第29話 勇者がいない方が効率いいって気付いてる?

 

「ううっ……」

「何とか生きてたみたいね」

「だ、大丈夫ですか? 今拭きますね」


 ルカちゃんがタオルで彼の身体についた液体を丁寧に拭いている。

 その隣でミレットが真剣な顔で何かを見つめていた。


「見てよこれ」

「?」


 ミレットが指をさす。

 彼女が指し示す場所に視線を向けると、人食い花がアルスに続き、白い塊を吐き出していた。大きかったり小さかったり。サイズがバラバラの白い塊。


「何これ、すごい量」


 床一面に吐き出されたそれを見て、私とミレットは改めて人食い花を見つめる。


「化け物みたいな大きさの花だと思ったけど」

「そりゃあこれだけ食べたら大きくなるよね」


 お腹の物を吐き出してスッキリしたのか、今はもう手に乗せられるくらいのお手軽サイズになっていた。


「うん、このくらいの大きさなら商売の邪魔にはならないね」


 リートは満足げに頷いた。


「結局、何が起こったんですか?」


 ルカちゃんが不思議そうに訊ねる。


「んー……簡単に言えば、食べ合わせが悪くて消化不良起こしたってやつ?」

「消化不良?」

「聖女の加護を受けた異物を食べたんだ。魔物だって、お腹を壊したんだろうね」


 私の加護は毒物か何かか。


「ふふふ、その辺にしておきましょうか、リートさん」

「あれ? 俺は褒めたつもりだけど」


 私は嫌なんだよ。

 ヘラヘラと解説するその口を、私は笑顔で黙らせた。


「ううっ……くそっ、何が、消化不良……だ」

「あ、アルスさん」

「ようやく気付いたのね」

「人をオトリに使いやがって……」


 重くなった体を持ち上げるように、アルスはゆっくりと起き上がった。


「どう、調子は?」

「最悪だよ。頭はガンガンするし、吐きそうだ」


 それはまたお気の毒に。ヒーラーの出番かな。


「じゃあ今からカトりん呼んでくるね」

「その必要は、ない」


 差し出した私の手を、彼はあっさりと振り払った。


「ないってどういう……あ」


 あらあら、これはまた。


「勇者様!」

「アルス!!」


 彼の見つめる先には彼の愛した四人の仲間が立っていた。

 エミルにアリスにソフィアにカトリーヌ。ん? 一人足りないな。まあ、いっか。

 とりあえず、みなさんご存知の美女美少女達が凄い形相でこちらを睨んでいた。

 みんな、ここに辿り着くの早くない? 勇者がいない方が効率いいって気付いてる?


「大丈夫!?」


 エミルとカトリーヌことカトりんが駆け寄った。


「ノノア貴様、パーティを外されたからってこんな仕打ちを!」


 ソフィアがおもむろに剣を構える。

 えー、ちょっとちょっと。


「あらやだ、戦闘始まっちゃう?」

「俺、女の子と戦うの嫌だなぁ」


 ミレットもリートも言葉の割にはノリノリである。ってだからそうじゃなくて、私は別にパーティを外されたからってアルスをこんな目にあわせたつもりも、戦うつもりも無いんだって。


「やめて下さい、ソフィアさん! ノノアさんはそんなつもりありませんよ!」

「ルカちゃん……」


 やはり持つべきものは心優しき占い師。


「うるさいですわねぇ」

「っ!!」


 突如バチンという激しい音が鳴った。

 音の出た先はソフィアではない。それよりも遥か後方、魔法使いアリス……。


「う……」

「ルカ!」

「ルカちゃん!」

「ルカ君!」


 倒れ込むルカちゃん。

 駆け寄ろうとしたところに、ソフィアが剣を振り下ろした。


「ちょっと!」


 私は咄嗟に杖でそれをうける。


「ノノア、申し訳ない……おいアリス、今のはやり過ぎじゃ無いのか」


 剣は振るいつつも、彼女は戸惑いを見せていた。

 根が真面目な彼女は本心では、今の不意打ちに納得がいっていないらしい。


「何してくれるのよ!」


 動けない私の代わりに、ミレットが大きな声で怒鳴った。


「だって目障りなんですもの」


 悪びれもせずアリスは答えた。


「一緒に旅をしていた時から不快だったんですの。男なのに女性の格好で勇者様にベタベタ付きまとっておまけに弱い。身の程をわきまえた方がいいかと思いますわ」

「こんのクソ女、最悪な男は最悪な女に惹かれるものなのね」

「俺も同感」

「いいわ、魔法使いなんて私のゴーレムでぶん殴って」

「やめた方がよろしくてよ。そんなを事して、苦しむのは誰かしら」


 アリスは余裕たっぷりに微笑んだ。

 倒れているルカちゃんの周りにパチパチと雷の魔法が走っている。


「さあ大人しく降伏しなさ……」


 その時、私の頭の中にあった糸がふつりと消えた。


「頭きた」

「え?」

「おい、何を言ってるんだノノ……」


 ガキンと金属が吹き飛ぶ音。

 ソフィアの剣が宙を舞う。


「嘘だろ」

「相手は剣士でしょ。押し勝つの……?」


 呆然と一同が見上げる中、彼女の剣はボトリと地面に転がった。


「私が嫌われるのは分かる。でもさ、ルカちゃんは全然悪くないでしょ!?」

「おい待て……っ!?」

「はーい、おとなしくしてようか?」


 リートがソフィアの手を掴んだ。

 私はギロリとアリスを睨み付ける。


「な、なんですの? まだ分からないとでもいうつもり? あの子の命はこの私が握って」

「うーるーさーいー! 聖女の力、馬鹿にするんじゃなーーーい!!!」

「!?」


 私は思いきり杖を投げた。

 それは彼女の魔力を引き裂いて、くり出されようとした魔法を槍のように貫いた。

 詠唱していた張本人、アリスはどさりと地へ崩れ落ちた。

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