第38話 再会理由と敵味方

 

「ノノアの目的って、あの男よりも早く邪龍を倒すことだったわよね」

「うん」

「じゃあなんでまた急にその男に会いに行かなきゃいけないわけ?」

「だって、その……ララが可哀想だから」


 私がそう答えるとミレットは困ったように眉を下げた。


「あのねぇ可哀想って、あの子はアルスの仲間なのよ? つまり敵。敵である私たちが手を貸すって変でしょ」

「でも、あの子はこのままじゃアルスの元に帰れないなって」

「それはそうだけど……」


 ミレットが言葉を詰まらせる。

 彼女の視線の先には、布団に入って寝息を立てている老婆の姿があった。時間がしばらく経ってもなお、ララの老化は元に戻らない。洞窟で拾った例の剣に正気を吸われたままだった。


「あの姿になったのも、考え方によっては私達が原因だし、ここまで頑張った彼女の努力を無駄にしたくないの。だからお願い!」


 アルスの為に体を犠牲にしたのに、肝心の武器すら渡せないなんて不憫すぎる。私は誠心誠意ミレットに頭を下げた。


「それでクソ男に最強の武器提供してちゃ世話ないわよ」

「大丈夫、こっちにも最強の武器はあるし」


 私はさっと例の杖を構えて見せた。


「そういう問題じゃないのよね」


 彼女はじっと私を見つめた。

 気が強そうだけど綺麗な顔立ち。同じ年なのに羨ましい。


「はあ、分かったわよ」


 ミレットは観念したようにため息をついた。


「いいわ、そいつの場所に連れて行ってあげる」

「ありがとう、ミレット」

「ただし! それ以上は何もしない。私、本当言うとお優しいヒーローって柄じゃないの。なんせ悪役令嬢だから」

「うん、分かった。それで大丈夫」


 話を聞いてくれただけで十分優しいのに。

 悪役なんて言ってるけれど、真の悪役はそんな事すら口にはしないのだ。ましてやキチンとお願いを聞いてくれるなんて。


「気持ち悪いわね、何笑ってるのよ」

「別に」


===


 数日後。


「じゃあ準備はいい?」

「もちろん」


 ララの体調が良くなったのを見計らって、私達はついに移動を決行することにした。

 よろよろとゆっくりとした彼女の足取りに合わせて、私達も外に出る。


「この数日間ありがと、みんな」


 ララは気丈に感謝を告げた。やはり外見だけは、これだけ日数が過ぎた今もなお戻っていない。


「無理しないで下さいね?」


 ルカちゃんが手を差し出す。


「心配性だなぁルカちゃんは。私、君がこんなに面倒見がいい子だなんて思わなかった。女装が好きなオドオドした子なんだって思ってた」

「いえ違いますよ。女装は仕事上です」


 彼はやんわりと否定した。


「えっ、女装って趣味じゃないの? 男の娘じゃないの?」

「違うってば」


 ぽかんとするミレットを取り押さえる。

 その光景にララは少しだけくすりと笑った


「ノノアちゃんも、全然強い子だった。強くて面白くて……」


 ん、強くて面白い?

 彼女は何かを勘違いしているな。


「他のみんなも優しくしてくれるいい人達ばかりで、私とっても幸せだった。アルスに会ったら言っとくね、ノノアちゃん達は敵じゃないって。いい人達だよって。何か勘違いしてるみたいだから」

「ほ、ほどほどにでいいよ?」


 好かれるようなことしてないのは事実だから。


「おし、それじゃ出発するか」

「そうですね……ってなんで師匠が一緒に行く気になってるんですか!?」


 その姿はまるでパーティメンバー。

 師匠はちゃっかり私達の魔法陣に乗っていた。


「いやだって、コイツからまだ教会の修繕費回収してねえから」

「ノ、ノノア~助けて」


 首根っこをつままれて、リートが拾われた猫のようになっていた。


「どうせこの後、邪龍も倒しに行くんだろ? じゃあついでにこいつのツケも払わせる。鱗をニ、三十枚くらい剥がせば元は取れるだろ」

「きょ、教会はどうするんですか」

「親父がいるだろ」


 この人家族に丸投げする気だ……!


「邪龍って、え? ノノアちゃん、この後邪龍ノヴァ倒しに行くの?」

「うん、一応ね。鱗の話は初耳だったけど」

「へー」


 ララが目をぱちぱちとしている。

 リートはまだジタバタともがいていた。


「ねぇこの神父君、妙に強いんだけど。本当に人間なの?」

「人間」

「嘘でしょー??」


 彼の情けない声が響いた。


「残念だけど諦めた方がいいですよ。この人、こう見えて一度決めたことは最後までやりますから。私はそれで、聖女にまでさせられましたし。ね、師匠?」

「まあな」


 幼い頃、純粋な子供の思い付きで言った何気ない一言が、今こうして私を聖女たらしめている。

 何も持たないはずだった平凡な一人の女の子が、邪龍討伐をしようとしている。


 普通に考えたら、やっぱりそれはおかしなことだと思った。


「しかも神父君若いでしょ? いくつなの?」

「若くねえよ、今年で25だ」

「若いって……ニンゲンコワイ」


 リートは観念したように、ペタンと地面に腰を下ろした。


「ノノアって変な男にばっかり縁があるのね」

「ミレットやめて、その冗談、全然笑えないんだけど」


 私がそう言うと、ミレットは何故か口元を緩ませた。


「あんたのそれは羨ましくないわ」


 私もだよ。



「さて」


 今度こそ本当に移動が始まる。

 魔方陣が白く光り輝き辺りを照らす。


 そして私達はアルスの元へと向かった。

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