依頼完了

 翌日。

 今日は昨日受けた依頼を出した会社の方にキラースパイダーの糸×3を届けに行く予定だ。


 今、俺はその会社に向かって歩いている。


 その会社は、俺が住んでいるところから電車で一駅の場所にあって、歩いて行ける距離だった。

 だから、こうして朝から徒歩で向かっているわけだ。


 ヒール草の方は、昨日のうちにスマホで色々と調べた結果、生えている時間が決まってるらしく、十八時から二十二時までしか生えていないことがわかった。

 昨日は完全に時間外だったからまったく生えてなかったってことだ。


 だから、ヒール草が生える時間までは余裕がある。


「ここか」


 目的の会社のビルに到着した。


 今回やってきた会社は『株式会社 トランス』というアパレル系の会社で、ユニークなデザインで人気の企業だ。確か客一人一人に合ったデザインの服も作ってくれるとかいう話も聞く会社でもあるはず。


 まあ、俺には縁のない話だけどな。


 そんなことを考えながら、俺はビルに入って受付に向かう。


「すみません」


「はい、どうしました?」


 そして、受付に向かい、受付にいた女性に声をかける。

 女性は黒髪のメガネをかけた綺麗な人で、いかにも仕事ができそうな感じがする人だった。


「突然すいません。自分依頼を受けた探索者なんですけど、依頼された素材を持ってきました」


「依頼でしょうか?少々お待ちください。確認しますので、しばしお時間いただきます」


 そう言うと、受付の女性はパソコンのようなものを操作して、何かを確認してから内線電話を使ってどこかに連絡し始める。


 そして、確認が終わったのかこちらに向き直り笑顔を浮かべた。


「はい、確認が取れました。ご苦労様です。では、探索者資格を確認してもよろしいでしょうか?」


 なんか色々聞かれるかと思って身構えていたけど、案外あっさり終わってしまった。


 まぁこっちとしてはありがたいんだけど。


 とりあえず言われた通り、自分の探索者資格を取り出して目の前にいる受付の人に見せる。

 受付の女性は俺の探索者資格を見て、名前とIDを確認して、俺に探索者資格を返してきた。


「天宮様、依頼を受けてくださりありがとうございます。

 今、依頼をした社員を呼んだのでしばしお待ちください」


「わかりました。ありがとうございます」


 ここでキラースパイダーの糸を渡して終わりじゃないのか。


 普通に渡すだけで終わるもんだと思っていたけど、別にこの後なにかあるとかでもないから別にいいけど。


 とりあえず、受付の近くで待つと邪魔になるから、受付から少し離れた場所に移動する。

 そこでしばらく待っていると……


「うん?」


 社員さん達であろう人達が通っていくゲートの向こうから、黄色のシャツを着て、髪型、化粧もバッチリ決めている――













 ――筋肉ムキムキ、高身長、濃い顔。

 このKKKトリプルケーを達成した男性がエレベーターから降りてこっちに向かってきていた。


 すごい人だな。色んな意味で。

 まあ、そんな人もいるか。世の中広いもんな。


 そう思って俺は気にせず、また依頼をしたという社員を待ち始める。


 だけど、どうしてもあの強烈な印象を与えてきた男性に目がいってしまう。


 あの男性はゲートを通ると、受付の方に足を進める。

 そして、受付の女性と話はじめた。


 話といっても本当に少し言葉を交わしただけのようで、すぐに受付の女性が男性に俺の位置を教えるように手を向けてきた。

 すると、男性は見つけたといった表情をしたら、まっすぐ俺の方に向かってくる。


 ……まさか……


「お待たせ~待たせちゃってごめんね?あなたが私の出した依頼を受けてくれた楓くんでいいわよね?」


 はい。そのまさかでした。

 あの人が依頼した社員。つまり依頼主?


「えっと……そ、そうです……」


「うんうん!良かったぁ~間違ってたらどうしようかと思ったわぁ」


 なんだろう……すごくフレンドリーな感じだ。


 それにこんな強面なのに口調がオネェだ。

 まあ、そんな人もいるか。世の中広いもんな(二回目)


 だけど……想像以上にインパクトが強いな。


 頬を挟むように両手で手を当ててクネクネしながら近づいて来た姿は、かなりシュールな光景に見える。


「それじゃあ行きましょうか」


「行くって……どこにですか?」


「もちろん、アタシ達が働いてる場所よ~ん。ここで頼んだものを受け取るわけにもいかないしね~」


 それもそうだ。


 会社の、それもこんな人目がある場所で、見ただけでギョッとするようなキラースパイダーの糸が巻き付いた木製の棒を出すわけにはいかないか。


「わかりました。案内お願いします」


「はーい。任せてちょうだい!」







 そして、男性に付いていってエレベーターに乗る。

 エレベーターという密室空間に雅さんと二人きりの状況。なにも起こらないはずがなく……



 なんてこともなく、普通に移動してきて八階。


「いらっしゃ~いこ・こ・が、アタシ達の働くオフィスよ~ん」


「へぇ~ここが」


 中に入ると、そこはオフィスというよりも、作業場といった感じだった。


 服のデザインらしきものをデスクで考えてる人もいれば、スキルを使ってるのか、俺が集めてきた糸と似た糸をすごい速さで一枚の布に仕上げてる人もいる。


「すごい……」


「ふっふっふっそうでしょ?これがアタシ達のお仕事なのよ。この場でデザインして、この場で作り上げる。

 それがトランスなの。

 そういえば自己紹介がまだだったわね。

 私はトランスのデザイナーの橘雅。気軽にみやびちゃんって呼んでくれてもいいのよぉ?よろしくね」


「えっと……よろしくお願いします雅さん」


「んも~う。いけずなんだから」


 う~ん。これはどうすれば正解なのか全くわからない。

 とりあえず、雅ちゃん呼びは回避したけど、これでうまく回避できたのか?ちょっと自信がないな。


 だけどまた両手を頬に挟むようにクネクネしだした雅さんの反応を見るに、これで正解っぽい。

 というか正解であってくれ。


「まあいいわ。それじゃあ、依頼のキラースパイダーの糸三束を確認させてもらってもいいかしら?」


「あ、はい。どうぞ、これです」


 俺は【アイテムボックス】から、キラースパイダーの糸を巻きつけた木製の棒を一本取り出して雅さんに渡す。


「あら、ありがとね。ふむ……」


 キラースパイダーの糸を巻きつけた木製の棒を受け取った雅さんは、それを色んな方向から見たり、糸の先を持って伸ばしてみたりして観察している。


 粘着性の高い糸なのによく引っ張れるな。


「ん~……すごいわね。糸が切れていないし、切れかけてる部分もない。これだけの量の糸が一つの木に巻かれているのに、中で木の繊維がほつれている様子もなし。うん、素晴らしい出来だわ。

 他の二本も見てもいいかしら?」


「もちろんです。どうぞ」


「ありがとう。それじゃあ、まずはこれね」


 雅さんは持っていた一本の糸を巻きつけた棒を専用の棚のようなものに差して、俺が【アイテムボックス】から取り出した残りの糸を巻きつけた棒も同じように見ていく。


「すごいわね~楓くん。どれも完璧よ」


 雅さんの反応は上々。

 特に不備もなかったみたいだし、これでこの依頼は完了だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る