第26話 毒の沼地は普通の沼に毒を撒いて作るらしい

 

 じめじめとした湿地。

 不気味に伸びた蔦。

 いつまで経っても見えない太陽。

 

「本当にこんな場所で信仰心の回収なんて出来るのかしらね」

「間違いないよ」


 ミレットのぼやきにリートが答える。


 私達はリートの案内で、新たな目的地である寂れた農村を訪れていた。

 地理的にどのあたりに位置しているのかは分からない。

 けれどそんな事を気にしなくても秒で辿り着けてしまったのは、ミレットの移動魔法のおかげだろう。


「じゃあなんで、隠れなきゃならないのよ」


 再びミレットがぼやいた。

 彼女の言葉の通り、自分達は今、隠れている。

 古びた建物を障壁にして、こっそり村の様子を覗いていた。


「そりゃあ当然、この村が魔物に占拠されてるからね」

「……は、魔物?」

「魔物」


 想定外の彼の言葉。

 ミレットだけじゃない、私もルカちゃんもその言葉に激しく動揺した。


「占拠されてるって」

「どういうことですか?」


 三人揃ってリートを見つめる。

 私達の目的って、信仰心の回収じゃなかったっけ。


「ほら、魔物に占拠された村を救えばさ、その分村人の信仰心を集められるでしょ」


 彼は悪びれる様子も無く答えた。


「……理屈は分かりました。分かりましたけど」


 それはつまり、彼の仲間を倒すことを意味する。リートは邪龍……魔物なんだから。


「それでいいんですか?」

「いいんだよ。言ったでしょ、商売敵だって」


 商売敵で片付けていい話ではないと思うけど。


「ここの奴らだよ、人食い花を栽培してるの」


 リートが言った。


「人食い花……って温泉の」


 ふと脳裏に昨日の出来事がよみがえる。

 邪龍の里の温泉に混入されていた相手の心を溶かす毒。その正体は、人食い花の花粉。


「あの毒の生産地がここなんだよ。全く迷惑な話だよね。戦闘用のアイテムとして売りさばく分には黙って見過ごしてたけど、今回みたいなことがあると。買い手の利用目的はちゃんと理解して販売して貰わなきゃ。ね、ノノア……ってどうかした?」


 いや、後半の言ってる事は分かるんだけど、そっちじゃなくて。


「……戦闘用のアイテムってなんですか?」


 そっちの方が気になった。

 何、そういうのって売ってるものなの。


 首を傾げた私に、リートは戸惑う事無く答えた。


「ほらあれだよ、魔物がたまに使ってこない? 毒攻撃」

「使ってきますね」

「あれに使ったりさ。他には沼に撒いて、人間避け用の毒の沼地作るとか」

「毒の沼地を……作る!?」

「そうそう!」


 毒の沼地って製造物なんだ。

 獣除けの防護ネットみたいなものだったんだ。

 そうとは知らず、ばんばん浄化してたな私。


「とにかく、ここの売り上げが伸びると、うちの観光地の売り上げが落ち込むんだ。一番はそれが問題」

「それで商売敵ですか」

「うん、だから潰す」


 なんだかんだいって、最後には一番魔物らしい結論が返ってきた。


「恐らく、ここに捕らわれてる人間達を解放出来れば、彼らの商売は潰すことが出来ると思うんだけど……」


 そう言ってリートがもう一度、村の様子を観察しようとした時だった。


「ノノアさん、あれ!」

「ん?」


 さっきからずっと真面目に村の様子を観察していたルカちゃんが、焦ったように私の袖を引いた。

 彼の覗いているその下から、私もこっそり顔を出す。


「なになに、一体どうしたー……げっ」


 思わず鈍い声が出た。

 サッと血の気が引く。


「アルス……」


 お久しぶりとは言いたくなかった、お馴染みポンコツ勇者の姿があった。

 後ろにはぞろぞろと美女、美少女もとい仲間を侍らせている。


「あっ、建物に入っていきますよ」

「あの場所って」


 彼の侵入した先を目を凝らして確認する。

 村の中でもやたらと大きい丈夫な建物。

 村人の姿は見つけられなかったけど、魔物が何匹かあの中に入ったことは把握していた。


「あの場所は人食い花の栽培所だね」

「やっぱり」


 リートの言葉で確信を得た私は、もう一度建物を見つめた。

 今のところ変な物音は聞こえない。

 かといって、誰かが逃げ出してくる様子も無い。


「どうする?」


 ミレットが訊ねた。


「私達の目的は村人の解放よね。別に放置しても問題ないとは思うけど」

「でもそれじゃ、村人からの信仰心がフルで回収できない。一部、いいえ半分以上アルス達に奪われる気がする」

「やっぱりそうよね」


 たぶんそう。

 別にアルスが信仰心を必要としている訳じゃ無いけど、人々の感謝はこの苦境を救ってくれた相手へと向けられる。そうすると私達が回収出来る信仰心は大幅に落ちる。


「じゃあ行くしかないわね」

「ええ」


 私はミレットと目を合わせて頷いた。

 会いたくないけど行くしかない。


「えぇー……君達、先に向かった彼らが心配だからじゃなくて、信仰心の最大回収目的であそこに向かうの?」

「当然でしょ?」

「当然ですよ」


 ミレットと声がハモった。

 それ以外に一体何があるというのか。


「リートさん」

「ん?」


 ルカちゃんは何も言わず首を左右に振った。

 さすがルカちゃん、心構えが違う。



「さあ行きましょう、人食い花の栽培所へ。目標は、アルスより早く倒すことで!」


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