第23話 伝説の装備って年季入っててなんか臭そう

 

 怒るブロス。

 場は明らかに硬直している。

 邪龍の一族達も、どう出るのが正解なのか分からないのか、固唾を飲んで見守っていた。


「私が毒を使った証拠がどこにある!?」

「無いよ?」

「は、ははっ、無いならそんなもの何にもならんではないか! 魔法や別の毒の可能性だってある。そんなのただの言いがかり……」

「じゃあこうしよう」


 ポンと彼は手を叩いた。

 そしてにっこりと笑顔で告げる。


「こちらの花嫁さんに、もう一度、毒入りの温泉を浴びて貰えばいい」

「……は?」

「そうすればさっきの従順な反応が、毒によって見せたものなのかそうじゃないのか分かるよね」

「ばっ、ば、か、な」

「あっ、念のため毒入り温泉のサンプルは何本かストックしてあるから、心配しなくて大丈夫だよ」

「そういう問題じゃない!」


 狼狽するブロスに対し、リートは怯える様子も無く次なる行動を始めていた。

 その隣でそっと逃げようとするブロスの花嫁。


「ああ、逃げないで」

「ひっ」


 リートは逃げようとした花嫁の手をさりげなく掴んだ。


「は、離してっ!」

「大丈夫、心配しなくていいよ」

「ほ、本当に?」

「ああ。君が毒に侵されても、またノノアが浄化してくれるから」

「……!!」


 彼の手には、いつの間にか毒に染まった温泉の瓶が握られていた。


「あとは宜しくね、ノノア」


 何とも言えない穏やかな表情。

 瓶の蓋が開けられる。

 それは音も無く、彼女の体へ――。


「……あれ?」


 リートがぽかんと手元を見た。

 勿論、液体は零れていない。


 なぜなら私が瓶の口元を、自分の手で塞いだから。


「何してるのかな?」

「やりすぎですよ」


 眼鏡越しに彼が目を細める。

 ちょうど彼と私は真正面から見つめ合う形になった。


「その辺にしたらどうです?」

「え?」

「またそんな惚けて。こんなことをしなくても、彼の反応を見れば誰が悪いのかはもう分かったんじゃないですか?」

「……」


 ブロスは膝をついて頭を抱えている。


「やれやれ、せっかくここからが面白くなりそうだったのに」

「平和主義が何言ってるんですか」

「それもそっか」


 呆れた笑みを浮かべながら、リートは掴んでいた花嫁の手をそっと離した。


「凄いなぁ君には答えが分かったのかい?」

「全く、あなただって分かってるくせに。彼女が毒に侵されていたと分かった時点で、黒はもう決まったも同然じゃないですか」

「おい、聖女!」

「どういう事だそれは!」


 外野から二、三人の野次がとぶ。


「私が浄化したのは、『温泉に混入されていた毒』、すなわち『人食い花の毒』のみです」


 だから彼女をこんな風にしていたのは、魔法でも別の毒でもない。

 

「ブロスさん。あなたは温泉に毒を混入しましたね」


 ざわざわと再び会場が騒がしくなる。

 冷めきった空気。

 邪龍の一族が彼を見る目つきは、悪人を見るそれと同じだ。


「……くそっ、こんなところで」

「?」


 ブロスが何かぼそぼそ言っている。

 雰囲気が尋常じゃない。


「おい、支配人!」

「!」


 彼は突然手を挙げて大きく遠くに向けて叫んだ。


「やれ! スプリンクラーを作動させろ!!!」

「承知しました」


 支配人と呼ばれたその男。

 心ここにあらずのような虚ろな目をしている。

 これは例の花嫁と同じ。毒で心が溶けている。


 まずいな。


「ルカちゃん! ミレッ……」


 ザアアアアアアアア。


「うはははははは! もう、遅いのだよ!!!」


 赤い水が。

 毒を含んだ赤い水が、雨のように天井から一気に降り注いだ。スプリンクラーに仕込まれているのは正直想定外だった。


「これはまさか……」

「くっ、力が。ブロス貴様」

「おうおう、好きなだけ恨めよ。どうせ意識の無くなったお前らなんぞ、私が改めて再教育すればいいだけの話だからな」


 邪龍の一族も面々が一人、また一人と倒れていく。


「ノノ、アさん、ごめ、んなさ……」

「悔し、い……洗脳は私の……専、売特許なのに…………」


 ルカちゃんとミレットの二人も静かに地面に崩れていった。

 そしてその赤い水は、私の肌にもジワリと染み渡っていく。


「ははは、どうだ見たか! いくら聖女といえども、先に自分が毒を浴びてしまっては対処出来まい!」

「ふう、困りましたね」

「……は?」


 ん?

 驚いた表情でブロスが首を傾げている。

 ついでにいえばリートも。


「お二人とも、どうかしました?」

「ノノア、君、毒平気なの?」


 いや、平気なはず無いんだけど……あっ、思い出した。


「私、最強の防具、装備していたんでした」

「最強の防具?」

「聖なる衣」

「ぶっ……聖なる衣だあああ?」

「はい」


 私は服の袖を摘まんで中をちらりと見せた。

 白い衣服が少しだけのぞく。


「わあ凄い!」


 目を輝かせたのはリートだった。


「それ爺ちゃんが昔封印された時、勇者が着てたってやつじゃない?」

「え、嫌だ。なんか臭そう……」

「聖なるってうたってるし、除菌されてると思うけど」

「そうですかね」


 もう一度、例の衣を確認する。

 黄ばんでる様子は無いから、別物だと思いたい。


「とにかく、これのおかげで毒の影響は受けないみたいです……それで」

「それで?」

「リートさんはどうして平気なんですか?」


 見たところ私同様、彼もピンピン元気にしている。


「うーん……俺、邪龍だから?」

「それは無いでしょう」


 だって残る邪龍の一族はブロス以外全員倒れているんだから。

 相変わらず適当な人だな。


「あっ、じゃあ今度は叔父さんに聞いてみようよ。おーい叔父さん!」

「くそう、どいつもこいつもふざけおって。ふん、まあいい。これを見ろ!!」


 ブロスがパチンと指を鳴らす。

 その合図とともに、倒れていた邪龍の一族がゆらりとゾンビのように起き上がった。


「知ってるか、心を溶かされた人間はな、強い人間の言葉に従うんだよ。おい、お前ら動け。そして、こいつらをさっさと捕まえろ!」

「りょうか、い、しました」

「捕まえ、る」


 聖女&邪龍の孫対最強の一族複数名。

 数と力の暴力とは、うーんずるい。


「いけ!!」


 ブロスが雄々しく号令をかけた。

 

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