第22話 毒女

 

「ご紹介します。こちら、花嫁の聖女ノノアです」


 リートのたったその一言。

 その一言で会場は一気にざわざわと騒がしくなった。


「は、聖女?」

「聖女だって」

「本物かしら」


 邪龍に対して聖女。

 よくよく考えてみれば確かに驚く。

 この男が、あまりにも普通に接してくるから、私自身すっかりそんな事忘れていたけど。


「ふっふっふ、驚いてる」


 リートはにやにやと嬉しそうに笑った。


「……はあ。あなたに翻弄されてる一族のみんなが可哀想」

「何事も与えられた情報だけを信じて生きてる方が悪いんだよ」

「それは確かに……そうかもしれないけど」


 まるで生き人形のように従っているブロスの花嫁。

 彼女を理想的な花嫁として受け入れようとしている邪龍の一族を見ながら、私はもう一度ため息をついた。

 

「で、この混乱はどうするつもり? これじゃ、私の話なんてまともに聞いてもらえないんじゃ」

「逆だよ。混乱して注目を浴びてるからこそ、これから先の話を聞いて貰える」


 そう言って彼は私の肩に手をまわした。


「は!? ちょっと何す……」

「大丈夫だから」


 大丈夫なものか。

 肩に体重がのしかかる。

 彼との距離が、より一層近くなった。

 

「はいはーい、皆様ご安心を。確かに彼女は聖女だけど、こんなに可愛いし、何よりほら従順ですよー」


 彼は手でポフポフと私の頭を軽く叩いた。


「……リート?」

「ほらほら、みんな見てるから笑顔で笑顔で。全ては作戦のためだって」


 こ、こいつ。

 絶対調子いいこと言ってる。


「ノノアってば」


 ……仕方ない。


「っ……うふふ、どうぞよろしく」


 私は無理やり口元に笑みを浮かべ、なんとか挨拶を済ませた。


「はい、よく出来ました」

「……どういたしまして」


 褒められても別に嬉しくはない。

 もやっとする私の隣で、彼は手際よく花嫁紹介を始めていた。


「えー実は彼女、なんとその聖なる力を用いて、温泉の毒を浄化することが出来るんです!」

「何だって?」

「それは凄いじゃないか!」


 ざわざわと驚く一族達。

 その様子に彼は満面の笑みで答える。


「ええ、とっても凄いんですよ。ね、ノノア!」

「まあ、そうですね」


 彼の言動が胡散臭いだけで嘘は言ってない。

 私が否定する話でもない。


「おおぉぉ!」


 会場の歓声。

 場が大いに盛り上がった。

 それだけ温泉の毒の浄化は、彼らにとって喜ばしいことなのだろう。


「では試しに実演してみましょう」


 いよいよ能力お披露目の瞬間がやって来た。


「ではこちらを」


 私は手にしていた赤い毒入り温泉の瓶を取り出す。

 そしてそれをブロスの花嫁へと差し出した。


「どうぞ」

「な、何をするつもりだ?」


 怪しんだように私と彼女の間に入るブロス。


「持っていてもらうだけです。ちょうどその純白の衣装は温泉の色を比較するのに都合がいいので」

「そっ、そういう事か」


 彼は納得したのか大人しく手を引いた。

 しかしその一瞬がチャンスだった。


「では、さっそく毒の浄化を始めましょう」

「……はっ、毒!? いや――」


 すぐに何かに気付いたブロス。


 しかし、もう遅い。


「温泉に含まれし毒よ、浄化を――」


 私は静かに祈りを捧げた。


「駄目だ、待て!」

「叔父さん」


 リートが彼の腕を引き留める。


「今はノノアの時間だから、ね?」

「う、うるさい、離せ……! くそっ動けん。お前のどこにそんな力が!?」

「そんなのどうでもいいから」

「よくない! 俺はっ……俺は邪龍ノヴァに匹敵する力の持ち主だぞ……!!!」


 その瞬間、会場が白い光に包まれた。


 ……。

 …………。


 やがて光が収まっていく。

 会場の景色も、徐々に輪郭を取り戻す。


「見てあれ!」

「温泉の色が!」


 花嫁の持っていた赤い液体の小瓶。

 それは透明の温泉本来の色へと変わっていた。


「本当に浄化されている!?」

「その通り」


 リートはそう言って花嫁から小瓶を取り上げ、高らかに宣言した。


「どうです、素晴らしい力でしょう? たった今、この場に存在していた温泉の毒はすべて取り除かれたのです!」

「これは素晴らしい!」

「もう戻らないかと思ったのに……!」


 次々と聞こえる称賛。

 一見すると、これでもうすべて決着はついてしまったかのようだった。

 けれど……。


「きゃあああああっ」


 若い女性の悲鳴が会場内に響き渡った。


「なんだ今のは!」


 みんなが声の出どころを探す。

 答えはすぐに判った。

 一族の視線が会場の一点に向けられる。


「わ、私は一体……?」


 声の正体はブロスの花嫁だった。

 彼女はきょろきょろと周りを見ると、青ざめたように呟いた。


「な、なんで私こんなところにいるの? そうだ生贄。怖い、怖いわ……魔物の花嫁なんて嫌っ……」


 明らかにさっきまでと様子が違う。

 それは邪龍の一族から見ても一目瞭然だった。


「なんだなんだ」

「急に花嫁が怯えだしたぞ」

「これじゃいつもの反応じゃないか?」


 不穏な空気。

 そんな中、彼だけがこの状況を楽しんでいた。


「おやおやぁ? ノノアは温泉の毒を取り除いただけ。それなのにその反応。これじゃまるで、そちらの花嫁さんにも毒があったみたいだ。まさかうっかり温泉にでも入っちゃいました?」


 リートは軽々しい態度でそんな言葉を口にした。

 けれど当然、ブロスが認めるはずもない。


「何を言っているんだ! そんなハズが無いだろう!」


 断固とした態度で、リートの言葉を否定した。


「ですよねぇ。だって毒が混入して以来、誤って誰も入ってしまわないように、俺がきっちり管理してましたから」

「ふ、ふん、ほら見ろ!」

「ですが」

「!?」


 冷たい瞳でリートが笑う。

 さっきまでの人懐こい態度はどこへやら。

 それはまるで、邪龍そのもの。


「毒そのものを所持していれば、話は別だと思いませんか?」


「そっ、そうだとしても俺には関係な……」

「ねえ、知ってます? しばらく前、この里に人食い花の毒を購入した者がいるそうです。購入者は徹底的に秘匿。それだけ上の存在でかつ、毒を扱った可能性のある者とはつまり」

「ばっ……リート貴様ぁ!!!!」


 ブロスは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

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