第44話 自分より動揺してる人を見ると安心する


 やって来てしまった邪龍ノヴァの里。

 相変わらずの観光地っぷりだ。


「またここに来るなんて……」

「いやだって、爺ちゃん倒すならそりゃまた来る必要あったでしょ」

「そうなんだけど」


 どうにもシリアスから逸脱してる。

 なんだろう、この心が痛む感じ。

 けれどここには、そんな私よりも更にもっと心を痛めてる人がいる。


「どうなっているんですの??」


 アルスのパーティの一人、魔法使いのアリスだ。

 彼女はあり得ないものを見るように、里の看板を見上げている。


「あの、邪龍ノヴァが観光地? 饅頭? 化粧水?」


 分かる。

 初めてはそういう反応になるよね。


「私はそれよりも移動魔法なんて規格外の魔法をばかすか使ってることに驚くんだけど……幻覚じゃないの?」


 こっちはカトりんだ。

 彼女はまじまじと自分の体を確認していた。

 大丈夫、幻覚の類じゃないよ。


「わー邪龍のお饅頭。食べたーい!」


 純粋に観光地を満喫し始めようとするララ。


「ふふ、アルス。良かったわね。念願の場所に辿り着いたわよ」


 いっこうに不敵な笑みを崩さずアルスの頭を撫でているエミル。

 ハッキリ言おう、この二人がおかしい。


 呆れて言葉を失っていると、ミレットがリートを無理矢理とっ捕まえて、エミルの前に向けた。


「ねえ、エミルって言ったっけ、ちょっといい?」

「何かしら?」

「うわっ」


 急に捕まえられたリートが訳も分からず混乱した。


「なんでコイツが邪龍だってことといい、この里のことといい、そんなマニアックなこと知ってるの?」


 確かにミレットの言う通り、二つの情報はとてもマニアックだった。

 少なくとも私がアルスと旅をしていて、邪龍の孫リートのことや、ノヴァの里を耳にしたことは一度もない。


「だって有名ですもの」

「有名ぃ?」


 いや、それは流石に無いだろう。

 顔を見合わせる私達を前にエミルはしれっと言葉を続けた。


「私達、ダークエルフの界隈では常識ですわ」

「ダークエルフ……」

「ダークエルフだったの……」


 知らなかった。

 肌の色が白いから普通のエルフだと思ってた。色って関係無いんだ……。


「そうだったんだ、知らなかった」


 リートも関心したようにしみじみと告げた。


「は? あなたも知らなかったの? 一応、魔物の頂点に立ってるんでしょ」

「だって興味無いからさぁ」


 いかにもリートらしい答えだった。


「それで、アルスさんをこの里に連れてきたのはいいんですが、これからどうするんですか?」


 私は彼に問いかけた。

 この場所を提案したのは彼だ。

 まさか安易に血祭りにあげるわけではないだろう。


「そうだねぇ。とりあえず温泉につけておくかな」

「温泉に!?」


 突然の言葉に私は戸惑った。


「待って下さい、死にかけてるんですよ!?」

「あはは、心配しなくても大丈夫」


 彼は笑いながら私の肩に手を置く。


「だからそうするんだし」

「ど、どういう事です?」

「うちの温泉、元々はそういう効能がある温泉なんだよ」

「えっ」

「あとは温泉に入った後、休む場所を確保しなきゃなんだけど……あ、ちょうどいいところに叔父さーん!」


 リートはそう言うと、遠くに向けて手を振った。

 叔父さんってもしかして……。


「うげっ。リート、お前帰ってきたのか!」

「そうだよ、ただいま! ブロス叔父さん」


 それはリートの叔父であり、邪龍の息子の一人でもあるブロスだった。

 元々は相続争いをしていたけど、リートに負けて、今は大人しくしている……はず。


「ちょっとお願いがあるんだけど」

「ふん、後にしろ! 今こっちは立て込んでいて忙しいんだ!!」

「忙しいの?」


 忙しい?

 ブロスの言葉を聞いて、私もリートも首を傾げた。

 言われてみれば確かに彼は、誰かと会話をしていて妙に焦っている。それはどことなく見覚えがあって……って師匠!?


 彼が向き合っている相手。

 それはどう見てもうちの師匠だった。


「何やってんの、あの人」


 関わりたくないな。

 シンプルにそう思った。


「うぬぬ、だからお前は何を言っておるのだ」

「だから、この特別な札があると馬鹿な人間は寄って来なくなるから、一枚50万ゴールドで……」

「ちょちょちょ、ちょっと師匠!」

「なんだノノア」

「こんなところに来て、何やってるんですか!?」

「商売」

「相手、邪龍なんですが!?」

「知ってるに決まってんだろ」


 じゃあ尚のことやめろ。


「これがあればこの里の奴らも安心して商売が出来るって代物なんだけどなあ」

「そういう胡散臭い商売はやめて下さいって何度も言ってるじゃないですか!」

「ああ? 嘘は言ってねーだろ」

「言ってませんけど!」


 師匠はその実力から、国の公認の人間として特別に扱われているのは間違いない。

 だから彼が、その地に関係のある人間だと証明すれば、本当に変な奴らは近づかなくなる。

 でも、今ここでやる事じゃないんだよなあ。


 第一、お金取ろうとしてるし。


「お前なあ、これから邪龍倒すってのに、その後変な人間にいいように扱われたら不憫だから、俺はこうして事前に手を……」

「ちょ、ストップ師匠」

「ん?」


「お、お前ら……何を倒すって?」


 唇を震わせるブロス。

 私はそっと視線をそらした。


 

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