第39話 少年漫画みたいな聖女

 

「はい到着。私ってすごく有能ね」

「はいはい、ミレットは有能、有能」


 ミレットの自信満々な言葉と共に、私達は目的地に到着した。

 目的地、勇者アルスのいる場所。

 今はその場所から僅かに離れた、彼に気付かれない絶妙な場所で待機している。


「あとはララさんがアルスさんと合流すれば終わりですね」

「そうだね」


 ルカちゃんの問いかけに私はゆっくりと頷いた。


「別に気にしないで、さっさと届けて終わりにしちゃえばいいのに」

「ミレット、約束したでしょ。合流するところまでって」

「……分かってるわよ」


 今のやり取りで分かる通り、私達は彼女が合流するまでは見届けると決めていた。彼女の体調が心配だったのである。

 

「大丈夫だって。私達自身はアルスの前に姿は現さないんだから。あくまでも彼の元に向かうのはララ一人。争いは起きないよ」


 その時だった。


「だから俺はさ……」


 草むらの向こうから聞き覚えのある男の声が近づいてくる。


「アルスだ」

「!」


 私達は無言で頷いた。

 ララが決心がついたように胸に手を当てる。


「よしっ。じゃあみんな、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 言葉は若いけど見た目は若くない。

 そんなチグハグな彼女はゆっくりとしたスピードで、草むらをかき分け、アルスの前へと飛び出して行った。


「あの子大丈夫かしら」

「……」


 私達はその様子を静かに覗いた。


===


「アルスー」

「うわっ、びっくりした」


 ララの飛び出した先、そこにはアルス一行がいた。

 ソフィアが抜けたせいか、前衛で彼を守る者はいない。

 ララは後ろに手を回すと、洞窟で見つけた例のそれをアルスの眼前へと差し出した。


「じゃじゃーん。アルスにいいもの持ってきちゃった!」

「それは……」

「聖なる剣だって! 凄い武器なんだよ。これで邪龍ノヴァの討伐もバッチリだね」

「お、おう」

「だから、はいっ、あげる」

「ありがとう……」


 アルスはぽかんと口を開け、ゆっくりと、何度もララの顔を確認しながら受け取った。

 いつもならもっと大袈裟に驚いて、嘘かと思うくらいララをべた褒めするのに珍しい。予想以上に凄い武器だったから言葉を失ってしまったとか? この男はそこまで感性豊かだっただろうか。


「?」


 ララも何か違和感を感じたのかもしれない。

 彼の表情を首を傾げて見つめた。


「アルス、どうかした?」

「あのさそれで」

「なーに?」


 聞き返すララに向けて指をスッと彼女の顔に向ける。


「婆さん…………一体、誰なんだ?」

「えっ」


 は。


「この剣を貰ったことはありがたい。素直に礼を言わせてもらう。でも俺は、婆さんのことを知らない」

「……わ、私は……ララだよ?」


 震える声で彼女は答える。

 しかし彼は首を振ってその答えを否定した。


「そんなはずはない。俺の知ってるララは若い女の子だから」

「っ……でも、これは剣を見つけた影響で……そ、そうだ! ほらこれ、このペンダント! これはアルスから私にプレゼントしてくれた物だよ!! 私にだけの特注品って! ほら、正真正銘私はララでしょ?」


 彼女はポケットからペンダントを取り出すと、それを彼の前に掲げた。よかった、証明出来るものがあって。


「……」

「ね、そうでしょ。アルス!」

「……いや」


 不安そうな瞳で見つめる少女を彼は静かに見つめ返す。


「それはどこの店にも売ってるものだから……」

「え?」


 は? 特注品なのでは?


「どこでその話を聞いたか知らないけど、それが婆さんをララだと断定する証拠にならないよ」

「そんな」


 いやいや待て待て、そんな馬鹿なことがあってたまるか。どこにでも売ってるものを特注品って言ったり、だから信じられないって言ったり。だったら私が断固抗議してやる! というか、私がララの証人だ!


「私がっ……」

「待ちなさい」

「うぐ」


 勢いよく立ちあがろうとした私をミレットが引き止めた。


「ミレットぉ」

「何やってるのよ、駄目だって」

「だってララが」


 このままじゃあの男の一人勝ちになっちゃう。


「駄目よ。今私達が出てったら、余計に話がややこしくなっちゃうでしょ」

「でも、私が出て行けば、あの子がララだって証明できる」

「……見なさい」

「?」


 ミレットが指をさす。

 再び彼らに視線を移すと、ちょうど二人が別れようとする時だった。


「剣を貰ったことには感謝するよ。じゃあな、婆さん」

「……」


 去ろうとするアルス。

 何も言い返さないララ。


「あの子、私達のことを何も言わないでしょ? 言えば証明になるかもしれないのに。たぶん彼女なりに、私達のことも考えているのよ。今出て行ったら、その気遣いさえ無駄になるわ」

「や~だ~」

「わがまま言わない!」


 ミレットが無理やり私の頭を押し縮める。

 ぐずぐずと私は膝に頭を埋めた。


「悔しい。すごく悔しい」

「私も悔しいって! 仕方ないの、我慢なさい」

「せめて一発、いや十発は殴りたい」

「だ、駄目ですって。増えてますし」


 ルカちゃんもミレットと同様私を止めた。


「なんとかならないかなーなんとかー」

「いや、何言ってんだお前。気にせず行けよ」

「へ?」

「は!?」


 それは師匠の声だった。


「おいおい、俺がお前に我慢しろなんて教えたか? いいだろ、やれ。やってこい。その為にお前には戦闘面もしっかり叩き込んだんだから。お前は微笑んで祈るだけの聖女じゃねえ。武力で解決も出来る聖女だ!」

「師匠……はいっ!」



「なんなの、この少年漫画みたいな聖女……」

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