第33話 善意は時に悪に勝る

 

 翌日。

 実家で一晩の休息を得た私達は、再び師匠のいる教会を訪れていた。


「よし、面倒だしサクッと行ってサクッと帰って来るか」


 会って早々この発言。

 師匠はまるで、散歩に行くかのような軽いノリで私達に告げた。


「ま、待ってください。師匠も一緒に行く気なんですか?」

「当然だろ」

「いやいや、いいですよ。そんな無理しなくても」

「無理じゃねえよ」


 師匠はそう言うけど私が無理だ。

 何が悲しくてダンジョン探索までこの人と一緒に行動しなければならないのか。

 嫌だ、絶対に嫌すぎる。どうせ魔物の囮に使われたりするに決まってる。


「ほ、ほら! 師匠は神父さんのお仕事もありますし、教会不在にしたら町のみんなが悲しむと思うなぁー」

「お前、本気でそれ思ってるのか?」

「いえ、全然」

「じゃあいいだろ。あとお前、後で覚えてろよ」


 完全に墓穴を掘ってしまった。

 でも少しは抵抗したかったから。

 どうせ本音も建前も見透かされるのは分かってたけどさ。


「じゃあ移動は私達四人とラピアス神父の計五人ってことでいいわね」


 そう言ってミレットは地面に魔法陣を引いた。

 しかし、師匠は即座に言葉を否定した。


「いや、違う」

「えっ?」

「お嬢さんとそこの魔物は留守番だ」

「魔物って」


 ゆっくり後ろを振り返る。


「あはは、俺かぁ」


 リートが笑って自分を指さしていた。


「当たり前だろ。貴重な武器が眠ってるダンジョンの場所を、こんな危険な奴に教えられるか」

「えーっ、俺悪い邪龍じゃないってばー」

「そういう奴が一番胡散臭えんだよ。お前絶対、相手を油断させて相手を罠に嵌めるタイプだろ」

「違うってー」


 いや、そうだったな。


「この場で素材になって防具屋に売買されたくなきゃ、ここで大人しくしてろ」

「はいはい、りょーかい。じゃあ一緒にお留守番してようか……ってあれ?」

「どうしたの?」


 リートは悩んだように首を傾げた。


「どうしてミレットも留守番なんだろう?」


 確かに。


「……ミレットも実は魔物だから?」

「そんな訳無いでしょ」


 こつりとミレットが私の頭を叩いた。


「あそこは魔法が使えねーんだよ」


 師匠が答えた。


「ちょっと特殊なダンジョンでな。だから移動魔法とか、魔法メインのやつは留守番だ」

「あ、あの……」

「ん?」


 ルカちゃんがおずおずと手を挙げた。


「僕はどうしたらいいでしょうか? 魔法じゃなくて占いなんですけど……」

「ああ」


 師匠は思い出したかのように言った。


「お前はどっちでもいいよ」

「は……え?」

「俺、基本占い信じねえし、詳しくないんだわ。だから活躍できるかどうかは知らん。好きにしろ」

「そうですか、じゃあ……」

「行くよね?」

「え?」


 私はルカちゃんの腕を強く握った。


「師匠ったら見る目無いなぁ。ルカちゃんほど優秀な人材もいませんよ? 一家に一台の必需品、それがルカちゃん!」

「あ、えっと」

「もちろん、ついて来てくれるよね?」

「は、はい」

「ほう……」


 師匠が目を鋭く光らせたような気がした。

 けれど私は気にしない。

 見知らぬダンジョンを師匠と二人きりで攻略するよりは百億倍マシだ。


「じゃ、行くか」


 こうして私達は新たな武器を求めて、ダンジョンへと向かった。


===


「ここが目的地」

「そうだ」


 なんていう割には全然ありがたみを感じない。

 何故ならここは、教会の真裏の森からすぐに入れる洞窟だったからだ。


「こんな身近にあるなら、修行してた時に教えてくれればよかったのに」

「嫌だよ、お前弱いから」


 うわ、こいつ。


「ノ、ノノアさんのことを危険な目に合わせたくなかったんですよ」

「は?」

「いやいや、『は?』じゃないですよ。なんて優しい言葉でしょう。師匠も見習った方がいいですよ」

「……昨日から思ってたけど、こいつ善人過ぎるだろ。なんでお前と旅が出来るんだよ」


 それは勿論、類は友を呼ぶってことでしょう。


「それにしても随分嫌な雰囲気の場所なんですね」

「まあな」


 彼らのいう通り、確かに怪しげな感じの洞窟だった。

 洞窟の中は薄暗く、湿っぽい空気が立ち込めている。けれど魔物の姿はどこにも無く、死骸と思わしき骨だけが転がっていた。


「この辺はどっちかっていうとトラップ系が多いから、変なところには触るなよ。宝箱だからって安易に開けたり、困ってる美少女がいるからってついて行ったりは絶対に――」

「分かってますって、いくら私でも――」

「あっ、あそこにおばあさんが倒れてます! 助けないと!」


 私が止める間もなく、ルカちゃんは駆け出して行ってしまった。

 ああ、善意ぃ……。


「言ってるそばから、待て馬鹿」

「ルカちゃん駄目!」


 師匠も慌てて追いかけていったがもう遅い。


「あれ、誰もいませんね……え!?」

「あ、ちょ。きゃああ!」

「あー最悪。なんでコイツ、的確に一番最悪な罠を引き当てるんだよ!!」


 地面が、両開きの扉みたいにぱっかりと下に向けて開いた。

 こうして私達は地面の中に吸い込まれていった。


「いたたたた」

「大丈夫ですか、ノノアさん」

「な、なんとか」

 

 幸いにも落下地点は柔らかかったので助かったが、かなり痛い目に合った。

 私はぐるりと辺りを見渡す。


「ここは……部屋?」

「だ、誰?」


 部屋の隅で怯えたように縮こまっていた女の子が顔を上げた。

 年の頃は十代後半くらい、頭にウサギの耳が生えている、獣人族の女の子。というか、彼女は。


「ララ!?」

「ノノアちゃん!?」


 それは、勇者アルスの仲間の一人。ウサギの獣人族ララの姿だった。

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