第28話 ほどほどに聖女の祈りを

 

~進行中のアルス一行~



「おりゃあ、これでどうだ!」


 栽培所の一角に男の声が響く。

 勇者アルスは人食い花を討伐するべく、共に襲い来る魔物と戦っていた。

 

「アリス、そっちは?」

「こちらは片づけましたわ」

「よかったぜ。ソフィアはどうだ」

「ああ、問題ない」

「そうか、じゃあ後は……」


 ぶうん。


「!?」


 突如、アルスの目の前の空間が歪んだ。


「な、なんだ」

「えっ、何?」

「これは、魔法陣……?」


 勇者一行が目をまばたく。

 どこにでもありそうな魔法陣。

 しかしそこから出現するのは、魔法ではなく彼のよく知る人物だった。


「お前は…………ノノア!」

「どうも~」


 立っているのは白いローブの若い女性とその一味。

 へらへらと笑みを浮かべる因縁の顔に、アルスの表情はみるみる歪んだ。


「よくものこのこと姿を現したな! ここで会ったが百年……」

「はいはい、ちょっとごめんねぇ。よっこいしょっと」

「え?」


「「「勇者様っ!?」」」


 仲間達の声が響く。

 彼女達が驚くのも無理はない。

 だってアルスがカッコよく決め台詞を告げようとしているにも関わらず、見知らぬ男はそれを完全にスルーして、アルスを俵担ぎしているのだから。


「ちょ、ちょっと、どういうつもり?」

「あ、やっほーカトりん。ごめん、この人ちょっと借りるね」

「は? 借りるって何をし……」


 ぶうん。


「き、消えた?」


 少女の問いかけの途中にも関わらず、一瞬にして彼女達は消え失せていた。


===

 

「あっ、おかえりなさい」

「ただいま」


 戻ってくるとルカちゃんがお出迎えをしてくれた。


「よいしょっと」


 リートが担いでいたアルスを床に下ろす。

 おろされるなりアルスは腰に刺さった剣を構えた。


「お、お前ら何のつもりだ!」


 威嚇するように叫ぶ。

 しかし、その声は震えていた。


「大体ノノア、俺はお前に『次は無い』と言ったはずだ! そんなに死にたいのか!?」

「いやまあ死にたくはないんですけどね?」


 そう答えて、私は彼の背後を指さした。


「それよりも今は、こいつを倒さなきゃいけないかなって思って」

「ん? 後ろ?」


 振り返るアルス。

 そこには人食い花が大きな口を開けて笑っていた。


「えっ……?」


 間抜け面を晒したアルスは恐る恐る私に訊ねた。


「おい、ノノア……なんだこれ」

「どう見たって人食い花でしょう」


 それ以外に何があるっていうんだ。


「販売用の綺麗な観葉植物とかじゃ……ないのか?」

「残念、それさっき私も同じこと考えましたよ」


 発想が被ったのは実にいただけない。


「じゃっ、じゃあ本当に」

「ええ」


 私は笑顔で頷く。


「アルスさん達はこれを倒しに来たんですよね? 是非、倒してくださいね。頑張って、勇・者・様」


 そう言って私は彼から距離を取った場所で手を振った。

 彼の周りに人はいない。

 ルカちゃんも、ミレットも、リートもみんな人食い花とリートから距離を取っていた。


「は……」


 暗い影、大きな口が背後に迫る。


「無理ゲーだろ……」


 次の瞬間、彼は人食い花に飲み込まれた。


「ほどほどに、彼に神のご加護がありますように」

「ノノアさん、ちょっと力抜きすぎじゃないですか?」


 ルカちゃんが困ったように苦笑いを浮かべていた。


「大丈夫でしょ、勇者だし。ねえミレットもそう思わ……あれ、どうかした?」

「ちょっとね」


 どこか思い悩んだ様子の彼女は、眉をひそめながら小さく呟いた。


「あの男、『無理ゲー』って言ってたような気がして」


 言われてみれば言ってたような。


「この世界にそんな言葉あったかしら」


 うーん、私は聞いたことがない。


「『無理げええ』っていう悲痛な叫びじゃないの?」

「その可能性もあるんだけど……」

「?」


 ミレットはまだ何か引っかかりを感じているようだった。

 何がそんなに気になるんだろう。


「まあいいわ、私には関係ないし! それより今はこの花をどうにかすることが先だったわね」

「そうだね」


 彼女がこれ以上気にする様子もないみたいだったので、私もそれについて考えることはやめた。


===


それからおよそ三分後。


「出て来ないわね」


 ミレットが呟く。

 確かに出てこない。


「まさか、あのまま消化されちゃったんじゃ……」

「いや、この程度の時間じゃ消化はされないよ」


 不安げに言うルカちゃんに対して、リートが否定する。


「まぁでも、流石にそろそろ出てくる頃じゃないかな?」

「出てくる?」


 と、彼が首を傾げたその時だった。

 ぎゅるるるるという異様な音が辺りに響いた。

 それはまるで、お腹の消化音のような音。


「あれ見て!」


 ミレットが指をさす。


「人食い花が暴れ出した……!?」

 

 先程まで大人しくしていた人食い花は突如として動き出し、その巨大な腕を振り回し始めた。

 これは想定外。


「どうしましょう、このままじゃこの場所が壊れ……うわっ」


 伸びた葉がルカちゃんの足元に突き刺さる。

 彼はギリギリのところでジャンプしてそれを避けた。


「それにマズいわ。花粉、いえ毒もまき散らし始めてる。ノノア!」

「分かってる!」


 伸びた葉を杖に絡ませて、私は相手の動きを止めた。

 それにしても強い力。杖が折れちゃいそう。


「リート、ミレット、倒せなくていいからとりあえず、こいつ黙らせて!」

「中にいる勇者君はどうするの?」

「加護してるから多分大丈夫! なはず!」

「どうなっても知らないわよ」


 そうなった時は、カトりん呼んで来よう。


「じゃあ」

「了解」


 二人は同時に構えた。


「さあ出て来なさい、私の可愛いお人形」


 ミレットが呪文を唱えると、魔法陣からゴーレムが現れる。

 リートは勢いよく助走をつけている。


「右わき腹を狙ってください!」


 ルカちゃんが鏡を覗きながら叫んだ。


「「せーのっ!」」


 ゴーレムのパンチとリートの飛び蹴り、その二つが見事人食い花に命中した。

 人食い花の動きが止まる。


「ああどうか、勇者アルスに神のご加護を」


 私は杖に絡まった葉に祈りを込めた。

 ごぼおおおおっという水の音。


 中から現れたのはベタベタの消化液にまみれたアルスの姿だった。

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