第20話 あっという間の不幸の三連発。

 

 結婚式当日。


「やあやあ、本日はお越しいただき感謝する」


 式場で一人一人に愛想よく挨拶をするふくよかな男。

 私達は柱の陰に隠れながら、その姿を観察していた。


「あれが叔父さん?」

「そう、叔父のブロスだ」


 ミレットの問いにリートが答える。

 余程ガッカリしたのだろう。

 彼女は眉間に皺を寄せてぼやいた。


「随分とぽっちゃりとした人なのね。あれで本当に邪龍の一族なの……?」

「あはは、まあまあ。ああ見えても本気を出したら、爺ちゃん並みに強いよ」

「邪龍ノヴァ並みって」


 それは強い。

 そんな相手が当たり前のようにいるのか、この里は。


「だから俺達は平和的に、結婚っていう真っ向勝負で挑む」

「それが正解かもね」


 結婚が勝負なのかはともかくとして。

 力では戦わないという意見が一致した私達は、目を合わせ頷いて、控室に戻ろうと背を向けた。


 その時だった。


「おおリート」


 呼び止める声。

 案の定、それは叔父のブロスだった。

 式では対面するものの、さっきの話を聞いた後だし、今はまだ関わりたくなかったな。


 とはいえそんな態度を出すわけにもいかない。


「やあ、叔父さん」


 無心を貫く私達。

 その前で、リートはお決まりのへらへらした笑顔をブロスに向けた。

 

「珍しくお前も式に参加するんだな」


 ブロスがリートの肩を叩く。


「昔から軟弱者なお前は最後まで隠れて出て来ないのかと思ったぞ。いいや、今回が最後だと思って出て来たのかな?」

「噂通りのクソ野郎ね」

「ミレットさん静かに」


 あふれ出んばかりの敵意をルカちゃんが必死に制した。


「まあなんだ、私が認められた暁には、荷物をまとめて私の傘下に入るといい。軟弱なお前でも一応甥っ子だしな。手下の一人として面倒くらいは見てやろう。がははははっ」

「いやーありがとう、叔父さん」


 それに比べ、リートはさすがといったところか。

 叔父の嫌味にもサラッと当たり障りなく対応する。

 こんなに下品な男なのに。

 ミレットじゃなくても、不快感が出てしまいそうになる。


 そんな事を考えていたら、ふとブロスと目が合った。


「おいリート、その周りにいる人間はどうした?」


 あ、マズい。

 さっそく警戒された。ごまかさないと。


「わ、私達は」

「ああ彼女達? 念のために新しい花嫁を連れてきたんだよ」


 おお、さすが。


 リートの適当な言葉。

 そのおかげで私達の存在があっという間に、怪しい人間から花嫁に生まれ変わる。ん、誰の花嫁?


「ふむ」


 納得したのか、顎に手を当てブロスは私達をまじまじと観察した。そして。


「ははっいらんいらん、そんな三流な……ん、中にはマシなのもいるみたいだが、とにかく今日用意した花嫁で私は確実に一族に認められる。だからこれ以上は不要だ」


 なんとまあ、絶妙な侮辱トークをしたのである。

 よしおっさん、今ここで殴り合おうか?


 が、しかし、ルカちゃんが必死に私とミレットの手を押さえていた。


「だ、駄目ですよ。作戦が台無しになっちゃいますって」

「「……っ」」


 私達、心の汚れた二人には彼の手は振りほどけない。

 くっ、ならば。


「それじゃまた、式で会お……」

「うわっ」


 立ち去ろうとしたブロス。

 私はルカちゃんの思い切り引き、無理矢理、彼の前へと誘導した。


「おっとどうしたのかな、マシな方のお嬢さん」


 やっぱりマシなのってルカちゃんだったか。

 っていやいや、今はそんな事考えている場合じゃ無い。


「この子、ブロス様のファンらしくて、どうしても握手したいそうなんです」


 最大級のスマイルと最大級の猫なで声で、私は彼に説明した。


「は!?」


 ルカちゃん、そんな目で見ないでくれ。


「おおそうかそうか」


 何も気付かないブロスは、気をよくして満面の笑顔を浮かべた。ふっ、ちょろい。


「人間の癖にいい目をしている。握手くらいならいいだろう。どれ」


 ブロスは手を差し出した。


「(ほらルカちゃん早く)」

「(えっ、ええー!?)」


 こうして二人は無事、素敵な握手をかわしたのだった。


「ありがとうございました」

「君もよければうちに来なさい。愛人ならば受け入れてやろう」

「は、はい」

「それじゃ今度こそ、私はこ……」


 彼が背を向けた時だった。


「きゃああっ」


 廊下の死角から女性が飛び出す。

 水を運んでいたところ、偶然足がもつれたらしい。


 びしゃ


 小さな音と共に水しぶきが舞った。


「す、すみません! 今すぐ替えのお召し物を」

「あ、ああ……頼む」


 顔面の水を手で拭いながらブロスは答えた。

 そしてその数秒後。


「うわあああっ」


 びしゃあ


 再び水しぶき。

 今度は色の付いた液体。匂いからしてお酒だろう。


「すみませんっ!!」

「早く替……」


 さらにさらに。


「わーいっ」

「待ってーーーー……あっ!」


 べちゃっ


 今度は子供達が走って転んで、ソフトクリームが彼の洋服にべっとりと付いたのだった。


「すみません! 急ぎ替えをご準備いたしますのでこちらに!」

「あ、ああ……」


 何が起こったのか分からない。

 あっという間の不幸の三連発。

 ブロスはポカンとしながら、去っていった。


「……今の何?」

「ルカちゃんのお力です」

「はははっ、凄いね」


 そうとも、彼は凄いのである。

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