第42話 自力で回復薬買って飲め。

 

「あ~楽しかった」


 ご機嫌な様子でミレットが大きく伸びをする。


「お、おつかれ……さま?」

「別に疲れてもないわよ」

「そ、そう」


 あっさりと答える彼女に私はそれ以上ツッコみはしなかった。


「ところでその子どうするの?」


 ミレットがそう言って目配せをする。

 確かに確認するべきだろう。

 私はミレットに倣うように隣に立つララの姿を見つめた。


「私?」


 浴びる二人からの注目。

 ララはことりと首を傾げた。


「うん、ララはこれからどうする? もし良ければ私達と一緒に……」

「それには及ばない」

「カトりん?」


 私が言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、会話に割り込んできたのはカトりんだった。

 カトりん……アルスの仲間の一人であるヒーラーことカトリーヌ。

 彼女自身、アルスに対して余り執心していないが、周りの仲間に必要とされることを目的として、未だパーティに残り続ける少女である。


 彼女は静かに私達の元へと近づいてきた。


「大体察しはついてると思うけど、外見が戻っただけで、ララの生命力は希薄なままなの。このままあなた達と旅なんて出来るはずがない。それはララ本人だって分かってるよね?」

「……うん」


 ララはこくんと頷いた。


「だからノノアと一緒に行くなんて考えは諦めて。その代わり、私が責任を持って貴女を回復してあげるから」

「カトりんが?」


 でもカトりんは、アルスと旅をするはずじゃ。

 戸惑う私の顔を見て、彼女はすっと目を閉じた。

 

「ちょうど今から、暇になるところなの」

「え?」


 まるで過去と決別するように、冷え切って落ち着いた言葉。


「私、やっぱりあのパーティ抜けることにしたから。だってララもソフィアもいない、そんなパーティで一番になったって、ちっとも嬉しくないでしょ? 大体あの様子じゃ、邪龍討伐も無理そうだしね」


 そう言って彼女はアルス達に視線を向けた。

 私達から離れたところで膝をつくアルスと、それに寄りそうエミルとアリス。こうしてみると、確かにいつの間にか寂しいパーティになってしまった。


「ねえララ、ノノアじゃなくて私が一緒でもいい?」

「……私、元気になったら、またみんなと旅出来るかな?」

「もちろん。私の先輩を誰だと思ってるの?」

 

 カトりんは私の方を見た。

 ララも一緒に私を見つめる。


 私は黙って頷いた。


「じゃあ、お願いしようかな!」


 晴れ渡る空の下、少女の一際明るい声が響いた。


「私だったら心配になるけど」

「俺もだな」

「ミレットさん! ラピアスさん!」


 ミレットと師匠は一度どこかで痛い目見た方がいい。自力で回復薬買って飲め。


「はあ……私にはルカちゃんだけが癒しだよ」

「えっ、いや、ノノアさんたら何言ってるんですか。きっとリートさんだって……あれ、そういえばリートさんはどこに行ったんでしょう?」

「ん、そういえば静かだね」


 おかしいな。なんだかんだで面白がるあの人が、今に限って静かなんて。

 そう思った時、ちょうど背後から声が聞こえた。


「やあ、ごめんノノア」

「リートさん、一体どこに――」


 私は振り向こうと体を捻らせる。

 しかしその途中で、一瞬動きが止まった。


「いやーちょっと困ったことがあって」


 ヘラヘラしたいつもの笑い声。

 鼻につく嫌な臭い。背筋に漂う悪寒。


「……リート、さん」


 恐る恐る振り返る。


「俺じゃないって言いたいんだけどさ」


 振り返った視界にハッキリ映る赤い色。

 彼が手にするナイフから血が滴り落ちている。


「……どうも俺がやったみたいなんだ」


「勇者様! ねえ、ちょっと! しっかりなさって!!」


 血相を変えて叫ぶアリス。

 横たわるのは血まみれになった勇者。

 そして……。


「ふふふ、大丈夫。大丈夫よ、勇者様。私は最後まで貴方の味方です。ずっと一緒にいますから。邪龍と共に永遠に」


 血に塗れた姿のままで、エミルは一人、不気味な笑みを浮かべていた。


「こっ、怖すぎるんだけど!」

「何ですか、あれ」

「俺にもよく分からないんだけど、彼女にナイフを渡されたと思ったら、勝手にナイフがぶっすりとね?」

「は?」


 リートは笑って事件の流れを語った。

 ナイフが勝手にぶっすりとね……ん? でもそれってリートの仕業ではないのでは。


「……さてはお前、あの女に嵌められたな?」

「あ、やっぱりそうですよね」


 師匠と解釈が一致した。

 原因はおそらくナイフにある。

 あとそれを渡したエミル本人にも。


「いやー参ったよ。うっかりしてた。あの子、黒い邪気纏ってたから、何か面白い事してくれるんだと思って」

「お前……」

「リートさん……」


 訂正。

 やっぱり原因は一部、この人にもある。


 私達は背後から思い切り蹴りを入れた。

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