第27話 はい、この中で魔物を倒せると思った人は挙手してください

 

「じゃあ行くわよ」

「ええ」


 私達はミレットの移動魔法で一足早く栽培所の内部へと侵入した。


「ここが……」


 扉の向こうは想像以上に広かった。

 天井は高く、壁には窓一つ無く薄暗い。

 外から見てもかなり大きかったけど、内部はさらに広い空間が広がっていた。

 そして中央には巨大な花弁を持つ植物がいた。


「あれが人食い花ですね」

「そうだね」


 ルカちゃんの確認にリートが答える。

 私はもう一度、花を見上げた。

 ピンクの花びらが上品に揺れている。

 こんなに綺麗なのに、人を喰らうなんて信じられない。


「人を食べないようにしつけたら、観賞用の花として売れないかな?」

「いいねそれ!」

「何言ってるのよ」


 背後に立っていたミレットがこつりと私とリートの頭を叩いた。


「くだらないこと考えてる場合じゃないでしょ。もたもたしてるとアルス達が来ちゃうわよ」

「そうだった失礼」


 私はゆっくりとみんなの顔を見まわした。


「えーとこの中で、人食い花を倒せる人?」

「……」

「……」

「……」


 私の問いかけに全員が首を横に振った。


「ルカちゃん」

「ごめんなさい。僕、占いしか……」

「ミレット」

「嫌よ。あの温泉と同じタイプの毒でしょ? 近づきたくないわ」

「リート」

「俺どっちかっていうと物理攻撃派。あの大きさじゃ与えられるダメージ少ないと思うよ」


 三人とも見事なまでに断ってきた。しかし二人はともかくリートまでとは。遠隔魔法が使える仲間も必須だったかー……ん?


 顔を上げると三人が私のことをじっと見つめていた。


「何?」

「ノノア、あんたは?」

「私?」

「あるでしょ、お得意のチート能力。おまけに毒も無効化する最強の防具付き」

「あるけど、私今、信仰心が足りなくて」


 だからこそ、こうして村人を救いに来たわけで。


「そういえばそうだったわね」


 そうそう。

 私は首を縦に振った。

 つまり聖女の力もあてには出来ない。

 せっかく先回りして来たのに、手詰まり感が否めなかった。


「……信仰心があればいいのよね」

 

 ミレットがぽつりと呟いた。


「そうだけど」

「具体的に信仰心って、何?」

「具体的に何って……」


 言われてみるとはっきり言葉にして説明するのは難しいかも。なんだろう。


「うーん……人々の祈りとか願いとか感謝とかそんな清らな感じの気持ち、かな」

 

 たぶん。


「何それ、フワフワしてるわね」


 本当にね。

 説明してて自分でもいまいち分からなかったから、いつか師匠に会ったら聞いてみよう。いや、会わないに越したことはないけど。


「ま、いいわ。ルカ、リート、やるわよ」

「えっ、やる?」

「やるって、何を」

「決まってるじゃない」


 ミレットは手を合わせて目を閉じた。


「どこかで一発逆転して勝ち組になれますように……ほら、ルカも」

「あっ、ああ、えっと……世界が平和になりますように」

「なるほど、じゃあ俺も。面白いものが見れますように」


 瞳を閉じて手を合わせて。

 三人ともしっかりと祈っている。

 ちょっと待って、これの意味するところってまさか……。


「どう、ノノア。少しは信仰心の足しになった?」


 やっぱり。

 もしかしなくても、信仰心の足しにしようとしてる!


「どう?」


 ちょっと待って、今ので? ルカちゃん以外、全然清らかじゃなかったけど。一人邪龍も混ざってたけど?


「どうなの?」


 ミレットとリートが興味津々で覗き込んだ。


「……」


 うーん……。


「…………少し、溜まった気がする」


 悔しいけど。


「あら、それはよかったわ」

「よかったね」


 うん、まあね。

 ……でも、こんな裏技みたいなテクニック知りたくなかったなぁ。


「じゃあ早速お得意の聖女パワーでドカンっと」


 リートが私を促した。けれど。


「それはまだ無理。これだけじゃ、あのクラスの魔物を倒せるレベルの奇跡は起こせない」

「駄目かぁ」

「じゃあノノア、何なら出来るの?」

「加護」

「加護? ってそれじゃ魔物は倒せないわね」

「ううん、そういうわけでもない」

「倒せるの?」

「一応」


 私は一瞬だけルカちゃんを見た。

 加護ならば、相手がピンチに陥った時、それが逆に作用してピンチを退け、倒す力になるだろう。いつぞやの奴隷屋敷で、ルカちゃんの不幸を逆手に魔物を滅ぼしたように。


「でもこれには一つだけ致命的な欠点がある」

「何?」

「加護を発動させるには、自分が加護を受ける状況、つまり魔物の前に身を晒して今にも絶体絶命な状況に陥っていないと意味が無いの」

「……確かに」


 リートが納得した様子を見せた。


「俺じゃ絶体絶命な状況を作れるか微妙だし」

「私はそんな目に遭いたくない」

「じゃ、じゃあ僕が」


 ルカちゃんが弱弱しく手を挙げた。


「僕なら平気ですし、僕が行きます」

「ごめん、気持ちはありがたいんだけど、それもちょっと難しいかも」

「どうしてですか?」

「……ルカちゃんの不運をカバー出来るほどの加護は無いかもしれないから。下手したら、逆にこっちが全滅する場合も」

「!」


 ルカちゃんがショックを受けたような顔をしていた。

 私の力が万全なら、これほど最強な力もないんだけどね。


「じゃあ後は、都合よく人食い花に襲われる人が現れるのを待つか……」

「そうだね……」

「都合よく襲われる人か……」


「うおおおおお!!」


 部屋の外から声が聞こえた。

 この声はもしかして。


「ねえ、今の声って」

「アルスだわ……」


 耳を澄ますと剣の金属音や魔法の轟音がかすかに聞こえる。


「外の部屋で魔物と戦っているんでしょうか」

「恐らくは」


 私達はミレットの魔法でダイレクトにここまで来たけど、彼は道中に潜伏する魔物を倒しつつここに来るはずだから。


「……」

「……」

「……ねえ、俺思ったんだけど」


 そう言ったのはリートだった。


「彼を唐突に連れて来て、人食い花にぶつけたらどうなる?」

「多分いきなりの事だし、当然ピンチに陥るでしょうね……」

「じゃあそこで、ノノアの加護があったら?」

「……」

「……」

「……」

「……え? 皆さん何を考えてるんですか?」


 ルカちゃんだけがポカンとしている。

 けれど、彼を除く私達三人には、何故か同じゴールが見えていた。


「やるわ」

「やろうか」

「やりましょう」

「????」


 勇者をさらって魔物にぶつける。

 新兵器誕生の瞬間である。

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