第21話 ようこそ、あなたは350人目の花嫁


 それから式は滞りなく始まった。

 といってもこの結婚式は私が知っているものとは違うらしい。

 どちらかといえば花嫁のお披露目会に近いとのことだ。


「えーごほん、ごほん」


 さっそくブロスが登場する。


「皆様、今日は私の350回目の結婚式に来ていただきありがとうございます」


 350回って。

 ちょっとあまりにも多すぎな。


「ねえ、リート」

「しーっ」


 私の率直なツッコミは、あっさりリートに止められてしまった。


「ほら、紹介始まるよ」

「ご紹介しましょう。こちらが我が350人目の花嫁になります!」


 ブロスが手を大きく広げる。

 パッと隣に立った女性にスポットライトが当たった。


「はじめまして。この度ブロス様の花嫁となりましたジェーンと申します。私は彼を心の底から愛しています。人間の身ではありますが、邪龍の皆様と共に歩んでいければ幸いです」


 しっかりとした口調。

 花嫁はつらつらと流暢に挨拶を行う。

 魔物たちの前だというのに、怯える様子は微塵も無い。


「凄いですね」


 私は素直に驚いた。


「花嫁になる人ってあんなに堂々としているものなんですね。生贄で選ばれた花嫁っていうから、もっと怯えていると思ってました」


 私はもう一度、花嫁を見た。

 やはり彼女の姿から恐怖はちっとも感じられない。


「いや、そうでもないよ」


 リートは小さく首を振った。


「以前はあそこまで冷静じゃいられなかった。落ち着いたのは最近だ。みんなまるで魔法にでもかかってるみたいに、凄く安定している」

「そうなんですか」


 まるで魔法にかかっているみたいに、か。


「案外、本当に魔法だったりして」

「いやいやそれは無いよ。うちの一族って、力は馬鹿みたいに強いけど、魔法の類はそんなんでもないし」

「じゃあそういう薬とか、毒とか」

「毒……」


 そう言うとぴたりとリートの動きが止まった。

 私も一緒に動きを止める。


 多分考えていることは同じ。

 心を溶かすとう、温泉に入っていた例の毒。


「あれって、心が溶けるとその後どうなるんですか?」

「自分の意思が無くなるかな。無心というか」

「そこに新たな思想を植え付けるなんてことは……」

「可能、かもね」

「……」

「……」


 会場が大きく盛り上がっている。

 これまでにも増して、邪龍や魔物の存在に従順な花嫁の存在に、彼らの好感度は大きく高まりを見せていた。


「リート」

「何?」

「この後、私達は温泉の毒が抜けることを証明して、一族の信頼を得ようって話だったじゃないですか」

「そうだね」

「それに加えて、ちょっと試したいことがあるんですけど。……まあ結果によっては、今回の結婚式自体が台無しになるかもしれないんですが」


 それは即ち、彼の両親奪還失敗を意味する。

 そのリスクを前にして、彼が許可する可能性はあまりにも低い。


「いいよ」

「え?」


 即答だった。


「いいんですか?」

「いい」


 言い出しっぺの自分が驚くのも変な話だが、それにしたって彼の決断はあまりにも早い。


「そのことについては、温泉の件も含めてずっと気にはなっていた。もしノノアの作戦で、全てが明るみになるんだとしたら、これほど愉快なことはないよ」

「でっ、でも失敗したら、相手に宝玉は奪われて、二度と親子三人で一緒にはいられなくなるんですよ?」

「平気平気」


 いや、それはさすがに平気では……。


「もし両親の宝玉が奪われても、その時はノノアが俺の家族になってくれればいいからね」

「なるほど私が家族に…………はい?」


 それってどういう。


「……ミ、ミレット?」

「私に聞いたら殺すわよ」

「……ル、ルカちゃん?」

「あ、う、えっと……はっ! と、とにかく作戦を成功させればいいんですよ!」

「はっ、そうだね! 確かにその通りだ!!」


 ルカちゃんにきちんとお礼を言って、私は再びリートの方を向いた。


「分かりました。じゃあそれで」

「うん、覚悟は決まったみたいだね」


 絶対に成功させる。


「それじゃあ」


 リートは軽快な足取りで、叔父ブロスのいる一番前のステージまで近づいていった。途中、周りの親族に不思議な顔で見られたりもしているが、それにも全く動じない。

 まるで散歩しているみたいに、彼は花嫁の紹介をしているブロスの目の前まで足を運んだ。


「な、なんだリート突然」

「やあやあ叔父さん」


 よく分からない状況に戸惑った表情を見せるブロス。

 親族のみんなにもはっきりと聞こえるように、リートはしっかりと大きな声で言葉を告げた。


「突然だけど実は俺にもみんなに紹介したい花嫁がいるんだよ」

「は!?」


 動揺するのも無理はない。

 何故なら、今まさにブロスの花嫁が一族から認められようとしている、そんな状況だったのだから。


「馬鹿を言え、何が花嫁だ。突然の乱入など、認められるはずないだろう!」

「でもそんなルールはどこにもないよ。爺ちゃんはただ『先に一族全員に認められた花嫁と結婚した方に、宝玉を譲れ』って言ったんだ。乱入だろうが関係ない。あの人がそんな些細なことを気にするはずが無いからね」


 意地の悪い笑みを浮かべ、リートがまくし立てる。

 眼鏡の奥がペテンのごとく怪しく光った。


「だから俺の花嫁も、紹介させてくれるよね?」

「ぐ……勝手にしろ!」

「ありがと」


 人懐こそうな口調なのに、その実やることはえげつない。

 やっぱり邪龍だな、この人。


「じゃあ紹介するね。おーい、ノノアー」


 おっと名前を呼ばれている。


「いってらっしゃい、ノノア」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう、いってくる」


 二人の応援の言葉を受けて、私はドキドキと緊張をしながら彼の元へと向かった。

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