第37話 愛を得るための代償は32回払いで

  

「これって……!」

「はい。これが恐らくラピアスさんがノノアさんに伝えようとした武器ですよね?」


 ルカちゃんが指差す先には、確かに神々しく光る一本の杖があった。

 それはつき立てられた状態で、台座の上に静かに鎮座している。


「そうだよ」


 師匠は短く頷いた。

 まさか本当にルカちゃんの力だけで探り当ててしまうとは。

 私はそっと後ろを振り返った。


「やっぱり師匠の存在、要らなかったんじゃ……うぎゃっ」


 師匠の容赦ないツッコミが入る。


「背中に蹴りは酷いですって!」

「口を慎め、馬鹿弟子が」


「わー、これでアルスも喜ぶ!」


 ララが嬉しそうに言った。


「ララが探してた物もあったの?」

「うん! ほら、見てみて!」


 彼女が見つめる先には、一本の剣が存在していた。

 まるで私の杖と対になっているような神々しい剣。やはりこちらも突き刺さる形で台座に収まっている。


「お揃いだね!」

「そうだね」


 私達はじっとお互いの求める物を見つめた。


「ねえ、ノノアちゃん。せっかくだから同時に抜かない?」

「いいよ」


 私は杖、ララは剣。

 お互いにしっかり握りしめる。


「「せーの!」」


 こうして私達は同時にそれを引き抜いた。


「よし、後はこれで帰るだ……え?」


 不思議なことに、その瞬間、私の体から力が抜けた。

 思わず膝をつくと、視界がぐらりと揺れる。


「ノノアさん!? 大丈夫ですか?」


 ルカちゃんが覗き込む。


「だいじょ……うぶ」


 そう答えるものの体が鉛のように重かった。

 ルカちゃんが何度も私の名を呼ぶ。声がだんだん遠ざかっていく。


 私は一体――。


 隣を見ると、ララが同じように地面に倒れ込んでいた。


===


 目が覚めた時、私は背中に乗せられ揺られていた。


「あれ、私は……」

「ったく、やっと起きたか」


 師匠の声がする。

 私は顔を持ち上げ辺りを確認した。


「ここって」

「うるさい動くな、もうすぐ洞窟の出口付近だ」


 見ると既に外の光が見え始めていた。

 師匠が私を背負ってここまで連れてきてくれたらしい。


「すみません。私、杖を抜いた後、急に具合が悪くなって」

「知ってる」


 師匠がぶっきらぼうに答えた。


「そうなると思ったからな」

「どういうことですか?」

「あそこに眠ってる武器は、持ち帰る代償として最初に手にした奴の生気を奪うんだよ」

「は!?」


 それは初耳だ。

 だからこの人、過去に見つけた時は持ち帰らずに放置したのか。

 一人で洞窟で倒れたら帰れなくなるから。

 それで今回は場所を教えるんじゃなくて一緒についてきた。


「私が倒れるのは想定の範囲内……」

「まあ、お前の事なら背負って帰れると思ったからな」


 そういう問題じゃない。


「でもあっちは完全に想定外だった」

「あっちって」


 私は後ろを振り向いた。

 ルカちゃんが誰かを背負って歩いてる。

 うさぎの耳が付いた女の子。でも心なしか元気がない。髪の色も白いように思える。


「あ……ノノアちゃん、起き、た?」


 それはやはりララだった。


「ララは、えっと……」

「えへへ……分かる? ちょっと、おばあちゃんに、なっ……ちゃった」


 彼女はそう言って力なく笑った。


「そんな、どうして……」

「種族の違いだろうな、生気が吸われすぎた。俺は一応、剣を戻せば元の姿に戻れるって説明したんだけどな」

「アルスのためだもん……私の見た目くらい……全然へーき。これで今度こそ……私の愛が大きいって伝わる…………よね」

「……そうだね」


 私は手を伸ばし彼女の頭をそっと撫でた。


「ララの気持ち、きっと伝わるよ」

「やったあ……」

「……おい、そろそろ外に出るぞ」


 師匠が私達に声を掛けた。


===


「はぁ? どうなってるの、これ」


 教会に辿り着いて開口一番、ミレットは目を丸くして叫んだ。


「ノノアがこんなにぐったりするなんて、そんなに強い敵だったの?」

「いや、敵ってわけじゃ無かったんですけど」


 ルカちゃんが首を振って答える。


「しかも見知らぬおばあさん連れて帰って来るし」

「あ、彼女はアルスさんのパーティにいた獣人族のララさんです」

「は!? 訳が分からないんだけど」


 ミレットは混乱して頭を抱えた。


「訳が分からないのはこっちもだけどな」


 師匠が腕を組みながら言う。


「どうしてうちの教会がめちゃくちゃになってんだよ」

「ああ、これ」


 ミレットが指差す先には崩れかけた祭壇があった。


「それはあの馬鹿が珍しがってあちこちいじり倒したからに決まってるじゃない」

「やっぱりか」


 やっぱりね。


 師匠がギロリと男を睨みつける。

 それは邪龍ノヴァの孫ことリートだった。


「お前、俺がなんて言って出掛けたか覚えてるよなぁ?」

「んーでも、魔物の俺としては教会なんて滅多に入れない場所で貴重でさぁ。今後のうちの温泉発展の為にも、耐久性とか色々調べてみたくって」

「じゃあ覚悟は出来てるな?」

「あはは、うちの爺ちゃんの首で勘弁してくれない?」


 これは酷い邪龍のブラックジョーク。


「もう、そんな騒ぎはあとにしてよ! 今はノノア達を寝かせなきゃ」

「そうですね」


 ミレットとルカちゃんがテキパキと動き始める。

 ああ、二人がいてよかった。


「ねえ……ミレット」

「何よ、ノノア?」

「お願いがあるんだけど」

「言ってみなさい」


「アルスの元にもう一度行きたいの」

「……なんですって?」


 それは私からのささやかなお願い。 

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