第30話 決別と邪龍の加護

 

「ルカちゃん、大丈夫!?」

「は、はい……」


 私は慌てて手を差し出す。

 よかった、大きな怪我はないみたいだ。


「ノノア貴様……」


 ソフィアが何とも言えない顔で私を見ていた。


「アルスだけではなく、あいつにまで危害を」

「……えっ?」


 いや待って、それはおかしいだろう。

 先に手を出したのはどっちって……あ、私か。彼女から見たら、アルスをさらった私が先に手を出したように見えるのか。えっでも理不尽。


「いやいや待ってよソフィア。今の場合、ルカちゃんに手を出したアリスだって十分悪くない?」

「だが、それに暴力で反撃したら、一生終わらないだろう」

「え……えー……」


 言ってることは分からないでもないけど、うーん微妙に話が嚙み合わない。

 絶妙に真面目で、絶妙に謎の正義感と信念を持ってるせいで、こうなると彼女は絶対に折れてくれなくなる。

 苦手なんだよなぁ、参った。


「お待ちください」

「?」


 その声に振り返ると、一人の見知らぬ男性が立っていた。更によく見るとその後ろにも、周りにも、さっきまでいなかったはずの大人や子供が沢山集まっている。どういうこと?


「彼女は悪くありません。彼女は私達を救ってくれた命の恩人なのです」

「なんだと?」


 そうなの?

 答えを求めるようにミレットを見たが、彼女も正確な答えは分からないようだった。


「人食い花に食べられて、今にも消えてしまいそうだった私達を彼女が助けてくれたのです」

「あっ!」


 まさか。

 私はその時ようやく彼らの正体に気が付いた。

 人食い花から吐き出された大小それぞれの白い塊、その正体がここにいる人達。

 消化されていたと思ったけど、実際は生きていたんだ。


「どうか此度の戦闘は、我々に免じてやめていただきたい。彼女は、我々を救ってくれた聖女なのですから」

「!」

「おー、これは望んでいた結果」

「リートちょっと黙ってなさい」

「はいはい」

「貴方様もそれでご理解いただけますね?」


 男性は背後に向かって問いかけた。


「……ああ」


 それは随分と不貞腐れた顔で立ち尽くす、勇者アルスの姿だった。


「彼も貴女に敵意を持っているようでしたので、勝手ながら我々が説得させていただきました」

「あ、ありがとうございます」


 なるほど、だからこいつはこっちの戦闘に混ざってこなかったのか。混ざってきたら更に面倒な事になるところだったし、彼らのおかげで助かった。

 私は改めて深々と頭を下げた。


「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。大したお礼も出来ませんが」


 そう言って彼は、青くて丸い玉を私に差し出した。


「これをどうぞ」

「これって」


 物には見覚えがあった。


「魔物が所有していた物です。何かの交渉材料になると思いこっそり盗んでいました。結局私は、人食い花に食べられてしまいましたが」


 照れくさそうに笑う男性。

 これを魔物の目を盗んで奪うって、よっぽどの度胸が無いと出来ないと思うんだけど。


「失礼します」


 彼から玉を受け取ると、私はそれをリートに見せた。


「リート?」

「うん、これは青の宝玉で間違いないね」


 彼から確実な答えをもらって、私はようやく安堵した。

 信仰心も宝玉も両方とも手に入るなんて運がいい。


「じゃあ私達はこれで――」

「待てノノア」


 ソフィアが私の肩に手を置いた。

 ああ、折角綺麗に立ち去れそうだったのに。


「な、何か?」

「貴様はアルスに危害を加えた。しかし、そうかと思えば人々を助ける。一体何を考えている?」

「何を考えているって……」


 そんな事言われても困る。

 ただ私は自分のやりたい事をやっただけだ。

 でも、もし一つ言えることがあるとすれば……。


「ただ単に、アルスが気に入らないだけだよ」

「なに?」

「だってあの人、浮気しまくりの最低勇者じゃん」

「最低勇者……」

「だからさ、そんな人に邪龍討伐されるくらいなら、私が先に倒してやろうって思っただけ」

「……ふっ」


 すると何故かソフィアは笑い始めた。


「ソフィア?」

「その理由じゃ我々が勝てないはずだ」

「えっ?」

「確かに最近、我々のパーティはおかしなことになっていた。『誰がアルスに一番愛されている』とかそんな事で言い争いが増えたりな」


 カトりんに続いてソフィアも異変に気付いてたんだ。


「先ほどのアリスの件もそうだ。アルスの信頼を得ようとついやり過ぎてしまう。ララに至っては、『アルスに捧げる愛の証』とやらを探しにどこかに行ってしまう始末だしな。でもそうか……我々の志はもう一つでは無かったんだな」

「……」


 ソフィアは小さく呟いた。

 彼女は人一倍真面目だった。

 仲間の誰よりも、邪龍ノヴァを倒して、人々の平和を守ろうと一生懸命考えていた。だからこそ、突きつけられた真実はとても痛いものだっただろう。


 私にはかける言葉が見つからなかった。


「……お前の話を聞いて納得できた。何故、負けたのか。そして、これからどうするべきか」

「?」

「アルス」


 ソフィアは真っ直ぐに彼を見つめた。


「私はこのパーティを抜けるよ」

「!」

「ノノア達を見て分かった。人々を救うためには、何も勇者と共にあることが必要ではないんだと」

「おっ、おいソフィア」

「すまないアルス。今まで私を仲間として大切にしてくれたこと、感謝している。でも、だからこそ私はここで決別しなければならない。今の私では、皆と力を合わせることが出来ないから」

「…………勝手にしろ」

「ありがとう」


 そう言うと彼女は静かに背を向けた。

 こうして、勇者アルスの仲間は一人離れていったのであった……。


===


「さあて、今度こそ一件落着だよね」


 ちょっと色々あったけど、終わり良ければ総て良し。アルス達もバツが悪くなって余計な争いなく引き上げてくれたし、さて次の目的はっと……。


「待って下さい」


 それはルカちゃんの声だった。


「栽培所の魔物は退治しましたけど、まだこの村全部を救ったわけでは無いですよね?」

「あっそれは大丈夫だよ」

「リートさん?」


 相変わらずの笑みを浮かべて、村人と話し込んでいた彼がこちらへと戻って来た。


「プレゼントを渡してきた」

「プレゼント?」


 村人の姿を確認する。

 確かに彼らの手には、先ほどは見なかった書状が一枚握られていた。


「『この地は俺の保護下にある』ってね、彼らには読めないと思うけどそう書いておいた。人食い花も俺が里に送ってもうここには無いし、この地を支配していた魔物達も下手に彼らに手を出さないと思うよ」

「へ、へえ……」

「ノノアほどじゃないけど、ご加護をってね。やってみたかったんだーこういうの」

「神じゃなくて邪龍の加護ですけどね……」

「ははは、まあまあそう言わずに」


 ルカちゃんの不安も解消されたところで、いよいよ次の目的地を発表しなきゃいけない訳だけど。


「ノノア、次は邪龍ノヴァの里に戻るって事でいいのよね」


 そう言っているミレットは既に魔法陣を引いている。

 手際のいいところ大変申し訳ないけど……。


「ミレット」

「何?」

「違う」

「…………違うの!?」


 私は首を縦に振った。


「えー、次は………………地元に帰ります」


 地獄の里帰りが今、始まる。

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