第43話 おお勇者よ、死んでしまうとは何事だ!(まだ生きてる)
大変ことになった。
リートが勇者を殺した……いや、殺しかけたのだ。
「リートさん、これが何を意味しているか分かります?」
「うわあ勇者君、痛くて大変そう! ってことかな?」
「真面目に答えろよ」
師匠が後ろから蹴りを入れた。
それでもケロリと笑う彼。
「それもあるんですけど」
「それだけじゃねえだろ」
師匠の言葉に私は頷いた。
「カトりん、どう? アルスは回復しそう?」
「……無理。どういう仕組みかは分からないけど、全然血が止まらない」
横たわっているアルスを見る。
彼女の言葉の通り、血は止まることなく流れていた。
「ええと、つまりですね」
私はもう一度リートの方に向き直った。
「もし仮に彼が死んでしまったら、『邪龍が勇者を殺した!』っていう事実が生まれてしまうんです」
「あーそれは大変だ」
「……本当に大変だと思ってます?」
「思ってるって」
やはり笑顔が崩れない。
本当に思っているのかなあ……。
私はじいっと彼の眼鏡の奥にある瞳を覗いた。きらりと彼の赤い瞳が光る。
彼は疑り深く観察していた私の頭を優しくぽんと叩いた。
「要は、邪龍が勇者を殺したってことになれば、人間と魔物の衝突は避けられないってことでしょ? それこそ世界を巻き込んだ争いが始まるっていう」
「そういう事です」
だから何としても勇者アルスの死は避けなければならない。
それが現状、回避出来ていないのである。
「大丈夫。もちろん俺だって、そんな世界は望んでないよ」
そう言って彼は、この事件を引き起こした張本人、エミルの元へと近づいていった。
エミルはアルスと同様、ナイフで刺されている。しかしそれにも関わらず何故か平気そうにしているのは、何か特別な仕掛けでもあるのだろうか。
今は、ミレットとルカちゃんで一応彼女を拘束しているから、変な行動は取れないはずだけど……。
「どうするつもりよ?」
歩み寄るリートにミレットが訊ねた。
「ん? 聞くんだよ」
「聞く?」
「ねえ、エルフのお姉さん」
「何かしら」
そう答えた彼女の様子はいたって平然としていた。
やはり不思議だ。
アルスと同じようにお腹から血が流れているのに、この余裕はなんなのだろう。
「この状況、なんとかならないの?」
「ならないわね」
エミルは穏やかに答えた。
対するリートもにこやかに訊ねる。
「ふーん、じゃあお姉さんを殺してでも?」
「えっ」
「ちょっ……」
敏感に反応したのはミレットとルカちゃんだった。
「あんたね」
ミレットが信じられないものを見るような目でリートを見る。
「何を安易に殺すとか言ってるの? その発想はマズイでしょ」
「そ、そうですよ!」
「え、だってそれで解決出来るなら、それが一番手っ取り早いかなって?」
「そういう問題じゃないでしょ。被害確定させてどうすんの」
ホントだよ。
私は頷いた。
この人、基本的には温厚なのに、時々雑な感じで邪龍の片りん見せるんだよな……。
けれど、面と向かって殺すと言われた本人自身は何故かいたって余裕だった。
「ふふっ生憎だけど私を殺したところで何も変わらないわ」
「え、そうなの?」
「だって、私は単に勇者様と邪龍の縁を結ぶお手伝いをしただけだもの。それはもう、貴方が私達を刺しただけで完成しているわ。勇者様の望みである、邪龍討伐で歴史に名を残したいという願いは果たされている」
なるほど……そうなのか?
彼女の会話にうっかり飲まれそうになる。
しかし、リート淡々とその言葉を否定した。
「いや、討伐してないじゃん。しかも俺、邪龍は邪龍でも孫だし」
「孫でも一応邪龍じゃない。それと、歴史に名前を残すのは、邪龍討伐を成功させた時だけじゃなくて、こうして争いの火種になった時だってあるわよね」
「わー、なんて嫌な名前の残し方!」
全くだ。
発想が歪み過ぎている。
アルスが起きてたら『思ってたのと違う!』って言うと思う。
絶対殺されかけるのは想定してないって。
「だって今の彼の力じゃ、到底、邪龍討伐で歴史に名前を残すなんて事出来ないでしょ?」
……確かに。
そこは否定出来ないな。
「ねえノノア! そんなことより、どうする? このままじゃ本当に死んじゃうかも。こういう時こそ、聖女の奇跡ってやつ起こしてよ!」
「それも一応やってるんだけどね?」
カトりんのご要望にお答えして、私は再び目を閉じ祈りを捧げた。けれど……。
「む、無理なんだよね、これが」
やはり奇跡は起きなかった。
「仕方ないわ。愛に奇跡は勝てないのよ」
「……私がアルスを助けたいって気持ちより、エミルの呪い……いや、愛の方が強すぎるのかも」
信じたくないけどその線が濃厚だ。
加えて二人の命という代償もある。エミル、全然元気だけど。
「なによそれ!」
「ヤンデレ怖すぎる」
ミレットがぼそりと呟いた。
「でも本当にどうしたらいいんでしょう。病院に運んだところで、邪龍が原因って分かったらアウトですし」
ルカちゃんが言った。
「俺に、一つオススメな場所がある」
「どこですか?」
「俺の実家」
「「「邪龍ノヴァの里!?」」」
おいでませ、邪龍ノヴァの里再び。
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