第45話 ただいま取引中

 

 師匠がうっかり邪龍の討伐を口にしてしまった。

 よりによもって相手はリートの叔父ブロス。当然、邪龍の一族。


「……」

「……」

「お、お前ら……何を倒すって?」


 顔面蒼白で私達に問いただすブロス。

 誤魔化すのは無理そうだ。

 私は素直に打ち明けようと決めた。


「ええ、実は私た……」

「ちょっと爺ちゃん倒してくるだけだよ」

「!?」


 私の言葉を遮るように、ひょっこりと顔を出して答えたのはリートだった。

 何、そのちょっとお散歩してくるみたいなノリ。


「だからさ、叔父さんには俺が倒してくる間、人をかくまってほしいんだ」

「な、な」


 彼は言葉を詰まらせる。

 甥っ子から、突然とんでもない野望を打ち明けられたんだ。当然だろう。気の毒に。


「なっ、なーにが人をかくまって欲しいだ! 断固断るっ!」


 ようやく驚きを飲み込んで、彼は厳しく言葉を投げつけた。うん、叔父さんは頑張った。

 しかし甥っ子、一切怯まない。


「え、でもー」


 冷たいなあとでも言いたげに、リートは唇を尖らせた。


「でもじゃない! 考えてもみろ! 何故私が親父を討伐しようとしている奴らをかくまわねばならんのだ!」

「あー違う違う、かくまうのはノノア達じゃない、こっち」

「こっち?」


 ブロスがリートの指先を追う。

 そこには横たわっているアルスの姿。


「勇者君たちだよ」

「ゆ、勇者!? じゃあ尚のこと駄目に決まってるだろ!」


 おっしゃる通りで。

 どこの世界に勇者を助ける魔物がいようか。

 ブロスは慌てて首を振ると、今度は私達に向かって声をあげた。


「お前らも、この馬鹿の仲間なら発言を止めさせろ!」

「でもリートさん、私達の予想の斜め上を行くので」


 今みたいに。

 まさか彼が、自分の叔父さんに勇者の面倒を見て貰うつもりだったなんて思ってもみなかった。


「やだな叔父さん、考えてよ。里のみんなに勇者がいるなんてバレたら大変なことになると思わない?」

「お前がよく考えろ! もう私にバレてる時点でアウトなんだよ!!」

「叔父さんはいいでしょ?」

「よくないわ!!!」


 ブロスは太った体に息を切らして怒鳴り散らした。見ている方が痛々しい。

 回復魔法でもかけてあげたい。


「うーん、じゃあ取引をしよう」

「取引だと?」

「俺がちゃんと爺ちゃんに『叔父さんは里を束ねる凄い邪龍だ。次の長は叔父さんにするといい』って伝えるよ」

「だが、伝えたその後、倒すつもりなんじゃないのか?」

「そうだけど」

「じゃあ意味がないだろ、馬鹿者め!」


 ブロスは声を荒げ、再びぜーはーと息を切らした。このままじゃ叔父さんがツッコミ疲れて死んじゃう。 


「でもさ」

「ん?」

「うちの親をこんな風にしちゃったんだし、自分が殺されても仕方ないと思わない?」


 リートはそう言って、首から下げていた宝玉を見せた。

 赤い宝玉と青い宝玉。リートの両親の形見。


 それを見て、ブロスの目つきが一瞬だけ変わった。


「お前それは……回収できたのか?」

「余裕で」


 自信たっぷりに彼は笑った。


「…………はあ、分かった。好きにしろ」


 ブロスは観念したように肩を落とした。


「やった! ありがとう、叔父さん」

「その代わり、お前が負けたら奴らの首を差し出して、親父に取り入るぞ」

「構わないよ」


 勇者はともかく、カトりん達の命もかかってる。これはますます負けるわけにはいかないな。


===


 アルスは温泉の力もあって、一命は取り止めた。

 もと同じ仲間のよしみということもあって、部屋で面倒を見ているカトりんに私は声をかけた。

 

「よし、じゃあ討伐しに行ってくるね」

「気軽に言ってくれるわね」


 彼女はそう言うと、眉をひそめて部屋の隅を見る。

 エミルが気にもせず、そこに当然のように立っていた。


「彼女、拘束しなくて大丈夫なの? またナイフで刺したりしないでしょうね」

「大丈夫。ここは叔父さんの家だから、変なことしようとしたら、殺気ですぐ叔父さんが取り押さえるよ」

「……気になってたけど、その家主って何者なの?」

「ん? 邪龍ノヴァの息子」 

「は!?」


 驚くカトりん。

 そう言えば知らなかったっけ。


「あんな見た目のおじさんだけど、腕は確かだから信じてもらって大丈夫」

「私が驚いたのはそこじゃないけど」

「ララもお留守番よろしくね」

「うん!」


 まだ何か言いたげなカトりんをスルーして、私は部屋をそそくさと立ち去る。

 その途中でエミルと目があった。


「あら、アルスのことを見捨てるの?」

「いや見捨てるっていうか」


 振り返って、アルスの姿をもう一度見つめた。

 寝息を立てた姿は随分と安定している。


「そもそも別に彼を助けようとは思って無かったなって。目の前で死なれたら寝覚が悪いだけで。だから本来の目的通り、先に邪龍を倒してこようって思ったんだ」

「その選択でいいのね?」

「いいよ」


 私はエミルを見つめた。

 何を考えてるかわからない彼女の瞳は、とても虚な色を浮かべていた。


「私、強いから、サクッと邪龍倒してくるよ」

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