第24話 腐っても聖女

 

「いけ!!」


 ブロスの号令と共に彼ら一族が一斉に襲い掛かる。


「このままじゃ負けますよ」

「負けるね」

「どうするんですか?」

「どうするって……どうして俺に聞くのかな?」

「それは」


 リートを見上げた。

 彼の口元にははっきりと笑みが浮かんでいた。


「あなたが余裕そうにしてるからですよ、っと」


 私は一人の敵をギリギリでかわす。

 ついでに浄化も試みるが、こう頻繁に攻撃されていては、おちおち祈ることも出来ない。


「そうだねぇ。でも俺、平和主義だから」


 こいつ、まだ言うか。


「……はあ全く」


 胡散臭く笑っている彼の服を掴み、私は彼をじっと見つめた。

 レンズの先に見える彼の瞳。

 パッと見どちらも黒いけど、よく見るとほんのり右が紅く、左が蒼く色づいていた。


「何?」

「あのですね」


 本当は別に言う必要もなかったけれど。


「心にもないこと言わないで下さいよ」

「え」

「そんな事、一つも考えてはいないでしょう?」

「……」

  

 私の言葉に一瞬だけ目を丸くした彼は、その後、にやりと口の端をゆがめた。


「なーんだ、バレてたのか」

「ええ、最初に会った時からずっと」


 だってこの人の言葉には、心が一つもこもっていない。

 私にはなんとなくそれが分かっていた。


「こっちは腐っても聖女なので」

「面白いね」


 どこがだ。


「じゃあもうなんか飽きてきたし、さっさと終わりにしちゃおうか」

「最初からそうしてくださいよ」

「わあ手厳しい」


 厳しくない。

 一般的には正常な反応です。


「おい、お前達。こんな奴ら相手に、どうして攻撃が当たらない!?」


 こうしている間にも、相手は次々に迫っていた。

 私達はギリギリのところで耐える。


 だからいい加減しびれを切らしたのだろう。

 ブロスがぎゃんぎゃんとわめきたてた。


「邪龍の一族総出だぞ!? 一体どうなってる」

「まだ分からない? 簡単だよ」

「なんだと」


 彼の顔からは、いつの間にか眼鏡が消えていた。

 隠すこと無い素顔のリート。

 右目は紅く、左目は蒼く、それはまるで綺麗な二つの宝玉のようだった。


「俺の方が強いってだけ」


「戯言を。そんな事があってたまるか!!」

「あるんだって」

 

 リートが思い切り蹴りを繰り出した。

 男三人くらいがまとめて後方に吹き飛ぶ。

 それ続いてまた数名が今度はブロスの前に転がった。


「ほらね?」


 彼はそう言って楽しそうに笑った。


「くそう、くそう、くそう、私を舐めおって! こうなったら私自身が毒と一体化してお前たちを飲み込んでやる。邪龍ノヴァに匹敵するの真の力、お前達に見せてやろう!!!」

「それはちょうどいいですね」

「!? 聖女か。お前、いつの間に私の背後に」


 毒の原液を片手に硬直するブロス。

 彼を前に私はにこりと微笑んだ。


「つい先ほど。それよりそちら、飲まないんですか?」

「あ、ああ。飲むぞ!」


 そう言ってごくりと一気に飲み干した。


「ふはははは、これで」

「これで、邪龍ノヴァが倒せるかお試しすることが出来ますね!」


 邪龍ノヴァに匹敵する力を持つブロス。

 予行練習はばっちりだ。


「……へ?」


「ああ神よ。彼の罪をどうかお許しください」


「ぎゃあああああああ」


 私が神に祈ると、聖なる光の柱が、彼の体を焼き尽くした。


「とても恐ろしい敵でした……」

「いや、君の方が恐ろしいと思うよ」


===


 それからしばらくして、全員の毒を浄化した私達は、ブロスを縛り上げ例の宝玉についてたずねていた。


「無い?」

「はっ、あんなものとっとと売ってしまったわ。親父の復活まで誰も開けられなきゃいいんだから当然だろ」


 拘束されているにも関わらず強気のブロス。

 しかも宝玉を売り払っているなんて、汚いというか、クソ野郎というか。


「嘘じゃないの?」

「いいえ、彼を占ってみましたが、確かに宝玉を持っているとは出て来ませんでした」

「ふーん」


 疑いの眼差しでブロスを観察するミレット。

 でもルカちゃんの占いで結果が出ているなら本当だろう。

 青の宝玉はここにはない。


「邪龍討伐が遠のいてしまいましたね……」


 ルカちゃんがしょんぼりと告げる。

 もちろんそっちも大切だけど、それよりも私が気になるのは――。


「リート」


 私達に背を向けてどこか遠くを見ている彼の隣に私は並んだ。


「ごめんなさい。こんな結果になっちゃって」


 青の宝玉が手に入らない。

 それは即ち、彼の両親が揃わなかったことを意味する。


「別にノノアが謝る話じゃないでしょ」

「でも」

「いーのいーの」


 手をひらひらっと振りながら、相変わらずの明るい様子で彼は答えた。


「そんな事よりも叔父さんだ」


 彼は体をくるっと反転させると、ブロスの前にちょこんとかがんだ。


「な、なんだリート。私はもうお前に伝えることなんて無いぞ!」

「そう言わずにー」


 にこにことリートは笑顔を向けた。


「ふ、ふん。どうせお前が私に勝ったのだってまぐれに決まっとる」

「そうだねぇ、俺もそう思う」

「次があったら覚えておけよ!」

「覚えとくよー」


 他愛のない会話が続く。

 どうやらリートも残りの一族も彼を処刑するとまでは考えていないらしい。

 意外に過激では無いんだな。そんな風に思っていた時だった。


「大体なんだ、毒が効かないって……一体何をすればそんな……私のように事前に解毒薬を飲んでいたわけでもあるまいし」

「飲んでないねぇ」

「じゃあどうや……うぐっ!?」

「!?」


 私は思わず目を見開いた。

 リートが瞳の色を変えている。


 まっすぐに伸びたすらっとしたその手は、ブロスの首をしっかりと押さえていた。


「心を溶かす毒? 効かないよ」

「……!?」

「俺に心は無いからね」

 

 そう言って、あどけなく彼は笑ったのだった。

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