第32話 みんなに愛される人間は、自分でみんなに愛されるとは言わない

 

「あぶなっ! 何するんですか!」


 ナイフが木に刺さっている。

 ぼんやりしていたら、私がアレになっていたのは間違いない。


「うるせぇよ。この俺がわざわざ授けてやったありがたい杖を、まるで木の枝みたいにポッキリ折るんじゃねえ」

「もろかったんですよ! 杖が! 剣の攻撃と魔物の攻撃から身を守ったくらいであっさり折れちゃったんですから」

「誰がそんな風に使えって教えたんだよ」


 師匠は呆れたように言い捨てた。

 えーでも、私はそう学んだような気がしたんだけど。


「よかったわ。さすがに杖で殴れなんて教えられてたんじゃ無かったのね」

「ですね。僕、てっきりあの攻撃スタイルは師匠直伝なんだと思ってました」

「私もよ。杖を鈍器にしろなんて教えてない分、まだあの男の方がまともって事ね」


 ひそひそと小声で話すルカちゃんとミレットの声が聞こえる。

 私の株がみるみる降下しているのが分かる。


「いいか、俺は『杖は殴って相手の記憶を消すために使え』って教えたんだ。間違えるなよ」

「はい、すみませんでした」


「あ、駄目だわ。この弟子にしてこの師匠ありって感じ」

「やっぱり杖は鈍器なんですね……」

「そんな事より、俺のこと助けてくれないかなぁ~」

「わ、ごめんなさい! 今助けます、リートさん」


===


「助かったぁ」


 リートはその後ルカちゃんの助けで、無事に逆さ吊りの刑から解放された。


「ったく、せっかく魔物避けに使えると思ったのに……ほらあれだ、仲間の死骸があると警戒して近づかないってヤツ」

「えーっと、カラス除けと一緒にしないで下さいね……?」


 ルカちゃんが冷や汗交じりにやんわりと返した。

 うん、私もそれには同意する。


「それでなんだ、杖が欲しいんだったか?」

「そうです」

「さっき散々もろいって文句言ってたよな?」

「うっ、それは……」


 私は言葉を詰まらせた。

 確かにもろいとは言った。けれど、他の杖に関して言えば更にもろい。

 昔、師匠から貰った杖のあまりにもの可愛くなさに、売っぱらって別の物を購入したことがあったけど、その時なんて素振りをしただけで駄目になってしまったのだ。


 だから、言いたくはないが、師匠から貰った杖が一番マシだった。


「……すみません、私が言い過ぎました。新しい杖をお譲り下さい。何なら売ってる店を教えてくれるだけでもいいです」


 そうすれば二度とこの顔見ないで済むから。

 しかし、返ってきた言葉はあまりにも非情なものだった。


「店? あるかそんなもん」

「なっ!?」

「あれは俺が直々にダンジョンに入って取ってきた代物だ」

「え、それってまさか」


 師匠ったら、私の為に危険を顧みずダンジョンに?


「あの時は近所のガキが勝手にダンジョンに入ってな、ほら俺、町でもみんなに愛される善良な神父だろ? 助けに行ったんだよ。で、そのついでに宝箱に入ってるのを見つけた」


 みんなに愛される人間は、自分でみんなに愛されるとか言わない。絶対に。

 あと、だいたい予想はついてたけど、やっぱり『ついで』だった。


「じゃあもう杖は無いんですね……」


 がっくりと肩を落とす。

 折角、杖が手に入ると思って我慢して決死の思いで帰省したのに。


「いや、無いこともない」

「は?」


 今確かに『ついでに宝箱に入ってた』って。

 宝箱に入っているような武器がそう何個も同じダンジョンに落ちているはずがないだろうに。


「多分あそこのダンジョンの最奥に、もう一つ凄い武器が眠ってると思う」

「なんで分かるんですか?」

「ちらっと見たから」

「ちらっと?」

「見た?」


 師匠のその言葉に、私だけじゃなくミレットも反応していた。


「ちょっと、そんな凄い武器をどうして拾って来なかったのよ?」

「必要なかったから」

「必要なかったからぁ?」


 じゃあ売ればよかったのに。

 この男がそんな他愛のない理由で自分が凄いと思った武器を諦めるだろうか。

 絶対これには裏がある! 凄いけど触れたら即死とか!


「まあとにかく、そこに行けばお前の欲しいものも手に入るはずだ」


 私の杖が置かれていたダンジョン。

 その最奥部にある凄い武器。


「場所は……どこにあるんですか?」

「知りたいか?」

「はい……」

「じゃあ」


 師匠はすっと手を差し出した。


「なんですか、これ」

「金」

「聖職者がお金取るんですか」

「当たり前だろ」


 みんなに愛される善良な神父はどこ行った。呼べ、今すぐここに。


「無理ですよ」

「なんで」

「色々あって、ミレットに取られちゃって」

「ふーん……」


 獲物を観察するような冷静な瞳で師匠は私を見つめた。 

 でも私は嘘を言ってない。

 私とルカちゃんが一緒に稼いだ占いのお金は、未だにミレットに盗まれたままなのだから。


「……」


 師匠は無言でミレットの方へと振り向いた。

 ミレットはこれまでのやり取りで流石に理解したからだろう、最大限の警戒心で彼に立ち向かった。


「……な、ないない! 使っちゃったの、私!」


 おおっ、まさかの持ってない宣言。

 争いの元さえなければ、争いは起こらないという戦法か。

 しかし、師匠相手にそう返答出来るミレットは、やはりただ者ではない。


「だから出せって言われたって……」

「お嬢さんでしたか」

「えっ?」


 えっ?

 お嬢さん? 今、お嬢さんって言った? 師匠。


 ぽかんとする私達を差し置いて、師匠はミレットの前に跪いた。


「見たところ大変聡明そうでいらっしゃる。おまけにとても可愛らしい。貴女のような方がノノアと旅を? それはきっと心強いでしょう。お金の管理をしていたのも頷ける」


 ……。

 一体何を言ってるんだろう、この人は。 


「いえ、別にそんなこと……」

「謙遜なさらないで下さい。そんな素晴らしい方とお近づきになれたこと、神に感謝します」

「そ、そんな……ちょ、ちょっと」


 戸惑いつつも、まんざらでもなさそうに照れ笑いを浮かべるミレット。

 駄目だ。完全に騙されてる。

 善人モードの時の師匠の言動は、分かっているけど騙される。

 それでいてちょっと容姿が整っているからタチが悪い。

 



 数分後。


「……そうね、お金、出しましょう! 大切なお仲間、ノノアさんのためですもの」

「ありがとう」


 悪徳詐欺師に引っかかるように、ミレットは支出を快諾した。

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