第25話 迷った時は全部選べの法則

 

「それで叔父さん、ちょっとお願いなんだけど」

「な、なんだ」


 ぱっとブロスの首元から手を離す。

 ほんの少し安堵の表情を見せるブロス。

 その様子をしっかり確認してから、リートは会話を続けた。


「俺これからしばらく青の宝玉探してくるから、留守番頼んでいい?」

「る、留守番?」


 留守番?


「ちょ、ちょっと、そんなことして大丈夫なんですか?」


 ついさっきまで、温泉に毒とか色々やらかしたのに。

 今度は目を離したその隙に、里ごと乗っ取ったりするのでは?


「大丈夫でしょ」


 そう言って前のめりになる私を制止する。

 私の心配をよそに、彼は一切気にも止めない様子で軽く答えた。


「どっちみち爺ちゃんが完全復活したら今回の件は耳に入るんだ。そうなった時、苦しくなるのは叔父さんさ。今のうちに挽回する手段を考えるなら……」


 リートが後ろを振り返った。

 一族のみんなが、温泉の完全再開作業に勤しんでいる。

 彼はそれを嬉しそうに見つめた。


「彼らの信頼を得ることだってのは、考えなくても分かるしね」

「優しさ、ですか?」

「平和主義なだけだよ」


 やっぱりそこでも平和主義。

 彼の平和が果たして私達と同じなのか、あるいは概念を模倣しているだけなのか、それは何一つ分からないけど、私はとりあえず彼の言葉を受け入れることにした。


「じゃあこの件は、私が口を出す話じゃありませんね」


 私がそう結論を出した後、リートは再びブロスに訊ねた。


「叔父さんはどう? お願い聞いてくれる?」

「……ああ、分かったよ」


 こうして彼らの決着はひとまず幕を閉じたのである。


===



「でさ、この後どうする?」

「どうするって」


 ブロスの件もひと段落して、私達は街の外れで次なる作戦会議を始めていた。

 メンバーは私にルカちゃん、ミレットとそしてリート……?


「なんであなたが勝手に参入してるわけ?」


 私が問いかけるよりも早く、ミレットの一言が真っ先に彼へと向かった。

 邪龍の子孫、リート。


「『邪龍の里編』はもう終わったの。ほらさっさとどっかに行った行った」


 ミレットはしっしと彼を追い払った。

 もちろんリートは立ち去らない。

 彼女の迫力に臆すことなく、当たり前のように会話の輪に入りこんでいた。


「でも宝玉二つ揃えるんでしょ。じゃあ俺だって必要じゃない?」

「いらないわよ。玉一つ集めるために、どうして邪龍側の相手と行動を共にしなきゃならないわけ? 人間の街で見つかったらお尋ね者よ。リスクを考えなさい、リスクを」

「でも目的は一緒なのに。ね?」


 リートが私に意見を求める。

 うーん……確かに彼は自分の両親を回収しなきゃいけないわけだし、一緒といえば一緒である。


「ほら、宝玉見つけた暁には、一緒に爺ちゃんも倒すからさ」


 そう言って彼は右手のこぶしを前につき出した。


「うっわ、嘘くさ。ノノア、こういうこっちに媚びてくるやつは仲間に入れない方がいいわよ。絶対裏切るから」

「ミレットさんがそれを言……」

「ルカ、何か言ったかしら?」

「いえ、なんでも」


 どうしようかな。

 聖女と占い師とどこぞのお嬢様。

 戦力的にはここに正統派の攻撃手がいるとパーティバランスが取れるような気がする……邪龍って前衛かな、後衛かな。


「どうします?」


 ルカちゃんの表情を見る限り、彼は特に反対はしていないらしい。


「じゃあとりあえず、お試しって事で」


 私はそう結論付けた。

 師匠もいつも言ってたじゃないか、迷った時は全部選べって。


「わーいやった、宜しくね」

「ちっ。馬鹿なことやったら、宇宙の果てに飛ばすからね」

 

 ミレット、そんな事出来るのか。


「よーし、じゃあ次は青の宝玉を探しに……」

「それは待った」

「ん?」


 意気込んでいるところ悪いけど、その前に一つやっておかなきゃいけないことがある。


「実は信仰心が不足しています」

「……何それ?」


 ミレットが首を傾げた。

 知らなくて当然だ。

 知っているのは、このメンバーだと一緒に長旅をしたことがあるルカちゃんだけになる。


「これまでにたくさん使ってしまいましたからね」

「うん、そうなの」


 奇跡を起こしたり、加護したり、毒を浄化したり。

 特にこの里での毒の浄化は、ここが邪龍ノヴァの土地ということもあり、相当消化してしまった。

 今旅先で魔物に襲われたら、加護が足りず、ルカちゃんの不運で逆に私達が全滅する可能性だってある。


「えーっと、要するに」

「魔法を使う時の魔力みたいなものと思っていただければ」

「あなた、そういう原理で聖女やってたのね」


 いかにも。

 みんなの為に祈りを捧げて、信仰心を回収するスタイル。


「色々あるのねえ……」


 こくんと頷いた私を見て、ミレットは物珍しそうに呟いた。


「二人に事情を理解してもらったところで、次の行先だけど」

「教会とか? ノノアの地元あたりなら、その手の力も強いんじゃ……」

「そこ以外で」

「ノノアさんは自分の故郷と極力関わりたくないみたいですよ」

「そうなの」

「そういうこと」


 提案してくれたミレットには悪いけど、あそこには極力戻りたくない。


「ふーん、意外」

「ならいっそ未開拓の地を目指すなんてどう?」


 そう提案したのはリートだった。


「別に構わないけど、心当たりなんてあるの?」

「ある。任せてよ」

「危険なところじゃないでしょうね?」

「大丈夫」


 妙に自信満々だ。


「どんな場所?」

「一言でいえば」


 一言でいえば……?



「うちの商売敵かな」

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