたけど、特に何も起こらない。

 靄は完全に真っ黒で、先が全く見えない。


 だけど、靄はだんだんと薄くなってきていて、消えてきていた。


 いや、正確にはまだ俺の足元にさっきの黒い粒子と靄の残滓のようなものが漂っていて、それが少しずつ地面に吸い込まれていっている。

 だけど、もう黒い粒子や黒い靄自体の放出は止まっていた。


 あとは時間が経てば完全に消えるだろう。


「これは……一体なにを召喚したんだ……?」


 あの禍々しい魔方陣から出て来たのはこの黒い粒子と靄のようなものだ。

【索敵】スキルでも、応用した気配感知でも、なにも反応がないし気配が増えているというわけでもない。


 そもそも、かの詠唱の長さのモンスターが召喚されたなら、必ずなんらかの影響があるはずだ。


 なのに、音一つ聞こえてこない。


 そんなことを考えていると、とうとう足元にあった黒い靄は無くなり、視界が完全に開ける。


「ふぅ……やっと視界が…………なっ……!」


 そして、俺は目の前の光景を見て絶句してしまう。

 何故なら……


「──」


 さっきまで鎖で手足を縛られて、気を失っていたはずの莉奈がその場に立っていたからだ。

 ただ立っているだけなら、俺も絶句せず……いや、少し驚くぐらいだった。


 だけど、問題はそこじゃない。


 問題は今の莉奈の服装だ。


 莉奈の服はさっきまで露出の少ない白のワンピースだったはずなのに、今は一転して、黒の露出の多い。というか、ほぼ水着といっていい服を身に纏っていたからだ。

 その服は肩紐がクロスされていて、胸元は大きく開き、腰にはスカートのような布がついている。


 更にはそのスカートは短く、太ももの半分より下まであるかないかというところだ。


 そんな格好をしているせいで、莉奈の可愛らしいおへそが見えてしまっていたり、脚もかなり際どい位置まで見えてしまっている。


 ……正直眼福です。


 けど、今の現状を考えたら異常事態以外の何物でもない。

 莉奈を囲むようにしていた迷教の信者達を見ると、全員が全員、意識を無くして倒れ伏している。


「莉奈……!」


 流石に心配になり声をかけると、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


 すると、今まで虚ろな目をしていて焦点があっていなかった瞳に光が宿った。


 だけど……


「……お前……誰だ」


 莉奈その瞳の奥に見える狂気は隠しようがなかった。

 いつもの莉奈のような雰囲気ではなく、まるで別人のように感じる。


「莉奈?あぁ、ワタシの名前か。ワタシは莉奈だが、それがどうかしたのか?」


 俺の質問に対して、莉奈はなんでもないように答える。

 ただ、それは明らかに莉奈ではない。


「……ふざけてるんじゃねぇぞ。莉奈を返せ」


「莉奈を……返す?」


 俺がそう言うと、一瞬考えるような素振りを見せると、すぐに納得した表情を浮かべた。


「なるほど。そういうことか。つまり、この体の元の人格を返せということだね?」


「元の人格……?それはどういうことだ?」


 ……こいつの言い方だと、莉奈の姿を真似ているとか、スキルを使って莉奈に成りすましているって感じじゃないようだな。


「そのままの意味だよ。私は今、体を借りているだけだよ。莉奈という人間の体にね」


「体を……借りてる……」


 言っている意味はわかるが、理解できない。


 だってそうだろ。

 いきなり莉奈の体を借りていると言われても理解できる訳がない。


 だけど、本当に莉奈の体が乗っ取られているとしたら、納得できるところが多いし、辻妻が合う。


 まずは召喚されたモンスターが気配すら感じられず姿すら見えない理由。

 そして、莉奈が突然豹変した理由。


 この二つは少なくとも現時点で答えが出ていると言ってもいいだろう。


 そして、莉奈の姿形をした人物が俺に問いかけてくる。

 召喚されたモンスターの姿も、気配すら感じられないのは、さっき莉奈を騙っているなにかが言った通り、莉奈の体を借りている・・・・・からだろう。


 そんなモンスターは聞いたこともないけど、このダンジョンもデビルバットも元々聞いたことのなかったんだから、いまさらだな。


 莉奈が豹変した理由もこれが原因だろう。

 だけど、そうなってくるとわからないことがある。


「お前、本当にモンスターなのか?言葉を喋るモンスターなんて見たこともなければ聞いたことがないぞ」


 そう、目の前にいる莉奈の姿形をしている奴がモンスターかどうかだ。


 モンスターが言葉を話すなんて聞いたこともないし、見たこともない。


 そんなモンスターはいると言われたらそれで話は終わりだけど、実際に目の前にいるんだから信じるしかないだろう。

 それに、モンスターと言われても少し納得がいかないところもあるしな。


「ふむ……そっか君たち人間が知らないのも無理はないか。

 ならば教えてあげよう。ワタシの正体を」


 その瞬間、莉奈の偽物は何かを呟く。


 すると、莉奈の全身を黒い霧のようなものが包み込み、それが晴れるとそこにはさっきまでの莉奈はいなくなっていた。


 その代わりに立っていたのは──


「ワタシは悪魔。人の絶望、恐怖、憎悪、怒りなど負の感情を好み糧とする存在だ」


 ──背中に大きなコウモリのような翼を生やした莉奈がいた。

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