第31話 地獄よりも地獄!!

 

 私は元々、どこにでもいる普通の女の子だった。

 聖女に縁もゆかりも無い、本当に普通の女の子。

 町にはひときわ目立つ大きな教会があって、そこには優しい神父さんがいたのを覚えている。


「お母さん、あの人誰? 何してるの?」

「あの人は神父様。こうしてみんなが楽しく元気に過ごせますようにって見守っているのよ」

「へーそうなんだ……じゃあ、あの子は?」

「あの子は……神父さんのたまごかな?」

「たまご?」

「そう、神父さんになる為の勉強中なの」


 神父さんには子供がいた。

 私より少しだけ年上の男の子。

 彼はとても大人しくて、いつも教会の片隅で本を読んでいたのが印象的だった。


「お勉強かぁー面白そう。お母さん! 私、あの子とお話してくる!」

「えっ? あ、あんまり邪魔しちゃ駄目よ!」

「分かってる!」


 不安そうな母の声。でも私は全然気にしてなくて。

 この時、母の忠告を守っていれば、今頃どれだけよかったんだろうって思う。


「こんにちは、私ノノア。あなた名前は?」

「ラピアス」

「ラピアスはお勉強してるんだよね? 偉いね! 凄いね!」

「……そんなことないよ。決められたことをやってるだけだし」

「え、でもみんなを幸せに出来るんだよ? いーな、私もやってみたいな」

「やってみたい……?」

「やってみたい!」

「じゃあ、一緒に勉強する?」

「うん!」


 もし過去に戻れるなら、この時の自分を全力で殴ってやりたい。

 目の前にいる純粋無垢そうなこの男が、どれだけ危険な人物かを小一時間説明してあげたい。 

 でもどうせ、信じないんだろうなあ。


 だって私、本当に馬鹿だったから。


「えへへ。よろしくお願いします、先生!」

「いや、先生ってほどじゃないんだけど……」

「じゃあ師匠!」

「それもまた違うような……まあいいや」


 それが地獄への始まりだった……。


===


「到着したわよ」

「ん、ふあっ」

「立ったまま寝てんじゃないわよ」


 ミレットが肘で小突く。


「ほら、ここで間違いないんでしょ。あなたの生まれ故郷」

「…………うん」

「もっと何か言いなさいよ」

「気が進まない……」

「はぁっ?」

「気が進みません、ミレット先生」

「自分で行きたいって言ったのに!? あなた自分の目的忘れてるんじゃないでしょうね?」

「覚えてますよ……覚えてますとも……」


 私は手元にある杖を見ながら答えた。

 今は残念なことにポッキリと真っ二つに折れている。

 これじゃ完全に木の棒だ。


「結構頑丈だと思ったんだけどなあ」

「あれだけダメージを与えれば、普通折れちゃいますよ、さすがに」


 そう答えたのはルカちゃんだった。

 彼は苦笑いを浮かべ、それから私の手元を見つめた。


「人食い花の攻撃をから身を守ったり、ソフィアさんの剣撃を受けたり、聖女の杖として活躍出来る役割を超えてますよ」


 ぐう……正論過ぎて言葉が出ない。

 ルカちゃんの言う通り、戦闘の前線に杖を出すのがそもそも変。そんなの私にだって分かっていた。

 でもどこかのおかしな男から誤った教育を受けたせいで、杖は私にとって剣や槍と同様の戦いの武器という認識になっているのだ。


「まあルカの話も分かるけど」

「?」


 珍しくミレットが彼の言葉に口を挟んだ。


「ノノアの場合は魔力を使ってるわけでも無いし、魔力向上を意図して杖を持つよりも護身用の鈍器として持つって方が正しいのかもね」

「そうそれ、その通り!」


 私に魔力は必要ない。

 必要なのは信仰心。それさえあれば、いくらでも戦うことが出来る。

 だから杖として私に必要な役割は鈍器なのだ……。


「何よさっきから。ところどころ変なテンションで気持ち悪いわね。変な物でも食べた?」


 食べてない。

 ただ、この町に来るとどうしても、落ち着いた気分じゃなくなるだけで。

 首を振る私をミレットは胡散臭そうに眺めた。


「はあ……まあいいわ。それよりあの邪龍どこ行ったのかしら。ここに着いた時は確かに一緒だったのに」

「あ、それ僕も気になってました。リートさんどこに行ったんでしょう?」


 二人は辺りをキョロキョロと見渡した。

 言われてみれば確かにさっきから彼の姿が見当たらない。

 彼のことだから『人間の町にやって来た!』って嬉々として騒ぎ出しそうなのに、一体――…………あっ。


「ノノア何か聞いてな……ってどうしたの!? 顔色が死ぬほど悪いんだけど!」

「心当たり……ありました」

「あるの!?」

「はい……」


 私は死んだような目で遠くを見つめた。

 視線の先には大きな教会が建っている。

 入り口には一人の男。

 そして、その隣には――――リートが逆さに吊るされていた。


「ミレット、本当にごめん。あの教会に移動して」

「あの教会って……げっ、リート!?」

「早く行かないと、たぶん処刑される」

「処刑!? 冗談でしょ」

「ううん、たぶん本当。このままじゃ、邪龍討伐の前に子孫処刑で国際問題に発展して、全面戦争になっちゃう」

「それって本当に不味いじゃない」

「うん、だから急いで」

「わ、分かったわ」


 ミレットは今までに類を見ない速さで魔法陣を描いた。


「二人とも乗って!」

「は、はい」

「……ふう。ねえ、ルカちゃん」

「な、なんですか?」

「目的地に移動したら即興でどの方角が安全か占って教えて。二人とも、それが分かったらすぐにその方向に飛んでね」

「どうして……」

「死にたくなければそうして」

「分かったわ」

「分かりました」


 二人は明らかに理解していなかったけれど、それでも頷いてくれた。


「じゃあ行くわよ」


 ミレットの合図とともに、私達は光に包まれた。


===


~教会前~


「うわぁ勘弁して。俺、悪い魔物じゃないよー」

「ったく、お前さぁ、人んちの敷地に入って何して……ん? また侵入者か」


「南南西ですっ!」

「恵方巻かっての!」

「飛んで!」


 ミレットの移動魔法で目的地に辿り着いた瞬間、私は叫んだ。

 それに合わせてミレットとルカちゃんも同じ方向に飛ぶ。

 びゅんっと鋭い勢いでナイフが横を通り過ぎた。動かなければ即ヒットである。


「ひっ」

「ち、外したか」

「外したかじゃないんですよ?」

「ん? その声は……」


 ナイフを投げた男が顔を上げる。

 すらりと細身の目付きの悪い黒髪の男。名はラピアス。通称、師匠。


「可愛い弟子との再会が、血にまみれてたんじゃ悲しすぎません?」

「ノノアか」


 ようやく私は彼と目が合った。


「お久しぶりです師匠、お会い出来て何よりです」

「いや、そういうのいいから」


 ちなみに性格は死ぬほど悪い。


「何しに来たか言えよ」

「えっとですね」


 私はちらりと師匠の隣を見る。

 気の毒に、リートが逆さに吊るされていた。


「彼を助けて欲しいのがまず一つ。それと……」


 手に持っていたブツを差し出す。

 折れた杖の断片二つ。


「折れちゃって」

「それ、俺があげたやつ……」

「新しいの、下さい」


「ははは、馬鹿野郎」


 息をつく暇もなく、ナイフが私の目の前をかすっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る