い~とまきまき

 キラースパイダーの糸を集めるには、まずはあの木から垂れている状態をやめてもらわなければならない。

 だから、そのためにまずは――


「シッ!」


 ――先手必勝。


 近づいて糸に向かって疾走の短剣を振るい、木に垂れるために使われてる糸を切断する。木から垂れるための糸を切られたキラースパイダーは、当然のことながら、地面に落下していく。


 だがしかし、そこは探索者と戦うためにダンジョンに産み出されたモンスター。


 キラースパイダーは空中でも器用に体勢を整えて、綺麗に着地をした。


「……」


 そして、鳴き声も上げることなく、俺のことをその巨大な黒い瞳でギロリと睨みつけてくる。


 正直、めちゃくちゃ怖い。


 だけど、俺だってもう探索者になって一年経つ。

 恐怖で体が固まってしまうほどじゃないし、思考も正常だ。


「来いっ」


 疾走の短剣を鞘にしまい、【アイテムボックス】から支部の受付で受け取ってきた木製の棒を一本取り出す。


 そして、俺の言葉に反応したように、キラースパイダーが動き出した。俺との距離を一気に詰め、長い足を使って攻撃してくる。


 それに合わせて、俺はバックステップで距離を取り、キラースパイダーの攻撃を避ける。


 だけど、キラースパイダーが攻撃に使っている足は二本だけ。残りの六本は、普通に地面についてるままだ。

 それを活かして、バックステップで距離を取っている俺を追いながら攻撃してきてくる。


 だから、まだ油断はできないけど、なんとか余裕を持って回避することができていた。


 とりあえず、今はこれでいい。


 今回は倒すことが目的じゃなくて、キラースパイダーの糸を集めるのが目的だ。


 キラースパイダーはEランクのモンスターだから倒すことは簡単だけど、糸を集めるためにはまずは攻撃に糸を使ってもらわないといけない。


 だから、こうして逃げ回るだけで十分。


 そのうち攻撃が当てられないことにイラついてきて、糸を使って動きを止めにくるはず。だから今は攻撃をただただ避ける。それだけだ。


 それから五分くらい経った頃、ついにその時が来た。


「っ! 来た」


 後ろから聞こえてくる音、それはキラースパイダーが移動する際に出す足音の代わりに糸を出す時に出るシュルルという音が聞こえる。


 どうやら、ようやく糸を使う気になったらしい。


 キラースパイダーのおしりから出ている糸は、粘着性があって一度くっつくとなかなか離れない。普通の蜘蛛が使う横糸のような感じだ。


 そして、その糸をキラースパイダーはおしりを俺に向けて発射してくる。俺を動けなくするために、糸を使ったんだろうけど残念ながらそれは悪手だ。


 なんせ今回の俺の目的はその糸。


 俺に向かって飛んでくる糸を木製の棒で受け止める。


 こうなってしまったら、俺とキラースパイダーの綱引き勝負。ただの力比べ。

 もちろん力では圧倒的に勝っているのは俺の方だ。


「それじゃあ……い~とまきまきい~とまきまき」


 歌いながらも、俺はしっかりとした力で木の棒に糸を巻き付けていく。


 蜘蛛も力、俊敏、なにからなにまで自分より勝っている俺に近づくことを避けたいのか、俺が糸を巻き付けていくと同時にどんどん糸を出してきてくれる。


 いやーありがたいね。


 最悪ジャイアントスイングみたいにキラースパイダーを振り回して、糸を強引に出させることも考えたけど、これならなんとかスムーズに集められそうだな。


 そうして順調に糸を巻いていくと、途中でキラースパイダーが糸を出さなくなり、引きずられるようにこちらに向かってきた。


 おそらく糸を使いすぎて糸を作る速さを巻き取る速度が上回ったんだろう。一旦、木製の棒を巻き取るのをやめて糸を巻き取った木製の棒を見てみる。


 木製の棒は、キラースパイダーから集めた糸がミシン糸みたいにグルグル巻きになっていた。


「よし、これだけあれば大丈夫だろ」


 巻き取った糸はかなりの量あるし、一体分としてはこれで十分だ。


「それじゃあ、ありがとな。あとお疲れ様」


 また糸の巻き取りを再開して、引きずられてきたキラースパイダーに、最後の仕上げとして疾走の短剣を使って頭を斬り落とす。


 普通ならそれで戦闘は終了だけど、今回は違う。


 キラースパイダー含めて、虫のモンスターは総じて生命力が強いから、ちゃんととどめを刺さないと、また襲ってくる可能性がある。


 だから、俺は木製の棒に繋がっている糸を切断して切り離してから、キラースパイダーの胴体を四つに分断した。

 やりすぎかと思うかも知れないけど、これが一番安全で確実だ。


 なんせこの前見た動画だと、ムカデのモンスターの頭を斬り離しても胴体が暴れまわってたからな。


 まぁそれでも倒せないことはないだろうけど、時間はかかるし体力も使う。だったら手早く、確実に仕留めた方がいい。


 そのまま、仕留めたキラースパイダーを警戒しながら眺めていると、完全に息絶えたようでどの部位もピクリとも動かなくなった。


「ふぅ……」


 とりあえずこれで一体目。これで依頼分はあと二体。


 それにしてもキラースパイダーの糸なんてなにに使うんだ?依頼主がファッション関係の会社だろうから、服に関係してるんだろうけど。


「う~ん、わからん」


 どうやってこの粘着性の高い糸を服に使えるようにするのか。正直まったく想像ができない。


 まぁ考えてても仕方ないし、まずは依頼分の糸を回収しよう。そう思い、俺はキラースパイダーから魔石を回収して糸と一緒に【アイテムボックス】に入れてからその場を離れた。


 その後、俺は予定通りにキラースパイダーを見つけ出して糸を回収。それを二回繰り返し、キラースパイダーの糸を集め終えた。


 いや、うん……大変だったね。主に精神的な意味で。


 これまで虫のモンスターを相手にしたことはなかったけど、ここまで大きくなった虫が動いてるのを見るとちょっとビクッとするよね。

 キラースパイダーとの戦闘は慣れたと思ったけど、やっぱりそこはすぐには慣れないな。


 でも、これで依頼分であるキラースパイダーの糸×3が集まった。


「よし、それじゃああとはこの糸を直接会社まで持ってけばいいのか」


 今回の依頼は、ダンジョン協会支部の受付じゃなくて、直接会社に持っていくことになっている。

 なんでも、試作品を作りたいから、できる限り早く欲しいとのことらしい。


 だけど時刻は既に十八時。

 これから指定された場所に行って、到着するのは二十一時くらいになるはず。


 まあ、明日だな……

 まぁこればっかりはしょうがない。


 一応期日は三日後までだったし、明日でも問題ないだろう。


 じゃあ今日のところはここまで。

 ……帰ってヒール草について調べなおさなきゃ。

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