第35話 愛だがなんだか知らないけれど、扉を開けろ

 

 この物語は恋愛ではなくファンタジー。

 そうであることをはっきりと最初に提示しておこう。


「私は師匠が好きです!!!」


 はい告白!

 さっと扉を見る。

 無音。開かない。全く反応無し。

 一瞬だけ薄く光ったかなって思わなくもなかったけど、今目の前にあるのはどう見ても冷たい扉だ。


「ほら無理ですって! 偽りの愛を並べても扉は反応しないんですよ」


 私は手でバンバンと扉を叩く。

 音は虚しく部屋に響いた。


「偽りってなんだ。師匠に対する愛が無いのか、お前は」

「ご覧の通りでしょう、無いんですよ。大体、扉開閉のために弟子に『愛の告白でもしてみろ』なんてデリカシーの無い命令をする人に対して愛を感じるわけないでしょう?」


 私達は例の部屋からの脱出に挑戦していた。

 【この扉を開けたければ、二人の愛を証明せよ】。

 これは簡単なように見えて難しい。

 師匠は私に『じゃあノノア、お前やれ』なんて雑に指定したけれど、口先だけの嘘で解錠するほどそれは簡単なものではなかった。

 結果得られたのは、私が心にもない愛を告げると、恥ずかしい思いをするという事実だけ。一体何が悲しくて、好きでもない男に告白をして一方的に振られればならないのか。シンプルに辛い。


「この人はほんっと、繊細な乙女心を弄んで……」

「繊細なヤツは自分を繊細って言わないだろ。お前は単にあれだ、人を愛する心の無い哀しき聖女……」

「あははは師匠、消す!」

「おーやってみろよ」


 よーし、やってやる。

 杖を構えた時だった。


「もう! 二人とも落ち着いてください!」


 ルカちゃんが間に入って声をあげた。


「喧嘩してる場合じゃないんですって!」

「うっ……」


 私は思わず言葉が詰まった。


「ノノアさんの気持ちも分かりますが、僕たちは一刻も早くこの部屋を出なきゃいけないわけで、ほら、ララさんだって呆れてますよ、きっと」


 そう言って彼は後ろを振り返った。

 彼女も同じ気持ちなんだと、期待のこもった眼差しを向けて。

 しかし彼は忘れていた。

 彼女が楽天的な性格だということを。


「ね、ララさ……」

「えー、ララはノノアちゃんのやり取り、もっと見てたいなー。大丈夫だよ、そのうちアルスが助けに来るもん。そうしたら愛なんて簡単に証明してあげる!」

「んなっ」


 ルカちゃんの顔が明らかに引き攣った。


「てか、どうしてそんなに怒ってるの? ノノアちゃんがあっちの人に取られそうだから?」

「は?」


 ルカちゃん……。

 ララの恋愛脳理論に攻められて、彼は言葉を失っていた。


「つーか大体、お前が罠にはまったのがこうなった原因だろ」


 更に追い討ちをかけるように、師匠がぼそりと付け加えた。


「師匠、今のは酷す……」

「ふっ、そうですか。そうですね。僕が悪いか……」

「えっルカちゃん!?」


 慌てて二度見する……。明らかに様子がおかしい。

 ルカちゃんの目から確実に光が消えていた。


「確かに、こんな状況になったのも僕のせいかもしれませんね。じゃあ、仕方がない。うん、仕方がありません。…………皆さん、すみませんでした。こんな茶番、さっさと終わらせてしまいましょう。ノノアさん、ちょっと」

「え? な、何、ルカちゃん?」

「少しだけごめんなさい、お手伝いいただいてもいいですか?」


 困ったように軽く微笑む。


「う、うん」


 私は頷いた。


「では」

「?」


 彼は私の手を掴むと、そのまま扉の方へ引っ張っていく。

 そして膝をつくと、私の手の甲に唇を押し当てた………………え?


「さあ、これが僕の親愛です! さっさと開いてください!!」


 お……おっ、おう……親愛。

 なるほ……なるほどね?


「……マジか」

「ルカ君、やるぅ」


 動揺して呆然とする私をよそに、扉は光を放ちカチャリと開いた。


「ふう……さて」


 満面の笑みでルカちゃんが立ちあがる。


「ラピアスさん、これで僕の犯した罪、許してもらえますかね」

「お、おう」

「よかった。それとララさん」

「なあに?」

「僕は怒っていませんよ。まあ、死ぬほど呆れましたが。あなたが考えている以上に愛って色んな種類があるものなんですよ?」

「……」


「さ、先に行きましょうか」


 こうして彼は扉の奥へと消えていった……。

 なるべく怒らせないようにしようと思った。

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